遊園地激闘の後
『あ、あのカーラとメスをあんなに早く倒すなんて』
カーラと愛花の戦いを見ていたルルアは、動揺を隠せなかった。
たった数分。否、たった一分で愛花はカーラを倒したのだ。しかも無傷で。
敵は神話級魔道具を装備し、完全神装をしている上に、オーバースキルを使用していた。
普通なら勝つことなど不可能だ。
『いったい……何者なんですか?彼女は?』
光闇愛花。
アニメには登場しなかったレイジの母親。
彼女の事は『クイーン・オブ・クイーン』の設定資料にも載っていなかった。
『あとでマスターに聞いた方が良さそうですね』
小さな声でルルアはポツリと呟いた。
その時、
「お~い!ルルア~!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
『この声は!』
声が聞こえた方向にルルアは視線を向けた。
彼女のアイカメラに映ったのは、建物の上を飛び移りながら近づいてくるレイジの姿だった。
『マスター!』
激戦の後に好きな男性の姿を見て、ルルアは思わず歓喜の声を上げてしまう。
そのことで彼女は少し恥ずかしくなり、俯く。
「ルルア!お前、なんでこんなところにって、ボロボロじゃないか!」
今のルルアの状態を目にして、レイジは目を大きく見開く。
彼の言う通り、ルルアはボロボロだった。
片腕は失っており、柔らかそうな白い身体はところどころ黒く汚れている。
どれだけ激しい戦いをしていたのか、物語っている。
『ちょっと、面倒な敵と戦っていまして』
「知っている。遠くからだけど、見ていたよ。お前があのカーラと戦っていたところを。そして……お母さんがカーラを倒したところも」
レイジは視線を向ける。死んだメスとカーラを哀しそうに見つめる母親を。
「やっぱり……そうなのか」
『やっぱり?』
レイジが呟いた言葉を耳にして、ルルアは首を傾げる。
どういう意味かと尋ねようとした時、
「ここにいた」
後ろから声を掛けられた。
レイジとルルアは「うわぁ!」と驚きの声を上げ、身体をビクッと震わせる。
慌てて振り返ると、そこには幼い桃髪の少女—――癒志桃がいた。
「桃ちゃん!?」
『い、いつのまに』
「さっき来たの」
『すごいですね、この子。全然気づきませんでしたよ。絶対ステルス系のスキルを持ってますよ、マスター』
「いや、設定では確か体質だったんじゃなかったけ?」
『どっちでも構いません。とにかく、くのいちに育ててエロいプレイをさせましょう』
「幼い子供の前で何言ってんだお前は!」
『ストライクショット!!?』
変なことを考えているエロ兎人形の頭を鷲掴みにして、レイジは地面に叩きつけた。
地面に皹が走り、ルルアは変な声を上げる。
そして数秒間、痙攣した後、彼女は動かなくなった。
「ゴホンッ……それはそうと、桃ちゃん?怪我はないか?」
一度咳ばらいをしたレイジは、桃に問い掛けた。
「うん……平気」
「そうか、それはよかった」
「あとね、あとね」
「ん?何かな?」
「お父さんとお母さんが見つかった」
「え?本当か!それはよかった。で、どこにいるのかな?」
レイジが尋ねると、桃は「あそこ」と言って指を指す。
指を指した方向に視線を向けると、そこには幼い桃髪の少年と赤髪の女神がいた。
(あれって……確かここに来たばかりの時に助けた)
自分が助けた人達とまた会うとは思わなかったレイジは、少し驚いた。
同時に、ある疑問を抱いた。
(あれ?確かお父さんとお母さんって桃ちゃん言ったよな?あの女神が母親なのは分かるんだが……父親の姿がないぞ?)
キョロキョロと左右に視線を動かして、レイジは桃の父親の姿を探す。
しかし桃の父親らしき人物は見当たらなかった。
その時、桃髪の少年がレイジに歩み寄る。
「やぁ、さっきは助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。えぇ~と君は?」
「僕は癒志拓斗。桃の父親さ」
「あ~なるほど、桃ちゃんのお父さんですかはあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「声でっか!」
目を大きく見開いて、レイジは驚愕の声を上げた。
あまりにも大きな叫び声だったのか、うるさそうに拓斗が手で耳を塞ぐ。
(お父さん!?この人が!?どっからどう見ても子供だろ!)
頭の中で激しく混乱するレイジ。
彼は《邪聖の十二星座》が現れた時以上に、彼は驚いていた。
無理もないだろう。まさかアニメキャラクターである癒志桃の父親が、幼稚園児みたいな見た目をしてるのだから。
ロリババアならぬ、ショタジジイだ。
「あ、あの~拓斗…さん。もし失礼でなければ年齢を聞いても?」
「今年で四十二だよ」
「四十二!?」
幼稚園児の見た目をしていながら、拓斗の歳は四十二。
肉体と年齢がまったく合っていない。
(ウチのお母さんの時も思ったけど……特殊なスキルでも持ってるのか?それとも人間ではないのか?)
相当失礼なことを思っているレイジ。
彼が何を思っているかを察したのか、拓斗は苦笑いをする。
「ごめんね、年齢と見た目が合っていなくって。驚かせちゃって」
「え!あ、すみません!」
「いいよいいよ……慣れてるから。それよりも君は大丈夫なのか?怪我は?」
「俺は大丈夫です」
「そうか、それはよかった。で、君はこれからどうするんだい?」
「とりあえず遊園地を修復した後、怪我人を治療しようと思います」
「修復?一人でできるのかい?」
訝しそうな表情を浮かべる拓斗。
疑うのは、当然だろう。
崩壊した遊園地をたった一人で修復するなど、無理と言っていもいい。
だがレイジは別だ。
「まぁ、見ててください」
レイジは上に向かって両手を伸ばし、意識を集中させた。
すると彼の身体から白銀の粒子が発生。
その粒子は星の如く光り輝いており、周囲を照らす。
「無属性魔法〔LV7完全復元〕」
静かな声でレイジが魔法名を唱えると、空に巨大な魔法陣が出現した。
直後、魔法陣が強く輝き出す。
あまりにも眩しすぎる光に、思わず桃と拓斗は目を閉じる。
数秒後、光は収まり、消え去った。
桃と拓斗はゆっくりと目を開け―――驚愕する。
「うわ~!」
「これは……凄いね」
桃は瞳を輝かせ、拓斗は目を見開いた。
元に戻っていたのだ。崩壊した遊園地が。
亀裂が走った地面も、瓦礫と化した建物も、使い物にならなくなったアトラクションも……全て元に戻っていた。
まるで戦闘など最初からなかったかのように。
本当にレイジは修復したのだ。女神の力なしで。己の力のみで。
「修理完了……と。はぁ~、だいぶ慣れたけど、LV6以上の魔法を使うのは、やっぱりキツイな」
崩壊した遊園地を元に戻したレイジは、ジャケットのポケットから棒付きキャンディーを取り出し、口に咥える。
甘い味が口の中に広がり、疲れた身体を癒す。
それと同時に消費されたレイジの魔力が回復していく。
「やっぱり、ポーションよりもこっちの方がいいな」
そう呟いたレイジはキャンディーを咥えたまま、手を開いたり閉じたりする。
己の身体に異常が無いのを確認した彼は、フードエリアに向かう。
怪我人を治療するために。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
『相変わらずの化物ですね。あの人は」
地面に倒れていたルルアは、ゆっくりと起き上がる。
『遊園地を直すなんて……マスターは本当に優しいですね』
フードエリアに向かう白銀の死神。
そんな彼の背中が、ルルアには大きく見えた。
『そういう所が……私は恋をしたのかもしれませんね』
前世では感じたことが無い感情。
心臓がないというのに、ルルアは胸が高鳴っているのを感じていた。
『それはそうと、愛花さんのことが気になりますね』
スキルや魔法を使わず、生身でカーラを倒した愛花。
〘死光の水晶〙から放たれた光線を拳で無効化した彼女は、普通ではない。
危険な怪物だ。
(何者なのか調べる必要がありそうですね)
ルルアは強く警戒した。
光闇愛花と言う名の化物を。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
その後、フードエリアに到着したレイジは、全ての怪我人を治療。
完全完璧に傷を治療した彼は、ルルアを連れて廃工場に転移した。
「やっと戻れたわ~」
深いため息を吐き、首をゴキゴキと鳴らすレイジ。
彼はスキル〔成長操作〕と〔性転換〕を使い、元の幼い少年へと戻る。
同時に戦闘服から私服へと一瞬で変えた。
「まさか桃ちゃんを遊園地に送るだけが……とんだトラブルに巻き込まれちゃったな~」
『そのトラブルをほぼ一人でなんとかした死神が何を言ってんですか?』
「うるせぇよ。それより身体は大丈夫か?」
『大丈夫ですよ。あなたに直してもらったんで』
カーラとの戦闘で失ったルルアの片腕は、レイジのおかげで元に戻っていた。
ルルアはレイジの右肩に飛び乗り、感謝を述べる。
『ありがとうございます。マスター』
「気にするな」
『ふふふ、相変わらず優しいですね~。……あのマスター。聞きたいことがあるのですが』
「分かってる。お母さんの事だろう?」
『……はい』
ルルアはとても気になっていた。愛花という人物を。
だがそれはレイジも同じだった。
「俺もお母さんの事は全てわかったわけじゃない。だから……聞きに行く」
『聞きに?誰にですか』
「後でわかる」
そう言ってレイジは、薄暗い廊下の中を歩き始めた。
コツンコツンと足音が鳴り響き、天井に設置された照明が点滅する。
埃と金属の臭いが、彼の鼻を刺激する。
今度ここを綺麗にするかと思いながら、レイジはとある扉の前で足を止める。
「到着だ」
『この部屋に誰かいるのですか』
ルルアの問いに対し、レイジは頷いて肯定する。
「この扉の奥にいるのは、ウチの母親の事をよく知っている人であり、俺が助けたい人だ」
『助けたい人?』
「そうだ」
レイジは扉のドアノブを握り、ゆっくりと横にスライドさせる。
ギギギと嫌な音が鳴り、埃が舞う。
『嘘……なんでこの人が!』
部屋の中にいた人物を目にして、ルルアは愕然とする。
無理もないだろう。
なぜなら『クイーン・オブ・クイーン』の主人公達と敵対するキャラクターが目の前にいるのだから。
「ずいぶんと待たせて悪かったな」
レイジが声を掛けると、部屋の中にいた一人の女性は呆れた表情を浮かべる。
「まったくだ。この私を待たせるとはな。ま、美味しい紅茶とクッキーを提供してくれたから、許してやろう」
手に持っていたティーカップを机の上に置き、女性は手で髪を払う。
艶のある金色の髪が天井に設置されたライトに反射して、キラキラと輝く。
「それにしても…君は本当に変わった奴だな。」
「それはあんたも同じだろ?なぁ―――」
「セシリア」
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