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19 婚約者

 ひと月ほど前に急遽結婚してからというもの、これまでの私は夫ジョサイアと同じ邸で暮らし、彼が鍵のかかっていない扉で繋がる隣の部屋で寝ていても、そのことを気にしたことなんてなかった。


 何故かというと、私は彼は逃げてしまった婚約者オフィーリア様のことがまだ好きなのだと誤解していて、好きでもない私のことなんて、全く気にも留めていないに違いないと、ずっと思って居たから。


 そう。そうだとしたら、彼は私に興味を持っていないし、何も起こるはずなんてないし、緊張することもない。


 だって、私のことなんて、眼中になんてないはずだから。


 けれど、昨夜に事実は私の思っていたこととは、真逆と言えるほどに全く違っていたことが判明し……あ。そうそう。ジョサイアはシュラハトからモーベット侯爵邸へと帰って来てから、彼待ちの使者に急かされて、慌てて仕事をしに城へと向かった。


 帰りの馬車の中で、今までに私がとんでもない誤解をしていたことは、ちゃんと理解することは出来た。


 それに、彼がオフィーリア様のところにやって来た理由は、私が誰かと密かに会っているかもしれないから、そういった場合には自分を呼ぶようにと、モーベット侯爵邸の使用人全員に厳命していたらしい。


 けど、私が一体誰に会うと、思っていたのかしら……? 結婚してから間もないし落ち着かないだろうと、遠慮しているらしい親族の訪問もまだないし、弟のアメデオとしか、まだ会えていないけど。


 ジョサイアは私が眠ってから帰って来て、起きる前に出て行ってしまったらしく、今日はまだ会えていない。


 けど……ジョサイアが今日城から帰って来たら、何を話すの?


 私は起きてからメイドに彼が居ないと確認してから、ドキドキそわそわ落ち着かない気分で時を過ごし、とにかく何かしようと昼には自分の農園に素敵な女性オフィーリア様に贈る精油を取りに来ていた。


 まだまだ、商品と言えるまでは遠い試作段階だけど、ねっとりとした甘い匂いが特徴で、それを嗅ぐだけでも精神的にも落ち着く特別な精油なのだ。


 あの時に身につけていたものだってセンスの良かったオフィーリア様に感謝の手紙を添えて贈れば、きっと喜んでくれるはず。


 他の香油などの配分が胆になるから、何種類か試してみて配合をきっちり決めてから、来年の花が咲く頃に商品化を見据えて量産する予定だ。


 ジョサイアは私のことを前から好きだったと言ってくれたけど、自分はどうなのだろうかと考えた時に、あんな告白をされてしまい、好きではないわと強がれるわけはない。


「レニエラ様。なんだか、今日はご機嫌で表情が明るいですね。何か良いことがありましたか?」


 酒として使うために、果汁の抽出作業をしているカルムは、近くでそれをぼうっと見ていた私に明るく声を掛けた。


「……ふっ……普通よ! 別に、何もないわ」


 首をぶんぶんと横に振って、慌てて否定した私に、カルムは意味ありげに微笑んだ。


「お嬢様は、本当に嘘が下手ですからね。顔が自然とほころんで、わかりやすいですよ。今結婚している人と、上手くいったりしたんですか?」


 あ……そうだ。このカルムには一年後に、離婚するって言ってあった。けど、今の状況では、きっと継続することになると思う。


「……実は、私が結婚した人は今まで思っていた人とは、全然違うみたいなの。カルム」


 嫌味でもなくにこにこと微笑むカルムは、それはこの前とは話が違うではないかとは言わなかった。


「それは、良かったです! ……レニエラ様は、ご結婚された方を好きになったんですね?」


 不意に思いもしなかったことを問われて、私は戸惑った。


「え……好き? 好きなのかしら?」


 私は昨夜、ジョサイアからの告白を受け、それについては何も答えてはいない。


 ……好き? 確かに、私はジョサイアのことは、好きだとは思う。有能だし真面目で優しくて驕ったところもなく、美形侯爵と名高い通りに姿も良い。


 彼と両想いになれるなんて、私はつい昨日まで思ってもいなかった。


 けど……出来れば、顔合わせの日から、全部やり直したい。強がって、彼の言葉を先回りして、早とちりして……なんだか、今、とても恥ずかしい事態になってしまった。


「え? なんで、疑問形なんですか?」


 一旦仕事の手を止めたカルムは、私が戸惑っていることが、不思議な様子だ。


「……ねえ、カルム。私、彼に愛して欲しいなんて望んでないって、言ってしまったんだけど……それを挽回するには、どうしたら良いと思う?」


「あ……そうなんですか……どうにも、複雑な事態になっていますね」


 力仕事でにじむ汗を布で拭ったカルムは、言葉の通り複雑そうな表情をした後、にっこり笑って言った。


「あれは間違いだと気がついたので、これからは愛して欲しいって、その人に素直に伝えれば良いと思いますよ」


「……そうなの?」


 そんなにも、簡単なことなの?


「そうです! 大体は、何も言わなくてこじれるんですから、自分のして欲しいと思うことは、素直に口に出した方が良いですよ」


 カルムの言葉を聞いてそれもそうねと、私は何度か頷いた。素直に言えば良いんだわ。


 私もジョサイアのことが、好きですって。



◇◆◇



「姉さん。おかえり」


 邸へ帰って来た私は、そこに学生服姿の弟アメデオが居て驚いた。


「……あら! アメデオ。どうしたの? 先に連絡をくれていたら、邸で待っていたのに」


「いや、姉の嫁入り先とは言え、先触れもなくごめん。僕は実はジョサイア義兄さんに伝えなければならない事があって、ここへ急ぎで来たんだ」


「急ぎ……?」


 私は緊張感を隠せない表情をした弟アメデオの、慎重な言いようが不思議になって首を傾げた。


 それとなく時計を確認すれば、この子は通常ならば、学校で授業を受けている時間のはずだった。


 制服を着ているということは、学校に居たはずなのに、こちらへと駆けつけたのかしら?


 そんなにも急ぎの用件がまったく見当もつかずに、私は何があったのだろうと不安がよぎった。


「仕事しているはずの城にも行ったんだけど、仕事がようやく片付いた義兄さんは、もう帰宅したと聞いてはいる……今はどこかに寄っているのかもしれないけど、闇雲に探すよりここで待っていた方が良さそうだし、待たせてもらうよ」


「あ……そうよね。そうだったわ」


 今までジョサイアの仕事が多忙過ぎたのは、自分と向き合うこともせずに結婚するという選択をした彼に対する、オフィーリア様の嫌がらせだった。


 その彼女が「気が済んだから、もう良い」と言ったのであれば、ジョサイアはやっとゆっくりと生活することが出来るんだわ。


「……姉さん。もしかして、何か知ってるの? いや、ごめん。そうも言ってられないんだった。姉さん……実は、今、大変な事態になっているんだ」


「大変なこと……?」


「そうだよ。あいつだ。ショーン・ディレイニーがやってくれた。あいつ、自分で婚約破棄した癖に、我が家と姉さんを婚約不履行で訴えると言い出したんだ」


「え……?」


 私は久しぶりに聞いた名前を耳にして「その名前は私の前で出さないって言ったわよね?」などと、アメデオを詰め寄ることなんて出来なかった。


 それに続いたのが、あまりに意味不明な言葉だったから。


「つまり、あれだけ派手に人前で、婚約破棄をした訳だからさ。僕らだって貴族院への婚約破棄の手続きは、言い出した側のディレイニー侯爵家がしたんだろうと思い込んでいたし、父さんもディレイニー侯爵に城で偶然会った時に念の為に問い合せたけど、そうしたと先方から口頭で確認したと言っているんだ」


「……そうよね。そうだと思うわ」


 何せあの時、信じられない事態に、ドラジェ伯爵家は大混乱だった。


 婚約破棄をすると言い立てたのはあちらだし、手続き自体は通常なら向こうがすると思うし、お父様もディレイニー侯爵家に確認したのなら、そう思うのも無理はないわ。


「けど、それはあの馬鹿男……ショーンが、自分は騎士になって大手柄を立てて、馬鹿なことをしたけど生まれ変わったと社交界には認めてもらうし、傷付けた姉さんには土下座して謝るからって泣いて言い張るから、ディレイニー侯爵家は二人の婚約自体は破棄したことにせず、そのままにしてたって言うんだよ」


 アメデオが心底不本意だと言わんばかりの苦い表情で吐き捨てたので、あまりに思いもよらない事態になっていたことを知り、私はくらりとして後ろへ倒れそうになった。


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