癒志桃
「そろそろ始めましょう」
「ええ、そうね」
薄暗い空間の中で声を発したのは、黒いローブを羽織った女性と女神。
彼女達の首には、赤い十字架が刺さった黒い骸骨のペンダントがぶら下がっていた。
「他の者達はもう準備万全よ」
「なら……行きましょう」
悪魔のような笑みを浮かべる女性と女神。
コツコツと足音を立てながら、彼女達は向かった。多くの人々の命を狩るために。
「人間に絶望を」
「女神に恐怖を」
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
「これを…こうして。ここを……こうやって」
薄暗い廃工場の中で、レイジは大人の女性の姿で新たな魔道具を作っていた。
まるでプラモデルを組み立てるように、彼は器用に部品と部品を組み合わせる。
そんな彼を、ルルアはボロボロのソファーに座って眺めていた。
『また随分と凄い物を作ってますね』
ルルアが声を掛けると、レイジは作業しながら「まぁな」と返す。
「今回は自信作だ。今まで作った魔道具の中で、一番かも」
『何度も失敗してますけどね。幾つもの女性専用スキルで製作能力を上げているのに』
「仕方ないだろう……今までとは違うやつを作ってるんだから」
レイジは今、アニメ『クイーン・オブ・クイーン』にはなかった魔道具を作っている。
その魔道具は、女神と契約していないレイジにとって必要な物。
完成すれば予想外な事に、対応しやすくなる。
「なんとしても成功させる。幸い時間はたくさんある」
今日、レイジの家族は家にいない。
なぜなら癒志桃とその家族と一緒に、遊園地に行っているからだ。
本当ならレイジも行かなければならなかった。
しかし、癒志桃に接触するわけにはいかない。
そこでレイジは、スキルの力で分身を作り、自分の代わりに遊園地に行かせたのだ。
「今頃、みんなは色々なアトラクションで遊んでいるだろうな」
『そうですね……マスター。一つ聞きたいことがあるのですが』
「ん?なんだ?」
『今……女性の下着を着用してますか?」
「してるわけないだろう。真剣な声でなに聞いてんだ」
ルルアのアホらしい質問に、レイジは呆れた声でツッコんだ。
その時、組み合わせていた部品の一部である歯車が外れて、床に落っこちた。
歯車は床の上を転がり、埃まみれの段ボールと段ボールの間に入り込む。
「あらら、部品が」
作業していた手を止めて、レイジは部品を取りに行こうとした。
その時、段ボールと段ボールの間から、一人の幼い少女が現れた。
短い桃色の髪に、若葉のような緑の双眼。可愛らしい蝶のイラストが描かれたリュックに、フリルが付いたミニスカート。
どこかにお出かけするような格好した少女は、少し怯えた様子でレイジを見ていた。
(女の子?……なんでこんなところに)
疑問を抱きながら、レイジは少女に歩み寄った。
すると少女は段ボールの後ろに隠れた。
彼女は物陰から顔だけを出し、レイジに視線を向ける。
少し怖がっている女の子。そんな彼女を安心させるために、レイジは優しい声で話し掛ける。
「えぇ~と……怖がらないで。俺は怪しいもんじゃない。どこにでもいるただの少年だ。今は大人の女性だけど」
『しかしその正体は、世界を滅ぼす死神だった』
「変な解説をするなよルルア!」
『そしてその死神は下着を着用していない』
「女物のはな!ちゃんと男物の下着は着てるよ!」
『ちゃんと女物の下着を着けろよバカマスター!』
「着けるか!女の姿になったのは女性専用スキルを使うためだ!というかそれをお前は知ってるだろう!」
『知るか!とにかくエロいブラジャーを着けてください!』
「もう黙ってくれませんか!?」
『断る!!いいからさっさと着ろ!そのサキュバスのような豊満な胸とお尻は飾りか!!』
「……よし、分かった。なら力づくで黙らせてやるよ」
凶悪な笑みを浮かべながら、拳をゴキゴキと鳴らすレイジ。
彼の身体から陽炎のような怒りのオーラが沸き上がる。
流石にやりすぎてしまったと後悔したルルアは、後退る。
『あの……マスター。謝ったら、許してくれますか?』
「おかしな質問をするな。許すと思うか?」
『ですよね~!アハハハハ!』
「バカなことを聞くな。フフフフ」
笑い合うレイジとルルア。
二人の笑い声が工場の中に響き渡る。
そして…笑い声が徐々に収まると、
『ダッシュ!』
ルルアは電光石火の如き速さで逃走。
逃げ出した兎型ぬいぐるみを狩るために、レイジは追いかける。漆黒の大鎌を装備して。
『私は…ここで死ぬわけには行かないんだああああああああああ!!』
まるで熱血系主人公のような台詞を吐きながら、ルルアは走る。
そんなルルアを後ろから追う銀髪の死神。
捕まったらお終いのデス鬼ごっこを始めたレイジとルルア。
それを目の当たりにした桃髪の少女は一瞬だけ呆然とした後、
「ぷっ……アハハハ!」
とても楽しそうに笑った。
女の子の笑い声を聞いて、レイジとルルアは動きを止める。
「お姉ちゃんたち……面白いね」
満面な笑顔を浮かべながら、少女はそう言った。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
それからレイジとルルア、謎の少女は、美味しいお菓子と飲み物を飲み食いしながら、話をしていた。
「つまり…君は家族と友達と一緒に遊園地に行ったんだけど」
『迷子になって、親を探していたらいつの間にかここにいたと?』
「うん」
レイジ特製フルーツミックスジュースを飲みながら、コクリと頷く桃髪の少女。
レイジとルルアは目を合わせて、小声で話し合う。
『どうしますか、この子?』
「どうするもなにも……親の所に送るしかないだろう。可哀そうだし」
『相変わらずのお人よしですね。私なら『ゲヘへへ、親の所に送る代わりにエロいことをさせろや』って要求するのに』
「ロリコン犯罪者かお前は」
『ゲフッ!』
呆れた表情を浮かべたレイジは、ルルアの頭に強烈なデコピンを喰らわせた。
ルルアの身体が勢いよく吹き飛び、鉄屑が入ったドラム缶の中に落っこちる。
レイジは軽く咳を吐いた後、少女に視線を向ける。
「今から君をパパとママの所に送ってあげる」
「本当!?」
「ああ」
レイジがコクリと頷くと、少女は笑顔を浮かべた。その笑顔はまるで満開に咲いた桜のよう。
彼女は恥ずかしそうに顔を赤く染めて、感謝を述べる。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん」
「どういたしまして。それと…俺はお姉ちゃんじゃないぞ」
「え?」
「スキルの力で大人の女性の姿になってるだけで、君と同じくらいの歳の少年だよ」
「ええぇぇ~!?」
目を大きく見開き、驚きの声を上げる少女。
彼女の反応が面白くて、レイジはついクスクスと笑ってしまう。
「あ、そういえばまだ自己紹介していなかったね。俺の名前は光闇レイジだ」
「こうやみれいじ?じゃあ夕陽ちゃんの弟で、朝陽ちゃんのお兄ちゃん?」
「ん?知ってるのか?」
レイジが問い掛けると、少女は首を縦に振った。
「うん。二人は私の友達で……家が隣だから」
「………え?」
一瞬、レイジの思考が停止してしまった。
少女の発言が、レイジにとってあまりにも衝撃的だったから。
(待て待て…ちょっと待て。俺の家の隣に住んでいるのは確か……!)
レイジはゴクリと唾を呑み込んだ。
嫌な予感を感じながら、彼は少女に尋ねる。
「もしかして…君……癒志桃ちゃん?」
「う、うん。そうだよ」
「オーマイガッツ」
レイジは顔に手を当てて、天を仰いだ。
癒志桃。それはアニメの光闇レイジに致命傷を負わせた半人半神の名前。
そしてレイジのせいで死んでしまう者の名前だ。
(癒志……桃。まさかこんな形で会うとは。アニメと雰囲気が違うから分からなかった)
アニメに登場する桃は、クールかつ真面目な少女だ。
しかし今の桃は、とても恥ずかしがり屋で人見知り。
故にレイジはまったく気付くことができなかったのだ。
(そういえば…桃って超が付くほどの方向音痴だったけ)
今更ながら桃の設定を思い出すレイジ。
彼は肩を落として、深いため息を吐く。
アニメよりも早く、癒志桃と出会ってしまった光闇レイジ。
恐らくそう遠くない内に、アニメの設定にはなかったことが必ず起こるだろう。
(…一番の原因は俺だろうな。ラスボスとしてではなく、一般人として生きようとしたことで世界の修正力が発生し、早めに自分が殺す奴と出会うことになってしまった)
レイジがラスボスを拒めば拒むほど、アニメで起きたことが早めに起こる。
レイジはそう推測していた。
実際、アニメが始まるよりも早く、狂神化が起こってしまった。
(今、色々考えるのはやめよう。まずはこの子を親の所に送らないと。幸い、遊園地の場所は知ってるしな。…それと家族に見つからないようにしないと)
思考を切り替えて、レイジは桃を親の元に送ることにした。
彼は桃に近付き、手を伸ばす。
「桃ちゃん。俺の手を握ってくれ」
「え?」
「いいから」
「う、うん」
少し困惑気味に桃は小さな手で、レイジの手を握った。
「じゃあ、行くよ」
「え?え?」
「スキル〔空間操作〕」
静かな声でレイジは、スキル名を告げた。
その次の瞬間、レイジと桃の姿が消えた。
二人は転移したのだ。桃とレイジの家族がいる遊園地に。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
『よいしょっと』
鉄屑が入ったドラム缶から、這い上がったルルア。
ルルアは華麗に床に着地し、身体に付いた埃を払う。
『どうやら行ったみたいですね。それにしても……マスターは不運な人だ。まさかこんなに早く桃と出会うとは』
ルルアも迷子になった少女が『癒志桃』だとは、思ってもみなかった。
『まぁマスターならうまくやるでしょう。さて、私はニュースでも見ましょうかね』
面倒ごとを主人に丸投げする兎型ぬいぐるみロボット。
ルルアは鼻歌を歌いながら、少し錆びついた机の上に上る。
その机の上には、キーボードと空中にウィンドウを投影する装置が置かれていた。
『さぁって、どんなニュースがあるかな~♪』
ぬいぐるみの手でルルアは、器用にキーボードを連続で叩く。
すると空中に投影された無数のウィンドウに、幾つものニュースが表示された。
ニュースは様々で、日本だけでなく海外の物まであった。
『ふむ…可愛らしいペットのニュースにただの交通事故のニュース。パッとしたのがありませんね』
つまらなそうにそう言いながら、ルルアは別のニュースの記事を調べた。
そしてルルアはあるニュース記事を見て―――言葉を失った。
『なん…ですか……これは?』
震えた声を漏らすルルア。
ルルアはそのニュースを細かく調べ、狼狽した。
『マズイマズイマズイ!なんとかしないと!』
慌てた様子でルルアは、机から床に降りて、駆け出した。
『急いでマスターの所に行かないと!じゃないと!』
『マスターが奴らに捕まってしまう!!』
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