魔獣の女神スリープ
自分の部屋に戻ったレイジは、ベットの上に仰向けに倒れ、天井を見ていた。
「エミリアとウロボロス……か」
生みの親の名を口にしたレイジは、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
その時、部屋の扉からコンコンとノックの音が響いた。
「どうぞ」
レイジがそう言うと、扉がゆっくりと開き、一人の人物が部屋に入って来た。
その人物は、金と黒の髪を伸ばした美しい女神。
黒いパーカーを着ており、首にはヘッドホンが掛けられていた。
「ルルアか」
「どうもマスター……調子はどうですか?」
「まぁまぁ……そっちはどうなんだ?新しい身体の調子は?」
「まぁまぁです……さっきの話、聞いてました。マスターの両親の事」
「……そっか」
ベットから起き上がったレイジは頭をガリガリと掻きながら、話を始める。
「俺さ……転生する前さ、光闇レイジっていうキャラクターが嫌いだったんだよね。どうしようもないくらいクソ野郎でクズで最低で……いかにも悪役って感じの光闇レイジが大嫌いだったんだ」
「……」
「でもな、今は違う、光闇レイジに転生してから、色々と分かった。コイツも苦労してきたんだなって」
「マスター……」
「俺は……この身体のためにも別の未来を作る。平穏に生きられる未来を…絶対に作る」
それはレイジの決意だった。
平穏に生きたい。ラスボスとしてではなく、一人の人間として生きたいと。
そのために何が何でもやってみせると。
レイジの想いが伝わったルルアは、微笑みを浮かべた。
「私も手伝いますよ、マスター」
「ありがとう、ルルア」
「なーに。マスター一人だと心配ですからね」
「うっわ、腹立つなお前は」
「それが私ですから」
「…ぷははは!」
「アハハ!」
レイジとルルアは同時に噴き出し、笑い出した。
その時だった。二人の背筋が凍るような悪寒が襲ったのは。
「この感覚は…あの時の!」
「!こ、この気配……魔の森からのほうです!」
嫌な予感を感じたレイジとルルアは、窓から見える魔の森に視線を向ける。
二人の頬に一筋の汗が伝う。
「……ルルア」
「分かってますよ。これは……調べる必要がありますね」
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
気配の正体を探るべく、レイジとルルアは魔の森にやってきていた。
何が起きてもいいように、レイジは大人の姿で戦闘服を着ていた。
魔の森の中はとても暗く、不気味な場所。
常に魔獣達が血で血を洗うような争いをしている。
しかし今日は違った。
なぜか森の中は静寂に満ちており、魔獣の気配がない。
今の魔の森の様子に違和感を抱きながら、レイジはルルアと共に森の中を進む。
ガサガサと巨大な草を避けながら歩いてから、一時間。
レイジ達はとある場所で足を止めた。
「なんだ……ここは?」
レイジの視界に映し出されたのは、巨大なキノコ。
全長五十メートルはあり、マツタケのような形をしていた。
「こんなデカいキノコがあるなんて……食べられるかな?」
「マスター…なに言ってるんですか」
「いやだって元料理人としての血が騒ぐというかなんというか」
「はぁー…まったくマスターって人は」
レイジの発言にルルアが呆れてため息を吐いた。
その時、
「ね~。誰かそこにいるの?」
女の子の声が聞こえた。
「ルルア…」
「分かっています。こんな所で女の子の声が聞こえるなんてありえません」
レイジとルルアは周囲を警戒しながら、声の主を探す。
しかし人の姿は見当たらない。
一瞬レイジが「気のせいか?」と思った時、
「こっちだよ」
レイジの背後から女の子の声が響いた。
振り返ると、そこにはパジャマのような服を着た少女がいた。
ウェーブが掛かった長い黒髪。
長いまつげ。
眠たそうなタレ目。
そして頭から渦巻き状の角が生えていた。
「魔獣LV7!!」
咄嗟に少女から距離を取ったレイジは、掌に黒い箱を召喚。
その箱からキューブ状のチョコレート―――神甘を取り出し、彼は自分の口の中に投げ入れた。
するとレイジの身体から銀色の粒子―――神力が発生する。
「オーバースキル〔氷魔神化〕!」
レイジは神のスキルを発動。
レイジの身体から冷気の竜巻が発生し、地面や木や草などを凍らせる。
やがて冷気が収まると、彼は白い外殻と氷に覆われた魔神と化していた。
「凍れ!」
氷の化物となったレイジは、両手を前に突き出し、冷気を放射。
白い冷気が少女を呑み込む。
しかし冷気は一瞬で吹き飛ばされた。
吹き飛ばしたのは他でもない。
魔獣の女神だ。
「なっ!」
「次は……こっちの番」
眠たそうな顔で少女は掌を前に突き出した。
次の瞬間、彼女の掌から大量の黒い水が放たれた。
津波の如く勢いよく押し寄せる黒水。
レイジは目の前にぶ厚い氷を生み出し、黒き津波を防ぐ。
「水属性の魔獣か!」
「そうだよ…私はスリープ。水属性の魔獣だよ」
「スリープ…睡眠か。ならぁ、永遠に眠らせてやるよ!」
レイジは氷の大剣を作り出し、スリープに突撃。
冷気を宿した氷の刃で彼はスリープに斬りかかる。
しかし、
「遅い」
レイジの大剣をスリープは人差し指と中指で挟み取った。
そしてスリープは指に力を入れ、氷の大剣を砕いた。
「なに!?」
「この程度なの?」
大きく欠伸をするスリープ。
彼女はレイジを敵として認識していなかった。
圧倒的な実力差を感じたレイジは、この場から逃げようとした時—――スキル〔災悪視〕が自動発動した。
(こ、これは!)
レイジの頭の中に、死の未来の映像が流れ込む。
(これって…まさか!)
死の未来を見たレイジは、鋭い目つきでスリープを睥睨する。
「お前はなにがなんでもここで殺す!」
鬼のような剣幕でレイジは掌に、一本の刀を召喚した。
その刀は青黒く発光しており、刀身には球状の蒼い魔石が埋め込まれていた。
「ゲームの魔石で作った神話級魔道具—――〘氷乱〙。こいつでお前を殺す!」
レイジは〘氷乱〙を構え、柄に神力と魔力を流し込んだ。
すると球状型の魔石が輝き出し、刀身から黒い冷気が発生した。
「凍って死ね!」
レイジは漆黒の冷気を纏った刀を振るい、スリープに斬撃を刻み込んだ。
斬撃を受けたスリープは黒い氷に覆われ、氷像と化す。
「……やったか?」
レイジがポツリと呟いた。
その直後、スリープを覆っていた氷が甲高い音を立てて砕け散った。
「今のはちょっと痛かったかも」
眠たそうな目を怪しく光らせるスリープ。
彼女は人差し指をレイジに向ける。
「お返し」
刹那、スリープの人差し指から水の光線が放たれ、レイジの右腕を吹き飛ばした。
片腕を失ったレイジは顔を歪める。
「マスター!」
近くにいたルルアは掌から稲妻を放射し、スリープに攻撃。
迫りくる黄金の稲妻をスリープは水の壁で防ぐ。
その間、ルルアはレイジを抱えて、その場から離脱した。
「逃げた……まぁいいや。こっちはこっちでやらないといけないし」
そう言ったスリープはパチンと指を鳴らした。
すると空中に幾つもの黒い穴が出現。
そこから巨大な魔獣達が次々と現れた。
「さてそろそろ滅ぼそうかな……人間と女神を」
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