6-1
全然当たらない矢を打ち続けているだけの部活でも、いいことはある。運動部なので真面目に参加していれば体育の点数に加点されるのだ。おかげで、成績簿の体育の欄は十点満点中九点をキープしている。一番良いのは生物学で、一番悪いのは数学。興味のあるなしできっぱりと成績が分かれる。
「将来は生物学者にでもなろうかな。エストのこと深く研究してさ……」
時々、エストの角の一部に向けて話しかける。答えが返ってくることはないが、繋がっている気がしていた。
角の大部分は町役場に置いてある。町づくりの資金として持っていかれたのだ。その代わり、エストが戻ってくればいつでも町に入れて良いという取り決めになっている。
エストが去ってから、アーシィたちは大変だった。町の人々を根気よく説得して回ったのだ。あの獣は人殺しだと信じている人々に無実の証拠となる傷跡の鑑定結果を見せて、同時にあの獣は大人しい草食獣だったことや人語を解す知能の持ち主だったことなどを語っていく。
それでも最初の頃はなかなか理解は得られなかった。多かった意見としては、巨大になる獣はたとえ大人しくても近づかれただけで強風が舞い起こったりして、年寄りや子どもには危ないとのこと。家の屋根に止まられたら家が潰れるとか、道路がヒビ割れるとか。そんなことも考えられてなかなかいい手応えが得られなかった日々。変わってきたのは、アーシィがエストから聞いていた生態のことを思い出したからだった。白い砂浜に棲息する天敵が苦手なため、白い路面や屋根には降りられないと言っていた。以前から細々と続けられていた町づくりの方向性が、白を基調としたものへと少し変化したのはそれを受けてのことだった。
商店街や住宅地の通りや屋根を白い材質でリフォームし、町の中心部から森へ続く道を白から黒へ移り変わるグラデーションで敷き詰める。使う物は白黒のレンガだ。どちらも雨風に強く耐久性に優れている。だが価格は高く、生産地ではあるものの気安く大量に消費することは難しい。そこでエストの角というわけだ。流通量を上手にコントロールすれば常に高値で取引できる。全体は残したまま少しずつ枝の部分を折り取って薬材問屋に持ち込んだらなかなかの利益が上がっているとアーシィは聞いていた。
「ねえエスト。今ごろどうしてる? ひもじい思いなんかしてないよね。折った角の跡はどうなったのかな。傷跡は残ったりしてる? また会える日は……遠いのか、な……」
あくびの出たアーシィはもぞもぞとベッドの中に潜り込んで目を閉じた。
部屋の明かりは既に消してあったので、もう他にすることはない。
おやすみ。そうつぶやいて数秒後、アーシィはすやすやと寝息を立て始めたのだった。