霊山電鉄、悪に目覚める
霊山電鉄は京都市北部を走る小さな私鉄だ。観光地である鞍馬、貴船や複数の大学を結ぶ路線を持っているが、なにぶん規模が小さいし、それほど栄えているわけでもない。
この霊山電鉄で、桜のつぼみがほころび始めたある日、社長が重役会議を開いた。
「京都市の全鉄道を我々の手で支配してみたいと思わないかね」
開口一番社長は言った。思いがけない言葉に重役たちはざわついた。
「そりゃあ支配できたら嬉しいですけど、正直言って、うちみたいな小さな鉄道会社には難しいのでは」
重役の1人、50がらみの男が答えた。この情けない発言を聞いて、社長はぴしゃりと言い放った。
「そんなだから、お前はいつまでたってもうだつが上がらないし、女にもモテないし、出べそなんだ」
「ひどい。ていうか、私のうだつが上がらないのは、会社の業績が悪いせいですよ」
「お前には明日から100年ほど休暇をやろう。死ぬまで羽を伸ばすがいい」
「ごめんなさい。今の発言はなしでお願いします」
「社長には何か考えがあるのですか」
別の重役がたずねた。
「うむ」
「どのような考えですか」
「何だと思う」
「そうですね。……鉄道の成長のために私が思いつくアイデアといったら、例えば、人気のマンガとコラボレーションしてラッピング車両を走らせるとか」
「電車に絵を描いたところで何が変わるというんだ。そんな生ぬるいことを言っているから、お前は女房にも逃げられるし、人生のすべてが中途半端だし、『ふんどし帝国』みたいな意味の分からないあだ名をつけられるんだ」
「ひどい。ていうか、そのあだ名をつけたの社長じゃないですか。どういう国なんですか、ふんどし帝国って」
こうして、愛情を込めて社員たちを冷やかしてから、社長は自分の考えを語り始めた。
「いいか。霊山電鉄のすべきことは、マンガとのコラボレーションではないし、沿線でイベントを開くことでもないし、行政に支援を求めることでもない」
「それでは一体」
「武力だよ」
社長は言った。重役たちは動揺を隠せなかった。