7-2
一時間ほど歩く中で、獲物にできる動物に遭遇したのは四回ほど。鹿、兎、子猪。そのどれもに逃げられて、ナッチは気づいたことがあった。昨日ナタリーに聞かされた言葉が確かに本当であったということだ。
遠くに見える二匹目の兎の足元へアーシィの放つ矢が刺さる。兎は慌てて草むらに飛び込むともう視界の届かない場所まで逃げていってしまった。
他にもある。最初に見つけた鹿は角の先端に矢がかすって気づかれてしまったし、一匹目の兎はピンと立った耳のすぐ上を通過した矢がそばにあった木の幹に当たって出た音で逃げ出してしまったのだ。子猪に至っては、短剣を突き出そうとしたナッチの眼前を横切るように矢が飛んできて、それに怯んだ隙をついて獣は彼の横を走り去っていってしまった。
これが他の部員だったら、当たらないならせめて邪魔だけはするなと言っているところだ。しかしこれで確証が得られた。昨日、ナタリーに聞かされたときは半信半疑だったが――間違いない。アーシィは当たらないのではない。当てようとしていないのだ。いや、当てたくないといった方が正しい。以前、力づくで捕まえるなんてと言っていた。あの言葉は、こんなに深く根を張っていたものだったのだ。これでは辞めた方が良いと言われても仕方がない。ハンティングと真逆にある考え方だ。本来ハンティングは捕まえるなどという生易しいものではない。状況によっては獲物の命をも奪う技術なのだから。
「アーシィさ……」
「うん?」
ナッチが何事か口ごもっているのを見て首を傾げるアーシィ。問おうと開いた口から言葉が出てくる前に、ナタリーが言った。
「はぁ、それにしても当てらんないねアーシィ。そうだね、今度はもっと上……獣の頭上から狙ってみようじゃないか」
「頭上? というと……」
「木に登るんだよ。あんたは木の下で待機な、ナッチ」
「……はい。ナタリーさん」
アーシィは先ほどから獣たちを傷つけまいとして気が気でなかったため、体もだがそれよりもっと心が疲れていた。そろそろ帰りたいとさえ思っていたが、本気なら練習に食らい付けと言われていたのを思うと初日からリタイアもできず、今に至っている。枝の少ない木をスルスルと登りながら、アーシィは眉間に深いシワを寄せていた。上を進んでいたナタリーの足が止まる。彼女が太い枝の上に腰かけたのが見上げた瞳に映った。幹を挟んだ反対側にある枝を指し示されて、アーシィは頷く。その枝にまたがるのと、ナタリーが短い悲鳴を上げるのとがほぼ同時だった。
「うぁっ!」
「ナタリーさん!?」
一拍遅れて彼女の持っていた荷物が落下していくのがアーシィの視界の端に映った。それがナッチの頭部に直撃して、彼が木の根元に倒れこむ。アーシィは慌てて下に降りようとしたが、そこを苦しそうな声のナタリーに止められた。
「待つんだ。毒ヘビが居るよ……!」
「どこに!?」
「あたしを噛んだ後、荷物と一緒に落ちてった……。くそ、右腕が痺れて、弓が引けない!」
「そんな! 下にはナッチが伸びてるんですよ!? 早く降りて」
「駄目だ! そんなことしても、あいつに取って格好の獲物が一人増えるだけさ。ここから狙いな」
「僕が!?」
ざぁっと血の気が引いていくのが自分で分かった。必死で首を横に振る。