激しく争う化け物達
黒い炎で激しく燃えるフードエリア。
そこに普通の人が居れば、あまりの熱さに耐えきれず、苦しみながら焼けて死ぬだろう。
そんな危険な場所で二人の化物と銀髪の死神が、激闘を繰り広げていた。
「マナリ~パ~ンチ♡」
可愛らしい声で技名を言いながら、マナリーは血塗れのガントレットで殴打を放つ。
迫りくる拳撃をレイジは〘血鬼〙で受け流し、マナリーの懐に入り込む。
そして〘血鬼〙の銃口をマナリーの顔に向け、引き金を引こうとした。
だがレイジは引き金を引かないで、咄嗟にしゃがみ込んだ。
次の瞬間、先程までレイジの頭があった場所に二本の鋭い刃が通り過ぎた。
その二枚の刃の正体は二本の剣ではなく、巨大な鋏。
巨大な鋏型神装を使ったのは、全身鎧姿のセラだ。
彼女は自分の攻撃を避けたレイジに、感心する。
「ほう…今の避けるか」
「当たり前だ、ボケナスが!」
レイジは床に手を付けて、ブーツ型魔道具〘羅刹〙に搭載されたブースターから炎を噴射。
ブレイクダンスの如く、身体を高速回転させて、連続の蹴りを繰り出す。
怒涛の連撃をセラは鋏型神装で防ぐ。
しかしレイジの蹴り一発一発が強烈で重く、速い。
ダメージが蓄積していく、鋏型神装に皹が走る。
そして甲高い音を立てて、砕け散った。
「凄いな……なら、これならどうだ!」
己の神装を破壊されたセラは、右手を突き出す。
すると彼女の手首に装備された腕輪型魔道具から、無数の鎖が飛び出した。
まるで蛇の如く勝手に鎖は動き出し、レイジの腕や脚、胴体などに巻き付いた。
「この鎖は!?」
鎖に縛られたレイジは、強引に抜け出そうとする。
しかしうまく力が入らず、抜け出すことが出来ない。
鎖によって拘束されたレイジに、マナリーは容赦なく攻撃を仕掛ける。
「マナリ~ハルバ~ト~アタ~ック~♡」
可愛らしい笑顔でマナリーがハルバートを勢いよく振り下ろした。
強烈な一撃がレイジの脳天に直撃。
大きな轟音が鳴り響き、彼を中心にクレーターが発生する。
スキルで肉体を強化したお陰で、レイジの頭は割れずに済んだ。
だがあまりにも重い一撃だったため、彼の頭から血が流れる。
ポタポタと血が床に零れ、綺麗な白銀の髪が赤く染まっていく。
「アハハハ~!痛かった?ねぇねぇ、痛かったでしょ?死なないように加減したとはいえ、気絶しちゃったでしょ?」
無邪気に笑うマナリーは、今の攻撃でレイジを気絶させたと思った。
故に気付かなかった。レイジの目から光が消えてないことに。
「マナリ―……命令する。少し動くな」
「ん?何を言って……」
『何を言ってるの?意味わからない♡』と言おうとしたマナリーが、突然……動きを止めた。
まるでテレビに流れていた映像が、一時停止したかのように。
笑顔を浮かべたまま止まっているマナリー。
そんな彼女を、レイジは深紅の瞳で睨みつける。
「マナリ―…アンタはアニメ主人公達を苦しめた危険な奴だ。だから……ここで殺す」
深紅の瞳を怪しく輝かせて、死の宣告するレイジ。
彼は大きく息を吸い込み、大声を発した。
すると口元を覆っていたマスク型魔道具〘死音〙から、破壊力を宿した音が放射された。
音撃はハルバートを握り締めていたマナリーの右腕に直撃。
肩から下のマナリーの片腕が吹き飛び、ハルバートは空中をくるくると回転した後、床に突き刺さった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!マナリーの…マナリーの腕がアアアアアアアアアアア!!」
絶叫を上げるマナリー。
彼女の大量の血が流れ、周囲に飛び散る。
「マナリ―!?」
まさかのことが起こり、驚愕の表情を浮かべるセラ。
右肩を押さえて、苦しそうに涙を流すマナリーに、彼女は視線を向けた。
僅かに生まれた隙。
その隙にレイジは左脚に装備した〘羅刹〙から無数の剣を伸長。伸ばした剣を高速振動させ、振動ブレードにする。
「人の心配をして大丈夫か?」
冷たい声で問いかけたレイジは、素早い蹴りを放つ。
ブーツから伸びた振動ブレードとスキルによって強化された脚力。二つが合わさった強力な一撃が、セラの右手首を斬り飛ばし、腕輪型魔道具を切断した。
「くがっ!?」
苦痛の声を漏らすセラ。
だが彼女は歯を食いしばって激痛に耐え、レイジから距離を取る。
それと同時にレイジの身体に巻き付いていた鎖が、粒子と化して消滅した。
拘束から解放されたレイジは軽く息を吐き、ゴキゴキと首を鳴らす。
「あ~辛かった。〘黒鎖の腕輪〙の力はやっぱり面倒だな」
「お前……私の魔道具の事を知っているのか!?」
「知っているよ……名前も、能力も」
〘血鬼〙で肩をトントンと叩きながら、レイジは話す。セラとマナリーが持っている神話級魔道具の事を。
「セラ…あんたが教皇から与えられた魔道具は、〘黒鎖の腕輪〙。効果は強力な邪神属性を宿した黒い鎖で敵を拘束し、大幅に弱体化させる。そしてマナリーが持っていたハルバードは〘異常の大斧〙。高い破壊力を持っているだけでなく、攻撃した相手に複数の状態異常を与える……そうだろ?」
「なぜ…なぜそこまで知っている?」
「ある方法で知った…とだけ言っとくよ。まぁ、とにかくお前らの事はよく知っているんだ。だから対策もできる」
レイジはスキル〔格納空間〕を発動し、〘血鬼〙を一瞬で収納。
双剣を片付けた彼は〘剛絶〙に覆われた拳を構える。
「魔道具を使えなくなったお前らはもう脅威じゃない…後は殺すだけだ」
目を細めて、レイジは身体から白銀の粒子を迸らせた。
魔獣以上に危険で凶悪な組織【邪神教】。
その最高幹部である《邪聖の十二星座》は、S級魔導騎士を数多く殺し、絶望を与えた。
中には国そのものを滅ぼした者も。
だがそんな幹部のセラとマナリーは、恐怖を覚えていた。
光闇レイジと言う死神に。
「なるほど……これは危険だな」
目の前の敵を甘く見ていたことに、後悔するセラ。
レイジは才能に恵まれただけのただの子供だと、彼女は認識していた。
だがそれは違った。
光闇レイジは敵には容赦しない。
例え圧倒的な強さを持つ相手でも、臆することなく、命を刈り取る。
まさに死神。
「認めよう…お前は強い。故に私は本気を出そう」
兜の奥から双眼を強く光らせるセラ。
光闇レイジを捕えるために、彼女は奥の手を使う。
「オーバースキル〔黒鋏蟹神化〕!」
気迫が籠った声で、セラはスキル名を告げた。
次の瞬間、彼女の身体から大量の黒い泡が発生。
その泡は触れた床や壁などを溶かしていく。
やがて泡が消えると、そこに立っていたセラは凶悪な姿になっていた。
鎧の上に覆われた分厚い漆黒の外殻。
それぞれ両手から伸びた巨大な鋏。
まるで人と蟹が融合したような姿になったセラは、レイジを睨む。
「この姿になった私は無敵だぞ!」
音速を超えた速度で駆け出す蟹の化物。
一瞬でレイジとの距離を詰めたセラは、右手から生えた巨大鋏を突き出す。
迫りくる鋭利な鋏をレイジは紙一重で回避し、〘剛絶〙に覆われた拳をセラの腹部に打ち込む。
そして同時に拳から強力な衝撃波を発生。
大きな轟音が鳴り響き、〘剛絶〙から空薬莢が排出される。
「普通の人ならこれで死ぬんだが…やっぱりお前には効かないか」
魔獣LV7の腕をも粉砕するほどの威力を持つ〘剛絶〙の一撃。
それを真正面から受けたはずのセラは、平然と立っていた。
セラが纏っていた鎧や外殻には、傷一つ付いていない。
「私のオーバースキルは《邪聖の十二星座》の中で防御力最強。お前の攻撃など無意味だ!」
「そうかそうですか……なら、今度は効くやつで攻撃してやるよ」
「させるわけないだろ!」
セラは両手の鋏を力強く振り下ろす。
ハンマーの如く襲い掛かる巨大な鋏を、レイジは後ろに下がって躱す。
しかしセラは攻撃の手を緩めない。
「泡で溶けるがいい!」
セラは両手の鋏から、大量の黒い泡を放射。
泡は津波の如く押し寄せ、レイジを呑み込む。
融解の効果を持つ特殊な泡。それを全身に浴びれば、無事では済まないだろう。
「死なない程度に威力を弱めたが、動けなくなるぐらい肌は解け、苦しい思いをしているだろう?私に勝つなど不可能だったのだ!」
兜の中でセラは笑みを浮かべた。
その時だった。レイジを呑み込んでいた大量の黒い泡から、細長い杭のような鋭利な物が飛び出したのは。
突然の事に驚愕するも、咄嗟にセラは両手の鋏をクロスして、恐ろしい速度で迫る杭を防ぐ。
金属同士がぶつかったような音が響き、火花が飛び散る。
「これは……槍か!?」
「いや、パイルバンカーだ」
セラの言葉を否定したレイジの声。
大量の黒い泡が徐々に消えていき、レイジが姿を現した。
泡のせいで彼が装備していたジャケットやスーツ、マフラーが一部溶けている。
しかも装備だけではない。
レイジの白い肌も所々剥がれており、血を流している。
明らかに重傷だった。
だが彼の目には、強い意志が宿っている。
「お前……なぜその状態で立っていられる!?」
「俺は死神だ。お前らを殺すまでは、いくらでも立つさ。それよりもお前は、俺の左腕に装備されている魔道具を注意した方がいいんじゃないか?」
「ッ!?」
慌ててセラは、レイジの左腕に視線を向ける。
彼の左腕に装備されているのは、細長い杭を伸ばした菱形状の大盾。
その盾には機械や装甲が多く搭載されていた。
「なんだその魔道具は!?」
「パイルバンカー型魔道具―――〘一角獣〙。男なら誰だって憧れる武器であり……お前を殺すことが出来る武器だ」
「何を言っている?今、お前の攻撃を防いだだろう!」
「俺の攻撃はまだ終わっていないぞ。知ってるか?硬い氷でもアイスピックみたいな鋭利な物で突けば、砕けるってことを」
冷たく低い声を発したレイジは、〘一角獣〙に魔力を流し込んだ。
すると〘一角獣〙に搭載された機械が起動。
耳を塞ぎたくなるほどの、モーター音が鳴り響いた。
刹那、〘一角獣〙の杭が勢いよく伸長し、セラの両手の鋏を貫通。
そしてそのまま……彼女の胸を貫いた。
「ガハッ!」
胸を貫かれたセラは、口から大量の血を吐き出す。
だが心臓に当たらなかったのか、彼女の意識がまだあった。
とても苦しそうに息をしながら、レイジを睨む。
「光…闇…レイジ!!」
「悪いな。俺は……主人公みたいに殺さず倒すなんてできないんだ。……じゃあな」
レイジが最後に別れの言葉を告げた。
その直後、セラの身体が爆散し、周囲に肉や内臓などが飛び散る。
敵を殺し、返り血を浴びたレイジは、片膝を床につけた。
口から荒い息が漏らしながら、呼吸を整えようとする。
「ご主人様!」
離れた所で見守っていたハデスは、主人の元に駆け寄る。
「ご主人様…なんて無茶を」
「敵を倒すには油断させる必要があったんだよ」
「だから避けられたり防げたりする攻撃をわざと受けたんですよね?見ていれば分かります。けれどご主人様はもう少し自分を大切にしてください!」
瞳を潤わせながら、強く言うハデス。
本当に心配をさせてしまったなと、レイジは反省する。
「悪かったよ。それよりマナリーはどこだ?」
回復系スキルで傷を治しながら、レイジはもう一人の敵を探す。
しかしどこにもマナリーの姿は、見当たらなかった。
「恐らく逃げたのでしょう」
「みたいだな」
「まだそう遠くまで行っていないでしょう」
「なら急いで追いかけるぞ」
自分の身体を完治させたレイジはゆっくりと立ち上がり、駆け出そうとした。
その時だった。レイジの脳内に直接声が響き渡ったのは。
(おい、俺!聞こえるか!?)
(この声……分身体の俺か?)
レイジの頭の中に聞こえた声は、己の分身体によるものだった。
スキル〔念話〕による脳内通話だ。
なにごとかと思ったレイジは、頭の中で尋ねる。
(どうした俺?)
(実はデパートに取り残された人は、殆ど助けた。桃ちゃんの両親も怪我は酷いが命に別状は無い。今、治療している)
(そうか!…よかった)
(だけど)
(だけど?)
(……桃ちゃんが見つからないんだ)
(……マジかよ)
まさか一番助けた少女が見つかってないと知り、レイジは歯噛みした。
(どこら辺にいるか分かるか?)
(拓斗さんとナナさんの話によると、三階のぬいぐるみ売り場にいるかもしれないって、言っている)
(……分かった。すぐに向かう)
レイジは脳内通話を切った後、「クソがっ!」と小さく悪態を吐いた。
そんな彼に、心配そうな表情でハデスが問い掛ける。
「ご主人様……どうかなさいましたか?」
「さっき分身体から連絡があったんだ。桃ちゃんがまだ見つかっていないみたいだ」
「ッ!!」
「だから……そっちを優先する」
本当であれば、レイジはマナリーを殺しに行きたかった。
未来で脅威になると、知っているから。
けれど桃を救う方が重要。
故にレイジはマナリーを殺害するのを、諦めることにした。
その時、ハデスが予想外の事を言う。
「ご主人様……マナリーの排除は私にお任せを」
「!!」
「確実に奴の息の根を止めてみせます」
「……頼む」
ハデスの言葉を信じて、レイジは駆け出した。
白銀の髪を揺らし、赤いマフラーを靡かせて、彼は向かう。
一人の女の子を救うために。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
「ハァハァ…あんなの…聞いてないよ!」
黒い炎で燃えるデパートの中を、口から荒い息を漏らしながら必死に走るマナリー。
彼女はすでに戦意を失っていた。レイジに片腕を吹き飛ばされてから。
今まで多くの強者と戦ってきたマナリーだが、死の恐怖を感じたことはなかった。
だが今回は違う。
生まれて初めて、死の恐怖を感じた。
光闇レイジが……マナリーの心を恐怖で支配したのだ。
「逃げないと!早く……ここから!」
泣きそうな顔でマナリーは、走り続けた。
それからしばらく走っていた彼女は、ついに見つける。外に通じる扉を。
「み、見つけた!」
まるで希望の光を見つけた少女の如く、笑顔を浮かべるマナリー。
彼女はすぐに扉に向かおうとした。
その時、
「どこに行かれるのですか?」
突然、背後から声を掛けられた。
慌てて振り返ると、そこに立っていたのは長い黒髪を伸ばした女神だ。
その女神に、マナリーは見覚えがあった。
「あ…あなたは」
「申し遅れました。私は光闇レイジ様の従者であるハデスと申します。以後、お見知り置きを」
黒いドレスの裾を摘み、黒髪の女神―――ハデスは頭を下げる。
男だろうと女だろうと、そして女神だろうと魅了する美しさを彼女は持っていた。
だがその女神を目にしたマナリーは戦慄し、後退った。
自然とマナリーの口から、荒い息が漏れる。
「ハデスって……なんで生きてるの?死んだって聞いたんだけど」
多くの強者と戦ってきたマナリーは、本能で理解した。
目の前にいる女神は……レイジ以上に危険だと。
マナリーは己の本能に従い、その場から離れようとした。
だがその時、マナリーは思いっきり床に転んだ。
なぜ転んだか分からず、彼女は自分の脚に視線を向け―――絶句する。
マナリーの瞳に映っていたのは、膝から先を失った自分の両脚だった。
「ああ…ああ……」
マナリーは可愛い顔を恐怖で歪めて、声を震わせた。
絶望と恐怖が彼女の心を支配していく。
「逃げられると思いましたか?」
両脚を失い、絶望した表情を浮かべるマナリー。
そんな彼女をハデスは無表情で見下ろす。
だが黒曜石のような黒い瞳の奥には、激しく燃える怒りの炎と研ぎ澄まされた殺意が宿っていた。
「あなたは私の命を救ってくれたご主人様を。愛しのご主人様を傷を付けました。万死に値します」
「い…いや……許して」
涙を流しながらマナリーは首を左右に振る。
彼女の口はガタガタと震えており、股間のあたりから液体を流していた。
失禁するほど恐怖する最高幹部の一人。
そんな彼女の顔に、ハデスは自分の手を近づける。
「楽に死ねると思わないでくださいね?」
激しく炎上するデパート。
そこで響き渡った一人の少女の断末魔を聞いた者は、誰もいないのだった。
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