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アーシィにはエストと別れてから始めたものがもう一つある。毎日ではないが、日記を付け始めた。一番最初に書くのは日付けで、それからその日の出来事、エストに会いたいという気持ち、明日に向ける期待。順番に読むと、日付が飛び飛びなのがよく分かる。いい事があった日も嫌な事があった日も同じくらい書かれていて、最近の結びの言葉はほとんど『明日こそ当たりますように』。矢の事だ。
今日も同じ言葉を書いて日記を閉じたアーシィは冷たいベッドに潜り込んで、そろそろ毛布かななどと考える。自分の体温でほわりと温まっていく布団の中で考えるのはいつも今日ではなく明日のこと。
「明日はきっと……」
きっと、今日よりもっと成長している。そう信じているのだ。
けれど、この日はふと考えた。
もしも母親の言う通り、格闘術に転向したら、劇的に変わったりするだろうか。ブレがないのと、変化を嫌ってしがみつくのとは違うと思う。けれど、まだ弓矢を始めてから半年しか経っていない。見切りをつけるには早すぎのようにも感じられてーー迷いばかりが大きくなるのだ。
確かに育ちはする。何しろ成長期だから。しかし、目標がある以上、無駄なく育ちたい。だから道を間違えたくないのだけれど……。
思い悩んで答えが出ないまま、今日もアーシィは眠りに就いた。
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「いいこと思いついたぜ! アーシィも絶対に的に当てられるようになる方法!」
数日後。級友が考えた案は誰でも一度は考えそうな簡単なーーけれど実現はそこそこ難しそうなものだった。
「外れたぶん斜めに打つって……いや、確かに理屈ではそうなんだろうけど」
「何だよその疑いの眼差し! 試したことあんのかよ!」
正面から指さされてそう言われると、試さなければいけない気分になってくる。アーシィは絶対あんまり意味ないだろうと思いながらも斜め打ちをやってみることにした。
まずはまともに狙って一矢。的の左に拳一つ分ずれたから、弓を的から右にはみ出るように構えて矢を放った。するとーー。
「だーっはっはっはっは!!」
心底楽しそうな笑い声は、今度は的の右に飛んで行った矢を指差して腹を抱えている顧問の先生からのものだった。
「だぁっ! もう、真剣な生徒の失敗を笑い飛ばすんじゃねえよ!!」
「いや、悪い。ぷ。大丈夫だ先生は味方だぞ? このままだろうと転向しようと、どっちを選んでもな……くくく」
「……なあ先生。ホントに味方?」
「ん。マジな顔になったな。本当だぞ。格闘部と掛け持ちが良ければ取り計らってやる」
「掛け持ちは要らないよ。試合に出たいわけじゃないから。格闘部には入らない」
「じゃあ、どうしようか。確かお母さんが教えてくれそうだって? ハンティング部は辞めるか?」
「それは嫌だ。部活は続けたいよ」
「でもそうすると、部活の中では当たらない矢を打って無駄に時間を潰すかい? いや、そのうち当たるようになるかも知れないけど……」
「ああ、もう! それで悩んでるんだよ」
「本当は、何事も忍耐だから一つのことに腰を落ち着けて取り組みなさいと、先生なら言いたいんだけどね」
「何度やっても当たる気がしないんだ……」
「本当の成長は一朝一夕じゃないよ。アーシィ」
「うん……」
持ち上げた両手で後頭部を支えて目を閉じる。
周囲にはまだ練習を続けている生徒たちの騒ぎ声。誰かが的に当てた音が響いた。




