異世界召喚されるみたいです。僕の隣のクラスの人達が
「おめでとうございます!幸運にも皆さんは世界を救う英雄に選ばれました!!」
とある街のとある高等学校の朝のホームルームは、浮世離れした格好をした女性のその一言で始まった。
「え……、ドッキリ番組の撮影か何か?」
生徒の一人がそう呟いたのを皮切りに、その奇妙な女性は少々熱のこもった口調で話し始める。
「いえ、これは事実です。私はここ地球とは異なる世界を管轄する女神。今日は皆さんに特別な依頼があってお伺いしました」
女神を名乗った女性のその言葉に、クラス中がざわつく。
「は?」「おいこれ、ラノベとかでよくあるやつじゃね?」「嘘だろ……」「何これ、やっぱテレビの撮影じゃないの?」
もちろんクラスメイトからそんな反応が返ってくることも彼女は予想していたようで、若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつも淡々と説明を続ける。
「信じて貰えなくても仕方ありません……。ですが皆さんは選ばれたのです。向こうの世界による"英雄召喚の儀"に」
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朝のホームルームとは非常に退屈なものである。
何が悲しくて朝っぱらから担任教師の『昨日仕事帰りにパチンコ行ったら10万負けた』なんてくだらない雑談を聞かなければいけないのだ。そもそも神聖な学び舎でパチンコの話をするな。
僕、青砥鳴海は朝のHRの時間を埋めようとしているパチンカー教師の雑談を聞き流す。
そんな時。
――これって~~~~じゃね!?
――うおー!テンプレ展開キター!!
隣のクラスから何やら騒がしい声が聞こえてきた。
僕を含めたクラスのほとんどが何事かと思い、担任の雑談を無視して眠っていた生徒も顔を上げた。
「なんか向こうのクラスうるさくね?何やってんの」
クラスメイトの男子が口を開いた。確かに朝のHRがこんなに盛り上がってるのは何事かと思う。
しかもなんて?変な単語が聞こえたような。
テンプラ?揚げ物パーティーでもやってんのか?などと考えていると、担任が「つまり何が言いたいかというとヴァルヴ――」と言いかけたところで一旦雑談を辞めた。
「あー、確かに何やってるんだろうな。えーと、青砥。ちょっと何やってるか見てきてくれないか?」
担任は急に僕の苗字を呼んだ。
「……何で僕が?」
「ほら、お前クラス委員だろ?」
「えー」
クラス委員って言っても結局誰もやりたがらなくて最終的にじゃんけんで決まっただけなのに……。
まあ別に大した手間でもないし、僕は素直に席を立って隣のクラスへと向かった。
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「これテンプレ展開じゃね!?」
「あれだろ、チートスキルとか貰えるやつ!」
「うおー!マジでこんな展開が来るとは思ってなかった!」
相も変わらずざわついている教室。だが一部の生徒はこのようにテンション爆上がりで叫んでいた。
異世界ファンタジー物のライトノベルやアニメに親しんでいるティーンエイジャーにとって"異世界召喚"という単語は非常に魅力的であった。常日頃から憧れていたシチュエーションが今、自分の身に起こっているのだから。
一方でそのようなサブカルに馴染みの無い生徒や、テレビをあまり見ない初老の男性教諭は話について行けずポカーンとした表情を浮かべていた。
「いやー、話が分かる人が何人かいるみたいで女神も嬉しいですよ!」
そう言って教卓に立つ女性――女神はにっこりと笑い、それからパチン!と指を鳴らした。
すると教室内にいた全員が軽い頭痛を覚えて頭を押さえる。
「勿論このまま向こうの世界に行ったら貴方達はすぐに死んじゃうので、貴方達のこの世界での才能に見合った"スキル"を授けておきました」
「スキルキターー!!」
「男子うっさい!!」
「ステータスオープン!ステータスオープン!」
"スキル"という単語にまたもやテンションの上がる生徒達とそれを聞いてイライラが頂点に達した生徒達。「これは夢か……?」と頬を抓る教師。
女神は微笑みを崩さず続ける。
「これで皆さんに力が授けられたはずです。それではそろそろ皆さんを私の世界へと案内いたします。後の詳しい事情は向こうの世界の人間に聞いてくださいね。勿論目的を達成したら元の世界にお返しする予定ですのでご心配なく」
そして教室の床に巨大な魔法陣が現れた。魔方陣は鈍い紫色の光を放ちながら、徐々にその輝きを増していく。
「うおー!待ってろ異世界のケモミミロリ!」
「じゃあ俺ロリババアエルフに会いたい!」
「姫騎士!気が強いけど俺にだけ心の脆さを見せてくれる姫騎士!」
「い、異世界ならぼくだって活躍出来るはずなんだ……。小説家になる夫の作品って大体そんな感じだし……!」
「オタク共ホンマにうっさい!あー、もう!なんなのよ!」
「おい!他のクラスに彼女いるんだよオレは!変なとこ連れてくなよ!」
「あの、わたしがいなくなったら妹はどうすれば……!?」
「母さん……そろそろ息子のわたしも天に召される時間らしいです……」
興奮、歓喜、困惑、絶望。様々な感情が入り混じった叫びが教室に響き渡る。
そして。
「えっ、何これ。何が起きてんの」
隣のクラスが騒がしいので様子を見てきてくれ、と言われてやってきた1年5組のクラス委員、青砥鳴海。
彼は魔法陣と共に消えていく4組の生徒達を呆然と眺めていた。
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高校1年生の1学期ももう終わりそうという時期なのだが、未だに僕は学校で友達と呼べるような関係の人間を作れずにいた。
別に好き好んでぼっちをやっているわけではない。一人でいるのが好きだからというわけでもない。
話しかけてくれる人には普通に応対するし、愛想笑いもする。学校行事にもきちんと参加する。
……だけどそれだけだ。元々僕は積極性のある人間ではない。周りに流されるまま生きてきた。
小学生の頃はそれでよかったのだ。遊びに誘ってきたり、何気ない雑談を持ちかけてくるクラスメイトはよくいたし、僕はそういったフレンドリーな人達の輪に交ざって遊ぶことが多かった。だけど中学生にもなると、そういった人間は減っていった。交友関係もそれなりに固定されてしまう。
だからといって、今更誰かの交友関係に交ざろうと積極的に誰かに声をかけるのもどうにも気後れしてしまう。
そんなこんなで、中学高校と「別に嫌われているわけではないがクラスで若干浮いてる奴」というポジションを確立してしまっている。
……まぁ、ハブられてるわけじゃないし、一人は一人でそれなりに気楽な物なんだけどね。
そんなことを考えながら隣のクラスの教室の前に辿り着いた僕を待ち受けていたのは、にわかに信じがたい光景だった。
「これで皆さんに力が授けられたはずです。それではそろそろ皆さんを私の世界へと案内いたします。後の詳しい事情は向こうの世界の人間に聞いてくださいね。勿論目的を達成したら元の世界にお返しする予定ですのでご心配なく」
天女……いや、ファンタジー物のゲームでよく見かける精霊や女神?のような格好をした美女が力だの向こうの世界だの、なんだかよく分からないことを喋っていた。知らない人が教卓に立っていたことに驚いた僕は教室に入るのがなんだか気まずくて、その光景をドア越しに眺める。
「えっ、何これ。何が起きてんの」
何?コスプレ大会?文化祭の予行演習?文化祭は2学期だろ。気が早すぎるだろ4組。
訳の分からない事態をなんとか飲み込もうとする僕のことに気付くわけもなく、4組の生徒達はワーキャー騒いでいた。歓喜の声から悲鳴がごちゃ混ぜになった喚き声から「異世界」「テンプレ展開」「帰して」といった言葉を僕は聞き取った。
もしかして。
自分の眼前で行われているこれって。
「異世界召喚ってやつ……!?」
異世界物の作品なんてそんなに触れたことはないし、実際の異世界召喚のビジュアルなんて知らないけど、今目の前で起きている光景を説明するならそう言うしかなかった。
驚愕で思わず声が漏れた。夢でも見ているのかと手の甲をつねる。いってえ。
夢じゃない。
左手の痛みが、浮世離れした格好だがコスプレのような安っぽさを感じない女性の姿が、教室を包む魔法陣とそれによる光の眩さが、僕の目の前で行われている全てが現実だと証明していた。
僕はその光景を見ているしかなかった。困惑と少しの興奮で動くことができなかったからだ。
"異世界召喚"というシチュエーションに興奮し歓喜の声を上げている者、未知の世界へ急に連れ出されようとして悲鳴を上げている者、何が何だか分からず困惑している者、彼らの姿が光と共に消えていく。
ドアの前で困惑している僕だけを置き去りにして。
魔法陣の中にいる何人かが、ドアの向こうにいる僕に気付いた。
「隣のクラスの奴か!?頼む、助けてくれ!なんかこの場から動けないんだ!」
「わたし達どっか連れてかれちゃうらしいんだけど!?」
異世界召喚という物に恐らく憧れを抱いていないタイプの人間なのだろう。
その上不思議な力か何かで魔法陣の上から動けないという、この訳の分からない状況が上手く呑み込めず、彼らは恐怖に怯えた表情で必死に僕に助けを求めて叫んでいた。
「ッ……!あ、うん!!」
正直この状況に困惑しているのは僕も同じなのだが、必死に助けを求める彼らを無視することは出来なかった。
ドアの取っ手に手を掛ける。素早くドアを開けて彼らを連れ出そうと考えるが、ドアは固く、ビクともしない。
「と、とりあえず5組の皆に報告しに行かないと……!」
一人じゃドアを開けられそうにない。まずはみんなに報告しないと。
僕は「助けを呼んでくるから!」と一声かけてから急いで自分のクラスに戻る。
5組のドアを勢いよく開けて叫んだ。
「皆来てくれ!隣のクラスで……異世界召喚が起きてる!!」