怪人現る
「いずれにしても、店名を『万休にゅうめん』に変えるなんて無茶です」
重役は、にゅうめんマンの提案に抵抗した。
「にゅうめんみたいなマイナー料理を店名に掲げたら、お客さんが来なくなります。下手をしたら、にゅうめんがどういう食べ物が知らない人さえいるんじゃないですか」
にゅうめんマンは、この言いぐさに憤慨して
「文明を離れて世界の果てに暮らす人間でもなければ、にゅうめんがどういう食べ物か知らないはずはありません。――この話はなかったことにしましょう」
と言うと、革張りの椅子から立ち上がり、部屋の出口へ向かってすたすたと歩き始めた。重役は慌てて引き止めた。
「ごめんなさい。待ってください。さっきのは……言葉のあやです!」
これほど苦しい言い訳もないが、にゅうめんマンは立ち止まった。重役は続けて言った。
「今後も怪人による人的被害が出続けたら重大な損害が生じることは避けられません。改名でもなんでもしますから、どうか怪人を退治してくださいませんか」
「本当に改名してもらえますか」
「本当に改名します」
「分かりました。お引き受けしましょう。そちらも約束は守ってくださいよ」
「もちろんです。ただし、怪人に仲間がいた場合のことなどを考えて、万休そばを改名するのは、万休電鉄に対する暴力的な営業妨害行為を完全に解決したら、という条件でいいですか」
「それでかまいません」
こうして、にゅうめんマンは万休電鉄の依頼を引き受け、怪人が再び現れるまで、京都市内のホテルで待機することになった。
* * *
早くもその2日後、万休電鉄の烏丸駅に怪人が現れた。烏丸駅は、京都市内の万休電鉄の駅としては最も乗降客数が多い、大きな駅だ。にゅうめんマンはこの駅のそばで待機していたので、持前の足の速さを生かし、連絡を受けてから数分で現場に駆け付けた。
駅は怪人の出現で大混乱していた。その場にいた人たちの大部分はすでに避難したようだったが、逃げ遅れた者がまだそれなりにおり、駅員に誘導されて、駅のホームから改札のある地下通路へ、階段を上って来た。この人たちを、山で修業をする修験者みたいなかっこうをした鳥面の男が
「こんなダサい電車に乗るのはやめろ!」
と言いがかりをつけて、ぽかぽか殴っていた。話に聞いたとおり、男の背中には折りたたんだ1対の大きな翼もついている。にゅうめんマンはこの男の前に颯爽と立ちはだかった。
「罪のない人たちをぽかぽか殴るのはそこまでだ」
「む!誰だお前は」
「人にそれをきく前に、まず自分が名乗ったらどうだ」
「それもそうだな」
怪人は意外と素直だった。
「俺は鞍馬山に住む烏天狗だ」
「烏天狗だって?」
にゅうめんマンは、怪人の正体が鳥のかっこうをした鳥好きの変人だと信じ切っていたので、そうではないと知りショックを受けた。だが、気を取り直して話を続けた。
「名前は何というんだ」
「%@&#だ」
「えっ。何て」
にゅうめんマンは聴き取れなかった。
「俺の名は%@&#だ」
「ごめん。聴き取れなかった。もう1回名乗ってくれ」
「%@&#」
何度聞いてもまったく分からない。怪人は言った。
「聴き取れないのも無理はない。これは烏天狗語だからな。人間の言葉に訳すと『天狗』という意味だ」
「天狗の個人名が『天狗』っておかしいだろ。ふざけているのか」
にゅうめんマンは不真面目な名前に対して怒った。
「ふざけてなどいない。俺の名前は真剣そのものだ!」
怪人はにゅうめんマンをにらみ返した。