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21 一面

「え? 何かあったんですか?」


 いつになく浮かれていた様子を見せていたジョサイアは、私たちが妙な雰囲気にあることを知り、スッと真面目な表情になり私の隣へと腰を落ち着けた。


「そうなの。私とアメデオは、ここでその話をしていたところなの。ジョサイア」


 ついさっきまで私も彼と同じように浮かれていたはずなのに、どこかの誰かさんのせいで頭が痛い。一年前の話で……しかも、当事者であるはずの私には、その間にショーンから何の連絡もなかった。


 それで婚約継続は、どう考えても話は通らないと思う。


 もう、嘘でしょう。本当に何が起こったか、信じられないんだけど。


「突然の訪問、申し訳ありません。モーベット侯爵。私は火急の事態のため、父の代理でこちらへ。実は本日、姉の元婚約者……いいえ。先方が主張するところを聞けば、未だ婚約は継続中だったらしいのですが、我が家と姉を訴えるそうです」


 席を立ち目上の貴族に対する礼をしたアメデオが困った表情で話し始めた時に、ジョサイアは当然だけど驚いていて、しかも戸惑っているようだ。


「すまない。いきなりで、理解が追いつかない……何の話なんだ?」


「つまり、ショーン・ディレイニーは一年前に大衆の面前で口頭で姉に向け、婚約破棄をしました。ですが、事務的な手続きを、故意にせずにそのままにしていたんです」


「……ディレイニー侯爵令息殿は、婚約不履行で何を望んでいるんだろうか。もし、何かの損害賠償が必要なら、僕が支払いたいと思う……それで、彼の気が済むのなら」


 十秒ほど沈黙していたジョサイアにも、ここで私たちに言いたいことが沢山あったとは思う。同じようにショーンの行いが信じられないと言い立てるとか。


 けれど彼は、冷静に淡々とこの事態を自分が解決出来る方法を提示していた。


「両親にはショーンは訴えるとだけ言っていたそうです。その時に、特に何かを要求したとは聞いていません。申し訳ありません。母があまりの衝撃に倒れてしまったため、父も彼に詳しい話を聞くことが出来なかったそうです。そして、我が家の名誉のためにお伝えしますが、父は婚約破棄を姉がされてから、先方に婚約解消の手続きを終えたかと口頭での確認もしたそうです」


 難しい顔をしたアメデオの説明にジョサイアは、何度か頷いて言った。


「……無理もない。伯爵夫人もお気の毒に。現在、何が起きているかという事態は、僕も確かに把握した。君たちもこれを聞いて、さぞ混乱したと思う。だが、ディレイニー侯爵家の言い分は、誰が聞いたとしてもおかしいと思うだろう。気にすることもない。彼がこちらの過失だと言い立てているのが、書類上の問題だけなのだとすれば、こちらだって訴え返すことだって可能だ」


「まあ。ジョサイア、そうなの?」


 私にはショーンが言い出したことについて、訴え返すという選択肢なんて全く思いつかなかった。


 ジョサイアは先ほど驚いたは驚いたようだけど、何かに動揺した様子は一切ない。まるで仕事をしている時のような、落ち着いて淡々とした対応だった。


 それを見て、なんだかドキッとしてしまったのは事実だ。


 だって、夫が格好良いわ。


「とても、わかりやすく……先方は、嘘をついている。ドラジェ伯爵の確認には、書類上の手続きを終わらせたと嘘をついているし、誰がどう聞いたとしても話がおかしい。婚約破棄は茶番だったからと婚約が継続しているという認識であれば、ドラジェ伯爵はなぜ僕との縁談に頷いた? 婚約者がいるのでと断らなければ、話が通らない。モーベット侯爵家とディレイニー侯爵家の両家に不義理を働こうとして、そこにメリットはない。そこで、わざわざ嘘をつくような理由もない。特に反証の証拠など揃えなくても、向こうの主張は貴族院では通らない」


「そう……よね」


 これまでの流れを順序良く説明されたら、ジョサイアの言葉の通りだ。嘘をついているという点は、口頭だったと言われても、その後のお父様の対応を考えればおかしいことだらけ。


 お父様も爵位を持つ貴族で、娘の婚約についての事務手続きを確認しない訳はない。だとしたら、ジョサイアとの縁談に頷くことも、またおかしい。


「ただ、それをわかりつつの話に出してきたような気がするし、金銭で済ませられるとしたら、そうしたい。話が広がれば広がるほどに尾ひれがついてややこしくなり、誰もが好き勝手に面白おかしく言い立てる……責任のない大衆は、事実とは反する話でも、それが面白けれそれで良いんだ。僕とオフィーリアの件で、既に実証済だ。レニエラは巻き込めない」


 前にアメデオの言った通り、ジョサイアはやはり自分とオフィーリア様についての情報をすべて知っているのだわ。


 知っている上で、特に否定することもなく、何も言わずに黙っている。


「モーベット侯爵……いえ。義兄さん。僕は姉さんと義兄さんが結婚した当初から、貴方と相談したかったことがあります。ショーンは好きな女性を虐めて泣かせてしまうのが楽しいという、異常性癖の持ち主でして……同じ男の僕からすると、本当に見るに耐えないことを何度も姉にしていました」


 静かにアメデオが話を切り出すと、ジョサイアはため息をついて彼であるかを疑ってしまうような、非常に冷たい声で言った。


「続けて」


「……はい。僕はこれは姉を取り戻そうとしているのではないかと、そう思うんです。あの異常者には、話は通じません。自分が悪い部分は全て棚に置いた上で、何も悪いことをしていない姉を自分勝手な理由で責め立てるのではないかと、僕は心配しています」


 そういえば、この前に来た時にアメデオはジョサイアと話しがしたいと言っていたはず。きっと、これを話すつもりだったんだわ……自分の弟だけど、なんて良い子なの。


 私は可愛い弟からの愛にじーんとして、自然と涙が潤みそうになった。


「それには心配ない。今、ショーン・ディレイニーが、僕に何かを意見出来る立場にないことは明白だ。一介の騎士風情が、僕に何が出来る。あいつは爵位も持っていない」


 ジョサイアは冷たい眼差しをして、ここには居ないショーンへの怒りの圧を強めているような辛辣な口調だった。


 ここまで夫ジョサイアは妻の私には、優しくて良い部分しか見せていなかったので、本当に驚いた。


 そして、昨日オフィーリア様が言っていたことをパッと思い出した。


『ジョサイアは貴女には、優しいと思うわ。ちゃんと話したら、理解しようとしてくれると思う』


 と、言っていたということは、もしかして、彼女の前でもこんな感じだったのかしら?


 皆の前でも常に感じよく親切なんだろうと思っていた夫の意外な一面を見て、私は妙に落ち着かない気持ちになった。


 私も事業をしようと考えるにあたって、仕事上で取引相手に舐められないと思うことは重要だと思う。しかも、ジョサイアは王の側近で宰相補佐なのよ。


 そんな人が甘くて親切で、なんでも言うとおりになんて、そんなはずはないわ。


「そう思います……姉のことに、より一層気を付けて頂けたらと思います」


 アメデオは緊張した様子でそう言って、ジョサイアは感情を抑えた様子で何度か頷いた。


「……アメデオくんが、心配することはない。僕もようやく仕事が落ち着いたので、新婚の妻へ時間が使えそうだ。ショーン・ディレイニーについては、何の心配しなくても良い。何もしなくても自滅しそうな男だが、僕も何個か手を打つようにしよう」


「ありがとうございます!」


 アメデオはようやくほっと安心した顔になって、私へと視線を向けた。


「アメデオ。姉が大好きなのが、漏れ出ているわよ」


 ふふっと微笑んだ揶揄うような私の言葉に、なんてことはないと言いたげにアメデオは肩を竦めた。


「別に良いよ。僕が一番に、モーベット侯爵へ姉さんが嫁げたことを喜んでいるんだ。姉さんが幸せになり、僕だって文官として出世する時には、大きな後ろ盾なる存在を手に入れた……うん。一石二鳥だね」


 満足げに微笑んだ弟に、私は苦笑した。


「まあ。ちゃっかりしているわね。アメデオ」


「もちろん。一番の願いは姉さんが幸せになることだからね! あとは、ショーンが辺境にでも追放されたら一番なんだけどなー……まあ、この程度では、さすがに無理だろうけどさ」


 口が上手なアメデオが、そう言ったので、私は隣に居たジョサイアに目を向けたんだけど、彼は何か深刻そうな顔で考え込んでいるようだったので不思議になり首を傾げた。


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