第19話 二度目の決闘
学園の訓練場内、対人戦闘用のリングにて。
リヒトとダグラスは再び対峙する。
リヒトが回帰してから二度目の決闘となる。
が、前回とは決定的に状況が異なっている。
これまでは一方的に虐げられていたリヒトだが、今のリヒトは学園ランキング15位。
前回の決闘でダグラスを倒し、討伐演習でグレイに認められスカウトされるという誰もが予想だにしなかった成果を上げた。
先日のダンジョンを踏破したことも、リヒトたちが帰還する瞬間を目撃した生徒たちから学園中に広がっている。
絶対に強くなれるはずのないリヒトが、もしかするとダグラスに匹敵するほど力をつけているかもしれない。
そんな状況もあってか、学園に在籍する生徒たちのほとんどが決闘の行方を見に来ていた。
「リヒトが勝てるわけない」
「でも討伐演習でグレイ様に認められて……」
「なんかの間違いだろ。皆おかしいって思ってるよ」
「だから見に来たんだ。リヒトは絶対に不正している。ダグラス様なら暴いてくれるだろうからな」
観戦席で生徒たちが好き勝手に言う。
彼らの意見は、リヒトの不正を追及しようとした教師やダグラスとおおむね一致していた。
「それでは決闘を──」
「待て」
ダグラスは審判の言葉を遮る。
それから観戦している教師や生徒たちに向かって演説を始めた。
「全員リヒトが強くなったなんて信じられねぇだろ? 直接見た者も多いだろうが、討伐演習でリヒトはB級上位の魔物を倒した。
あり得ねぇ。常識的に考えておかしい。絶対に間違っている」
その言葉に誰もがうんうんと頷く。
「だからリヒトは公にできないような後ろめたいことをしているに違いない。俺はそう考えて調査したが、リヒトが違法薬物を使用した証拠は一つも出てこなかった。
巧妙に隠したとかじゃない。そもそも使ってすらいなかったんだ」
「じゃあなんだよ。リヒトは不正してなかったって言うのかよ!」
その言い方ではリヒトが潔白だと認めているようなものじゃないか。
いくらダグラスの言葉とはいえ、今回ばかりは同調するわけにはいかない。
観客席の生徒たちはそう考えてダグラスに文句やヤジを飛ばす。
これだけ人数がいれば誰が文句を言ったかなんてバレないだろうという心理が働いたのか、文句の声は意外にも多かった。
「リヒトが強くなれるわけがない!」
「絶対に裏があるはずですわ!」
「証拠が出てこない訳ねぇだろうが!」
「証拠を残すことなく不正に強くなる方法なんてあるわけが──」
ダグラスは態度を一転。
リヒトに後れを取っていたこれまでとは打って変わって、トリックを暴く探偵のように自信気に口を開いた。
「だが! 俺は気づいた。あったんだ。
──証拠を残さずに不法な手段で強くなる方法が」
一気に観客席が静かになる。
ついにリヒトの悪事が暴かれると息を呑む。
次の言葉を今か今かと待つ観客席に向けて、ダグラスは高らかにロジックを告げた。
「リヒトは魔族に魂を売った裏切り者だ」
「ッ!?」
信じられない言葉に観客席がどよめく。
「魔族と一括りにされてはいるが、その種族は多種多様だ。いろいろな種族がいる中で、今回注目するのは悪魔族。
悪魔の持つスキル〖契約〗は有名だろう。もしリヒトが〖契約〗で何かを代償に力を得ていたとしたら? 違法薬物に頼ることなく、証拠を残すことなく強くなれたことにすべて説明がつく。証拠がないのが魔族に魂を売った最大の証拠だ!」
生徒たちはあっという間に手の平を返してダグラスに同調した。
「それだ! それしかない!」
「確かに合理的だ。現状と一切矛盾することなく説明できている」
「まさかリヒトが魔族に与しただなんて……」
「でもなんでそんなこと」
「そんなの決まってんだろ。弱ぇリヒトは俺たちに嫉妬して見返すために浅はかな選択をしたんだ。この愚かな小物はその程度の人間だったってことだよ。
……いや、人類を裏切ったコイツを人間扱いするなんて俺たち真っ当な人間に失礼すぎる」
「その通りだ!」
「汚らわしい! リヒト、テメェはもう人間じゃねぇ!」
「くたばりやがれ! この下種野郎が!」
罵詈雑言の嵐。
ダグラスの言葉に誰も反対しない。
……もっと正確に言うと、反対する人間はいるがダグラスと対等以上に扱われるほどの発言力を持っていない。
「リヒトが黒ってことは、リヒトとライン組んでるルミナも黒ってことなのか……?」
「えっ!? ルミナさんもそんな救いようがない人間だったの!?」
「可能性は…………あるな」
「嘘だろ……ルミナさんがそんな屑人間だったなんて……」
ルミナにも疑いの目を向けられた以上、彼女が何を言ったところで意味がない。
学園内で唯一の味方となったオリビアもこの場にいるが、彼女は貴族とはいえただの男爵家。
ちょっと位の高い平民程度の彼女が、侯爵家嫡男のダグラスと対等に扱われることはない。
つまり、今の状況はダグラスにとってこの上なく有利に傾いている。
観客席の人間たちはゴミを見るような目でリヒトを見て罵倒している。
自分より下等な存在を見下す気持ちよさや同調圧力、集団で主張することで気が大きくなってしまう集団心理などが悪いほうに働き、リヒトだけでは早速立て直せないほどの空気が形成されていた。
誰も彼もが思うままにリヒトを糾弾する。
かつてないほどの優越感に溺れた表情でダグラスが口を開いた。
「さあ、決闘しようぜ。ここでテメェを打ちのめし、事の顛末を余すことなく話させてやる。人類を裏切ったテメェに然るべき処罰を与えてやるよ!」
ダグラスが自身の勝利を宣言したところで、審判が開始の合図を下す。
ダグラスは詰めることなく真っ先に距離をとった。
「くたばりやがれ!」
それから暗黒魔法を放つ。
(警戒されているな。ダグラスのやつ、動きが過去に類を見ないほど慎重だ。この様子なら油断せずに全力を出してくれるだろう)
暗黒魔法による闇の斬撃が飛んでくる。
「この程度なら障害にすらならないぞ、ダグラス」
リヒトは魔剣アロンダイトを抜き、暗黒魔法を斬って無力化しながら距離を詰める。
「俺の暗黒魔法が足元にも及ばないだと!? テメェ! やっぱり〖契約〗で能力を強化したんだな!」
ダグラスは暗黒魔法が通じないことに驚きつつも、距離を詰められていることに焦る様子はない。
むしろ望んでいるような表情だ。
(ダグラスの持つスキル〖魔拳士〗、〖修羅〗)
その効果はわざわざ解析しなくてもよく知っている。
〖魔拳士〗の効果は魔法を肉体に纏うというもの。
その際に魔法の性能は通常時よりも大幅に引き上げられる。
〖修羅〗は純粋に身体能力を大幅強化するというもの。
非常にシンプルで強力なスキルだ。
(ダグラスの本領は近接戦闘。攻防共に使い勝手のいい暗黒魔法で牽制しながら、〖魔拳士〗と〖修羅〗による火力特化の攻撃を叩き込む)
それをわかった上でリヒトは近接戦を挑む。
「お前の得意分野で戦ってやる。本気で来いよ?」
「力を得たからって調子に乗んじゃねぇ! どっちが上か骨の髄までわからせてやるッ!」
ダグラスは全身に闇を纏い、力のままに殴りかかる。
まともに喰らえば大ダメージは避けられない。
結界なら確実にガードできるだろうが、リヒトが何の力も持っていないと思い込んでいる生徒や教師たちに結界というスキルや魔法なしでは扱えない力を見せるわけにはいかない。
見せれば確実に「〖契約〗で結界の能力を手に入れたんだ! 今までのリヒトは結界なんて高度な力を使えなかったから確定だな!」とますます糾弾されることになるだろう。
なのでリヒトは徒手空拳で応戦する。
「ウオォォォォォオオオオオオオオオッ!!!」
ダグラスは全力でパンチや蹴りを繰り出す。
が、そのすべてが届かない。
全部紙一重で。
すべて読まれて躱される。
「クソォ! なぜ当たらねぇ!?」
「これまで苦労せず勝ててきたから努力も修行も全くしてこなかったんだろ?」
リヒトはダグラスの渾身のパンチを往なし、その顔面にアッパーを叩き込む。
「がッ」
「ただ力のままに暴れるだけ。技術がてんでなってない」
そして、隙を晒したダグラスへ。
──連続で拳を叩き込み、締めの蹴りでリングの外へ吹き飛ばした。
ダグラスは意識こそ失っていないが、吐血しながら地面に這いつくばる。
戦闘不可能なダメージを受けたことは誰が見ても明らかだった。
得意分野で完全敗北を喫したダグラス。
その結果に周囲が静まり返る。
「決闘のルールでは、リングの外に出たらアウトと決められている。まあ外に出てなくても、もう戦えないだろうがな」
「し、試合終りょ──」
審判が合図を出そうとした時、それをかき消すようにダグラスが咆哮を上げた。
「ガッァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
感情がグチャグチャになった、怒りを限界まで煮詰めたような咆哮だった。
「ひ……」
審判が思わずビビッて一歩下がる。
周囲が静かだからか、ブツブツと呟くダグラスの声がよく聞こえた。
「俺は何も間違っていない。悪いのは魔族に魂を売ったリヒトだ。それを指摘する俺は正しい。人類のために動いている」
ダグラスは懐に手を突っ込む。
もしもの時のために隠し持っていたソレに手を伸ばす。
「だから俺は悪くない。これは人類を守るために必要なことなんだ!
──俺は正しいから、これは“正義”なんだ!!!」
そう言って。
──ダグラスは隠し持っていた違法薬物を大量摂取した。
もう救いようないですね、ダグラス。
ここから1章ラストイベント学園襲撃事件に向けて一気に駆け上がっていくのでお楽しみに!
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