それでも僕は……あなたを愛してます
いくつもの外灯に照らされた広大な草原で、アルファとブラッドが死闘を繰り広げていた。
「ハアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ウオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
棍棒と籠手で怒涛の連打を放つアルファ。
両手から伸びた血の刃を振るい、連続で赤い斬撃を放つブラッド。
破壊者の打撃と魔獣の斬撃が何度も衝突し、火花が飛び散る。
二つの強力な攻撃がぶつかる度に、嵐のような衝撃波が発生し、地面に皹が走る。
どちらも一歩も引かず、ただ目の前の敵を殺すために全力を出していた。
「コノ……イイ加減ウザインダヨ!」
連続の斬撃を繰り出していたブラッドは、右膝から血の槍を形成させ、伸長させた。
血槍がアルファの胸を貫こうとした。
その寸前、アルファが目に留まらぬ速さでブラッドの背後に回り込んだ。
「ナンダト!?」
敵に背後を取られるとは思わなかったブラッドは、慌てて距離を取ろうとする。
だがそれよりも速く、アルファがメイスを力強く振り下ろした。
回避は不可能と判断したブラッドは、二本の血の刃をクロスさせて重い一撃を防ぐ。
金属音が鳴り響き、ブラッドの両足が地面にめり込む。
「グウゥゥゥ!」
顔を歪めて口から苦悶の声を漏らすブラッド。
メイスの一撃を受け止めた二本の血の刃に、皹が走り、甲高い音を立てて砕け散った。
「嘘ダロ!?」
武器を破壊されたことに驚いたブラッドは、素早く後ろに下がろうとした。
アルファはそれを―――許さない。
「逃がすか」
アルファはガントレットに覆われた左手で、ブラッドの片脚を掴む。
力強く握り締め、思いっきり地面に叩きつけた。
衝撃音が響き渡り、クレーターが発生した。
「ガハッ!」
「喰らえ」
一切のためらいもなくアルファは、メイスをブラッドの腹部に叩き付けた。
ブラッドの腹部を覆っていた血の外殻が砕け散り、ボキボキボキと骨が砕ける音が鳴る。
口から血を吐き出し、苦しそうに顔を歪めるブラッド。
「コノ野郎…ヨクモ!」
「もういい加減に……」
アルファは大きく片脚を上げて、
「死んでろ」
ブラッドの頭を踏みつぶした。
トマトのように潰れた魔獣LV6の頭。
真っ赤な血と脳みその一部がアルファの頬に飛び散る。
頭を失い、動かなくなったブラッドの身体をアルファは冷たい目で見下ろす。
「お前の負けだ……ブラッド」
オーバースキルを使い、LV6の魔獣を討伐した破壊者アルファ。
彼女は頬に付いた血と脳みそを腕で拭い取りながら、軽く息を吐く。
(思った以上に手こずったな)
戦闘能力を大幅に向上させ、肉体を成長させるオーバースキル〔破壊乙女神化〕。
それを使ったことでアルファはブラッドを倒すことが出来たのだ。
勿論、神と化さなくても倒すことは可能だった。
しかしオーバースキルを使わなければ、酷い傷を負っていただろう。
「血の魔獣、ブラッド。まさかオーバースキルを使わせる相手だとは予想外だったな。さて……それはそうと」
アルファは巨大な魔獣達に視線を向ける。
リーダーを失ったからか、魔獣達は少し怯えており、後退っていた。
だがそれは一瞬だけだった。
魔獣達は牙を剥き、赤い瞳を爛々と輝かせて、唸り声を上げる。
魔獣達に敵から逃げるという文字はないようだ。
「さぁ…残りの奴らも皆殺しだ」
メイスとガントレットを構えて、アルファが突撃しようとした。
その時だった。頭を無くしたブラッドの身体が、ゆっくりと立ち上がったのは。
アルファは目を大きく見開き、硬直する。
「なん……だと」
アルファは自分の目に映るものが信じられなかった。
だいたいの生物は頭を失えば、死んで動かなくなる。
それは人間でも、魔獣でも同じ。
だというのに……ブラッドの身体は動いていた。
嫌な予感を感じたアルファは、攻撃を仕掛けようとした。
しかしそれよりも速く、ブラッドの腰から伸びた尻尾が動き出す。
尻尾は弾丸の如き速さで伸長し、アルファに迫る。
「来る!」
咄嗟にアルファはガントレットを構えて、防御態勢に入る。
だが彼女に尻尾が当たることはなかった。
尻尾はアルファの顔の横を通りすぎる。
そして尻尾は―――待機していた全ての魔獣達を串刺しにした。
「なっ!仲間に攻撃を!?」
予想外な事が起こり、アルファは驚きを隠せなかった。
尻尾に貫かれた魔獣達は萎んでいき、ミイラになっていく。
それを見てアルファはなにかに気が付き、ブラッドの身体に視線を向ける。
頭を無くしたブラッドの身体が、ドクン!ドクン!と脈を打つような音を立てていた。
アルファの頭の中で警鐘が鳴り響く。
こいつは危険だ、早く殺せ。
そう本能が叫ぶ。
「クソッ!」
本能に従いアルファはブラッドから距離を取った。
そして左拳を構え、スキルを発動する。
「スキル〔巨大化〕」
アルファの左腕に装備されたガントレットが五百メートルぐらい巨大化。
彼女は地面が砕けるほど強く踏み込み、左拳を力強く振るった。
巨大ガントレットに覆われた拳がブラッドの身体に直撃。
大きな衝撃音が起こり、砂煙が舞い上がる。
そして―――アルファの巨大ガントレットに大きな亀裂が走り、砕け散った。
「なにっ!?」
神装の一部を破壊されたことにアルファは愕然とした。
だが驚くのはこれからだった。
「ああ~いいな……この力」
突然、砂煙の中から聞こえた女性の声。
その声を耳にしたアルファは、滝の如く顔から大量の汗を流した。
胸騒ぎが止まらない。
メイスを握り締めている手が震える。
「最悪だな……」
アルファはそう呟いた時、砂煙の中から人影が現れた。
その人影は一糸纏わぬ姿をした女神。
血のような赤いロングヘアーに、蛇の如く瞳孔が縦長になっている深紅の双眼。
艶のある肌に、ほどよく膨らんだ胸とお尻。
そして腰から伸びた太長い尻尾。
まるで女神と蜥蜴が合体したような姿をしている彼女を見て、アルファは死を覚悟した。
「まさか大量の血を吸収したことでLV7に進化するとは思わなかったな」
魔獣にとって名前は行動原理。
ブラッドの意味は、血。
血を愛し、血のために生き、血が全て。
血のためならどんなことだってする。
ブラッドは配下の魔獣達の血を吸収したことで、死を回避すると同時にLV7に進化したのだ。
敵の数は一気にいなくなったが、代わりにとんでもない化物が誕生してしまった。
「いい~!いいぞいいぞ!力が沸き上がってくる。アハハハハ!お前のお陰で俺は強くなれたよ、人間!」
凶悪な笑みを浮かべたブラッドは、右手から大量の赤い血を流した。
流れた血はまるで生き物ように動き出し、彼女の首から下を包み込む。
血は鎧の形へと変わっていき、鋼の如く硬くなる。
鮮血の鎧を装備したブラッドは双眼を強く発光させた。
「お礼にお前を殺して血を飲んでやる」
刹那、ブラッドは姿を消した。
慌ててアルファが横に飛び退くと、先程まで彼女が立っていた場所に深い斬撃の痕が刻まれた。
アルファの頬に一筋の傷が生まれ、血が流れる。
(速すぎる!)
今のアルファは完全神装とオーバースキルの効果で動体視力などが大幅に強化されている。
しかし彼女はブラッドの動きを辛うじて捉える事しかできなかった。
「おいおいおいどうした?この程度か人間」
いつのまにか姿を現したブラッドは、嘲るように笑う。
アルファは舌打ちして、頬から流れた血を指で拭う。
(コイツ……新しい力を手に入れたから、私で遊ぶ気だな)
今のブラッドは新しいおもちゃを手に入れてはしゃいでいる子供と同じ。
敵を殺そうとする者よりも厄介な相手だ。
「……リオ」
『なんだ?』
「可能性は0に近いが……アイツを相打ちで潰す」
『使うのか?アレを』
「ああ」
『……分かった。死ぬ気で耐えろよ!』
「そのつもりだ。全力で行くぞ!」
アルファの背後に黒く輝く光輪が出現。
光輪が高速回転すると、アルファの身体から黒いオーラが勢い良く発生した。
「くっ!ううぅぅ……ああああああああああああ!!」
強力な力を使う代償に、激しい痛みがアルファを襲う。
彼女の目や鼻から赤い血が流れる。
「へぇ~。少しは楽しめそうだな」
そう言ってブラッドは、右手から一振りの血の大太刀を生み出す。
その血の大太刀は赤黒く発光しており、陽炎のようなオーラを纏っていた。
「簡単に死ぬなよ。人間」
「破壊してやる。魔獣」
血の魔獣の女神、ブラッド。
小さな破壊乙女、アルファ。
二人の化物は同時に駆け出し、武器を振るった。
「オラァァァァ!」
「ハアァァァァ!」
血の斬撃と漆黒の打撃が激突し、大きな衝撃波が発生。
地面が捲れ、周囲に立っていた木や外灯が吹き飛ぶ。
メイスと大太刀が鍔迫り合いし、火花が飛び散る。
「いいな、いいな!最高だぜ!」
「こっちは最悪な気分だがな!」
アルファはブラッドを蹴り飛ばし、黒の光輪から無数の黒い光線を放射。
漆黒の光線群がブラッドに襲い掛かる。
「ははは!楽しませてくれるじゃねぇか!」
ブラッドは大太刀を振り回し、次々と光線を斬り裂き、受け流す。
一撃一撃が素早く、重く、美しい。
まるで剣聖の剣裁きをするブラッドに、アルファは突撃する。
「いくらLV7でも光線と私を同時に無力化するのは難しいだろう」
敵に肉薄したアルファは身体全身を使い、メイスを力強く振るう。
しかし彼女の攻撃が当たる直前、ブラッドの太長い尻尾がメイスを弾き返した。
「お返しだ!」
全ての光線を断ち切ったブラッドは大太刀を振るい、アルファの左腕を斬り飛ばした。
アルファの片腕が宙を舞い、地面に落ちる。
「くっ!これぐらいで止まるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
逃げられないようにブラッドの尻尾を強く踏み、アルファはメイスを振り下ろした。
ブラッドは自分の尻尾を大太刀で切断し、バックステップしてメイスを躱す。
「やっぱりいいな、お前!それでこそ殺し甲斐があるぜ!」
楽しそうに笑うブラッドは、指先から大量の血を流した。
流れた血は空中を浮遊し、十本の剣へと形を変える。
「いけ!」
ブラッドの言葉を合図に、十本の血の剣は一斉に飛翔した。
高速で飛んでくる剣を、アルファはメイスで叩き壊す。
しかし破壊できたのは八本。残り二本の剣は、アルファの左太腿と右肩に突き刺さる。
「うがっ!」
顔を歪めて、片膝を地面に付けるアルファ。
激痛に耐えながら、彼女はなんとか立ち上がろうとした。
だがその時、血の大太刀がアルファの腹を貫いた。
「どうやらこれで終わりみたいだな」
「ガハッ」
アルファは口から大量の血を吐き出した。
オーラと光輪が消え、成長していたアルファの肉体が元の姿へと戻っていく。
酷い怪我を負ったせいで、オーバースキルが強制解除されたのだ。
「中々楽しめたよ、人間」
アルファの腹を貫いていた大太刀を、ブラッドは引き抜く。
大量の鮮血がアルファの腹から流れ、血だまりができる。
少しずつアルファの意識が朦朧としていき、脳裏に裕翔の顔が浮かび上がる。
「ユウ…ト」
アルファが掠れたような声で愛した少年の名を呟いた。
その時だった。ブラッドの影から紫色の煙が発生したのは。
「な、なんだこれ!ゲホゲホッ!」
煙を吸い込んだブラッドは苦しそうに咳をする。
彼女が装備していた鎧や大太刀がただの血へと戻っていく。
「この煙は……」
突然の事にアルファが呆然としていると、彼女の影から一人の少年が飛び出した。
その少年は眼鏡を掛けており、紫色のロングコートを羽織っていた。
「君は……」
少年の姿を目にしたアルファは、目を大きく見開いた。
彼女は知っている。目の前に現れた少年を。
知らないはずがない。アルファが愛した男を。
「アルファさん!」
「裕翔……」
アルファは掠れた声で、少年―――光闇裕翔の名を口にした。
「アルファさん。逃げますよ!」
重傷を負っているアルファを、裕翔は両腕で抱える。
そして彼は自分の影の中に沈んでいった。
裕翔と共に影の中に沈んでいくアルファは、意識を手放した。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
「アルファさん!しっかりしてください。アルファさん!」
「う…うぅ…」
気を失っていたアルファは呻き声を上げながら、ゆっくりと瞼を開ける。
視界に映ったのは、裕翔の必死な表情。
「裕翔……なのか?」
「よかった……目を覚まして」
ホッと安堵の息を吐く裕翔。
彼の尻目には涙の雫が浮かんでいた。
アルファはゆっくりと上半身を起こす。
「裕翔……」
「もう大丈夫ですよ、アルファさん。怪我は全部治しましたから」
「え?」
アルファは自分の身体をあちこち触り、確かめる。
「あ、あれだけの傷がない!?しかも痛みもない」
ブラッドの戦闘で失っていたはずの片腕や、大太刀で貫かれた腹の傷などが元に戻っていた。
なぜ?と裕翔に問い掛けようとした時、アルファは地面に大量の空の瓶が転がっていることに気が付く。
「回復薬の瓶……また助けてくれたのか?私を」
「はい。そうです」
「なんで…だ?」
「え?あぁ、出て行ったあなたを探している時、ある人が草原で一人の少女が巨大な魔獣達と戦っていると言っていたんですよ。きっとその小さな少女はアルファさんだろうなって思って」
「そうじゃない!」
突然、大声を出したアルファに驚き、裕翔はビクッと身体を震わせた。
「ア、アルファさん?」
「私は……お前に助けられる資格がないんだ」
俯きながら、アルファは静かな声で告げる。
「私は……【邪神教】幹部、《邪聖の十二星座》の一人、〈乙女座〉のアルファ。つまり……お前の両親の仇だ」
「……」
二人の間に静寂が流れた。
愛する少年に自分の正体を教えたアルファは、ただ黙って罰を受けるのを待つ。
それから一分後、裕翔は口を動かす。
「アルファさん……」
「……」
「知ってましたよ。あなたとリオさんが【邪神教】の人間だってことは」
「え?」
裕翔の言葉にアルファは顔を上げて、呆然とした。
あまりにも衝撃的すぎて、アルファは信じられなかった。
「知っていた……私の正体を?」
「はい。初めて会った時から。だから病院に連れて行かないで、家で看病したんですよ」
「なんで助けた!私は【邪神教】だぞ!?」
「……そうですね。普通じゃないかもしれないんですけど」
アルファの目を真っすぐ見つめながら、裕翔は自分の想いを伝える。
「僕は……あなたに一目惚れしちゃったんです」
「!?」
アルファは目を大きく見開き、頬を赤く染めた。
顔が熱くなり、鼓動が速くなる。
「な、なにを言っている。私は仇なんだぞ!」
「はい。知ってます」
「私は【邪神教】の幹部だ!」
「はい。それは今、知りました」
「私は多くの命を奪ってきた!」
「はい。それでもあなたが好きです」
「私は多くの国を滅ぼしてきた!」
「はい。それでも僕は貴女の隣に居たいです」
「私は!…私は……破壊者だ」
「はい。それでも僕はこの気持ちを変えるつもりはありません」
「私…は……五百年も生きる化物だぞ?」
強く拳を握り締めるアルファ。
そんな彼女の拳を、裕翔は両手で優しく包み込んだ。
「それでも僕は……あなたを愛しています」
「ゆ…うと」
アルファの中で、何かが壊れた音が鳴った。
感情が沸き上がり、アルファの瞳から涙がポロポロと溢れ出す。
彼女の涙の雫が、裕翔の手に落ちる。
「私も……私もお前と共に居たい。ずっと…いたい」
「はい。いてください」
「私はお前と笑い合いたい」
「はい。思いっきり笑い合いましょう」
「私はお前とデートしたい」
「はい。今度、デートしましょう」
「私は……わた…しは……」
涙を流しながらアルファは裕翔を見つめて、震えた声で自分の気持ちを伝える。
「お…前…の……事が……好きだ」
「はい。僕も……あなたの事が大好きです」
「裕翔……裕翔!」
アルファは裕翔を抱き締めて、嗚咽を漏らした。まるで子供のように。
裕翔も彼女を優しく抱き締める。
ありとあらゆる物を破壊してきた破壊者アルファ。
そんな彼女の心を……一人の少年が救ったのだ。
読んでくれてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします!
気に入ったら、ポイントとブックマークをお願いします!