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「はは。姉さん……何をわかり切ったことを言ってんの。まあ、それはそれは、忘れられないことだろうね。結婚式直前に一介の騎士と駆け落ちされて、自分と侯爵家の面子を丸つぶれにされた訳だから……僕が義兄さんだとしても、一生、彼女のことを忘れられないと思うよ」


 皮肉気なゆっくりとした口調でアメデオはそう言うと、お茶を飲んでから長い足を組んだ。


「確か……かのオフィーリア・マロウと駆け落ちした相手は結局自分の家に帰って、あれは気の迷いだったから家に戻りたいと泣き落とししたらしいよ。モーベット侯爵家がどんな条件で、果たされなかった婚約について手を打ったかは知らない。それに、マロウ伯爵令嬢も、報いは受けたと思うよ。少なくとも、あれをやって我が国の社交界に戻るのは無理だろうね」


 私は婚約破棄されてからというもの、ほぼ引きこもっていたので、噂を聞くような人脈だって今はない。だから、アメデオの話を聞くまで、そんな事態になっているということを知る術はなかった。


 だって、真面目なジョサイアは絶対、私にオフィーリア様の話を敢えてはしないもの。


「え。それって、彼女はどこに行ってしまったの……?」


「僕も噂に聞いた限りだけど……あの、大きな港街シュラハトがあるだろう? なんでも駆け落ちした騎士と別れた後に、そこに船団を持つ、豪商の愛人みたいな立場に納まっているらしいよ。つまり、乗り換えたんだろうね。義兄さんが居場所を知っていても、彼女に会いに行っていない時点で、二人の関係はどういったものか知れるけどね」


「え。けど、ジョサイア本人は……オフィーリア様がどこにいるか居場所を、既に知っているの?」


 驚いた私にアメデオは、肩を竦めて頷いた。


「いや、それはそうだと思うよ。僕がこんなことを言うのもおかしいけど、モーベット侯爵は未来の宰相候補だ。既に権力者の一人なんだから、彼女の行動は、一番に彼の耳に入ると思う。だから、姉さんはもう気にしなくて良いんだって。義兄さんはいろいろあったけど姉さんと結婚出来て、今は幸せそうだと評価されているんだから」


「そう……」


 けど、ジョサイアがもし、彼女に会いたいと望んでも、今は私という名目上の妻が既に居るのなら、大手を振って迎えに行ける訳がないわ。


 私たち夫婦はここひと月で、朝食時に合わせて数時間程度しか、まだまともに話せていないけど、それだけでもそうだとわかるくらいにジョサイアは真面目な人だもの。


 ……書類上とは言え、妻が居る身では、彼は動けないと思っているのかもしれない。


「けど、ジョサイアはそんな我がままを、なんでも聞いてしまうくらい大事にしていた彼女と、結婚するはずだったのよ。アメデオ。それだけ愛しているのなら、一度は気の迷いで逃げたにしても、間違いを犯した彼女を許そうとしたら?」


 ジョサイアは、この前まで親しく話したこともなかった私にだって、こんなにも優しい。


 今の私に、してくれるような……あれほどまでに大事にしていた彼女が、自分の元へ帰って来たいと言えば、許してくれるかもしれない。


「え。だから、そんな訳ないって……モーベット侯爵が、最終的に結婚したのは、姉さんだろう。その権利を自分で放棄したあの女のことなんて、姉さんはもう忘れて気にしなくて良いよ」


「……けど」


 いくら我がままな婚約者だったとは言え、あれだけのことを、普通にしてしまうなんて……それって、好きだからでしょう?


 それに、ジョサイアとオフィーリア嬢は、お似合いで愛し合う理想の婚約者同士で、社交界皆の憧れだったのよ。


「何もかも条件が揃った結婚相手モーベット侯爵を、結婚式直前に捨てて、一介の騎士と駆け落ちしたんだ。恥をかかされた義兄さん本人が許そうが、彼の周囲が決して許さないだろうね。その面々には、陛下も含まれていると思うよ」


「陛下とジョサイアは、本当に仲が良いみたいだものね……正直に言えば、驚いたわ」


 王族と臣下ゆえ、彼らはお互いにある程度の線は引いていると思うけど……ジョサイアは見るからに真面目な人だし、陛下が彼のことを信用して重用しているんだと思う。


「……そんな重要人物の顔に泥を塗ったんだから、制裁はされてしかるべきだよ。僕はありがたく、幸運だと思っているけどね。姉さんが諦めていた結婚だって、こうしてすることも出来たし……しかも、モーベット侯爵家は、同じ侯爵位にあるとしてもディレイニー侯爵家より、断然格上だ」


「ねえ。アメデオ。姉と前にした約束を忘れてるの? その名前は、私の前では二度と出さないはずだったけど……?」


 久しぶりに聞いた、とてつもなく嫌な家名を聞いて、私はどうしてもイラッとしてしまった。


 姉にじろりと睨まれても、アメデオは悪気なく涼しい表情のまま軽く肩を竦めた。


「えー。姉さん、わからない? だって、これはあの男に対し、一番良い復讐方法なんだよ。結婚相手のモーベット侯爵は、次期宰相で王の従兄弟。しかも、社交界では女性に人気な美形侯爵だ。この話を聞けば、あの馬鹿男はハンカチ噛んで悔しがると思うよ。僕はそれを賭けても良い」


 本人でもないのに自信満々に言い切ったアメデオを見て、私は呆れて息をついた。


「……それはどうかしら。どうせ私のことなんて、今頃、綺麗さっぱり忘れていると思うけど」


 あれだけ毛嫌いしていたんだから、私のことなんてどうでも良いと思っているに決まっている。


「はははっ……姉さんって、誰かが何か言えば、その言葉の通りの意味だと受け取ってしまうところが、本当に可愛いよね」


「……どういう意味なの?」


「そのままの意味だよ。それより、事業のことはどうするの? 一応姉さんから言われた通りに、管理はしてるけど……こうして無事に結婚出来たんだから、もう良いんじゃない?」


 アメデオにわざとらしく話題を変えられたことには気がついたけど、あの名前を聞きたくないし、追うような話題でもないかと私はカップを置いた。


「そ、それは……駄目よ」


 だって、実業家になり生計を立てる事業がなくなってしまうと、ジョサイアと離婚が出来なくなるもの。


「え?」


 ……あ。そうだったわ。アメデオにはまだ契約結婚のことを話していない。


 けど、ここまで話した情報から察するに、アメデオはジョサイアとは、絶対別れるなと言うわよね……。


「……ジョサイアともし、喧嘩したら、侯爵家のお金を使う時に罪悪感あるかもしれないでしょ? だから、これは私が自由に使えるお金を稼ぐ用よ。別に悪いことしてないわ。現にモーベット侯爵家は、いくつも商会持ってるもの」


「ふーん……まぁ、僕も自分で稼いだお金ならば、夫に気兼ねなく使えるという姉さんの考えには同意する。あ、義兄さんって何時に帰ってくるの? 僕、少し話したいんだけど」


 アメデオはジョサイアの動向が、とても気になると言わんばかりに、パッと壁掛け時計を見た。


「ああ……ジョサイアは今日も、遅いと思うわ。日はまたぐんじゃないかしら。なんでも結婚式前から、国交問題が上手くいかずに、本当に忙しいみたいなの。だから、明日は王家から招待された夜会があるから、休日が取れたと言ってたんだけど……」


「え! そうなんだ。ジョサイア義兄さんは、結婚式をしてから、ずっと仕事が多忙だったということ?」


 いつも冷静なアメデオは目を見開いて、珍しく驚いた表情になっていた。


「それは、そうでしょう。式の次の日の朝には、仕事に出て居たんだから……あ。一日だけ、上司の宰相がお休みをくれたのが、さっき言った劇を観に行った時よ。とは言っても、書類を見て欲しいとかで夕方に城に呼び出されたわ。本当に、大変みたいなの」


 弟の大袈裟な反応に苦笑した私は、当たり前よと言わんばかりに頷けば、アメデオは座っていたソファからすっと立ち上がった。


「挨拶だけでもしようと思ってたけど……もし、義兄さんが今日早く帰ってきても、邪魔者になりそうだし、帰るよ」


「え……? アメデオ。どうかしたの?」


「いや、新婚ほやほやな夫婦の邸に来るというのに、事前の情報収集を怠った僕が悪いんだ。姉さん。とにかく、また連絡するから」


「ええ……わかったわ。気を付けて帰ってね」


 私が頷いたところを確認してから、アメデオは颯爽と扉を開けて出て行った。

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