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イケメンと令嬢と止まる時間

「はぁ」



 高校2年の始業式の日、僕は玄関前の鏡を見ながら身だしなみを整えつつ溜め息を吐いた。

 2年生は文理選択で1年時よりクラスの人間が大きく変わると聞いているが、1年時の僕の噂は学年中、下手すれば学校中に広まっているため大きな環境の変化には期待できそうもない。相変わらず『異世界の存在とか信じてる狂人』というレッテルを張られたまま学生生活を過ごさなければいけないと考えると気が滅入るばかりであった。



「……っと、そろそろ家出ないと」



 気が滅入るが、学校を休むわけにはいかない。重い足取りで僕は学校に向かうことにした。

 僕と違う高校へと進学した小陽ちゃん、そして小陽ちゃんの父親である義理の父と母さんは小陽ちゃんの入学式のために既に家を出ている。

 僕は玄関のカギを閉めて、通学のために駅へと向かった。

 駅に辿り着いて、僕は定期券を改札機にかざした。

 駅のホームは電車を待つ乗客でごった返しており、僕は人ごみに揉まれながら電車を待つ。そして、駅に電車がやってきた。乗客達が我先にと電車へ乗り込むのに合わせて僕も乗車する。

 その後電車は発進し、僕の学校の最寄り駅へと辿り着いた。



 駅を出て、学校へと向かう。1年前と違って僕はもうこの道を迷うことはないが……それでも少し不安になる。

 そして学校へと辿り着き、僕は既に通達されていた新しいクラス、2-8の教室に入った。既にクラスメイト達はかなりの数が来ており、それぞれグループを作って雑談している。

 しかし、何人かは教室に入ってきた僕を見てヒソヒソと話し始める。まるでヤバい物を見るかのようで目で見ながら。



(なあアレ……。確か去年噂になってた人じゃない?)

(ああ、妄想癖のヤバい人だっけ?異世界召喚を見たとか騒いでたっていう)

(私去年同じクラスだったけど、勉強のストレスで病んだとかって聞いた)

(え?熱中症で脳が壊れたとかじゃなかったっけ?)



 ヒソヒソと話す声と僕に対する視線は止むことはない。やっぱりクラスが変わっても僕を取り巻く環境というのは変わりそうも無かった。

 分かっていたこととはいえ中々にキツい。僕はそんな視線から目を逸らしつつ自分の席に座る。

 ……出席番号1番だけあって机は教室の入り口近くの一番前の席か。ちょっと嫌だな。早く席替えしないかな、と思ってしまう。

 一番前の席はやっぱり教師との距離が近くて緊張するんだよな……。


 さて、机に突っ伏してタヌキ寝入りでもするかな。

 誰かが話しかけてくれるなんて思ってない。というか誰も話しかけたりしないだろう。

 僕はひたすら教室の中で、担任教師がやってきてホームルームが始まるのをただひたすら無言で待ち続けようとする。



「おはようございます」



 教室の一番前の入り口から、そう挨拶して入ってきた一人の女子生徒がいた。

 そして突然、生徒達がざわつき始める。

 ……なるほど、確かにざわつくのも分かる気がする。僕はその女子生徒の容姿を一目見て、美人さんだ、と思った。

 整った顔立ちに人形のように白く柔らかそうな肌。その上で金髪、そしてストレートのショートヘア―だがもみあげの辺りはクルクルとロールを巻いているという、如何にも"お嬢様"のような外見をしていた。

 外国人か?そう疑問に思う僕の耳に周囲の(えっ、あんな美人この学校にいたっけ?)(確か今年の冬に転校してきたばっかの娘だよ)(すっげー、超美人……)というヒソヒソ声が耳に入った。

 お嬢様はそんな周囲の声に少々照れ臭そうにしている。そんな様子を見ている内に、僕と目が合った。

 彼女は僕に少し微笑んで会釈をすると、自分の机へと向かって行った。

 あ、会釈を返し忘れた。反省反省。



「……外国人かな。今年の冬に転校してきたって聞こえたけど」

鎧崎彩羽(よろいざきいろは)。その通り転校してきたばかりで、まともに話したことある人はいないんじゃないかな。鎧崎財閥って家のご令嬢サマらしい」


 えっ、何者?とそんな彼女の様子を目で追いながらそう呟いた僕に一人の男子生徒が声をかける。

声のした方向へ顔を向けると、僕の斜め後ろの席に一人の男子生徒が立っていた。

 173cmはある僕よりも少し高い身長……180cmくらいだろうか?とにかく長身で整った顔立ちをしていた。

 クール系のハンサム顔、というと彼のような人間が該当するのだろうか。切れ長の眉とやや冷たさを感じる瞳は、黙っていると威圧感を感じなくもない。



「えーと、君は……」

「白雪だ。白雪恋(しらゆきれん)



 白雪と名乗ったクラスメイトは鞄を自身の机のフックに引っ掛けると、僕の方へと歩み寄る。



「彼女とは去年同じクラスでな。話したことは無いが自己紹介くらいは聞いたことがある。ハーフだし、絵に描いたようなお嬢様って感じの見た目だから結構目立つよな」



 お嬢様……鎧崎さんの方を見ると、既に色々な生徒から話しかけられている。

 美人とお近づきになりたいのか、冬に転校してきたばかりで学校に慣れていない彼女への親切か、とにかく様々な生徒が彼女を囲んでいる。

 鎧崎さんはやや困った顔をしながらも楽しそうに会話していた。



「凄いな。もうすっかり有名人だ」

「有名人、というのは君もだろう。確か異世界の存在がどうとかいきなり叫んだんだって?」

「……。あの時はまあ、夏の日差しで頭がおかしくなってたんだと思う。自分でもなんであんなこと言ったのか不思議だよ」



 白雪君の問いに、僕は視線を逸らしながら答えた。

 学年の腫物扱いだった僕にそう話しかけてくる人間はかなり久しぶりだったので驚いた。


 (アレって白雪君じゃない……)(学年のマドンナの佐波さんを酷い振り方して泣かせた奴だっけ?)(顔と頭が良いからっていつも偉そうにしてる奴よ。私アイツ嫌い)


 ひそひそと、また噂話が聞こえる。周りは聞こえないように話しているつもりなんだろうがバッチリと耳に入ってくる。

 佐波さんという名前には聞き覚えがあった。確かこの学校に通ってて、ローカル雑誌の読者モデルをやってるとかいうこの学校きっての美人……だったと聞いた。学校に芸能人がいるというニュースくらいはボッチの僕の耳にも入ってきていた。

 どうやら僕と話す白雪君もこの学年の嫌われ者で腫物らしい。



「君もなんか有名人っぽいけど」

「フン、俺という光に集る羽虫を掃っただけだ。それに変な尾ひれがついて回ったらしい。……そもそも俺には彼女しかいないというのに」



 クラスメイト達の視線や陰口を意にも介さないといった様子で白雪君はポケットから何やらロケットペンダントを取り出して、その中を見つめているようだった。ここからじゃよく見えないが……彼女の写真でも入っているんだろうか?

 っていうかこの人、自分のことを"光"で他の人間のことは"羽虫"って言った?偉そうな奴過ぎる……。

 白雪君は再び僕に視線を向ける。



「お前も気にするな。表立って手を出してくる奴なんかいないよ。陰口なんか適当に聞き流せばいい」

「それが出来たら苦労しないよ。僕は未だに慣れないな……。君はメンタルが強いんだね」



 僕がそう返すと白雪君はフッ、と口角を釣り上げた。

 ……微笑んでいるんだろうか?それにしては偉そうな表情だった。笑顔の作り方が下手なんだろうか。

 変な人っぽいけど、同じく腫物の僕にシンパシーを感じて話しかけてきたっぽいし、悪い人ではない……のか?



「ま、こうして近い席になったことだしよろしく頼むな」

「……ああ、よろしく白雪君」



 とりあえず1年ほどボッチを拗らせていたので、僕に話しかけてくれた人くらいとは仲良くできたらいいなと、そう思った。



「皆さん揃ってるようですね。おはようございます」



 ちょうどそのタイミングだった。このクラスの担任教師と思われる人物が入ってきた。それに合わせ、立ち上がって雑談していた他の生徒達は各々の席へと戻っていく。

 見たことの無い教師だった。中性的な見た目をした穏やかそうな若い男性だった。

 片目が隠れるくらいの長く色素の薄い髪、中性的な顔立ち、華奢な体つき、細くしなやかな指。

 端的に言えば絵に描いたような美青年だった。ちょっとあの先生カッコよくない?えー、どっちかというとカワイイ系じゃない?と女子生徒のキャッキャとした声が聞こえてくる。

 そんな黄色い声を聴いた教師は「よく言われます」と微笑んで――そこ肯定するんだ。自分の容姿に自信があるのかこの人も。



「はじめまして。ボクは今年この学校にやってきた、このクラスを受け持つ虹街有(にじまちゆう)と言います。担当強化は日本史です。皆さんよろしくお願いいたしますね」



 有。ユウ。中性的な見た目に違わず、男性とも女性とも取れる名前だった。

 ……ナルミって名前の僕が言えた台詞でもないかもしれないが。

 男性教師――虹街先生は黒板に丸い文字で自分の名前を書いた後、軽く頭を下げる。

 雰囲気的には優しい先生のような……そんな感じがする。僕はパチパチと拍手する他の生徒に合わせて拍手しながらそう思った。



「…………」

「……?」



 何やら、虹街先生は僕の方を向いて少し笑った気がした。気のせいだろうか?

 ともあれ先生の自己紹介が終わり、その後僕達生徒も出席番号順に軽く自己紹介をすることとなった。



「青砥鳴海です。えーと……よろしくお願いします」



 本当に必要最低限の自己紹介を済ませると、THE・社交辞令といったまばらな拍手がパチパチと鳴り響く。

 ……まあ、無視されないだけマシか。



「白雪レン。よろしくお願いします」

「鎧崎イロハです。2ヶ月ほど前に転校してきたのでまだ色々と不慣れなところはありますが、皆さん仲良くしてくださいね」



 そんなこんなで全員の自己紹介が終わった。それから体育館で始業式や簡単な伝達事項があり、その日のホームルームは終わりとなった。

 案の定陰口は叩かれたが、こうして僕の新学期初登校はあっさり終わったのだった。



「それでは明日から本格的に授業が始まるので、皆さん頑張ってくださいね。それではまた明日」



 虹街先生はそう言うと一礼して教室を出た。



「昼飯食って帰る?駅前のハンバーガー屋、昨日からエビカツバーガー売り始めたから気になってんだよ」

「ねえねえ、カラオケ寄ってかない?あ、良かったら鎧崎さんもどう?」

「明日の一限って物理かよ。ダリィ~」



 今日のホームルームが終了した途端、クラスメイト達は仲の良い仲間達とこれからの予定などを話し合っていた。

 既に知り合っていた人達と帰る者、初めましての人達と親睦を深める者、それぞれだ。

 もちろん、そんなことボッチの僕には関係無いので黙々と帰る支度を始める。案の定僕に話しかける人間は誰もいなかった。……朝話しかけてきた白雪君も僕のことは無視してとっとと帰ってしまった。



「青砥鳴海さん……でしたっけ?」



 さて、僕も帰るか。と立ち上がった瞬間だった。

 鎧崎ご令嬢が僕に突然話しかけてきたのである。何何何。何かしましたか僕。

 


「えっ、あっ、はい」



 突然話しかけられて驚いてしまったため、ただ「はい」と答えるだけで随分としどろもどろになってしまった。

 しかしまあ、本当に綺麗な顔してるな……。



「これから皆さんとカラオケに行くんですけど、良かったら青砥くんもご一緒しません?」

「えっ!?いや、僕は……」



 チラリ、と鎧崎さんの後ろを見る。彼女と遊びに行くであろう数名のクラスメイト達が(勘弁してくれ)といった目でこちらを見ているのが視界に入った。

 こんな奴呼ばないでくれよ、と訴えているのが聞こえずとも分かった。

 せっかくのお誘いだが、断る以外に選択肢は無い。

 ……みんなでカラオケとか、そういうのちょっと憧れはあるんだけどね。既に僕は嫌われ者っぽいし、適当な言い訳作って謹んで辞退させていただこう。



「え、あの……僕そういうの苦手で……」

「もしかして歌がお嫌いなんですか?」



 鎧崎さんは無垢な瞳で僕を見つめる。

 その明るい茶色い瞳に見つめられると妙に鼓動が高鳴ってしまう。平常心、平常心!と自分に言い聞かせた。



「い、いや……。そうではなくて、えーと、そう。今日は放課後ちょっと約束があるんだよ。だから残念だけどカラオケは行けないや」

「約束?」

「うん、そう。ちょっと先約があってね」



 はい嘘です!先約なんかあるワケないです!ボッチだもん!

 放課後は真っ先に家帰って適当にマンガ読んだりゲームしたり、くらいしかすることないですから!

 そうなんですか……と鎧崎さんは残念そうに肩を落とす。



「分かりました……。それでは青砥くん、また今度ご一緒しましょうね」



 彼女は笑顔でそう言うと自分を待つ他のクラスメイトの元へと戻っていき、みんなと共に教室を後にしようとこちらに背を向けた。



「それでは皆さん、また明日」



 そんな鎧崎さんの言葉と共にぞろぞろと他の生徒達も教室から出ていく。



「なんで青砥くんなんて誘ったの?」

「なんだか退屈そうだったので……。駄目でした?」

「悪い奴じゃないと思うんだけど、去年急に発狂?して以来おかしくなったっていうか」

「アイツ話しかけてもこっち見ずにどうでもいい返しするか適当に無視するからだからなー」

「言いたいこと言えばハッキリ言えばいいのにね」

「面白くもないし、ホント感じ悪い」



 ……そんな会話が僕の耳に入ってくる。

 言いたいこと言えばハッキリ言えばいいのに、か。



「だって、言っても信じてくれないじゃないか」



 ぽつりと、独り言を呟いた。

 それとも「変な噂話はやめろ」とでも言えばいいのか?今更?

 ……早く帰ろう。何今更感傷に浸ってんだよ。

 僕は彼女達が見えなくなってから、教室を出ていった。


 と、その時だった。

 周囲の時間が止まった。

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