人形師の正体
アフリカに存在するとある廃ビルの最上階で、ピエロの仮面をつけた女性—――人形師は壁を強く殴った。
「くっ!まさかべへモスを倒されるとは思わなかったわ」
強力な傀儡であるべへモスを失ったことで、人形師は焦燥していた。
別に彼女はレイジを舐めていたわけではない。
むしろ警戒していた。だからべへモスを行かせたのだ。
しかしその結果、べへモスはレイジに倒されてしまった。
「べへモスを失ってしまったのは痛いけれど…まあいいわ。別のドラゴンを行かせるまでよ」
人形師は新たな傀儡をレイジの所に送り込もうとした。
その時、
「どんなドラゴンを行かせるか……詳しく教えてくれよ。人形師」
一人の青年の声が部屋の中に響き渡った。
その声を耳にした人形師は背中から大量の汗を流す。
自然と呼吸が荒くなり、彼女の手が震えだす。
今まで感じたことが無い恐怖と途轍もない殺気が人形師を襲う。
(この感じは……)
人形師は殺気を感じた方向に視線を向け、驚愕する。
「お…お前は!」
人形師の視線の先にいたのは、白銀の髪を伸ばした青年。
その青年は装甲が付いた赤黒いボディースーツを着用しており、その上には漆黒のジャケットを羽織っていた。
「よう人形師……会いたかったぜ」
深紅の瞳を怪しく輝かせながら、凶悪な笑みを浮かべる青年。
彼から放たれる威圧に耐えながら、人形師は口を動かす。
「こうして会うのは初めてね……光闇レイジ」
「そうだな人形師…いや、こう呼んだ方が良いか?魔獣LV7マネー」
「!!」
レイジの言葉に、動揺する人形師。
そんな彼女の様子を見ながら、レイジは言葉を続ける。
「マネー。つまり金だ。金のために生き、金を集めるのが生きがいとしている魔獣。だから麻薬や子供などを裏世界で売りさばき、金を稼いだ。そうだろう?」
「……ええ、その通りよ。光闇レイジ」
人形師はピエロの仮面を外して、床に投げ捨てた。
仮面の裏にあったのは、とても美しい顔。
赤い瞳を宿したツリ目。
整った顔立ち。
雪のように白い肌。
そして額には小さな丸い目が幾つも付いていた。
「どうやって知ったか分からないけれど、あなたの言う通りよ。私の名はマネー。金のために生きる魔獣よ。正体を知っているからには生かして帰さないわ。来なさい、ツインヘッドドラゴン!」
人形師―――マネーが叫ぶと、空中に二つの頭を生やした四足歩行のドラゴンが出現した。
そのドラゴンは体長二メートルはあった。
「ツインヘッドドラゴン。あの人間を殺しなさい!」
マネーの命令に従い、ツインヘッドドラゴンはレイジに突撃し、噛みついた。
しかし、
「痒いな」
レイジには効いていなかった。
レイジはツインヘッドドラゴンの頭をそれぞれ掴み、身体を引き裂いた。
赤い血が床に飛び散り、血の臭いが充満する。
「ウ、嘘……あんな簡単にツインヘッドドラゴンを倒すなんて」
「どうした?まだこれからだろう」
「!舐めるんじゃないわよ!来なさい、ブルーファイヤードラグーン!」
怒りに満ちた顔でマネーは、蒼く燃える人型のドラゴンを召喚した。
「あの男を殺しなさい!」
ブルーファイヤードラグーンは主の命令に従い、レイジに襲い掛かった。
蒼く燃え上がる炎の竜は拳を放ち、レイジの顔を殴ろうとした。
しかし迫りくる炎の拳をレイジは軽々と右手で受け止める。
「ぬるい」
そう呟いたレイジは竜の拳を握りつぶし、手刀を振るい、一閃。
鋭い斬撃がブルーファイヤードラグーンの身体を両断した。
「ブルーファイヤードラグーンまで…あ、ありえない。オーバースキルを使っているならまだしも。あなたはスキル一つも使っていないじゃない!」
目の前の現実が信じられず、戦慄するマネー。
敵を排除したレイジは鋭い目つきでマネーを睨みつけて、歩み寄った。
歩く度にレイジの首に巻いてある赤いマフラーが揺れる。
近づいてくるレイジに恐怖を感じながらも、マネーは立ち向かう。
「くっ!あなたの強さは認めるわ。でもね……ドラゴンを倒したぐらいでいい気になるんじゃないわよ!」
マネーは両手の指先から紫の糸を放射し、レイジの身体を強く縛った。
「その糸は力を減少させる効果があるの。しかも硬いからそう簡単に引き千切ることは」
「千切ることはできない」とマネーが言おうとした時、ブチブチブチと音を立てながらレイジは強引に糸を引き千切った。
そのことにマネーは呆然とする。
「すまないがもう一回言ってくれないか?」
わざと尋ねる白銀の死神。
彼の強さにマネーは戦慄する。
(どうして……どうしてどうして!なんで私の糸を!ありえない!いったいなんで)
なぜ自分の糸が簡単に引き千切られたのか考えていた時、マネーはある事に気が付く。
「あ、あなた……そのボディースーツ!」
「漸く気が付いたかマネー。お前の予想通りだよ。このボディースーツはべへモスの素材で作ったんだ」
そう。レイジが着用しているボディースーツは、べへモスの皮膚と甲羅で作られた神話級魔道具。
名は〘竜装〙。
高い防御力と身体能力強化効果を持つ、強力な魔道具だ。
「さぁ、マネー…調理の時間だ」
レイジはスキル〔装備装着〕を発動し、両手にリボルバー式銃双剣型魔道具〘血鬼〙を装備する。
「覚悟はいいか?」
レイジから放たれる殺気と威圧に、気圧されるマネー。
しかしこのままでは殺されると理解しているマネーは抵抗する。
「やれるものなら、やってみなさい!」
マネーは指先から紫の糸を伸ばし、振るった。
無数の糸が床や壁を斬り裂きながら、レイジに襲い掛かる。
「無駄だ」
レイジは双剣を振るい、迫りくる無数の糸を細切れに斬り裂く。
そして彼は一瞬でマネーの懐に入り込む。
「なっ!」
「お前…俺を人間だと思わない方が良いぞ」
冷たい声を発したレイジはマネーの胸に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
ボキボキボキと骨が折れる音が鳴り、マネーの口から血が流れる。
「グハッ!」
「俺は…死神だ」
深紅の瞳を怪しく輝かせるレイジ。
彼は回し蹴りを放ち、マネーを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたマネーの身体はいくつもの壁をぶち抜き、外へと飛び出す。
地面に向かって落下するマネーを、レイジは壁の上を走って追い掛ける。
「くっ!この化物が!」
マネーは両手の指先から糸を放射し、ビルとビルの間に糸を張り巡らせる。
そしてその糸にマネーは着地し、追いかけてくるレイジを睨む。
「いいわ。相手をしてあげる」
マネーは糸で二本の槍を形成。
糸の双槍を装備したマネーは、レイジに向かって跳躍する。
突撃してくるマネーを迎え撃つために、レイジは双剣を振るった。
双剣と双槍が激突し、金属音が鳴り響く。
「はぁ!」
マネーは槍から鋭い刺突を放ち、レイジの喉を貫こうとした。
だがレイジは双剣で、迫りくる刺突を受け流す。
そして舞うように双剣を振るい、マネーの身体に傷を付ける。
「どうした?この程度か?」
「黙れ!」
怒りで顔を歪めながら、マネーは双槍から怒涛の刺突を放つ。
それに合わせてレイジは双剣から連続の斬撃を放ち、迎え撃つ。
刺突と斬撃が何度も衝突し、火花を散らす。
両者とも一歩も譲らない。
このままでは決着がつかないと悟った二人は一旦距離を取り、地面に着地する。
「強いわね……確かに死神と名乗るぐらいはあるわ。だから……全力を出してあげる」
マネーは自分の影に糸の槍を突き刺した。
するとマネーの影から、紫色の液体が噴き出した。
液体はマネーの身体に纏わりつき、鎧の形へと形成していく。
「いいだろう。ならこっちも全力を出そう」
レイジは全ての強化系スキルを発動し、あらゆるスペックを強化する。
さらにオーバースキル〔炎魔神化〕を発動。
レイジの身体から赤黒い炎が勢いよく噴き出す。
激しく燃え盛る業火の中からレイジが現れた時には、彼は炎の化物と化していた。
腰から伸びた太長い尻尾に、全身を覆う漆黒の外殻。
頭から生えた赤熱状態の二本の角に、マグマの如く赤く輝く両腕と両脚。
そして背中と肩から噴き出す煉獄の炎。
爆炎の魔神と化した光闇レイジは双剣に、赤黒い炎を纏わせる。
「さぁ続けよう、マネー」
「そうね。光闇レイジ」
睨み合う二人の化物。
敵を排除すべく彼らは一瞬で距離を詰め、互いの武器を振るった。
剣撃と槍撃が激突し、衝撃波が発生。
その衝撃波でいくつもの廃ビルが崩壊する。
「はああああああああ!」
槍から鋭い刺突を放ち、マネーはレイジの喉を貫こうとする。
だがレイジは双剣をクロスして刺突を防ぎ、弾き返す。
そして今度はレイジが攻撃を仕掛ける。
「ヤアアアアアア!」
レイジは踊るように双剣を振るい、連続の斬撃を繰り出す。
怒涛の連撃をマナーは双槍で受け流す。
しかしレイジの一撃一撃が速く重いせいで、少しずつマネーは後ろに下がっていく。
「ウザイのよおおおおお!」
攻撃を受け流していたマネーは強力な蹴りを放ち、レイジの双剣を蹴り飛ばした。
武器を失ってしまったレイジは、慌てて距離を取ろうとする。
だがそれよりも早くマネーが双槍を突き出し、レイジの胸を貫いた。
「グハッ!」
口から血を吐くレイジ。
だが彼は歯を食いしばって、痛みに耐える。
「ユニークスキル〔竜爪〕」
レイジはユニークスキルを発動し、両手から五本の光の爪を形成。
その爪でマネーの両腕を斬り飛ばした。
「ガアァ!?腕が!」
激痛に襲われ、顔を歪めるマネー。
そんな彼女に、レイジは冷たい声で告げる。
「終わりだ」
レイジは爪が伸びた右手を構え、右肘から炎を噴射。
推進力が加わった突きが、マネーの胸を貫く。
貫いたレイジの右手には、血塗れの紫の魔石が握られていた。
「ゴホッ…負け…たわ」
口から血を吐いたマネーは紅蓮の炎に包まれ、指先から少しずつ灰と化して消滅していく。
「まさかここまで強いとは…思ってみもしなかったわ」
「そうかよ」
「光闇レイジ…」
「なんだ?」
「あの世で……待ってるわ」
そう言い残してマネーは完全に灰と化して消滅した。
魔獣の女神を倒した光闇レイジは胸に刺さっている槍を抜き、回復系スキルで傷を修復する。
そんな時、彼の前に黒髪の女神—――ハデスが現れる。
「ご主人様…おつかれさまです」
「ああ。そっちはどうだった?」
「はい。無事……助けました」
ハデスは両手に持っていた物をレイジに見せる。
彼女が持っていたのは、白い兎のぬいぐるみ……ルルアだった。
レイジがマネーと戦っている間、ハデスがルルアを救出していたのだ。
「ルルア……無事でよかった」
ルルアの姿を目にしたレイジは微笑みを浮かべて、ルルアの頭を優しく撫でる。
「遅くなって…ごめんな」
『本当に…本当に遅いですよ、マスター』
「ハハハ。相変わらずムカつくことを言うなお前は……」
『でも』
「ん?」
『嬉しいです。とても』
それはルルアの本心だった。
『マスターありがとうございます。助けに来てくれて』
「……ああ」
白銀の死神騎士、光闇レイジ。
彼はこの日、大切な仲間を救い出すことが出来たのだった。
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