エピローグ
「ん~…ここでもないか」
病院に入院していたレイジは、難しい顔で何枚もの地図を見つめていた。
床には『×』が描かれた地図が散らばっており、それをハデスが拾って丁寧に折り畳む。
「ご主人様……そろそろ休んだ方が」
「もう少したら休む」
「ですが……」
「今は魔獣の大群がどこにいるか、早く知りたいんだ」
レイジは手に持っているペンで、地図に小さな『×』をいくつも描き込んでいく。
そんな主の姿を見ていたハデスは、心から心配していた。
(ご主人様……あの人から渡された写真を見てから、休まずに調べていらっしゃる)
魔導騎士協会会長である覇道神楽。
彼女から渡された写真を目にしてから、レイジは夜遅くまで探知系スキルを使って調査していた。世界中の魔獣達を。
普通の人なら一人で調べるのは不可能だが、属性適正LVが高く、いくつものスキルを所有しているレイジなら話は違う。
世界中の魔獣達がどこで何をしているのかを調べるなど、彼なら造作でもない。
だが……どれだけ探しても、統率が取れた魔獣の大群は見つけられていなかった。
目的のものを見つけられず、時間だけが過ぎていく。
頭をガリガリと掻きながら、レイジは深く悩む。
「クソ…見つかんない。探知系スキルを阻害する結界でも張ってんのか?いやでも、そんなLV7の魔獣なんて居るのか?」
「あの……ご主人様。質問してもよろしいですか?」
「ん?なんだ」
「どうしてそこまで頑張るのですか?ご主人様には関係ないのでは?」
ハデスが質問すると、レイジはペンを持っていた手を止めた。
そして思いつめた表情を浮かべて、ポツリと呟く。
「……俺のせいだからだ」
「え?」
「魔獣大災害進行の前兆が起こったのは、俺が平穏に生きようとしたからだ。人を…助けたからなんだ」
普通の人ならば、平穏に生きるのは許されるだろう。
普通の人ならば、人を助けることは正しいだろう。
だが…光闇レイジは違う。
なぜなら彼は普通の人ではない。普通の子供ではない。
人の形をした最凶の死神だ。
レイジは自分の掌を見つめながら、暗い声で言葉を続ける。
「アニメが始まる前に魔獣大災害進行が起きたのは、今から十年前の時か…何百年前の時だ。だというのに、再び魔獣大災害進行が起きようとしている。原因はなんだ?俺だよ。最低最悪にして最凶の死神が人を守り、人を救った。それによって……運命が変わったんだ」
多くの人間や女神を苦しめ、絶望させ、殺す。
それが…それこそがラスボスである光闇レイジの正しい行為。
だがレイジが人を助けたことで、動くはずがなかった運命の歯車が動き出し、新たな道が生まれた。
間違ったことをしたことで……最悪な運命が発生してしまったのだ。
「どんな理由であれ、ラスボスとしてやってはいけないことをやってしまった。だから魔獣大災害進行の前兆が起こった」
「そんな…平穏に生きようとしているのが、人を助けるのが間違っているなんて……」
「別に俺は人を助けたことに、後悔していない。ただ……俺のせいで魔獣大災害進行が起きようとしてるんだ。責任はとらないと」
「ご主人様の責任ではありません!」
ハデスは大声で、レイジの言葉を否定した。
しかしレイジは顔を横に振って、「俺の責任だよ」と言う。
「俺が変な行動を起こさなければ、こんな事にはならなかった。俺のミスだ。……ラスボスが変な行動を起こせば、トラブルが起こるのは分かっていたのに!」
ガリっと歯噛みして、レイジは手に持っていたボールペンをへし折る。
彼は己の不甲斐なさに腹を立てていた。
【邪神教】が引き起こした遊園地の事件と黒炎事件。
その二つの事件を解決したことで、世界にとっての厄災が起きようとしている。
狂神化が起こった時よりも最悪だ。
下手をしたら世界の半分が滅ぶだろう。
(……アニメよりも早く右目を失ったのも、俺が桃ちゃんを救ったからかもな)
眼帯に覆われた自分の右目に、レイジは手を当てた。
本当であればレイジの右目を奪うのは、〈山羊座〉のナナでない。
癒志桃なのだ。
アニメでは、友人の仇を討つために桃はレイジと戦う。
その際、彼女はレイジの右目を奪うのだ。
桜属性と強力なスキル〘桜女神降臨〙という力で。
桜属性は、ありとあらゆる攻撃を受け流す桃専用属性。
そして〘桜ノ女神降臨〙は、戦闘能力が高い桜属性の女神を生み出す特殊スキル。
この二つが癒志桃の最強の武器なのだ。
「ハデス…ラスボスってのは、主人公と同じく世界に影響を与える存在なんだ。そんな奴が間違ったことをすれば、世界の修正力が変な風に働いて予想外の事が起きる」
「……」
「俺は世界を滅ぼすことができる最凶の死神だ。どれだけ善行しても……間違っているんだ」
アニメ『クイーン・オブ・クイーン』のラスボス、光闇レイジ。
彼が人を救うことは、本来あってはならないこと。
「改めて分かったよ。俺は…本当はラスボスとして生きなくちゃいけないんだって。それに抗えば…色々な人たちに被害が出る」
「ご主人様」
「ハデス…暗い話をしてすまな―――」
レイジが謝罪をしようとした。
その時だった。
ハデスがレイジを優しく、抱き締めたのは。
突然のことに呆然とするレイジ。
「ハデス?」
「……私はご主人様の行いが、間違っているとは思いません。例え本当に間違っていたとしても……私は正しいことをしたと言います」
「!!」
「平穏に生きるのが間違い?人を助けるのが間違い?違います。……間違っているのは、あなたをラスボスにした運命です。平穏に生きていいんですよ。人を助けて……いいのですよ」
「ハデ…ス」
その言葉を聞いたレイジは、目頭が熱くなるのを感じた。
嬉しかったのだ。
平穏に生きたいと願うのは、人を助けるのは間違いではないと言ってくれる人がいてくれて。
「ご主人様。あなたは思うように生きてください。もしご主人様を邪魔する者がいたら、私が消します。それが例え……運命でも」
「……ありがとう、ハデス。お陰で胸が軽くなったよ。お前と出会えて……よかったよ」
今の言葉で、レイジは救われた気がした。
沈んでいた気持ちが消えていく。
「それは私の台詞です。今のご主人様がいたから、私は助かりました。それと……助けられたのは、私だけではありませんよ」
優しそうな笑顔を浮かべて、ハデスは病室の扉に視線を向ける。
レイジは彼女の視線の先を辿り、気が付く。
桃髪の少女―――癒志桃が、扉の後に隠れて顔を覗かせていることに。
「桃ちゃん。なんでここに?」
レイジが問い掛けると、桃は目線を逸らして顔を赤くする。
どこが恥ずかしそう様子で彼女は、レイジに歩み寄る。
「パパとママを助けてくれたお礼……しにきたの」
桃はポケットに手を入れて、小さな赤い箱を取り出した。
「これ……あげる」
「え?俺に?」
「うん」
コクリと頷く桃。
まさか桃からプレゼントを貰うとは思わなかったレイジは、呆然としながら小さな箱を受け取る。
箱の蓋を開けてみると、中に入っていたのは桜の花びらの形をしたヘアピンだった。
「これは……」
「パパとママと一緒に作ったの……どうかな?」
「……すごく嬉しいよ。桃ちゃん」
レイジは胸の中が温かくなるのを感じた。
本当ならば両親を失い、周囲の人々から虐められ、【邪神教】を強く憎むはずの癒志桃。
そんな彼女をレイジは救った。救えたのだ。
ラスボスが人を救うのは、間違っている。それは変わらないだろう。
けれど……少なくとも、桃を助けたのは正しかった。
レイジはそう思えた。
「ありがとう、桃ちゃん。大切にするよ」
レイジが感謝の言葉を伝えると、桃は満面な笑顔を浮かべた。
その笑顔は、まるで満開した桜の如く美しくて綺麗だった。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
とある街に建っている巨大高級ビル。
その最上階の部屋は沢山のぬいぐるみや人形などが、棚や壁などに飾られている。
とても可愛らしい場所でもあるが、同時にお化け屋敷のような不気味さもあった。
そんな場所で一人の女性がソファーに座って寛いでいた。
女性はピエロの仮面を被っており、高級そうな紫のスーツを着用している。
「今日もいい稼ぎをしたわ~」
ご機嫌な様子で女性は、手に持っていた札束を一枚一枚数える。
数え終えると、彼女は札束を机の上に放り投げて、背伸びをした。
「ここ最近は稼ぎが良いわね~。これも幻の人形をゲットできたからかしら?」
そう言って女性は視線を向ける。小さな檻の中に入っている白い兎のぬいぐるみ―――ルルアに。
ルルアのぬいぐるみの手足には極細の紫の糸が巻き付いており、動きを封じていた。
『そんなわけないでしょ。馬鹿じゃないですか』
強い敵意を宿した言葉を出すルルア。
それに対して、仮面の女性は肩をすくめてため息を吐く。
「ご主人様に対して、口が悪いわね~」
『私のマスターは、光闇レイジ。あの人だけです。お前のものになると思うなよ』
「あらそう。でも残念……」
ルルアが入っている檻を持ち上げて、仮面の女性は自分の顔に近付けた。
仮面の奥にある赤い双眼が、とても怪しく、不気味に輝く。
「あなたは私のものよ。これからも……ずっと、ね」
『誰が!!』
ルルアは身体から激しい雷を発生させ、檻を壊そうとした。
しかし放電は徐々に収まっていく。
『くっ』
うまく力を発揮できず、ルルアは苛立つ。
「無駄無駄……もう一度言うけど、あなたは私のーーー人形師の物よ。忘れないでね?」
『……クソ野郎が』
小さな檻に閉じ込まれ、拘束されている闇ハッカー兎。
彼女は自分の主が助けに来てくれることを祈る。
(マスター……助けて下さい!)
第二章、完。
次回、外伝『小さな破壊乙女と一人の少年の出会い』。
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