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14 港街

 次の日の朝。


 私は離宮から帰る馬車で、そのまま城へと向かうジョサイアを見送った。何故かというと、モーベット侯爵邸にまで、仕事が待っているからと使者がやって来ていたからだ。


 忙しなく出発する彼を見ていると、のんびり過ごしたのは私だけだったみたいで、なんだか心が痛む。


 そして、一人残された私がこれから向かうところと言えば……そう、港街シュラハトだ。私はまだジョサイアには彼女への気持ちが残っていることを知り、オフィーリア様に自ら会いに行くことにした。


 すべてのはじまりは、彼女が逃げたから、私たち二人は結婚することになった。


 けど、あんな風に逃げられてしまって、元婚約者のオフィーリア様のことが、まだ好きなのだとしたら、ジョサイアは彼女に会って直接話し合うべきなのだわ。


 彼は真面目な性格だから、妻が居る身で会う訳にはいかないと考えているかもしれないけど……これは浮気には当たらないし、別に良いと思う。私たちはいずれ離婚するんだから、それが少々早まるだけだもの。


「今からシュラハトへ行くわ……なるべく、急いでくれないかしら」


 朝に出発した離宮から王都へと戻って来て、今はもう過ぎ昼だった。だとすると、三時間ほどかかるシュラハトに着くのは夕方近く。


 急ぎ会いたいけど、誰かを訪問するには、あまり常識的な時間とは言えない。


 今はオフィーリア様が、どういう待遇で何をしているのかは知らないけど、私は彼女と会ったこともないし、誰かに紹介してもらえる訳でもないから、早馬で先触れを出せるような関係性にない。


 けれど、今日彼女に会えなくても、次の機会に会えるように訪問だけはしておけば良い。


「かしこまりました。奥様」


 帰宅しもう邸内へと戻るだろうと思っていた私が次なる目的地を指示したので、御者はとても驚いているようだった。


 彼らも荷物を下ろして、ようやくゆっくり休めると思っていたところに、悪いことをしたかしら。


 御者たちがバタバタと動いて、私はそのままシュラハトへと向かうことになった。


 流れる窓の風景を見ながら思う……男性と女性の恋愛観の違いについて。


 私がもし、ジョサイアがされたように、結婚式前に他の異性と逃げられたら、どんなに愛していようが心の中からすぐに追い出す。


 その後に運良く仲直り出来たとしても、常にその出来事がよぎってしまうと思うからだ。そもそも自分以外の異性と逃げようとした時点でもう、私ならその相手は恋愛対象ではなくなる。


 ならば、もう何も言わずに別れた方がお互いのためだと思う。


 けど、男性で考えの違うジョサイアは、そうまでされても、オフィーリア様のことを愛していたのだろう。


 物思いにふけっていたら、移動時間は短く感じシュラハトへの到着はすぐだった。


「……奥様。シュラハトへ到着いたしました」


「わかりました。私は知り合いに会いに行って来るわ……貴方たちはここで、待機していて。時間がかかるかもしれないし、夕飯でも好きに食べて来なさい」


 共用の車止めに馬車を置いているので、私は彼らに指示をした。


 二人の御者は顔を見合わせて、私の気を使った指示に困惑しているようだ。


 ……どうしてかしら。私は以前にもオフィーリア様の情報を求めてこの街に来たけど、その時はすんなりと今の指示で従ってくれたけど。


「奥様。申し訳ございません。ご主人様より、奥様をお一人にしないようにと伺っております」


「まあ! そんなことを……ジョサイアが言ったの?」


 二人は女主人の私に逆らうことを恐れているのか、何度か頷き、大きな身体を縮こめた。


 ……確かにモーベット侯爵ジョサイアの指示なら、私より優先されるべきだわ。二人の困った顔を見るに、私がここで我を押し通す訳にもいかない。


「申し訳ありません。奥様」


「いいえ。貴方たちが謝ることはないわ。夫からの指示なら、仕方ないわね。一緒にいらっしゃい。行き先は高級宿だから、貴方たちの夕飯は、そこで食べられないかもしれないけど……」


 彼らは御者なので、あの高級宿の客にはなり得ない。ドレスコードがあるからだ。私が心配してそう言えば、二人は競うように大丈夫だと頷いた。


 そういえば、ジョサイアは私が誰と会うのかを気にしていたから、私の交友関係を把握しておきたのかもしれない。


 彼は王の側近で、宰相補佐だもの。妻の社交での情報漏洩などにも、細心の注意を払っているかしら。


 オフィーリア様の居るという高級宿は、前にも確認したことがあった。私は迷うことなく、辿り着くことが出来た。


 宿屋の受付で彼女を訪ねてきたと言えば、確認を経てすんなりと部屋へと案内され、逆に上手く行き過ぎて戸惑ってしまった。


 私は豪華な応接間にあるソファへと座り、緊張しながらオフィーリア様を待った。


 まずは、何を話せば良いかしら……とにかく、ジョサイアの気持ちはまだ彼女にあると伝えねば。


 唐突に扉が開いて、私は驚いて目を見張った。あら……考え込んでいて、彼女のノックの音に気がつかなかったかもしれない。


 想像していたよりも、断然に美しい女性だった。絹糸のような金色の髪に、輝く緑色の目。人形のような顔には、不機嫌そうな警戒が見えている。


「あ……はじめまして。私は……」


「知っているわ。はじめまして。ジョサイアの奥様。私に何の用?」


 こんな風に自己紹介をしようとしてぶしつけに遮られたのは、初めてのことだった。戸惑いを隠せずに、私は用件を口にした。


「あの……ジョサイアのことで」


「ジョサイアのことって……私に、何を聞きたいの? けど、貴女と結婚したと聞いて、安心したわ。臆病者の意気地なしも、結婚したい人に結婚したいと言えたのね」


「……え? あの?」


 彼女の言葉の意味がわからずに私が驚いて言葉を失っていると、オフィーリア様は私の胸の辺りを見て眉を寄せ嫌そうに言った。


「正直に言えば、私は無関係になったジョサイアのことなんて、どうでも良いの。私がイラつくのは、その胸よ! 一体何を食べたら、そんな風になるの?」


 私は確かに、同世代の女性の中では胸は大きめだ。オフィーリア様は妖精のように細身の体型なので、胸が大きいとは言えない。


「え? ふっ……普通です……」


 思わぬ話の展開に、戸惑うしかない。夫の元婚約者に会いに来て、胸が気に入らないって言われるなんて思わないもの。


「あのね。その可愛い顔に大きな胸も身体に付いてるからって、私のことをバカにするんじゃないわよ。胸が小さい人にだって、大きくなりたいという願望はあるんだから」


 胸のことを言われたので、反射的にオフィーリア様の胸を見てしまい、それが彼女を苛々させてしまったらしい。


「ちょ……ちょっと待ってください! そんなの、してないです!」


 彼女との胸の大きさを比較するなんて、考えたこともなかった。


 私はオフィーリア様のような体型に憧れることがあるし、きっと誰もがないものねだりだと思うのに。


「はーっ……まあ、良いわ。それって、私が貴女のことを知って、一番にイラついたところだから、言いたかっただけ。で。ジョサイアがどうしたの? せっかく前から好きな女性と結婚出来たのに、幸せな結婚生活とはいかなかったの?」


「……え? 好きな女性って、オフィーリア様のことでは?」


 私がそう言うとオフィーリア様は、半目になって低い声になった。


「……まず、最初に言っておくけど、ジョサイアは私の事なんか、好きじゃないわ。向けられる感情を強いて言うと、無関心よ。婚約者の役目を果たしている人形とでも思って居たんじゃないかしら」


「えっ……なんで、そんな酷いことを言うんですか……あんなにも、大事にされていて……」


 彼女はジョサイアと婚約していた間、ずっと贅沢をさせて貰っていたはずだ。それなのに、そんな言い方……。


「何もわかってないわね。レニエラ様。なんでも言いなりになる男なんて、私の事を愛していないわ。本当に愛してくれている人は、言わなければならないことを、私にちゃんと言ってくれる男よ。贅沢させて甘やかされるだけなんて、まるで飼い猫じゃない。そんな愛され方を望むのなら、話すこともないわ。だって、何にでも肯定しか返さないのなら、そもそも話す意味がないでしょう?」


「っ……それは、確かに……そうですが」


 なんだかとても怒っている様子のオフィーリア様に、たじたじになってしまい何を言うべきか迷った。


 ここまでで一番に良くわからないのが、ジョサイアがなんで、私のことを好きなことになっているの……? 少し前まで、彼は彼女と愛し合っていたはずなのに。


「私も彼が好きではないわ。ジョサイアは私とは違うところを、いつも見ていたもの。そんな男、こっちから願い下げよ」


 私の心の中の疑問を見透かすように、オフィーリア様はそうキッパリと言った。

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