付喪神
「つまり…朝起きたら、知らない女神がベットにいたんだね?」
「そうなんだ」
レイジから詳しく話を聞いていた愛花。
彼女は、顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。
「レイくんが嘘を言っていないのは分かるけど……とても信じられないかな」
朝起きたら知らない女神が居ました。
そんなことはアニメやマンガだけの話。
現実ではそんなことはない。
故に愛花は信じられなかった。
「俺だってそうだよ。むしろ俺がなんでこんなことになったのか知りたいくらいだよ」
そう言いながら、レイジはチラリと視線を向ける。ソファーに座っている謎の黒髪の女神に。
部屋の時とは違い、今の彼女は裸ではなく黒いドレスを着用している。
そのドレスはとても黒く、しかし目が奪われるほど美しかった。
(本当に彼女は何者なんだ?分かるのは普通の女神ではないということ)
レイジはいつでもスキルを発動できるように警戒をしていた。
それぐらい黒髪の女神が、とんでもなく強者だと感じ取ったのだ。
どことなく気品があり、しかし実力者特有の雰囲気を纏っている。
今まで会って来た女神の中で、一番強いだろう。
元邪神教の幹部である愛花も、謎の女神を警戒している。
「とりあえず質問だ。あんたは何者?」
レイジが問い掛けると、謎の女神はゆっくりと答える。
「私は……あなたの所有物です」
「うん。ちょっとタイム」
両腕をTの形にして、レイジはストップをかける。
突然の爆弾発言。
レイジは目頭をほぐし、もう一度尋ねる。
「ごめん…もう一回、言ってくれる?」
「私はあなたの所有物です」
「ああ、うん。聞き間違いじゃあなかったのね」
言っている意味が分からず、レイジは混乱する。
「所有物って……どういう意味?」
「そのままの意味です。私はあなたの道具であり、下僕であり、性奴隷であり、夜伽の相手です」
「あんたは何を言っているんだ!?特に最後の方!?」
「どんなことをされても喜んで受け入れます」
「もういい!黙ってろ!」
「特に夜伽には自信があります」
「だから黙ってろつってんだろうがー!」
女神のとんでもないことを言いだしたため、レイジは黙らせた。
深いため息を吐き、彼は頭に手を当てる。頭が痛くて仕方がなかった。
そして漆黒のオーラを放ちながら愛花は、レイジに視線を向ける。
彼女は可愛らしい笑顔をしているというのに、恐ろしく見える。
レイジは冷や汗を流しながら、別の質問をする。
「じゃあ、別の事を聞く。あんたの名前は?あんたはどういう女神だ?」
「私の……名前は」
謎の女神は告げる。己の名を。
「ハデス。死と生の女神にして、女神の女王――ゼウスの姉です」
「「—――」」
レイジと愛花は大きく目を見開き、言葉を失った。
女神達が住んでいる世界—――神界。それを統べる女神の女王、ゼウス。
その姉が自分達の目の前にいる。
驚きを隠せるはずがない。
「……女神の女王の姉がなぜここに居る?」
ハデスに問うレイジの額から、一筋の汗が流れる。
汗は頬を伝い、床にポタリと垂れる。
彼は緊張しているのだ。
目の前にいるハデスは、相見えることが出来ない存在。
死と生の女神、ハデス。
彼女は最悪の女神ロキに殺されているのだ。
「お前がハデスっていうのは、信じられる。見ただけでどれくらい強いか分かるし。嘘を見抜くスキルを俺は持っている。だからこそ本当の事を言っているのは分かる。けどな……あんたは死んだことになっているはずだろ?」
アニメの設定では、百年以上前に神界でロキが女神の女王とその家族を殺害したことになっている。
故に分からない。なぜ目の前で生きているのかを。
「はい。ご主人様の言う通り、私は死にました。けれどあなたのおかげで生き返ったのです」
「どういうことだ?」
「付喪神…というのはご存じですか?」
「ああ……知ってるよ。この世界の常識の一つだからな」
付喪神。それは古代の神話級魔道具に宿った女神の事だ。
付喪神は普通の神話級魔道具よりも強力で、戦闘などの支援をしてくれる。
アニメ『クイーン・オブ・クイーン』では、古代の遺跡を探索をしていた主人公が偶然、神話級魔道具に宿った女神ーーー付喪神を見つける。
そしてその付喪神とともに、強敵達を倒し、成長するのだ。
「古代の神話級魔道具に宿った女神のことだろ?」
「だいたい当っています。ですが少し違います。付喪神とは、強力な神話級魔道具に死んだ女神の魂が宿ったものです」
「神話級魔道具?……あ!」
心当たりを思い出したレイジは、声を上げる。
昨日、夜遅くまで作っていたロボット型魔道具。
その魔道具は、神話級。
つまり、
「お前…俺が作った魔道具に宿ったのか!?」
レイジの言葉に対し、ハデスは頷いて肯定する。
「はい。その通りです」
「でも待ってくれ。付喪神って…古代の神話級魔道具じゃないと駄目なんじゃ?」
「それは違います。確かに古代の神話級魔道具に死んだ女神の魂が宿るのは、多いです。ですがそれは昔よりも魔道具の製作能力が衰退し、神話級を生み出せなくなったことで、そういう勘違いが生まれたのです。そもそも付喪神になるのはごく稀です」
「そう…なのか」
付喪神。アニメの設定では、古代の神話級魔道具に宿った女神と書かれている。
だがそれは間違いだった。
それを知ってレイジは呆然とした。
(まさかアニメの設定が間違っているとはな……いや、今までもアニメの設定にはなかったことが起こっていたし今更か)
アニメが始まるよりも早く起きた狂神化。
邪神教の幹部との戦闘。
レイジが原因だとはいえ、アニメの設定にはないことが起こり続けている。
アニメ設定とは違うことがあっても、不思議ではない。
「私はロキによって殺され、消えるはずでした。ですがご主人様のおかげで助かりました。本当に…ありがとうございます」
深々と頭を下げるハデス。
よく見れば彼女の瞳から、ポロポロと涙の雫が零れ落ちている。
どれだけ感謝しているのか、伝わってくる。
「……お前が何者なのか分かった。けどなんで俺をご主人様って呼ぶ?」
「本来、私はいなくなる存在でした。けれどそんな私を救ってくださいました」
「いや……偶然だぞ」
レイジの言うとおり、ハデスが宿っているロボット型魔道具は自分のために作った物。
礼を言われるようなことではない。
しかしハデスは、
「偶然だとしても、あなたは私の命の恩人です。故に」
片膝を床につけて、頭を下げた。
それはまるで騎士が王に忠誠を誓うよう。
「私の身と心をあなたに捧げます」
「……そうか」
レイジはそれ以上、何も言わなかった。
最高位の女神が五歳の子供の部下になる。
それはきっと歴史上でもないことだろう。
正直、レイジは配下などいらないが、ハデスは戦力になる。
それにハデスが本気で配下になりたいという気持ちが伝わってきたため、断れなかった。
「お前が望むならいいよ。けどやめたい時はいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「じゃあとりあえず、さっそくお願いがあるんだけど…いいか?」
「はい。なんなりと」
「本当?じゃあ―――」
ニッと笑みを浮かべながら、レイジは口を動かす。
「俺と戦ってくれ」
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