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プロローグ

 薄暗い廊下を、鎧を纏った女性が必死に走っていた。

 彼女の顔には余裕がなく、焦りが宿っていた。


「ハァハァハァ!」


 口から荒い息を漏らしながら、女性は後に視線を向ける。

 視界に映ったのは、先が見えない通路。

 誰もいない。人の姿は無い。

 しかしなぜか……コツコツと足音が響いていた。


「なんなのよ……なんなのよ!」


 近づいてくる見えない敵に怯えながら、女性は走り続けた。

 それからしばらく走っていた女性は、外に通じる扉を見つける。


「あ、あった!」


 助かった!と思いながら女性は笑みを浮かべて、ドアノブを握った。

 その時―――女性の胸から血塗れの腕が飛び出した。


「え?」


 なにが起きたか分からず、呆然とする女性。

 彼女は口から血を吐きながら、後ろに視線を向けた。

 するとそこにいたのは、短い白銀の髪を伸ばした青年。

 その青年は右目に黒い眼帯を着けており、髪には桜の花びらのヘアピンが留められていた。


「残念だったな。あと少しだったのに……」

「ガフッ……あな…たは……」

麻薬組織ドラッグ・キャットのトップ、キャット・キャロル。お前にはここで死んでもらう。あ、そうそう言い忘れたが。お前の部下は全員殺しといたから」

「なにが…目的…よ。なんで……私の部下を…殺した…のよ。どう…して……私を…殺す…の」

「答えるつもりはない」


 冷たい声で告げた青年は、女性の胸を貫いた片腕を引き抜いた。

 壁や床に大量の血が飛び散り、女性はうつ伏せに倒れた。

 血だまりが床に広がり、彼女の意識が朦朧としていく。


「なぜなら……もう死ぬんだから」


 その言葉を聞いた女性は、ゆっくりと瞼を閉じて息を引き取った。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 永遠の眠りについた女性を冷たい目で見下ろす銀髪の青年。

 彼は腕を振るい、手に付いた血を払う。


「あんたらがアイツと関わってなければ……殺さずにすんだんだけどな」


 そう呟いたレイジは外に通じる扉のドアノブを握り、引っ張った。

 扉を開けると、そこには漆黒のドレス姿の女神がいた。

 彼女の長い黒髪が、外灯や建物の光に反射して美しく輝く。


「お疲れ様です。ご主人様」

「ハデス。……そっちはどうだ?」

「全て終わりました」

「そうか。なら残るはあそこだけか」

「どうしますか?」

「どうする?そんなの決まっている……」


 銀髪の青年は左目に宿した深紅の瞳を怪しく輝かせて、告げる。


「皆殺しだ」


 その声はとても静かで、しかし強い殺意が宿っていた。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷ 


 とある巨大ビルの出入り口の前で、黒いスーツ姿の女性と女神が立っていた。


「はぁ…今日、本当は休みだったのに見張りの仕事なんて……最悪」


 深いため息を吐いて、愚痴を言う女性。

 そんな彼女を、相棒である契約女神が注意する。


「おい、仕事中だぞ」

「分かってるけどさ~。せっかくの休みがパァーになったんだから、愚痴ぐらい言わせてくれよ」

「仕方ないだろう。ボスの命令なんだから」

「そうだけどよ……なんで今日、仕事をしなくちゃいけないんだ?休むはずだった奴らや、休んでいた奴らもみ~んなアジトに集めるし……ボスは何を考えているんだ」

「守りを固めているんだ……近頃、ここらへんで裏組織狩りが起きているから」

「……なるほど、理解したよ」


 相棒の話を聞いて、女性は顔を強張らせた。

 数か月前から、世界各地に存在する裏組織が次々と壊滅されているのだ。

 犯人は不明。

 ただ一つ確かなのは、犯人はとんでもない化物だということ。

 その化物と出会った者は、間違いなく生きて戻ることはできないだろう。


「裏世界ではこの話で持ちきりだったな」

「ああ、とにかく気を引き―――」


 女神が「気を引き締めていこう」と言おうとした時、コツコツと足音が聞こえてきた。

 女性と女神は目つきを鋭くして、足音が聞こえた方向に視線を向ける。


「おい……アイツは」

「ああ……どうやらここも標的になったみたいだな」


 女性と女神は顔から汗を流しながら、手を震わせた。

 彼女達の視界に映っていたのは、装甲付きのボディースーツを着た銀髪の青年。

 スーツの上には漆黒のジャケットを着ており、首には長い真紅のマフラーが巻かれていた。

 青年はコツコツと足音を立てながら、ビルに近付く。

 女性と女神が「止まれ!」「止まらないと殺すぞ!」と言うが、青年は歩みを止めない。


「クソ、やるしかないか。相棒!神装だ」

「分かっている。神装展開!」


 女性が大声で叫んだ。

 すると女神の身体が光と化して、女性の身体に吸い込まれた。


 女性の手に緑色の槍型の神装が顕現。

 武器を手にした彼女は地面を強く蹴り、近づいてくる青年に突撃する。


「ハアアアァァァァァァァァ!!」


 気迫が籠った声で叫びながら、女性は刺突を放つ。

 強力な槍撃が青年の胸を貫こうとした。

 その寸前、青年の首に巻いてある赤いマフラーが勝手に動き出し、槍型神装を弾き返す。

 攻撃を防がれ、驚愕する女性。

 そんな彼女の首を、青年は手刀で斬り飛ばした。

 女性の頭は宙を舞い、地面に落下してバウンドする。

 頭を失った女性の身体は地面の上に倒れ、槍型神装は光と化して消滅した。


「邪魔だ」


 そう言って青年は、ビルの中へと入っていった。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 ビルの最上階にある広々とした部屋。

 高級そうな壺が幾つも置かれており、壁には芸術的に価値がありそうな絵画が飾られていた。

 いかにも権力を持つ人が住みそうな場所で、豚の如く太った女性と女神が鞄に札束や宝石などを詰め込んでいた。


「急げ急げ!奴が来る前に!」

「速くここから出ないと!」


 限界まで宝石や金などを詰め込んだ鞄を持って、女性と女神は本棚に向かう。


「こんな時のために用意して正解だったわ」


 女性は本棚に置いてある一冊の革製の本を引っ張った。

 すると本棚が横にスライドして、床から木製の扉が出現した。


「伝説級魔道具〘転移門(てんいもん)〙。これを使えば、私達は!」


 笑みを浮かべながら、女性はドアノブを掴み、木製の扉を開いた。

 そして―――女性と女神は驚愕の表情を浮かべる。


「な…なんで!」

「ど…どうして!」


 扉の奥にいたのは、一人の女神。

 艶のある長い黒髪。

 黒曜石のような綺麗な瞳。

 夜空のような黒いドレス。

 そして人間も女神も魅了するような美しい顔。

 まさに魔性の女神と言っても過言ではない美しさを持つ彼女は、スカートの端を掴み、頭を下げる。


「初めまして。私はハデスと申します」

「ハ、ハデスって!」

「死んだはずじゃ!……というか、なぜ私達の避難先に!?」

「ご主人様の命令です。ここに居れば、あなた達が来るから足止めしろと」

「ご主人…様?」

「はい。丁度……あなた達に後ろに居ますよ」

「「!!」」


 女性と女神は背中から嫌な汗を流しながらゆっくりと振り返ると、そこには大量の返り血を浴びた銀髪の青年が立っていた。

 彼は深紅の瞳を宿した左目で、女性と女神を睨みつける。


「「ヒィ!!」」


 女性と女神は短い悲鳴を上げて、床に尻もちを付けた。

 そんな彼女達を青年はゴミを見るような目で見下ろす。


「人身売買組織【オーク・ザ・オーク】のボス、エーラ・ミサリストとその契約女神、ティルティア。お前達にはここで死んでもらう。ユニークスキル〔闇影多頭龍(ヒュドラ)〕」


 青年がスキル名を唱えると、彼の影から無数の竜の頭が出現した。

 その竜達は目がなく、濃色の鱗に覆われていた。


「「「グルルルルルルルル!」」」


 影の竜達は唸り声を上げながら、怯えている女性と女神に近付く。


「ま、待て!」

「金が欲しいならくれてやる。だから見逃してくれ!」


 このままでは殺されると察した女性と女神は、必死な表情で命乞いをした。

 だが青年は敵に慈悲を与えなかった。


「食い殺せ」


 主の命令に従い、影の竜達は大きく口を開けて女性と女神に襲い掛かった。

 彼女達の手や足などを容赦なく噛みちぎり、竜達は咀嚼して呑み込む。

 周囲に鮮血が飛び散り、女性と女神の悲鳴が響き渡る。

 部屋の中に、血の臭いが充満する。

 やがて悲鳴が止まった時には、女性と女神の姿は無かった。

 あるのは床に広がった血だまりのみ。


「……これでこの国の裏組織はすべて排除したな」


 青年は軽く息を吐き、指をパチンと鳴らした。

 すると竜達は彼の影の中へと戻っていき、姿を消した。


「ご主人様。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」

「これからどうしますか?また別の国の裏組織でも……」

「いや……まだここでやらないといけないことがある」

「では、私もお供します」


 銀髪の青年と黒髪の女神―――ハデスは部屋から出て行き、廊下を歩いた。

 廊下は血で赤く染まっており、床には何人もの人間と女神の死体が転がっていた。

 それからしばらく歩いた後、二人は鋼鉄の扉の前で立ち止まった。


「ここだな」

「ご主人様。こ、この部屋は?」

「見れば分かる。と、その前に……スキル〔清掃(せいそう)〕」


 青年がスキルを発動すると、彼の身体についていた返り血と血の臭いが一瞬で消えた。


「これでよし」

「ご主人様。なぜ返り血を消したのですか?」

「ん?中にいる子達を怯えさせないためさ」


 そう言って青年は鋼鉄の扉のドアノブを掴み、引っ張った。

 ギギギと音が鳴りながら、扉がゆっくりと開いていく。


「なるほど……確かにここは人身売買組織でしたね」


 部屋の中を目にしたハデスは目を細めた。

 部屋の中にいたのは、身体を震わせて怯えている小さな子供達。

 その子供達はケモ耳や尻尾を伸ばしており、中には翼を生やしている者もいた。


亜人(あじん)の子供達……ですか」


 亜人。それは人間と同盟を結んでいる異種族。

 人間のように女神と契約できない代わりに、身体能力や反射神経などが高く、魔力量が多く持っている。

 そして亜人は人間と違って角や尻尾などを生やしているのが特徴だ。


「亜人の子供達は人間の裏世界で高く売れる。だからクズの人間は亜人の子供を誘拐するんだ」

「……とてもいやな話ですね」

「ああ、その通りだな」


 青年は亜人の子供達に歩み寄る。

 すると亜人の子供達はビクッと身体を震わせ、怯えた目で青年を見つめる。


(アニメで見るのと、現実で見るのとでは違うな)


 不愉快な思いを抱きながら青年はしゃがみ込み、子供達と目線を合わせる。


「もう大丈夫だ。助けに来た」


 できるだけ優しい声で青年は言うが、子供達はまだ怯えていた。

 嘘だと思っているのだろう。

 どうすれば信じてもらえるかと青年が考えていた時、グウゥゥゥ~とお腹がすいた音が聞こえてきた。

 音が聞こえた方向に視線を向けると、そこには抱き合っている二人の少女がいた。

 その少女達は前髪で鼻から上が隠れており、耳が少し尖っている。


森人(エルフ)族の姉妹か)


 青年は一度立ち上がり、少女達に近付く。


「こ…こないで、人間!」

「お姉ちゃん!」


 尻目に涙を浮かべて、身体を震わせるエルフの少女達。

 そんな彼女達を安心させるために、青年は微笑みを浮かべる。


「お腹……空いたのか?よかったら、これを食べるといい」


 青年は自分の掌に、温かい焼きおにぎりがたくさん乗った大きな皿を召喚した。

 醤油の香ばしい臭いが少女達の鼻を刺激し、お腹を鳴らす。

 だが二人はまだ警戒しており、焼きおにぎりを取ろうとしない。


「毒なんか入ってないよ。ほら」


 青年は焼きおにぎりを一つ取り、パクリと食べた。

 少し警戒が解けたのか、少女達は恐る恐る手を伸ばして焼きおにぎりを取る。

 そして小さな口で焼きおにぎりを齧った。


「「美味しい!!」」


 森人族の姉妹は尖った耳をピコピコを動かして、焼きおにぎりを頬張る。

 安全だと理解した亜人の子供達は、青年に近付いた。


「あ、あの……人間のお兄さん。僕達も…それ…食べたい…です」

「ああ、いいとも。たくさんあるからお腹いっぱい食べなさい。ハデス、配るのを手伝ってくれ」

「畏まりました」


 その後、青年とハデスは亜人の子供達に焼きおにぎりを配った。

 久々のご飯だったようで、子供達は美味しそうに焼きおにぎりを次々と食べていく。

 子供達が満足するまで食べた後、青年はこれからの事を伝える。


「みんな聞いてくれ。今から全員、元の場所に帰すから出身地……家がある場所を教えてくれ」


 青年の言葉を聞いて亜人の子供達は、驚きの表情を浮かべた。


「ほ、本当にお家に帰れるの?」


 猫耳を頭から生やした亜人の少女が尋ねると、青年は頷いた。


「ああ、ちゃんとお家に帰してあげるよ」

「やった~!ママとパパの所に帰れるんだ!」


 猫耳の少女はぴょんぴょんとジャンプして、喜んだ。

 他の亜人の子供達も尻尾を振ったり、翼を大きく広げたりして喜びをあらわにした。

 青年は子供達を元の場所に帰す準備をしようとした時、先程の森人族の姉妹が近づいてきた。


「どうしたの、二人とも。まだ食べたいのか?」


 青年がそう問うと、姉妹の少女達は首を横に振った。


「違う。もうお腹いっぱい」

「お礼を言いに来たの」

「お礼?」


 森人族の少女達はコクリと頷く。


「助けてくれてありがとう、救世主さん」

「焼きおにぎり…とてもおいしかったよ、救世主さん」

「……救世主…か。俺はそんなんじゃないよ」


 困ったような笑みを浮かべて、ポリポリと頬を掻く青年。

 少女二人は首を傾げて、「違うの?」と尋ねた。


「うん、違うよ。俺は―――俺は光闇レイジ。料理が得意な死神さ」



 読んでくれてありがとうございます!

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