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ハデスの実力

 数多くの凶暴な大型魔獣が泳いでいる海—――魔海(まかい)

 そこでは竜巻が常に発生しており、激しい突風が吹きあられていた。

 海中では魔獣同士の殺し合いが毎日のように起こっている。

 そのせいで海は赤黒く濁っており、血の臭いが漂う。

 そんな危険な海に、小さな無人島があった。

 無人島には植物もなく、川もなく、生物もいない。

 あるのは荒れた大地と石と岩のみ。


「ここでいいだろう」


 人が住むことが出来ないような無人島で、銀髪の少年と黒髪の女神がいた。

 レイジとハデスだ。

 二人は一定の距離を保った状態で向き合っていた。


「ここなら全力を出して戦っても問題ないだろう」

「あの…ご主人様。なぜ、私と戦うのか聞いてもよろしいでしょうか?」


 困惑した様子で尋ねるハデス。

 彼女の質問に対し、レイジは準備運動をしながら答える。


「それはな、ハデス。俺が強くなりたいからだ」

「強く…ですか?」


 レイジは「ああ、そうだ」と言って、頷く。


「だから特訓に付き合ってほしい。お前は俺より強いから、修行相手にも持ってこいだ」

「そんなことは」

「謙遜しなくていい。今の俺じゃあ全力を出しても、お前には勝てない。そうだろ?」


 ハデスは答えなかった。

 レイジの言っていることは間違っていない。

 最高位の女神であるハデスなら、赤子の手首を捻るぐらい簡単にレイジを倒すことが出来る。

 けれど主を傷つけるのではないかと思い、何も言えなかった。

 そんな彼女の考えを読み取っていたレイジは、「気にしなくていい」と告げた。


「俺はな…運命に抗えるぐらい強くならないといけないんだ。そのためなら、負けると分かっていてもお前に挑む。それに俺が全力出しても問題ない特訓相手が必要だったしな」


 強くなるには、限界を超えなくてはならない。

 そのためにはまず全力を出す必要がある。

 だがレイジは強すぎるため、相手に出来る者は数が少ない。

 故にハデスが現れたのは、レイジにとって幸運だった。


「お前は強い…だから、本気で戦える」


 戦意を宿した死神の深紅の瞳が、爛々と輝く。

 準備運動を終えたレイジは、スキル〔成長操作〕〔装備変換〕を発動。

 一瞬で彼の肉体が成長し、私服から装甲付き灰色ボディースーツへと変わった。

 スーツの上に着た漆黒のジャケットと、首に巻いた長い赤いマフラーが風で揺れる。


「ハデス…悪いと思うが、付き合ってもらうぞ。お礼に美味いフレンチトーストを作ってやる」

「……分かりました」


 ハデスはそこら辺に落ちてある小さな石を拾い上げる。

 そして、


「お相手をしましょう」


 天に向かって小石を投げた。

 小石は十メートル以上まで上にいき、下に落ちていく。

 神経を研ぎ澄まし、いつでも攻撃できるように構えるレイジ。

 そんな彼を見つめるハデス。

 小石が地面に落ち、音が鳴った。

 その次の瞬間、レイジはスキルを唱える。


「スキル〔筋肉増強〕〔暴君〕〔超加速〕〔神兎〕〔硬質化〕!」


 複数のスキルを使用して、己の肉体を爆発的に強化。

 彼は地面が砕けるほど強く踏み込み、駆け出す。

 音速を超えた速度でハデスに肉薄し、強力な回し蹴りを放つ。

 死神の蹴撃がハデスの頭部に直撃しようとした。

 しかし、彼の攻撃はハデスに当たらず、空振りする。


「なに!?」


 間違いなく狙って蹴ったというのに空振りするとは思わなかったレイジは、驚愕する。 

 だがすぐに意識を切り替えて、さらに己の強化を行う。


「スキル〔筋肉増強〕〔暴君〕〔超加速〕〔神兎〕〔硬質化〕を肉体に付与!!」


 レイジの身体の表面に光り輝く銀色の文字が浮かび上がり、白銀の嵐が発生。

 無理に強化したせいで、レイジの身体に痛みが走る。

 だがその痛みを無視して、彼は連続で殴打と蹴りを放つ。

 一発一発が重く、速く、強力。当たれば山をも粉砕する。

 しかし彼の怒涛の連撃はハデスに届かなかった。

 強烈な拳撃は数ミリの所で止まり、神速の蹴撃は当たるか当たらないところで空振りする。


「当たらない!?なら!」


 レイジはハデスから距離を取った。

 そして彼は強力なスキルの名を唱える。


「ユニークスキル〔闇影多頭龍(ヒュドラ)〕!」


 島中から濃色の鱗に覆われた目のない竜の頭が大量に出現。

 その数は千を超えるだろう。


「ここは光がなくて本当に良かったよ」


 ユニークスキル〔闇影多頭龍〕。影から幾つもの竜の頭を召喚する闇属性スキル。

 このスキルは召喚する場所が暗ければ暗いほど、性能が上昇する。

 今、レイジが居る場所は太陽の光もなければ、外灯もない。

 つまりユニークスキル〔闇影多頭龍〕が最大限まで力を発揮できるということ。


「撃て!」


 主の命令に従い、影の竜達は口を大きく開き、紫の光線を放射。

 無数の破滅の光線が、ハデスに迫る。

 それに対してハデスは―――()()()()()

 防御もせず、走って回避もせず、ただ静かに歩く。

 すると光線の雨がハデスに当たるギリギリのところで通り過ぎて、地面に着弾。まるで光線が彼女を避けているかのよう。

 砂埃が舞い、轟音が鳴り響く。

 光線の雨の中を優雅に歩くハデスに、レイジは戦慄する。


「嘘だろ!?まさか最小限の動きで光線を避けてるのか!?」


 彼の予想は当たっていた。

 ハデスは最小限の動きで無数の光線を回避しているのだ。

 だが簡単にできるものではない。

 攻撃する時の動き、攻撃が当たる場所、攻撃の数など全て完璧に把握しなければならない。

 まさに神業。


「ッ!食らい付け!」


 少し焦った様子でレイジが別の命令を下した。

 千の影の竜達は一斉にハデスに襲い掛かる。

 鋭い牙を伸ばした顎が、ハデスを噛み付こうとした。

 だがその時、


「消えなさい」


 ハデスが静かな、しかし響き渡るような声を発した。

 直後、なんの前触れもなく千の影竜達が消え去った。

 それを目の当たりをしたレイジは、言葉を失う。


神言(しんげん)か…ハデスも使えるのかよ)


 神力を消費し、言葉を発することで言ったことを現実にする女神の技。

 使うことが難しくて、一部の女神にしか使うことが出来ない。


「予想以上に強いな…惚れそうだよ」

「ありがとうございます。今回は夜伽ですね」

「なんでそうなんだよ!?もう夜伽から離れろよ!」

「だが断ります」

「なにキリッとした顔で断ってんだよ!?ああぁ、もういいや。とりあえず奥の手を使わせ貰えるからな!」


 レイジはスキル〔格納空間〕を発動し、小さな黒い箱を掌に召喚。

 蓋を開け、箱に入っていたキューブ状のチョコレートーーー神甘を取り出し、口の中に投げ入れた。

 甘くて濃厚な味がレイジの口の中に広がった。

 その時、彼の身体から白銀の粒子が発生する。


「目には目を、歯には歯を。そして神には神だ!オーバースキル〔炎魔神化(イフリート)〕!」


 強力なスキルの名を告げたレイジ。

 彼の身体から赤黒い炎が激しく噴き出す。

 地面は融解し、嵐の如き爆風が巻き起こる。

 炎が収まると、そこに立っていたのは漆黒の外殻に覆われた炎の魔神。

 背中と肩から噴き出す煉獄の炎と、両腕と両脚からマグマの如く輝きを発している赤い光が暗い島を照らす。


「なるほど…今の菓子を摂取したことで神力を得たのですか。人間界で神力を得る菓子を作れたのは、あなたが初めてでしょう」


 興味深そうに目を細めるハデス。

 そんな彼女に人差し指を向けて、レイジは宣言する。


「お前に勝てるとは思っていない。だが…一発は入れてみせる」


 己よりも遥かに強い最高位の女神、ハデス。

 彼女に一撃を入れるために、レイジは闘志を燃やす。


「いくぞ!」


 背中と足裏からロケットエンジンの如く赤黒い炎を噴射。

 その反動でレイジは恐ろしい速度で突撃する。

 地面すれすれで飛行し、一瞬でハデスの懐に入ったレイジは、肘から炎を噴射して右ストレートを放つ。

 それと同時にハデスは一歩だけ後ろに下がった。

 彼の拳はハデスの顔に当たる寸前で止まった。

 拳撃の余波で、ハデスの長い黒髪が激しく揺れる。


「この程度—――」

「殴るだけで終わりなわけないだろう」


 レイジは握り締めていた右拳を大きく開く。

 開いた掌が真っ赤に強く輝き出した。

 その次の瞬間、掌から赤黒い極太の光線が放射。

 業火の光線はハデスを呑み込み、そのまま遠くにある大きな山を貫いた。

 光線に貫かれた山は赤熱化し、溶けたチョコレートの如く崩壊していく。


「…流石に直撃はしなかったが、少しは当たったみたいだな」


 不敵な笑みを浮かべながら、レイジは振り返る。

 彼の視線の先には、平然と立っているハデスの姿が。

 光線が僅かに当たったのか、ハデスの長い黒髪の毛先が少し焦げていた。


「少し驚きました。まさか髪の毛だけとはいえ、当たるとは思いませんでした」


 焦げた毛先をハデスは指で弄る。


(髪の毛を傷つけられたのは…何千年ぶりでしょうか)


 神界にいた頃、ハデスは多くの女神達と戦ってきた。

 だがほとんどの女神達は彼女に攻撃を当てることが出来なかった。

 ハデスが強すぎるせいで。

 神界ではハデスの圧倒的な強さと美しさに魅了されて、忠誠を誓う女神が多く存在した。

 そんな彼女の髪を、女神と契約していない人間の子供であるレイジが傷を付けた。

 ハデスは薄っすらと笑みを浮かべる。


「本当に……将来が楽しみですね」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ハデス……今度はかすり傷を着けてやるよ。スキル〔装備装着〕」


 レイジがスキル名を告げると、掌に大きな赤と白の突撃槍(ランス)が出現。

 二メートル以上はある大きさに、猪の紋様。

 そして槍には、シリンダーの形をした赤い魔石が搭載されていた。

 魔獣LV7であるパワーの魔石と精霊石で作り上げた新たな神話級魔道具。


 槍型魔道具—――〘烈火(れっか)〙。


「こいつは対魔獣LV7のために作った魔道具だが……お前みたいな最高位の女神に通じるか試させてもらう」


 深紅の瞳を怪しく輝かせたレイジは、足裏と背中から炎を噴射。

 空高く上昇し、〘烈火〙を構える。

 そして〘烈火〙の柄に搭載された引き金を引く。

 するとシリンダーの形をした魔石が高速回転。

〘烈火〙から陽炎の如き真紅のオーラが発生する。


「今の俺が出せる最強の一撃だ」


 身体全身から赤黒い炎を勢いよく噴き出す死神。

 赤黒い太陽と化した彼は、下にいるハデスに向かって突撃する。

 隕石の如く空から高速落下するレイジは、槍を突き出す。


「受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 煉獄の炎の槍撃がハデスに衝突した。

 その次の瞬間、島全体を呑み込むほどのドーム状の爆発が巻き起こった。

 大きな爆発音が鳴り響き、島の周囲にあった海が蒸発する。

 海中を泳いでいた巨大な魔獣達は爆発に巻き込まれ、跡形もなく消え去った。

 やがて爆発が収まると、そこにあったはずの島が無くなっていた。

 代わりにあったのは、巨大で深い穴。

 その穴の最深部で一人の人影が仰向けに倒れていた。

 人影の正体は―――レイジだ。


「ハハハ…本気を出したのに勝てなかったわ」


 苦笑するレイジの首元には、手刀が突きつけられていた。

 手刀を突きつけたのは、黒いドレス姿の黒髪の女神―――ハデス。

 彼女は平然としており、傷一つ付いていない。


「結構、俺は強いと思っていたが……そうじゃないみたいだな」

「いえ、ご主人様はお強いです。私に一割の力を出させましたから」

「一割…か。こりゃあ、お前に勝つのはまだまだ先だな。


 深いため息を吐いたレイジは、オーバースキル〔炎魔神化〕を解除。

 頭に生えていた角と身体を覆っていた黒い外殻が消滅する。

 元の人間の姿に戻ったレイジは、苦笑しながら両手を上げる。


「俺の負けだ。ハデス」


 世界を滅ぼす力を持つ白銀の死神は、従者の女神に敗北を認めた。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 レイジとハデスが無人島で戦っている頃、家で愛花は朝食の準備をしていた。

 フリルが付いた可愛らしいエプロン姿で、食器や飲み物などを机の上に置いていく。

 その時、リビングにセシーがやってきた。


「おはよう、セシー」

「おはよう愛花。毎日見てるけど…やっぱり似合わないな。お前のエプロン姿」

「そう?ユウくんは似合ってるって言うけど」


 エプロンの端をつまみながら、首を傾げる愛花。

 確かにエプロンを着用した愛花は、とても似合っている。

 だが、邪神教の愛花を長年見てきたセシーからしたら、違和感しかない。


「確かに他の人達から見たら、似合うかもしれないが……お前のことを知っている私からしたら、モンスターが無理して可愛い服を着ているようにしか見えない」

「喧嘩売ってるなら買うよ?」


 笑顔を浮かべながら、眉間に皺を寄せる愛花。

 そんな彼女を無視して、テーブルの上に置いてある料理に視線を向ける。

 

「これは……」


 料理を目にしたセシーは、目を見開く。

 その料理はフレンチトースト。黄金の如く輝いており、甘い香りを漂わせている。

 セシーの口から僅かに涎が垂れた。


「なんだ…このフレンチトースト。今まで見てきたフレンチトーストの中で一番美味しそうなんだが」

「レイくんが作ったやつだよ。しかも魔法で出来たて状態を維持してある」

「レイジか……良い息子を持ったな、愛花」

「うん。家族の中では一番料理がうまいんだ」

「それもあるが……あの子、お前が実の母親じゃないと気付いているぞ」

「え?」


 セシーの言葉が衝撃的過ぎて、愛花は手に持っていたガラスのコップを落とす。

 慌ててセシーは床に落ちる寸前で、コップをキャッチ。

 安堵の息を吐いたセシーはコップをテーブルに置いて、話を続ける。


「私と戦っているとき、こう言ったんだ。『今の母親は、俺にとって大切なお母さんだ。血なんて関係ない』って」

「レイくんが……そんなことを」


 愛花は瞳を潤ませ、尻目に涙を浮かべた。

 嬉しかったのだ。

 自分は愛花の息子ではないと、レイジは気付いている。

 それを知っていた愛花は、きっと自分はレイジに嫌われているのだろうと思っていた。

 だがレイジは家族と思ってくれた。大切だと思ってくれた。

 血など関係ない。

 レイジにとって自分は大切な母親なんだ。

 それを知った愛花は、泣き出しそうなくらい嬉しかった。

 セシーはポケットからハンカチを取り出し、愛花に

差し出す。

 愛花はセシーからハンカチを手に取り、涙を拭う。


「ありがとう、セシー」

「気にするな。さ、辛気くさい話はこれで終わりにしよう。まずは朝食をとるか」

「みんなが起きてからだよ」

「そうだったな」


 クスクスと笑い合う愛花とセシー。

 愛花は窓枠に置いてある観賞用の小さなサボテンを見つめながら、微笑む。


(エミリア……私、()()()()()()に母親として認められているみたいだよ。これからも頑張るから、見守っててね)

 読んでくれてありがとうございます!

 次回も楽しみにして下さい!

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