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05 契約締結

「……ねえ。ジョサイア。貴方は私に対して何か罪悪感を持っているかもしれないけど、気にしなくて良いわ。時間なくどうしようもなかったことも、何もかも、理解しているから」


 置かれていたお洒落な水差しを持って、私は彼の分の冷たい水を用意した。酔っ払った様子のジョサイアは、それを一気に飲み干したので、私は苦笑し、再度水を入れた。


「……本当に、何もかも理解してくれている? レニエラ。君はこの結婚に対し、大きな誤解を持っているように僕は思う」


 顔を赤くしたジョサイアは大きく息を吐き、私を見つめた。きっと、お酒を飲み過ぎて感情的になっているんだわ。


「ええ。ジョサイア。ちゃんと理解しているわ。貴方には、間に合わせの結婚相手が必要だった。私だって過去に婚約破棄されて一度は結婚を諦めた身、ジョサイアの気持ちはわかっているわ」


「いいや、君はわかっていないと思う」


「あんなことがあって……私なんかと結婚することになり、お気の毒です。けど、以前に言った通り、好きでもない女と一生添い遂げる必要など、どこにもありません。私は(わきま)えているから」


 愛し合っていたという元婚約者が駆け落ちしたことを暗に示せば、やはり彼は表情を暗くした。


「……待ってください。ひとつお聞きしたいんですが、レニエラにとっては、結婚相手としての僕は不満ですか」


 何か不満を感じているとしたら、そちらなのではないかしら。だって、ジョサイアの整った顔には、いかにも気に入らないと言わんばかりに、不満そうな表情を浮かんでいた。


 そこで、私はジョサイアに対する言い方を間違えたかもしれないことに気がついた。


 ああ……もしかしたら、私から契約結婚を言い出したのは、ジョサイア本人に不満があるからと、彼は勘違いしているのかもしれない。


 そんな訳なんて、あるはずがないのに。


「いいえ! ジョサイアは女性から見た時の結婚相手としては、この上ない程に特上ですわ。だからこそ、思うのです。貴方の望むような、素敵な女性と幸せになってほしいと」


「僕はそうするつもりです。レニエラ」


 彼の逃げた元婚約者は、とても美しい人だったと聞く。彼は彼女のどんな我がままも叶え、とても大事にしていたと。


 だから、ジョサイアになら、そんな人はすぐに見つかる。もし、私という契約妻が居たとしても、周囲には条件に合う美人が取り巻くだろう。


 だから、これからゆっくりと時間を掛けて、彼が愛せる人を、もう一度探し直せば良いのだわ。


「ジョサイア。我慢しなければいけないのは、これから一年間だけです。そうすれば、私の方に非があるという適当な理由で別れましょう」


「え? 何を言い出して……」


「気にしなくても構いません。公衆の面前で婚約破棄されて底辺まで落ちてしまった私の評判に、一度離婚したという事実が加わるだけですから」


 ただの事実なのにジョサイアは、それを聞いて唖然としてから、とても困った顔になっていた。


 彼は優しくて紳士的だから、たとえそれがまぎれもない事実だとしても、これには安易に同意は出来ないと思ったのかもしれない。


 けど、先方に何か理由があったとしても、私がある男性に夜会中婚約破棄されたという悲劇的な過去は、事実あったことなので消せない。


 私はこれまでに、忘れがたい過去を乗り越えるための努力をして来て、一人だとしても実業家として前を向いて生きていくと決めた。


 ジョサイアだって、それは理解してくれているはずだ。


「……その、例えばですが、レニエラ。もし、君がその時に僕を愛してくれていたら、一年経っても、結婚生活を続けてくれますか」


 慎重な口調で話を切り出したジョサイアに、私は笑って首を横に振った。


「まあ。ジョサイア……私に気を使ってくれて、本当にありがとう。けれど、大丈夫よ。貴方は愛する女性に突然去られたばかりで、大きな傷を癒すのはそうそう簡単ではないことを……私だって理解しているわ」


 とは言え、彼の事情とは違って、私は元婚約者を愛してはいなかったけど、幼い頃からの婚約が駄目になって傷ついたことは一緒のはずよ。


 ジョサイアは私の言葉を聞いて、とても悲しそうな表情になり、何かを飲み込むようにして間をおいた。


「……わかりました。一年後に僕が君を愛していて、君も僕を愛してくれれば、それでもう、僕たち二人の結婚生活の継続には、何の問題もないということですね?」


「ええ。それは、そうだけど」


 そんなこと、あるはずがないわ。私は言いかけて止めた。なんだか、ここで言ってはいけない気がしたからだ。


 ジョサイアは……いきなり、何を言い出したんだろう。私が出した契約結婚の条件には、彼側は何の不利益もないはずだけど。


「レニエラ。僕たちは、あまりお互いのことを知らない。急に夫婦になったところから関係を始めることになるけど、これからゆっくりと、知り合っていきたい。僕が今ここで言葉を重ねて何を言ったところで、君に嘘だと判断されれば、それには何の意味もないと思う」


「そうね。まだ私たちは、初対面で挨拶し合って二週間だもの。けど、別に同情したり気を使わなくて良いわ……私は、一人でも大丈夫だから」


 そろそろこの話を切り上げようと、私がソファから立ち上がれば、ジョサイアは礼儀正しく酔ってよろめきつつも立ち上がった。


 ここは人目のない夫婦の部屋で、彼だって今日は一日中、周囲に気を使って疲れているだろうに……きっと、ジョサイアは、とても真面目な性格なんだわ。


 まるで、夜会でエスコートをしてくれるように、ジョサイアは私の手を取って導き、続き部屋の扉の前にまで連れて来た。


 お礼を言って就寝の挨拶をしようと背の高い彼を見上げれば、落ち着いて低い声が鼓膜に響いた。


「一人で大丈夫だと……そうやって、元婚約者から婚約破棄されてからずっと、自分に言い聞かせて来たんですか?」


 ジョサイアの水色の目が、やたらと近い。気がつけば、彼は耳元で囁き肌に吐息を感じるほどに距離が近かった。


 美形の男性がこんな至近距離に居て、胸が高鳴らなかったと言えば、それは嘘になってしまう。


 けど、もう私は何かに期待をして裏切られることは、もう二度とされたくない。もう二度と。


 ジョサイアは駆け落ちして逃げてしまった元婚約者を、とてもとても大事にしていたと噂で聞く。


 彼女のことが、本当に好きだったんだろう。


 もしかしたら、愛した相手に裏切られたジョサイアは寂しくて彼女が恋しくて、こうして成り行きで結婚した妻に、ひと時だけでも胸の傷を埋めて欲しいのかもしれない。


 それは、単なる逃避でしかない。いずれ彼は、本来自分が愛するに相応しい相手に気がつくはずだ。一時的な感情で動いたことに、後から後悔するだろう。


 そして、私はまた一人、孤独になってしまう。


 こうして、仮初の妻になることは、別に構わない。けど、ここから心を預けた相手に裏切られるなんて……きっと、耐えられないと思う。


「……いいえ。違います。婚約破棄されたからって、私は何も変わらないもの。一人で大丈夫なのは、以前からずっとそうだもの」


 今日結婚したばかりの夫からそっと手を離し、私はにっこりと微笑んで彼に嘘をついた。


「僕は……いいえ。今日は疲れたと思います。レニエラ、ゆっくり休んでください」


「はい。おやすみなさい。ジョサイア」


 パタンと扉が閉まった。しんとした部屋の中で一人、私は小さくため息をついた。


 避けがたい悲劇に見舞われて、可哀想だと同情されて愛された振りをされるのも……絶対に、ごめんだわ。

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