異世界に選ばれなかった僕は地球に選ばれたようです
グラウンドでの戦いが終わった後、僕と虹街先生は北校舎の屋上に来ていた。
本来この学校の屋上のドアは施錠されており生徒だけで立ち入ることは出来ないのだが、虹街先生は「ふふ、教師特権って奴さ」と屋上の鍵を持っていたため、こうして開けてもらった。
学校の屋上に上がったのは初めてで、こういうのは学園物のアニメやドラマなんかで見る光景を思い出してちょっとワクワクしてしまう。フィクションだと当たり前のように解放されてるよね、屋上。
既に世界の止まっていた時間は動き出しており、今日のホームルームが全て終了した生徒達が部活に行ったり下校したりしていたのが屋上から見える。
驚くことに、僕とモンスターとの戦闘で荒れ放題になっていたグラウンドは何も無かったかのように元に戻っていた。
ついでに僕の服装も青を基調とした騎士団の制服のような衣装から櫻川高校の制服に戻っている。これに関しては変身の際に回転させた指輪の台座を元に戻したらこうなった。
虹街先生は屋上のフェンスに背中を預けた態勢で僕に話し始めた。
「今から1年近く前。この地球とは異なる世界……異世界クレアと地球を隔てる次元の壁に異常が起きた」
「1年前……。もしかして、アレがキッカケか」
1年前に起きた出来事。
僕の隣のクラスで起きた異世界召喚の儀に違いないと推測する。虹街先生は僕の考えを読んだのか、コクリと頷く。
「ああ。君は知っているだろうが、地球から素質のある人間を呼び寄せる異世界召喚の儀が無理矢理に行われた。あの時に地球とクレアを隔てる次元の壁が一部壊れた。
それによって時折面倒な異常が起きるようになってね。クレアで死んだモンスターの亡霊が肉体を持ち、次元の壁の隙間を通って地球に現れるようになったんだ」
「それが僕がさっき戦ったモンスターの正体ですか。亡霊ってことはアレ生きてるわけじゃなかったんだな……」
道理で倒したら消滅するはずである。
生物の肉体を切ったという生々しい感覚はどうしても感じたが……。
「壁の修復は時間経過に任せるしかなくてね……。その間、亡霊達の進行を食い止めるために結界のような物を作った。その結界が持つ機能の一つが、さっき君が体験した異時間というやつだ」
「あの周囲の時間が止まったような現象ですね」
「そう。異世界の存在が地球に現れた時にこの世界の時間を全て停止させる機能を持っている。そして異時間の中で破壊された物質は結界が解けると同時に修復される」
だから荒れ放題になっていたグラウンドが元通りになっていたのか。
「僕があの時間でも動けたのは何故なんですか?」
「ボクがそう細工したからだ。異世界の存在と結界を作ったボク、そしてボクが設定した人間のみがあの中で動ける」
地球と異世界を隔てる壁の存在を認識している、地球に結界を作れる、異世界の怪物と戦う人間を選んでいる――。
これまでの情報から推察するに、虹街有という男は只者ではない。一体何者なのだろうか。話の途中だが思い切って聞いてみる。
「先生は何者なんですか?もしかして神様的な存在?」
僕の問いに虹街先生は「うーん……」と顎に手を当てて思考する素振りを見せた。
「神様、か。存在としてはそういう物が近いのかな。とはいってもそんな大層な物じゃないよ。お賽銭くれたって何もしてあげられないしね」
そう言ってアハハと笑った。……最後のはジョークか?
とりあえず僕のような人間よりワンランク程上の存在だということは理解した。
「結界を作ったまではいいんだが、ボクは向こうの世界の存在に物理的干渉は出来なくてね。こうして君のような人間に戦う力を与えて代わりに戦ってもらうしかなかった」
「戦う力……。これですか」
僕は右手に嵌められた指輪を見つめた。教室で虹街先生に渡された、宝石が嵌められた指輪。
虹街先生は「そう、それ」と頷く。
「人間の中にある"戦うイメージ"を具現化する装置、とでも言えばいいかな。君の姿が騎士のような衣装に変わっただろう?あれは君が思い浮かべる戦う自分の姿を具現化した結果ってワケ」
「戦う自分の姿、か……。小さい頃、昔親が遊んでたっていうファンタジー風のゲームを借りて遊んでたからその影響かな……」
かつてゲームの中の主人公である勇者や王国を守護する騎士になりきって冒険に明け暮れた(気分になった)日々を思い出す。
僕が思い描く"カッコよく戦う自分”のイメージが、青を基調とした騎士団の格好に反映されたということか。
もし自分が特撮ヒーローのオタクだったら全身スーツの改造人間的な姿になってたりしたんだろうか?爆発を起こすパンチやキックでゴブリンなんかと戦っていたんだろうか。
……世界観が迷子だな、それ。
「とりあえず”ギフト"と名付けてみた。簡単に言えば変身アイテムだね。姿を変えるだけじゃなく身体能力を大きく向上させ、戦い方や強力な技を発動させるイメージなんかも与えてくれる」
「あー……。戦いの最中に派手な必殺技みたいな映像とそれの撃ち方が流れ込んできたのはそういうことか」
「そういうこと。更にギフトを発動して変身した状態で受けたケガや状態は、発動前の肉体には影響しない。君が戦いで受けた傷だって治ってるだろ?」
「あ、本当だ。すっかり忘れてましたよ」
言われてみれば、リザードマンの突き出した槍によって受けた片口の傷はまるで最初から無かったかのように塞がっている。
「とはいえ、あまりダメージを受けすぎると変身状態は解除される。そうなると再変身までには時間がかかるから、その間にモンスターに狙われると流石に命の保証は出来ない。更にギフトも僕の能力では4つ作るのが限界でね。うち一つは君に渡したやつで、残りの3つはまだ誰に渡すか迷ってる最中だ。次回までには決めておきたいんだが――」
「……なんで僕なんですか?バケモノと戦うならもっと強そうな運動部とか大人の人を選べばよかったんじゃ」
「ギフトは誰でも使える物じゃなくてね。適性のある人間にしか扱えないんだ。それに、なるべく断られ無さそうな人を選びたかったんだよ」
「それって僕が押しに弱くて頼みごとを何でもなあなあで引き受けてくれそうって意味ですか?」
自虐も込めてそう尋ねてみる。
自分で言うのもなんだが押しに弱い、というのは本当だ。
「いやいや、別にそんなワケじゃないさ。ただ異世界の存在とか、そういうのをスンナリと信じてくれそうな人だと思ったからだよ。その方が話が進みやすい」
「……ええ。あんなもの見たら信じられずにはいられませんよ。異世界クレアの存在とか、モンスターの出現とか……」
1年前のあの日。フィクションの中だけの存在だと思っていた異世界の存在を認識したあの日。
僕は異世界を救う勇者には選ばれなかったが、そのせいでこうして地球を守る戦士に選ばれてしまっている。
今思うと、僕は異世界に選ばれないと同時に地球に選ばれたのだ……なんてクサいこと考えてみたり。
「恐らく異世界の神の力で、この世界の学校の一クラスが消滅したという事態は都合の良いように改竄されたらしいが、目撃者である君の記憶までは改竄できなかったようだね。……すまない。ボクにどうこう出来た問題ではないが、そのせいで君は辛い思いをしたようだね」
辛い思い、か。
頭のおかしい奴だと思われて避けられるようになった日々を思い返す。確かにしんどい日々は続いたが、別に虐められていたわけじゃないし、虹街先生のせいじゃない。
「……別に大丈夫ですよ。先生のせいじゃないですし、気にしないでください。それに……僕の対応も悪かった」
悪い噂を面と向かって否定するのを恐れた自分。
他人と関わるのを面倒がった自分。
多分本当に悪いのは、そういう弱い自分だから。
「……そう言ってくれると少し気が楽になるよ。せめて担任教師として、今年からの君の学園生活がより良い物になるよう努力はしてみよう」
「僕もそう言っていただけると助かります」
僕もフェンスの方へ近付き、虹街先生の隣に立つとグラウンドを眺めた。
まだ昼過ぎの暖かな日差しが差し込む中、顔も名前も知らない生徒達が歩いているのが見える。
風がそよぎ、僕らの髪を揺らした。
「改めてありがとう。君のおかげで櫻川市の今日は守られたよ」
虹街先生が頭を下げる。
そう言われると、僕がこの世界を一時的とはいえ守ったんだなという実感が湧いてきた。
「悪い気しませんね」
無意識に笑みが零れた。
この世界の神に近い人から感謝されるとなると、それほど大事なことを成し遂げたんだなと感じる。
それに強大な力を振るい、軽やかに、派手に戦うあの気分。……正直ちょっと、いや、かなり楽しかった。
更に陰から地球を守るヒーローのような役割を今の自分は担っていると考えると、胸の奥から興奮が沸き上がってくる。やっぱり自分もそういう存在に憧れを抱くティーンエイジャーなのだと実感する。
これまで灰色だった自分の人生が、急に鮮やかになった気がした。
#
「行ってきまーす」
そして翌日。
制服に着替えて朝食をとり、身だしなみを整えて玄関を出ると暖かな日差しが僕を出迎えてくれる。
今まで心の中に抱えてたモヤが晴れたような気分で、僕は軽く伸びをした。
これまでは沈んだ気持ちのまま登校していたが、今は足取りも軽い。進級2日目でこんな気分になれるとは、これからの学生生活も幸先良さそうである。
「鳴海さん、なんだか今日は元気そうですね」
僕の後から出てきた義妹の小陽ちゃんが声をかける。服装は僕と違う高校の櫻川南高校のセーラー服だ。
「そう見える?昨日ちょっと良いことあったんだよ」
そういえば昨日は家を出るタイミングが合わず、まじまじと彼女の服装を見ることが無かったので新鮮な気分だ。
セーラー服っていいよね。……という僕の制服フェチは一旦仕舞っておこう。
「良かったです。鳴海さん去年倒れた辺りからいつもどこか元気無さそうだったから……」
「そうかもね……。けどもう大丈夫だよ、多分」
小陽ちゃんの表情はいつもより少しだけ明るく見える。
知らぬ間に僕は彼女にも心配をかけていたらしい。
そういや昨日母さんとお義父さんにも「なんか前より顔色良くなったね?」「彼女でも出来たのかい?」などと茶化されたが、昨日までの自分ってそんなにどんよりした顔してたのか……?
「あの……駅までは登校経路一緒ですし、良かったら一緒に行きませんか?」
「え?あー、いいよ」
突然の誘いにちょっと驚いてしまい、どことなく素っ気ない返事になってしまったことを即座に脳内で反省する。
しかし本当にビックリしたのだ。今まで小陽ちゃんが自分から僕に話しかけてくることなど稀だったからだ。
1年半ほど前にいきなり年の近い兄妹が出来て、ずっとお互いに、どう接したらいいか距離を測りかねていた所がある。
だからこうして、彼女の方から歩み寄ってくれたのが嬉しかった。
二人並んで、駅までの道を歩く。
「その指輪、綺麗ですね。そんなもの持ってましたっけ?」
「あ、これ?」
小陽ちゃんが差す指輪、というのは僕が今左手に嵌めている、宝石が嵌められた物……昨日虹街先生から受け取った"ギフト"のことだ。
いつ戦闘が起きてもいいように常に持ち歩いていてほしいと言われたので、こうして身に着けて登校している。
……えーと、どうやって説明しようか。流石に高そうな宝石が嵌められてるし、急に貰ったとは説明しにくいな……。虹街先生からも「混乱を避けるために極力このことは他の人間には説明しないでくれ」って言われてるし。
「……部屋を掃除したら出てきたんだよ。なんかカッコいいから着けてみた」
パッと思い浮かんだ嘘をつきました。
「へえ、そうなんですか。似合ってる……と思います!」
「あ、ありがと……」
僕自身もこんな嘘で大丈夫かな?と思ったが、小陽ちゃんが素直に褒めてくれたのでちょっと嬉しい気持ちになった。
……そんな風に並んで話しながら歩いていくと、駅まで辿り着いた。
「それじゃあ、僕はこっちだから」
僕が乗る電車と小陽ちゃんが乗る電車はそれぞれ別方向だ。僕はヒラヒラと手を振り別れようとすると、「あの!」と小陽ちゃんが声をあげた。
何か言いたいことがあるようだ、と僕は立ち止まる。
「えっと……、これまで私、鳴海さんとあまり話したこと無いなって思って……。いきなり年の近いお兄さんが出来て、どう接したらいいのか、分からなくて……」
「…………」
これまで僕ら兄妹の間には、不慣れな距離感があった。
お互いにどう接したらいいのか分からない部分があり、それを誤魔化そうと愛想笑いをする。そんな日々が続いていたのだ。
「でも高校生になって、そんな自分のままじゃ駄目だなって……。だから、今日から……仲良くしてくれませんか……?」
そう言って小陽ちゃんは左手を差し出した。握手の誘いだろうか。
それは小陽ちゃんが自分の殻を破ろうと一歩を踏み出した瞬間だった。
――強い子だな。それに比べてこれまでの僕はなんて弱い奴だったんだ。
本来なら年上の兄の僕が、そういう雰囲気を破るべきだろうに。全く自分が情けない。
よし、兄として、義妹が踏み出してくれた第一歩に応えないわけにはいかないだろう。
「……実は僕も、前から仲良くしたいと思ってたんだ。改めてよろしくお願いするよ」
僕はそれに応じるように、彼女の左手を握った。柔らかで暖かな感覚が僕の掌に伝わる。
……手汗とか掻いてないよな自分。大丈夫だよな?
「はい!」
笑顔で答える彼女に、僕も笑顔で応じた。
これまで灰色だった自分の人生が、急に鮮やかになった気がした。
「あっやべ。このモノローグ昨日も使ったわ」
「え、今何か言いました?」
「なんでもない。僕心の声を音読する癖あるっぽいのよ」
それから学校の最寄り駅に辿り着き、徒歩数分ほどで櫻川高校へと辿り着いた。
教室に入ると、相変わらず奇異な目で見られる。
僕は(やべっ、目が合った)と話す、ドアのすぐ近くにいた男子生徒2人に声をかけた。
なるべく、自然な笑顔を作ってから。
「おはよう。そんな心配しないでよ、何も悪いことしたわけじゃないんだから」
「お、おう……」
急に僕に話しかけられたことに驚いたのか、2人は戸惑っている様子だった。
「1年前の件なら本当に熱中症でハイになってただけだから。もう頭も体もすっかり元気だよ」
そう言って僕は、2人の手を振りながら自席に着いた。
(アイツ喋ったとこ久しぶりに見たわ。なんかずっと死んだ魚みたいな目で無口だったからさ)(思ったより話せる奴じゃん。話の通じない異常者ってやっぱ嘘かよ?)(なんか普通の奴で安心したわ)
小声でそう話すクラスメイト達の声を聴きながら、僕はホッと胸をなでおろした。これまで僕に抱かれていた『話の出来ないヤバい奴』というイメージの払拭には成功……出来たといいな。うん。
「おはよう。なんだか元気そうだな」
そんな僕に話しかける者が一人。斜め後ろの席の白雪レン君だった。
スマートフォンを持って何やらしていたようだが、僕に挨拶するために顔を上げてくれていた。僕も「おはよう」と返す。
「心に余裕が出来たって感じだ。何か良いことでもあったのか?」
「そんなところ。ちょっと人間として成長してきたんだよ」
「……女でも出来たのか?早くないか?」
訝しむような目で見てくる白雪君だった。
そういう心の余裕ではない。僕は首を振って否定する。
「言っても信じてくれなさそうなことだよ」
「そうか」
なら聞かないでおくよ、と白雪君はそこで引き下がり、スマホへとまた画面を落とした。
……やっぱり彼女でも出来て大人の階段上った的なやつだと思われた?