魔女狩りの氷魔神
白銀の死神は今、追い詰められていた。
「クソっ……ヤバすぎるだろこの魔女!」
焦燥感に駆られて、ガリッと歯噛みする光闇レイジ。
彼はバックステップをしながら、左手を突き出し、掌から蒼き炎を放射した。
冷気を宿した蒼炎は周囲の壁や床を凍らせながら、ナナに襲い掛かる。
「あらあらまだ動けるなんて素敵♡」
楽しそうに笑うナナは、左手に持っていた杖型神装を軽く振るった。
すると彼女の目の前に、黒い炎の壁が形成された。
黒炎の壁は冷気の蒼炎を防ぎ、ナナを守る。
黒と青の火花が飛び散り、周囲を鮮やかに照らす。
「綺麗ね~」
「ああ、それだけは同感するよ。ユニークスキル〔勇敢な獅子戦士〕!」
レイジは覇気を宿した声で、強力なスキルの名を叫んだ。
直後、彼の身体が眩しく光り出した。
光が強すぎるあまり、ナナは目を瞑ってしまう。
やがて光は徐々に収まった時には、レイジは光の鎧を纏っていた。
獅子の顔の形をした両肩の装甲。
それぞれ両手に握り締められた二本の光の棍棒。
そして兜からは黄金の鬣が伸びていた。
「捻り潰す!」
威風堂々としたオーラを放ちながら、レイジは駆け出す。
接近してくる彼を迎え撃つために、ナナは杖を構える。
「どこまで耐えられるかしら?」
ナナは杖の先から黒炎の矢を連射。
ミサイルの如く飛来してくる矢を、光の棍棒で叩き潰しながらレイジは進む。
しかし一本一本の矢の威力が強すぎるあまり、棍棒に亀裂が走った。
黒炎の矢を破壊する度に、棍棒に走った亀裂が大きくなる。
そしてなんとかレイジがナナの懐に入った時、光の棍棒は砕け散り、消滅した。
だが武器を失った程度で、彼は止まらない。
「死ねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
雄叫びを上げながら、レイジは殴打を繰り出した。
光の装甲に覆われた拳がナナの顔に直撃し、大きな衝撃音が鳴り響く。
手ごたえを感じたレイジは、「やったか」と呟いた。
しかし、
「今のはパンチのつもりかしら?」
強烈な拳撃を受けたはずのナナは、平然としていた。
口元を三日月に歪めて、彼女はレイジの胸にそっと自分の手を当てた。
そして掌から漆黒の業火を放射し、レイジを吹き飛ばす。
ゼロ距離からの攻撃。
獅子の光の鎧は砕け散り、レイジは壁に激突。
粉塵が舞い上がり、壁にめり込んだ彼は口から血を吐き出した。
「ふふふ…もうボロボロね」
彼女の言う通り、レイジは既にボロボロ。
着用しているボディースーツはいくつもの焦げ穴が出来ており、銀髪の毛先は焦げて黒くなっていた。
しかもそれだけではない。レイジの右腕、横腹、左肩、そして顔半分には酷い火傷の痕が。
明らかに重傷だった。
「ねぇ…苦しい?痛い?辛い?それとも……怖い?」
邪悪な笑みを浮かべながら問うナナ。
彼女の質問に対し、レイジは「ああ…最悪だよ」と吐き捨てた。
強引に壁から抜け出した彼は、ナイフのような鋭い目つきでナナを睨む。
「苦しいし、痛いし、怖いわ…けどな、それでもやらないといけないんだよ」
ポタポタと口から血を垂らしながら、レイジは右の拳を腰に構える。
「見せてやるよ…諦めない奴が勝つ瞬間を!」
深紅の瞳を爛々と光らせるレイジ。
彼は構えた拳に魔力を集中させ、全ての属性を付与した。
十の属性を宿したことで、拳は虹色に輝き出す。
「行くぞ!」
拳を構えたまま、レイジは音速を超えた速度で駆け出す。
「いいわね!それでこそ絶望させるかいがあるというよ!」
ナナは杖を構え、空中に黒炎の球を無数に生み出した。
その数、百以上。
「さぁ、見せて頂戴!あなたの絶望する顔を!」
人々に絶望と恐怖を与える山羊座の魔女。
彼女は杖を振るい、無数の漆黒の火球を一斉に飛ばした。
迫りくるいくつもの黒炎球をレイジは紙一重で躱し、前に向かって走り続ける。
身体中に走る痛みを歯を食いしばって、必死に耐える。
そしてとある魔導騎士から奪った技を、レイジは使う。
「魔導格闘術―――皇覇!」
床を粉砕するほど強く踏み込み、レイジは虹色に輝く拳を放つ。
全ての属性を宿した神速の一撃。
それがナナの顔に直撃しようとした。
だがレイジの攻撃を予想していたのか、ナナは素早く顔を左にずらした。
死神の打撃は、ナナの顔の横を通り過ぎる。
「嘘だろ!?」
「残念ながら現実なのよね」
ナナは掌から黒炎を勢いよく放射。
咄嗟にレイジは身体を回転させて、躱そうとする。
しかし回避が間に合わず、レイジの右腕は黒炎に呑み込まれた。
黒き猛火がレイジの片腕を跡形もなく、燃やし尽くす。
「う…腕が!」
「それで…次はどんなのを見せてくれるのかな?死神さん?」
「あ…ああ……」
二、三歩ほど後退ったレイジは膝から崩れ落ち、俯いた。
心が折れた彼を見て、ナナは恍惚とした表情を浮かべる。
「良い…良いわ~!人が絶望するところは!」
『そうですね…これだからやめられません』
ナナの身体の中にいるパンは、心から同意した。
人々が恐怖し、絶望するのを見るのが好きなパンとナナ。
彼女達はそのために生き、そのために手を血で染めてきた。
人間や女神を絶望させることが、二人にとっての幸せ。
「ねぇ…今、どんな気持ちかしら、光闇レイジ?」
『私達に教えてください…今の気持ちを』
二人が問い掛けると、レイジはパクパクと口を動かした。
しかし声が小さいため、美味く聞き取れない。
「ん?なんて言ったのかしら?命乞い?それとも殺してくれ?もう一度言ってごらんなさい」
愉悦で口角を上げながら、ナナは左の耳を近づけた。
そして聞く。レイジの言葉を。
「……甘いんだよ、バーカ」
刹那、レイジはナナの左耳に噛みつき、引き千切った。
突然の事に狼狽しながらも。ナナは素早くレイジから距離を取る。
「くっ!あなた…!!」
片耳を失ったナナは鋭い目つきで、レイジを睥睨する。
レイジは口に咥えていたナナの耳をプッと吐き捨て、ゆっくりと立ち上がる。
「ハハハ…どうだ?なかなかうまかったろ。俺の演技」
「あなた…騙したのね」
「ああそうだよ。お前が付けていたイヤリングを無力化するためにな」
ナナが耳につけていたイヤリングは、ただの耳飾りではない。
《邪聖の十二星座》専用の神話級魔道具だ。
イヤリング型魔道具―――〘能力無効の耳飾り〙と〘魔道具無効の耳飾り〙だ。
〘能力無効の耳飾り〙は、あらゆるスキルと魔法の攻撃を無効化するというもの。
そして〘魔道具無効の耳飾り〙は、魔道具の攻撃を無効化するという効果を持つ。
どちらもチート級の神話級魔道具。
その二つをナナはそれぞれ左右の耳に装備していたのだ。
「スキルと魔道具で戦う俺にとって、最悪なアイテムだからな。無理をしてでもなんとかしないといけなかった」
「……なるほど。私があなたの事を知っている通り、あなたも私の事を知っていた…ということね」
「正解。因みに右の耳につけていた〘魔道具無効の耳飾り〙も、破壊させてもらったから」
「!?そんなわけ!」
慌ててナナは、自分の右耳に手を当てた。
そして気が付く。右耳につけていたもう一つのイヤリング型魔道具が無くなっていることに。
「い、いつのまに!」
「さっきお前が躱した皇覇で壊したんだよ」
「まさかあなた…最初っから私の魔道具を破壊するためにあの一撃を放ったの!?」
「そうだ。むしろなんで気付かなかったのか、俺は不思議だよ。お前…俺の事を調べたなら変だと思わなかったのか?なんでいくつも神話級魔道具を持っているのに、装備しないのか。なんで肉体に複数のスキルを付与して、戦わないのか。そんな疑問すら抱かなかったのか?」
「それは……」
「まぁでも気づけなかったのも無理ないか。だって…俺を一方的にいたぶることに集中していたもんな。楽しんでいたもんな」
目の前の敵を嘲るように、口元を三日月に歪めるレイジ。
深紅の瞳を怪しく光らせて、彼は左手を突き出す。
「今度は…いたぶる番だ」
静かな声で呟いたレイジは、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、ナナの身体中から酷い火傷の痕が生まれ、右腕がなんの前触れもなく消滅した。
「ああああああああああああああああああ!!」
突然、肉が焼ける痛みと片腕を失った痛みに襲われ、ナナは絶叫を上げた。
苦痛の悲鳴が響き渡る。
なにが起きたか分からず、激しく混乱するナナ。
火傷を負った顔半分に手を当てた彼女はレイジに視線を向けて、驚愕する。
「な…なんで!なんで怪我が無くなっているのよ!?」
ナナの瞳に映っていたのは、怪我一つないレイジの姿だった。
身体全身に負っていたはずの火傷の痕が、いつのまにか消えていたのだ。
しかも失っていたはずの片腕もある。
「私の炎は回復系の魔法やスキルを阻害する効果があるのに……どうして怪我が治っているのよ!」
激しく困惑するナナ。
そんな彼女を面白そうに見つめながら、レイジは口を動かす。
「ユニークスキル〔怪我譲渡〕。自分が受けた全ての怪我を、対象の相手に与える呪いのスキルだ。どうだ?効いただろう?」
「なんで……そんなスキルを持ってるのよ」
「秘密……さて、話はこれぐらいにして、そろそろやりますか」
指をゴキゴキと鳴らして、レイジは意識を集中させた。
絶望と恐怖を愛するナナとパン。
この世の害悪でしかない二人を確実に殺すために、彼は使う。
全てを凍らせる神の力を。
「オーバースキル〔氷魔神化〕」
次の瞬間、彼を中心に冷気の竜巻が発生した。
あまりの寒さに壁や床が一瞬で凍り付き、燃え上がっていた黒炎が消え去る。
激しく巻き起こる冷気の突風。
吹き飛ばされないようにナナは手に持っていた杖を床に刺して、必死に耐える。
やがて極寒の嵐が収まった時―――氷の化物と化したレイジが姿を現した。
身体全身を覆う白い外殻と氷。
額から伸びた細長い氷の一本角。
背中や肩から噴き出す白い冷気。
肘や膝からは、鋭利な氷柱が伸びていた。
「な…なんでオーバースキルを使えるのよ!」
レイジが神と化した。それが信じられず、ナナは声を上げた。
オーバースキルは女神が持つ神力を消費することで使うことが出来る強力な力。
女神と契約していないレイジが、使えるわけないのだ。
驚きの表情を浮かべるナナに、レイジは呆れる。
「おいおい……俺の事を調べたんじゃなかったのかよ。〈山羊座〉のナナ様も大したことないな」
「良いから答えなさい!なんでオーバースキルを使え」
「答える必要はない」
ナナの言葉をレイジは氷のような冷たい声で遮った。
彼は目を細め、ゆっくりと歩き出す。
歩く度に床が氷に覆われ、空気が冷たくなる。
ゆっくりと、けれど確実に距離を縮めるレイジに、ナナは―――恐怖を覚えた。
自然と彼女の脚が後退り、呼吸が荒くなる。
「なぜなら―――お前はここで死ぬんだから」
レイジの口から発せられた死の宣告。
ナナは反射的に杖を構え、空中に黒炎の槍を生み出す。
「こ、これでも喰らいなさい!」
近づいてくるレイジに向かって、漆黒の炎槍を発射。
炎の一撃はレイジに直撃し、爆発した。
大きな爆発音が鳴り響き、黒煙が発生する。
ナナは笑みを浮かべ、ホッと安堵した。
だが、
「なに安心してんだよ?」
黒煙から現れたレイジの姿を目にして、ナナの顔から笑顔が消えた。
強力な破壊力を持つナナの炎の一撃。
それを真正面から受けたというのに、レイジは傷一つ付いていなかった。
「こんのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ化け物があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げたナナは、杖を振り回した。
すると空中に黒炎の球が無数に出現し、レイジに向かって飛んだ。
迫りくる火球に対して、彼は逃げも隠れもせず、堂々と歩き続けた。
「無駄だ」
次々とレイジに黒炎の球が着弾し、爆発音が連続で響き渡る。
間違いなく死が確定した連続爆発攻撃。
プロの魔導騎士でもただでは済まないだろう。
しかしレイジは攻撃を受けながらも、平然と歩いていた。
「な、なんなのよ!」
『ナナ!ここは撤退しましょう!』
「そ、そうね」
相棒であるパンの言葉に従い、ナナは逃げようとした。
しかし何故か足が動かなかった。
違和感を抱いたナナは、自分の足に視線を向け―――目を見開く。
「ウ、嘘!」
ナナの視界に入ったのは、太腿まで氷に覆われた自分の両脚だった。
「い、いつのまに!」
「お前が俺にバカスカ炎を撃ち込んできた時だよ」
「!!」
レイジの声が聞こえた方向に視線を向けたナナは、息を呑む。
彼女の目の前に、氷の魔神と化したレイジが立っていたのだ。
「ヒィ!」
短い悲鳴を上げて、ナナは身体を震わせた。
震えているのは寒さによるものだからか、それとも恐怖によるものだからか。
「邪魔だな」
静かな声で呟いたレイジは、杖を握り締めたナナの手の手首を掴んだ。
するとナナの片腕が一瞬で凍結し、甲高い音を立てて砕け散った。
「イヤアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」
片腕を失ったナナは涙を流しながら、絶叫を上げる。
そんな彼女の首をレイジは右手で力強く掴む。
首を締め付けられたナナは息が出来ず、悲鳴を上げる事すらできない。
「どうだ?これが恐怖だ。これが絶望だ」
絶対零度の声音で言うレイジ。
彼は左手の五本の指をナナの腹部に突き刺す。
指した指をゆっくりと深く沈みこませると、ナナの口から血が流れた。
苦しそうに顔を歪める〈山羊座〉の魔女。
彼女の瞳には恐怖と絶望が宿っていた。
「お前達は人以下のクズだ。だからアニメが始まる前に……お前らを殺す」
ナナの腹部に刺した五本の指から冷気を放射。
体内から彼女の身体が凍り付いていく。
体温が低くなっていく感覚と激痛に襲われるナナは、絶望した表情でポツリと呟いた。
「いや…死に…たく…な……い」
それが、彼女が言い残した最後の言葉だった。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
完全に凍結し、命を落したナナ。
《邪聖の十二星座》の一人を殺したレイジは、ナナの首を掴んでいた手を離し、腹に刺していた左手の指を引き抜く。
「だったら最初っからやるんじゃねぇよ」
チッと舌打ちをしたレイジは人の姿に戻り、踵を返す。
そしてその場から離れようと、少し歩いた時、
新たな化物が……誕生した。
「『死に…死に……死ニタクナイ』」
「ッ!?」
二人の声が合わさったような声を聴いたレイジは、背筋を凍らせた。
嫌な予感を感じたレイジは振り返り、凍結したナナに視線を向ける。
そして気が付く。凍死したはずの彼女の瞳が、紫色に輝いていることに。
「おいおい……マジかよ」
頬を引き攣らせたレイジは、額から嫌な汗を流した。
凍結したナナの身体から黒い炎が発生し、激しく燃え上がる。
失ったはずの両腕は黒い腕となって蘇り、両脚を覆っていた氷は溶けていく。
そして背中から四本の黒い腕が生え、頭から伸びていた二本の角が一回り大きくなった。
「狂神化するとかありかよ」
理性を失い、全てを破壊し尽くす暴走状態―――狂神化。
それになった彼女は、異形の化物へと変貌していった。
「『殺サナイト!怖イ敵ハ殺サナイト!』」
恐怖と絶望で顔を歪めたナナは、六つの手から漆黒の炎を生み出した。
普通の人なら気絶するほどの殺気を放つ黒炎の怪物。
彼女を今度こそ殺すために、レイジは戦闘態勢に入る。
「いいだろう。また調理してやる」
もう一度、レイジがオーバースキルを発動しようとした時、
「レイジくん?」
女の子の声が聞こえた。
しかもその声はレイジが知っているものだった。
「冗談…だろ」
声が聞こえた方向に視線を向けたレイジは、戦慄する。
今、レイジは信じられないものを見ていた。
そして同時にあり得ないと思った。
「なんで…君がここに」
彼の視線の先には、先程安全な場所に逃げたはずの少女―――癒志桃がいたのだ。
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