6-3
「トドメ刺したの先生だぜ……」
「言うな。教師にあるまじき行ない、反省はしている」
「オレ、追いかけるよ先生」
「いや。その役目は譲ってくれナッチ。教師としてではなく、一人の人間としてこのままにはできない」
少年の名を呼んで走り去っていく教師の背を見送ってから、ナッチと呼ばれたアーシィの級友はまだ射場にいる女性に向き直った。
「お願いがあります。どんなに見込みがなくても、辞めろなんて言わないであげてください」
「あんたは?」
「あいつーーアーシィの友だちです。あいつには、どうしても果たしたい約束があるんです。ハンティングの段取得は、そのために必要なことで……」
「待ちな。あたしは見込みがないと言った覚えはないよ」
「ーーえ?」
「あんた、あの子の理由を知ってるんだね。仲が良いなら、協力頼めるかい」
小学生の頃から知っている遊び相手は、あの事件があってからは共にハンティング有段者を志す同朋に変わっていた。順調に級を進めているナッチは、腕前以外はアーシィと自分の立ち位置は同じだと思っていたが、アーシィはハンティングの話題になるといつも遠くを見るような目つきをして、ナッチの想いなど知らぬ風だ。仲は悪くないが、親友とまではいかない。ーーけれど、協力はしたいと思った。ナッチは無言でうなずいた後、まっすぐに女性を見つめて言った。
「何をしたら良いんですか?」
女性は満足そうに笑った。
* * *
「アーシィ……こんな所に居たら蚊に刺されるぞ」
昼休みに園芸部が世話している温室は夏場の放課後には誰も居なくなる。蚊が多すぎるからだ。アーシィはその花壇の縁に並んでいるレンガに腰かけて両ひざを抱え、顔をうつ伏せていた。
「まさか泣いてないだろうな……謝るよ。悪かったって」
「……先生は、来たりしないと思ってた」
「なぜ? これでも、あの時の言葉は忘れてないぞ。果たすべき約束として、な」
「約束なんてしたっけ」
「冷たい声で言うなよ〜。……味方だって、言ったろ?」
アーシィはそっと顔を上げてアゴを膝の上に乗せた。つぶやく声はかろうじて教師にだけ届く程度の音量。
「……ぼく、本気だよ。エストに会いたい気持ちは」
「わかってる。だからナタリーを連れてきた」
「あの人、分かってくれそうにないよ。先生とは違う」
「もっと本気度を見せつけて、分からせればいい」
「うん……?」
「そら、諦め癖が出そうだぞ。退治しろ! ここから先の君の人生、物分かりの悪い人間なんていくらでも出てくるさ。けど、そんな連中のために唯一の夢を諦めさせられたら悔しいだろ?」
頭を傾けて教師の方を見やるアーシィの目は光を湛えていた。
「分からせる……のは、どうやって?」
「さあ。練習を休まないとか。何がなんでも言うことを守るとか?」
「言うことなんて聞けるかどうか。何か自分ができることは他人にもできると思い込んで、無理難題を平気で言ってきそうじゃない?」
「腕は確かなんだ。少しばかり教え方が下手かもしれないがーーあいつの師匠も習うより慣れろのタイプだったらしいからな。それでも、本気なら食らいついていってほしいよ。先生は」
アーシィは明日もその次も、必ず練習を休まないことを約束して部室まで戻り、着替えを済ませて鞄を担ぐと学校を出た。いつもより早い帰宅をいぶかしんだ母親がどうしたのか聞いてきたが、アーシィは言葉を濁して答えなかった。風呂の間も食事の間も浮かない顔をして、そのままベッドに潜り込むまで同じ表情をしていた。こういう時こそ日記だと思い、ベッドから抜け出て筆をとる。
「『今日は』……」
お決まりの文句で始めようとした日記をそこで止めて、考えること数秒。アーシィはページの半分を埋め尽くすくらいの大きな字で書いた。
『ナタリーさんのばか』
ようやく少し気が晴れて、ベッドに戻ったアーシィはすやすやと眠りについた。
* * *
次の日の教室で、ナッチがアーシィに言った言葉は衝撃的だった。
「再来月のハンティング初段試験、一緒に受けようぜ」
「なっ……」
アーシィは開いた口がふさがらなかった。