第15話 ダンジョン攻略② ダグラスの策略
モンスターハウス。
大量の魔物をすべて倒すまで部屋から出られないトラップ。
その中に一人転移したリヒトに、無数の魔物たちが襲いかかる。
大多数はアンデッド系だが、中にはちらほらと生きた魔物も混じっていた。
「ちょうどよかった。普通の魔物じゃ大して修行にもならず困ってたんだ」
リヒトは挑戦的に笑い、駆けだす。
まずは一閃。
前方のアンデッドを数体まとめて斬る。
(数は多いが、一匹一匹は大したことない。高くてもせいぜいC級までだし力のままに暴れるだけ)
つまり簡単に動きが読めるということ。
一手で数体倒す。
それを寸分狂わず実行し続ける。
ただの一瞬も隙を与えない。
常人にはとてもできることじゃないが、常人とは比べ物にならないレベルの相手と戦ってきたリヒトには。
神殺しを成し遂げるまで強くなったリヒトには──
「今さら苦戦するわけないだろ」
四方から襲い来る魔物とアンデッドを捌き続けながらリヒトは呟く。
(それに……)
リヒトは魔物たちの後方を見る。
ちょうどそのタイミングで魔法能力に優れた魔物たちが魔法を発動した。
(ダンジョンの魔物は基本的にダンジョンによって生み出された存在)
そのため自我を持っていない。
機械的に動くだけ。
故にうまく立ち回れば。
「魔物同士で勝手に殺し合ってくれる」
先ほどの魔物たちの魔法が、リヒトに噛みつこうとしたゾンビに直撃した。
「こんな風にな」
攻撃することなくゾンビを倒したリヒトに新たな魔物が襲いかかる。
二メートルを超える身長の人型犬が、他の魔物たちを蹴散らしながらリヒトに殴りかかった。
「ガァァァァッ!」
「コボルトキング、B級上位か」
リヒトはひらりと躱す。
コボルトキングの拳が地面に直撃し、振動で周りの魔物たちがバランスを崩した。
リヒトはその隙をつき一気に仕留める。
(コボルトキングはあえて生かすか。図体がデカいからいい防壁になってくれそうだ)
コボルトキングは重量のあるパワータイプで高い攻撃力を持っているが、その分攻撃が大振りで隙が多い。
リヒトは涼しい顔でコボルトキングの攻撃を躱しながら他の魔物たちを処理していく。
後衛の魔物たちの放つ魔法は、コボルトキングや他の魔物たちに当たるだけでリヒトには届かない。
魔物たちの数はどんどん減っていく。
「ガ……ガァ……ッ!」
ほどなくして、他の魔物の攻撃に巻き込まれ続けたコボルトキングが膝をついた。
「……ガルルゥ、ゥゥゥァァァアアアア!!!」
コボルトキングが最後の力をふりしぼって殴りかかる。
が、それよりも早く。
コボルトキングの懐に潜り込んだリヒトが蹴りを放つ。
コボルトキングの巨体が軽々と吹き飛び、軌道上のアンデッドたちを押しつぶしながら壁に直撃して死んだ。
残る魔物は十匹ほど。
あんなに魔物がひしめいていたモンスターハウスは見る影もなくなっていた。
「ギヂヂヂヂヂ!」
ゾンビムカデがリヒトに飛びかかる。
リヒトはムカデの口に剣を突きさすと、その身体をぐいっと持ち上げた。
直後、上から魔法が雨のように降ってくる。
ムカデの甲殻を利用して防いだリヒトは、距離を詰めてきた魔物をムカデで叩き潰す。
「残るはお前たちだけだ」
リヒトは告げるのと同時に駆ける。
最後の魔物たちが魔法を放つよりも先に斬り飛ばした。
「モンスターハウス、突破完了」
リヒトは剣についた血と腐肉を振り払いながら宣言した。
◇◇◇◇
転移魔法陣でリヒトとルミナが転移した直後。
「……ひとまず分断はうまくいったか」
ダグラスは安堵の息を吐く。
それからしゃがみ込み、自身の暗黒魔法を展開した。
「散開、エリアサーチ」
ダグラスは極限まで薄くした闇をダンジョン全体に広げる。
ほどなくして未踏破ダンジョンの内部構造を把握した。
「どうやらこのダンジョンは一階層しか存在しないようだ。都合がいいな」
「そ、それであの二人の状況はわかったんですか?」
取り巻きの質問にダグラスは。
「ああ、完全に把握した。リヒトの野郎はかなり遠い端のほうにいる。それに対してルミナはここから比較的近いところにいるな。
内部構造的に二人がすぐに合流することはねぇだろう」
そう告げてから作戦をまとめた。
「ボス部屋にいくぞ。幸運にも俺たちが一番近いところにいる。利用しない手はねぇ」
ダグラスたちはボス部屋に向かう。
道中で遭遇した魔物はダグラスが瞬殺する。
一行はすぐにボス部屋に到着した。
紫の炎を纏った黒馬が立っていた。
「あれがボスか。種族は知らねぇが実力は申し分なさそうだ」
ダグラスは闇の魔弾を放つ。
黒馬にはあっさりと防がれたが、攻撃によってヘイトを買うことはできた。
それを確認したダグラスたちは瞬時に踵を返す。
一目散に来た道を戻り始めた。
「ヒヒィィィィィンッ!」
背後からいななきが響く。
黒馬は全速力で追ってきた。
ダンジョンボスは通常ボス部屋から出てこない。
が、今回みたいにヘイトを買った状態でボス部屋の外に出れば追いかけてくるのだ。
「乗っかってくれりゃあ、もうこっちのモンだ」
黒馬は追いかけながら魔法を放つ。
それを闇で防ぎながらダグラスたちは走る。
「ダグラス様! この後どうするんすか!」
「焦るんじゃねぇ。お前たちの足じゃあの馬は撒けねぇが、追いつかれる前にルミナに擦れば問題ねぇ」
「なるほど! そういうことでしたか!」
取り巻きもすぐにダグラスの意図に気づいた。
「ルミナのピンチをあいつは絶対に見逃せねぇ。こっちに来るまでに違法薬物を使うだろうが、運よく使わずにここまで来れたとしてもルミナがピンチなら助けるために違法薬物に頼らざるを得なくなる」
「その瞬間をダグラス様が映像に収めるというわけですね!」
「そういうことだ。俺は証拠収集に専念する。お前たちはルミナを危機に陥れろ」
◇◇◇◇
「ギシャァァァァッ!」
「ふんっ!」
噛みつこうとしてきたゾンビトカゲを槍で往なし、返す刀で魔核を貫く。
ダグラスの魔道具によって転移させられたルミナは、特にパニックになることもなく進んでいた。
絶えず魔物と遭遇するが、片っ端から倒していく。
「まるで相手にならないわね。B級以上のやつ出てきなさいよ!」
ルミナのその言葉に呼応するかのように、曲がり角からぬっと魔物が現れた。
体長はしっぽも含めて四メートルほど。
全身が金属質な鱗で覆われた巨大なトカゲだ。
A級下位のメタルリザードである。
「さっきのトカゲよりは手応えありそうね」
ルミナは駆けだす。
彼女を認識したメタルリザードも走り出す。
重量感のある見た目とは違ってかなり俊敏だ。
「シャア!」
前足の爪で切りかかる。
手元にショートソードを生み出したルミナはそれを躱し、メタルリザードの腹部を連続で斬りつけながら走り抜けた。
が。
「……無傷。剣じゃ威力が足りないわね」
ルミナは坑道の壁を蹴って跳躍しメタルリザードの背中に飛び乗る。
今度はハンマーを叩きつけた。
「……ッ!」
ガギィィィンッ! と弾かれる。
ルミナの腕を激しい痺れが襲った。
「これでも無傷……! 〖連撃〗も発動してるのに。……悔しいけど今の私じゃ物理で突破できないわ」
「シュゥゥ!」
メタルリザードは鬱陶しそうにしっぽを持ち上げると、背のルミナめがけて高速で振るった。
ルミナは跳躍して躱し、空中で身を反転。
天井に着地する。
「でもこれならどうかしら?」
そのまま天井を蹴ってメタルリザードの頭に飛び乗る。
「鉄ならよく電気が通るわよねぇ?」
生成した槍をメタルリザードに押し付け、〖属性付与〗──雷を最大出力で発動する。
電気は瞬く間にメタルリザードの全身に伝わった。
「ギジャァァァアアアアアアアア!!!?」
痺れながら絶叫するメタルリザード。
激しい電気による点滅で薄暗かった坑道が光り輝く。
やがて電気は収まり、肉の焦げた匂いを放ちながらメタルリザードは絶命した。
「このダンジョンはアンデッド中心って聞いてたけど、普通に生きてる魔物もいるのね。……まあなんにせよ、あんたのおかげであたしはまた一歩強くなれたわ。ありがとね」
ルミナは消えゆくメタルリザードを一瞥し進む。
その時、前方から悲鳴と複数の足音が聞こえてきた。
すぐにその正体が明らかになる。
ダグラスの取り巻きと紫炎の黒馬だ。
「た、助けてくれぇ!」
取り巻きたちが泣きついてくる。
ルミナは迷わず叫んだ。
「あたしの後ろに下がりなさい!」
取り巻きたちの前に立ち、槍に光属性を付与する。
黒馬が放ってきた紫炎の魔弾を正面から相殺して防いだ。
「状況は知らないけど、死にたくないなら大人しくあたしに守られときなさい!」
ルミナは珍しく冷や汗をかきながら告げる。
先ほどの魔弾は相殺できたが、目の前の黒馬は間違いなく格上だ。
自分一人で彼らを守りながら戦うのはかなり厳しい。
「ブルルルルゥ!」
黒馬が再び紫炎の魔弾を生成する。
ルミナは放たれる瞬間を見切るべく集中力を高める。
──その後ろで、悪意が膨れ上がった。
(ダグラス様はルミナを目の敵にしていらっしゃった。つまり──)
取り巻きたちの脳に最悪の選択肢が浮かんだ。
(──誰の目もないダンジョン内だ。今なら事故に見せかけてこの女を殺せる……?)
その選択肢を実行するだけのメリットはあった。
(ルミナがいなくなればダグラス様は間違いなく喜ぶ。そうすれば、ダグラス様が将来ビッグになった時に俺たちを優遇してもらえる……!)
黒馬が魔弾を放つ。
それと同時に、悪意と欲望が彼らを突き動かした。
──どんっと。
取り巻きがルミナを突き飛ばす。
「は?」
体勢を崩したルミナが展開に理解が追いつかず声を漏らす。
彼女の目の前に無数の魔弾が迫った。
(防ぎきれない! こんなの……! 死──)
自身の未来を悟り、ルミナは思わず目を瞑ってしまう。
魔弾の炸裂音が響き──
──なぜか全く痛みを感じなかった。
「……?」
ルミナが恐る恐る目を開くと。
目の前に結界が展開されていた。
「悪い、遅くなった!」
低い男性の声が響く。
ルミナの前に黒髪の青年が。
結界を張って彼女を守った張本人が現れる。
「いろいろ言いたいことはあるが……まずはお前の相手をしてやる、屍黒馬」
そう言ってリヒトは。
屍黒馬……A級最上位の魔物と対峙した。