第18話 S級へ到達するために
ダンジョン攻略を終え、教師たちから不正追及の撤回をもぎ取った翌日。
リヒトたちは再び屍坑道のボス部屋を訪れていた。
「……ォォォォオオオオオオオオオオオ」
全長十メートル近い骸骨がリヒトを見下ろす。
屍坑道のダンジョンボスは、初回は屍黒馬固定。
二回目以降は屍黒馬を含めた三種類のうちのどれかが出現する仕様となっている。
「今回のボスはジャイアント・スケルトンキングか」
系統としてはジャイアント・スケルトンの上位種だ。
物理・魔法に対する耐性がジャイアント・スケルトンより高くなっている他、アンデッドを召喚する能力を有している。
「コイツの慣らしにピッタリな相手だ」
リヒトは魔剣アロンダイトを抜き、構える。
「ォオオッ!」
骸骨王が腕を叩きつけてくる。
リヒトはそれを躱し、骸骨王の腕を斬りつけた。
「さすがの切れ味だな」
驚くほどあっさりと骸骨王の腕が切断される。
今までリヒトが使っていた市販の剣なら絶対に通らなかった。
それだけでも魔剣アロンダイトの性能が凄まじいことがわかる。
「ルゥゥゥゥ……!」
骸骨王は驚いた様子でスキルを発動する。
ボス部屋の中に無数の骸骨が現れた。
剣や槍を装備した骸骨がリヒトに切りかかる。
魔法タイプの骸骨が骨をカタカタ慣らしながら詠唱し、複数体で一つの強力な魔法を放った。
「前回のモンスターハウスと比べたら大したことないな」
それらすべてをリヒトは斬りながら進み、骸骨王の足元へ向かう。
ジャイアント・スケルトンの時と同じように両足を斬り飛ばす。
骸骨王がバランスを崩して倒れた瞬間に、その魔核を貫く。
あっという間にA級最上位の魔物を倒してしまった。
「今の俺なら屍黒馬のようによほど相性が悪くない限り、一人でA級クラスまで倒せることが確定した。目下の課題はS級への到達だな」
「……さすがね、リヒトは。すごいわ」
ルミナは少しばかり羨望が混じった声音で呟く。
それから自信を鼓舞するように宣言した。
「今はまだA級最上位ソロ討伐は難しいけど、あたしもすぐにS級になってやるわよ!」
「ルミナならできるさ。成長速度が一週目の俺より圧倒的に速いからな」
すでに一週目で技術を得ているリヒトからすれば、A級の魔物を倒したところで成長は見込めない。
格上との死戦を乗り越えるのが一番成長できるが、リヒトの知識を以てしても現段階でS級以上の相手と戦う方法は思いつかない。
学園襲撃事件までは魔力増強訓練を続けつつ、ルミナの育成に力を入れるのが最善だろう。
そう考えをまとめてから、ルミナにこれからの修行内容を伝えた。
「まずはA級最上位ソロ討伐ができるようになるまで屍坑道を周回してくれ。もちろん最初は俺も手伝うが、ルミナの実力レベルに合わせて調整していく。やれるか?」
「もちろんよ。強くなるためなら手は抜かないわ。逆境なんて乗り越えてナンボよ!」
数分後。
屍坑道を踏破したリヒトたちは転移魔法陣で学園に戻ってくる。
その場にたまたま居合わせた生徒たちが、リヒトの存在に気づくなりひそひそ話始めた。
「聞いたか? リヒトのやつまたダグラス様と決闘するそうだぜ」
「リヒトが負けるに決まってんでしょ。その話題さ話す価値なくない? 時間の無駄じゃん」
「そんなことより不正疑惑はどうなったんだよ? あいつが不正してるのは確実だろ。まだのうのうと学園内を歩けてるのはどう考えてもおかしくね?」
「……いや、それがな。ダグラス様たちが本気で調査したのに証拠が一つも出なかったそうだぞ」
「はぁ!? そんなことありえるのかよ」
決闘の話題も出ているが、それよりもリヒトの不正について話す生徒のほうが多い。
ほとんどの生徒たちがダグラスやリヒトを追求した教師たちと同じ考えを抱いているようだ。
「……居心地悪いわね」
「いい気分にはなれないな。行くか」
リヒトたちは再びダンジョンに入ろうとする。
その時、一人の生徒が意を決したように話しかけてきた。
「あの……る、ルミナ!」
鮮やかな赤髪ロングが特徴的な女子生徒。
見覚えのあるその生徒にルミナは少し驚く。
以前の討伐演習で、ルミナに嫉妬して妨害してきた女子生徒だった。
名前はオリビア。
一応男爵家の人間だ。
「ここじゃあれだから裏庭に行きましょ。話はそこで聞くわ」
前回と違って敵意のない様子で話しかけてきた彼女を見たルミナは、ダンジョン周回を中断して裏庭に移動する。
鬱陶しい野次馬がいなくなったところでオリビアに話を促すと。
オリビアはしばし逡巡してから、ルミナに向かって勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! 討伐演習の件は完全に私が悪かったわ! 本当にっ、ごめんなさい……!」
オリビアから告げられた予想外の言葉にルミナだけじゃなくリヒトも驚いた。
(……てっきりこの学園は腐りきっているものだと思っていた。地位に関係なく学べる実力主義の学園と謳っている割には貴族の横暴が許されているし、誰かを守るための討伐者なのに差別やいじめが平然とまかり通っている矛盾だらけの学園)
それは一週目でリヒトがダグラスにいじめられていたことからも明らかだ。
ダグラスがどれだけ暴力を振るおうと、不当にルミナの未来を潰そうと、ダグラスは貴族でリヒトたちは平民だから見逃されている。
誰もダグラスを咎めようとしない。
(学園は討伐局と提携していてスカウトの機会を得られやすい。そのメリットがなければこんなところにいる価値はない。そう思っていたが……オリビアのような人間がいるならまだまだ捨てたもんじゃないな)
自分の間違いを認めて謝る。
簡単なように思えて意外と難しいものだ。
「……恥を承知で頼みがあるの。どうか私に、修行をつけてください!」
オリビアは必死に頼む。
「もう……! もう嫌なのよ! 嫉妬に駆られてあんなことをしてしまって……。もう弱い自分に負けたくない! 強くなりたいの……っ!」
オリビアは泣きながら思いの丈を叫ぶ。
その言葉を聞いたルミナは優しく笑ってオリビアの肩に手を置いた。
「あんたのこと許すわ」
「……本当に、いいの……?」
「ええ。別に妨害されたからってあたしたちに悪影響が出たわけじゃないからね」
ルミナはハンカチでオリビアの涙をふく。
それから不敵に笑った。
「修行ね、いいわよ。言ったからにはちゃんと果たすわ。……それにね、弱いのはあんただけじゃないのよ。あたしもまだまだ弱いから……だから、一緒に強くなりたい」
「ッ!」
「ただし! やるからには容赦しないわよ。喰らいつく覚悟はあるかしら?」
ルミナの言葉に、オリビアは決意を固めた表情で頷く。
それから始まったのはスパルタという言葉では生ぬるいような特訓だった。
具体的には、近接で猛攻撃するルミナを捌き続けるという内容だ。
オリビアは魔法使いタイプ。
ルミナはスキル〖物理特化〗で魔法が使えない故に魔法面での修業はつけられないため、魔法使いの弱点である近接戦闘を叩き込むことにしたわけだ。
その光景はリヒトから見ても今のオリビアには厳しすぎるものだったが、オリビアは一度も弱音を吐くことなくやりきった。
満身創痍といった様子で荒い息を吐きながら倒れ込む。
それでもなお闘志は消えていなかった。
「……私はまだ弱い、足元にも及ばない。けど……いつか絶対に追い越すから……! だから……追いつかれないようアンタも強くなりなさいよ、ルミナ!」
「肝に銘じておくわ。絶対負けないからやれるもんならやってみなさい!」
ルミナの特訓が終わったところで、オリビアに感心したリヒトは彼女にアドバイスした。
「負けて悔しいって思えるなら、諦めるって選択肢が出てこないのなら絶対にまだまだ成長できる。だから俺からは魔法の伸ばし方を教えるよ」
リヒトは魔法を使えない。
が、一週目の仲間が素晴らしい魔法使いだったから教えられることはある。
「魔法で最も重要なのは魔力の操作精度、そして想像力だ。何をするにも操作精度がしっかりしていないと始まらない」
操作精度を鍛える方法はいたってシンプル。
「発動した魔法を四六時中維持し続ける。常にマルチタスク、何かをしながら魔法の維持にもリソースを割き続けるんだ。
まずは簡単な魔法から。レベルに合わせてだんだん魔法をより複雑で維持が難しいものにしていくといい」
リヒトはさらっと言ってのけたが、その難しさは魔法使いのオリビアが一番知っている。
オリビアは思わず息をのんだ。
「ずっと続けていれば、より少ないリソースで正確に魔法を使うことができるようになる。操作精度が上がれば当然魔法の威力も高くなる。
魔法使いは魔法にリソースを割きながら状況把握、相手の行動予測、相手の行動や攻撃への対処、戦術の組み立て、味方との連携などやらないといけないからな。操作精度を鍛えてマルチタスク能力を上げるのが重要なんだ」
次に想像力。
「魔法は本人の想像力とそれを実現できるだけの操作精度があれば自由自在に形を変える。既存の魔法に囚われない新たな魔法を生み出すこともできるんだ。
いかにその状況に適した手札を用意できるか。それは本人の想像力にかかっている」
「リヒトはあたしよりも強いからね。今言われたことは絶対参考にしたほうがいいわよ」
自分よりも強いと言い切ったルミナにオリビアは驚く。
が、討伐演習でのことを思い出したオリビアは納得した様子でリヒトに礼を言った。
「ありがと。……絶対に決闘勝ちなさいよ」
「ああ。もちろんだ」
◇◇◇◇
王都の一角、ジェスター侯爵家の屋敷内。
ダグラスは自室にて、これまでの人生で感じたことがないほどの怒りに苛まれていた。
「クソッ!」
叫び、怒りのままに机を殴りつける。
ダグラスの膂力をまともに受けた机はあっさりと壊れた。
「納得いかねぇっ!!!」
怒りがあふれて治まらない。
すべてに納得がいかない。
それもこれも、全部リヒトのせいだ。
「才能のないリヒトが強くなれるはずがない!」
スキルも魔法も魔力もない人間が真っ当に強くなる方法など存在しない。
疑いようのない常識だ。
「なのにあいつは……! 討伐演習でグレイとかいう見る目のない馬鹿に認められ、あまつさえダンジョンを踏破してみせた!」
あいつがB級以上の魔物を討伐できた理由なんて違法薬物しか考えられない。
覚醒薬の特徴とは異なっている以上、リヒトが強くなれた理由など違法薬物でしか説明がつかない。
「にもかかわらず違法薬物を使用した証拠が出てこねぇ。どういうことなんだよ!」
……もしかすると、本当に強くなる方法が存在するんじゃないか?
違法薬物以外に何かあるんじゃないか?
そんな考えすら浮かんでくるが、ダグラスとしては認めるわけにはいかない。
認めてしまえば、蔑んでいた相手が自分を脅かすほど強くなったということになってしまう。
この前の決闘が正当な実力差で負けたことになってしまう。
「それだけは絶対にあってはならねぇ! 俺のほうが上なんだ! 認めるわけには……いや、待てよ……?」
ふとダグラスは思い出した。
決闘で不正な手法を使ったリヒトに負けた日。
あの日の午後の座学を。
「……なんだよ。あるじゃねぇか、違法な証拠を残さずに強くなる方法。
今ハッキリと理解したぜ、リヒト。テメェの悪事をな」
すべての謎が解けたと言わんばかりにダグラスは笑う。
お互いがお互いの思惑通りに行動し。
──ついに決闘の日を迎えた。
リヒトとダグラスは再び対峙する。