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02 白羽の矢

「……レニエラ! 良いから、余計なことは何も言わずに黙っていなさい。私は赤ん坊の頃から育っていくのを見ていたレニエラのことが、本当に可愛いの。お願いだから……良い嫁入り先を掴む、千載一遇のチャンスを絶対に潰さないでちょうだい」


 私の耳元で興奮のあまり小声とは言い難い音量で囁く叔母が、こうして不肖の姪の幸せのために、やたらと必死になってくれるのは嬉しい。


 自身の子どもは息子三人だけのアストリッド叔母様は、どうやら本人の希望としては娘が欲しかったらしく、唯一の姪の私のことをやたらと可愛がった。


 幼い頃から何でもない日なのに、良く可愛いドレスや異国の玩具を買ってくれたりしたものだった。


 ちなみに、今着ているこの可愛いドレスだって、彼女がそろそろ季節的に秋のドレスが要るわと、いそいそと行きつけのメゾンに連れて行ってくれて、購入してくれたデイドレス。


 とても悲しいことだけど、年頃の令嬢で求婚者が列をなすはずなのに誰一人として居ない私は、男性から貢がれるよりも、実の叔母に貢がれている金額の方が断然多いと思う。


 以前、社交界でも大きな騒ぎになってしまった婚約破棄事件があり、すっかり曰く付きになってしまった私は嫁き遅れの貴族令嬢末路のお決まりコース、職業婦人として生きていく準備をしていた。


 完全に一方的な理由での向こうからの婚約破棄だったけど、だとしても、婚約破棄されるような女が悪いんだと言われてしまうような、そんな理不尽な世の中だとしても今後も懸命に生きるしかない。


 それに、ドラジェ伯爵跡継ぎの弟に養われて生きていくなんて、性格的にまっぴらごめんだし、女だてらに事業家として一人生きていく術を探っていたのだ。


 今後の付き合いが……と日和る両親に代わり、アストリッド叔母様がもぎ取って来てくれた婚約破棄に対する慰謝料で、事業用の農園も購入し、これで下準備はバッチリで商品の試作品作りへ……という段階に至っていた。


 なのに、そこに降って湧いたのは、求婚者として申し分ないどころか、最高の嫁入り先と言って差し支えないモーベット侯爵から私への急ぎの縁談。


 もうこのヴィアメル王国では貴族としての身分が釣り合うような誰からも求婚されないだろうと諦めていた私には、あまりにあり得ない縁談で身分不相応過ぎて、夢の中のようと舞い上がって喜ぶどころか、一周まわって逆に落ち着いてしまっている。


 だって、モーベット侯爵は別に私が妻に良いと思って申し込んでくれた訳でないと、痛いくらいに理解しているからだ。


 叔母からモーベット侯爵の縁談打診を聞かされ、両親はあまりの喜びのあまりに、手を取り合って庭を駆け回った。何の面白い冗談だと思うかもしれないけど、これって、ただの本当の話。


 まあ……それだけ、元婚約者に婚約破棄されてしまった娘のことを思い、深く心を痛めてくれていたのだ。


 確かに婚約破棄されたことは両親や弟には、悪いことをしたと思う。あの婚約破棄の件に関しては、自分は何も悪くないと言い切れるけど。


 現実主義で有能な弟アメデオは「絶対に、モーベット侯爵に何を言われても、離婚に応じては駄目だ」と、縁談が来てから何度も何度も私に言い聞かせていた。


 同じ邸に住む実の姉と会うたびに反復して言い重ねるんだから、無自覚な催眠術にでもかけようと思っているのかしら。


 あの子はヴィアメル王国の貴族の離婚には、双方の同意と教会の許しが必要なので一度結婚してしまえば、こちらのものだと考えているらしい。


 その時点では、当事者の私たち二人は顔合わせをしてもなく一言も言葉を交わしていなかったというのに、なんだかとても気が早い話だと思う。


 けれど、貴族の結婚は大抵の場合、お互いの家同士の条件に合う両親の政治的な思惑溢れる政略結婚が常だ。出会った求婚者と恋愛結婚する時にだって、必ず家長の許しを得なければならない。


 お互いの両親が、とてもとてもこの結婚に乗り気だと言う時点で、もう私たちの結婚は決まったも同然だった。


「突然の縁談をお受けくださり、ありがとうございます。レニエラ嬢。僕の仕事の都合で大事な初顔合わせが、このような場所になり、本当に申し訳ありません」


 現在寝る間もないほど多忙だと聞いているモーベット侯爵は、とてもそうとは見えない涼しげな表情で、礼儀正しく私の手を取り、秋薔薇が咲き誇る薔薇園へとエスコートしてくれた。


 機を見るに敏な叔母アストリッドは「お若い二人で、話を深める方が良いわね」と、別れの挨拶もそこそこに颯爽と立ち去っていった。


 彼女のこういう機転の利く素早い対応は、おっとりした気質の私の母とは違い、その頃一番人気だったと言うヘイズ公爵を捕まえただけのことはあると思う。


 何故、この薔薇園でモーベット侯爵が私と会うことになったかというと、宰相補佐という高位文官として王の側近を勤める彼が、拗れに拗れた隣国問題解決のために、多忙過ぎてしまったためだ。


 かつ、そんなモーベット侯爵はとある理由から二週間後に結婚出来る相手を、急遽で探していた。


 何故かと言うと、その時に結婚するはずだった彼の婚約者が……いいえ、三日前に元婚約者となってしまった女性が書き置きだけを残して、騎士と駆け落ちして逃げてしまったからだ。


 けれど、モーベット侯爵は結婚するために準備を済ませていて、なんなら王家筋モーベット侯爵家が結婚するからと、国外より国賓級の招待客も来ていて、観光も兼ねて既に滞在しているらしい。


 今ではもう「花嫁になる女性が駆け落ちで逃げてしまったので、結婚式を取りやめにしたい」などと言い出せるような、そんな生やさしい段階にはなかった。


 とは言え、彼は王家筋であるものの、王位継承権のある王族ではない。それに、結婚するはずの逃げた美しいご令嬢だって、国外ではそれほど名が知られている訳でもない。


 なので、とりあえず間に合わせの結婚相手とでも結婚式さえあげてしまえば、ヴィアメル王国としてモーベット侯爵家としての面子は立つこととなる。


 たとえ、新婦の名前が招待状と違ってたって、ここで重要なのは新郎の名前だけなのだから。


 そんなこんなで、ジョサイア・モーベット侯爵閣下は、三日前からすぐにでも結婚出来る貴族令嬢を探す必要があった。


 けれど、彼に釣り合うような身分で、年頃の良い条件のご令嬢は既に誰かと婚約済か、間に合わせの結婚相手になってくれなどと言えるはずもない名家のご令嬢ばかり。


 そこで白羽の矢が立ったのが、身分がそこそこに釣り合い、以前に婚約破棄された令嬢……つまり、この私だ。

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