なにがなんでも守りたい理由
「愛花、落ち着け!愛花!」
「離してリオちゃん!早くしないと子供たちが!」
慌てた様子で魔の森に行こうとする愛花。
そんな彼女を後ろから羽交い締めして、リオは止めていた。
「誘拐された夕陽と愛花が心配なのは分かるし、二人を救いに行ったレイジが心配なのも分かる。けど!どこにいるか分からない以上、魔の森に行くのは危険だ!」
「でも!……エミリアの時と同じような事が起きたら、私!」
「愛花」
瞳から涙を零す愛花を見て、リオは何も言えなかった。
その時、
「そのエミリアって人のこと……詳しく教えてくれないかな」
「「!!」」
二人の耳に聞き覚えのある少年の声が入った。
愛花とリオが声が聞こえた方に視線を向けると、そこにいたのは幼い銀髪の少年—――レイジだった。
そして彼の隣には、夕陽と朝陽の姿が。
「夕陽ちゃん!朝陽ちゃん!」
「「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁん!」」
泣きながら夕陽と朝陽は、愛花に駆け寄る。
そして二人は愛する母の胸に飛び込んだ。
「二人とも……無事で…無事でよかった!」
大切な娘達を強く抱き締める愛花。
彼女は涙を流しながら、笑顔を浮かべていた。
「良かったな…夕陽、朝陽、お母さん」
抱き締め合って泣いている母と姉と妹の姿を見ていたレイジは、微笑みを浮かべた。
その時、突然彼に眠気が襲い掛かった。
ふらつきながら、レイジは頭に手を当てる。
(やばい……ゲームとの戦いでもう…限……界)
魔獣の女神との戦闘で疲労したレイジは、前に倒れ込み、意識を失った。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
視界が暗闇に覆われ、何も見えなくなったレイジ。
彼の意識は朦朧としており、指一つ動かすことが出来なかった。
そんな時—――歌が聞こえた。
「ひ~かる~星の~輝~きの~♪さ~きを~目~指~し~て~♪」
まるで子守唄のようなとても優しい歌声。
その歌を聴いているだけで、心が安らいでいくのをレイジは感じた。
(なんだろう……この懐かしい歌は)
ぼんやりとしながら、レイジはゆっくりと目を開いた。
すると彼の視界に、長い白銀の髪を伸ばした一人の女性が映った。
その女性の肌は雪のように白く、瞳は空のように蒼く輝いている。
そしてどこか……女の姿になったレイジによく似ていた。
(この人……もしかして……)
何かに気が付いたレイジは女性に向かって、両手を伸ばした。
その時、彼の視界が徐々に白い霧に覆われ始めた。
そして完全に視界が白く染まる寸前、女性は微笑みを浮かべて声を発する。
「おやすみ、レイジ……また夢で会いましょう」
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
「んん……?」
呻き声を上げながら、レイジは瞼をゆっくりと開いた。
最初に彼の瞳に映ったのは、見知らぬ天井。
レイジはベットから上半身を起こし、頭に手を当てる。
「いててて……ここは?」
『病院ですよ。マスター』
「!」
キョロキョロと目を左右に動かすレイジの耳に、聞き覚えのある声が入った。
声が聞こえた方に視線を向けると、そこには椅子に座った白い兎型ぬいぐるみAI—――ルルアが居た。
ルルアは片腕を上げて、『おはようございます、マスター』と言う。
『ずいぶんとゆっくり寝てましたよ』
「どれくらい寝ていた?」
『一億と二千年』
「いや、そういう冗談はいいから。俺はどれくらい眠っていた?」
レイジがもう一度尋ねると、ルルアは視線を逸らした。
『それは……』
とても言いにくそうに口篭もるルルア。
そんなルルアを見て、自分は長い間眠っていたのだと察した。
「……頼む。言ってくれ」
聞くのは怖い。
けれど聞かなければならない。
そう思ったレイジは真剣な表情で、ルルアに尋ねた。
ルルアは視線を逸らしたまま、話した。
『……五年です』
「!そうか」
一瞬、目を大きく見開いたレイジは息を吐き、心を落ち着かせる。
驚きやショックはあった。だが同時に納得もした。
死んでもおかしくないボロボロの状態で戦っていたのだ。
何年もの間、眠っていてもおかしくないだろう。
「俺……いつの間にか十歳になったのか」
深いため息を吐いたレイジは、悲しそうに眉を八の字にした。
落ち込んでいる彼にルルアは、
『いや…嘘ですよ。本当は三日です』
笑いをこらえながら、そう言った。
レイジはポカーンと呆然とした表情を浮かべて、ルルアに視線を向ける。
「え?嘘?」
『ええ、そうですよ…ククク』
「マジで?」
『そう…プフ……言っているんじゃ…クヒヒ……ないですか』
「なるほど……そうか」
安堵の息を吐いて、レイジは胸を撫で下ろした。
そして彼は大きく息を吸い込み、
「嘘言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇよ!マジでビビったわ!」
険しい表情で怒鳴り声を上げた。
そんな彼を見て、我慢ができなくなったルルアは笑い声を上げる。
『ハハハハハハ!こんな嘘、自分の身体を見れば見破れるでしょ!なのに「俺……いつの間にか十歳になったのか」ですって!アハハハハハ!やっばい、笑いが止まらない!アハハハハハ!!』
「笑うなこのクソボケAI!」
腹を抱えて爆笑するルルアに、顔を真っ赤にして怒鳴るレイジ。
二人の声が病室から響き渡り、通路を歩いていた患者達が驚き、立ち止まる。
それからしばらく時間が経った後……ルルアは本当のことを話した。レイジが気絶している間に何が起きたかを。
それを聞いたレイジは、難しい顔で腕を組む。
「そうか……俺が三日間寝ている間にそんなことが」
『はい。魔獣ゲームに殺された人達の家族が魔の森に突入したんです。あの森はあってはならないと』
「ゲームはもう死んだ。だけど家族を奪われた恨みや憎しみが消えたわけでない。だからせめて、ゲームがいた魔の森とそこにいる魔獣達を消そうってことか」
『突入した人達は全員、プロの魔導騎士であり覚醒者でした。ですが……』
「謎のLV7の魔獣によって、全員死亡……か。笑えないな」
深いため息を吐いて、天井を見上げるレイジ。
まさかLV7の魔獣が他にも居たとは、彼は思わなかった。
「俺は運が良い……もし、その魔獣と戦っていたら、死んでいたかもしれない」
『そうですね……マスター。聞きたいことがあるのですが』
「ん?なんだ?」
『そのゲームっていうLV7の魔獣はどんなでした?』
「そうだな……一言で言って遊びの狂人かな。あいつは色んな意味で危険だった。ある意味、アニメに出てくる光闇レイジよりもヤバいかも」
魔獣LV7ゲームはレイジが恐ろしいと思うほど、強敵で凶悪だった。
もう一度、戦って勝てるかと言えば……答えはNO。
ゲームに勝てたのは、守りたい存在がいたからだ。助けたい人達がいたからだ。
もし、いなかったら……間違いなくレイジは死んでいただろう。
ゲームとの戦いを思い出したレイジは、手を震わせた。
「あいつは……本当の化け物だよ」
『いえ、可愛いとかスリーサイズはどんな感じでしたかという意味です』
「お前はなんでそんなことを聞いてんだよ!?こっちは真面目に話しているのに!知らないよ、必死で戦っていたんだから」
まさかゲームの見た目やスリーサイズを質問してくるとは思わなかったレイジは、怒声を上げた。
するとルルアは顔を逸らし、盛大に舌打ちした。
『……使えねぇ』
「本当にムカつくなお前!スクラップにしてやろうか!?」
『じゃあ最後にもう一つ聞いていいですか?』
「次、くだらないことを言ったら来世に送ってやるからな」
『どうして……家族を守ったんですか?平穏に生きたいあなたが』
「!!それは」
ルルアの問いに、すぐに返答できないレイジ。
彼の脳裏に前世の記憶が蘇る。
『あなたの望みは人として生きたい。アニメように死にたくないですよね?なのになぜボロボロになってまで……人を助けるのです?前世で何かあったのですか?』
「お前……ムカつくのに鋭いな」
レイジはガリガリと頭を掻きながら、嘆息した。
(同じ転生者であるこいつなら、話しても良いかもな)
そう思ったレイジはぽつりぽつりと語った。なぜ、自分が傷ついてまで誰かを護るのかを。
「俺……三回ぐらい失ったんだよ。家族を」
『!?』
「一度目は俺が五歳の時だ。殺人鬼が家に上がって父さんと母さん、お姉ちゃんと妹を殺したんだ。俺は友達の家に泊まっていたから無事だったけど」
『そんな……ことが』
「二度目は高校を卒業する一週間前。俺を引き取ってくれた叔父と叔母が交通事故で死んだ」
『また…家族を失ったんですか』
「ああ。そして三度目は俺が料理修行している時だ。当時、俺にはフラーラ以外にも二人の弟子がいた。大切な家族だった。けど……ある日、テロに巻き込まれて二人は命を失った。生き残ったのは俺とフラーラだけ」
『……』
「これが理由だ。ルルア……俺はもう失いたくない。そのためならば自分の命を天秤にかけるのも躊躇わない」
レイジは強く拳を握り締め、目を鋭くした。
彼の瞳に宿っているのは、前世で家族たちを守れなかった後悔。そして今度こそ大切な人たちを守り抜いてみせるという覚悟だ。
話を聞いていたルルアは、深く頭を頭を下げる。
『すみません、マスター。まさか…その』
「気にするな。知らなかったんだから、仕方がない……なぁ、ルルア。一つ、頼みがある」
『何でしょう?』
「俺が何かしらでいなくなったら、家族を守ってくれ」
『え?嫌ですよ?』
「普通、そこは分かりましたって言うところだろ!?」
空気が読めないルルアに突っ込みを入れるレイジ。
しかしルルアは空気を読んでいなかったわけではなかった。
『何度でも言います。いやです。私はマスターの家族だけでなく……マスターも守ります』
「ルルア…お前」
『私はマスターに助けられました。なら今度は私がマスターを助けます。絶対に』
ルルアの言葉には強い意志が宿っていた。
レイジを助けたい。死なせたくない。
そんな思いが、感じられた。
「……そうか」
レイジは頬を緩めて、頷いた。
「なら…それでよろしく頼むよ」
『はい、マスター』
レイジとルルアは手を差し伸べ、握手した。
『あ、お礼としてエロい服を着た女の姿のマスターを撮らせてください』
「撮らせるわけないだろ」
『できれば、ちくわかバナナを咥えて』
「お前、俺に何をさせるきだ?撮ってどうする?」
『そんなの高値で売るからに決まってるじゃないですか』
「とんでもないことを言いやがったよコイツ!」
『もう予約殺到しているんですよ。あなたの裸の写真を売ってから』
「いつ撮った!?寝てる時か?俺が病院で寝ている時に撮ったのか!?」
『はい。いや~おかげでお金が沢山ゲットできましたよ』
「よし分かった。お前を今から排除する!」
レイジはスキル〔装備装着〕を発動し、両手に拳銃双剣魔道具―――〘血鬼〙を装備した。
するとルルアは脱兎の如く病室から出て行き、廊下を疾走。
逃げ出したルルアを狩るために、レイジは凶悪な笑顔を浮かべて追いかける。
兎と死神の鬼ごっこが始まった。
その後、とある病院で黒い兎のぬいぐるみを双剣を装備した少年が襲っているという噂が流れ、有名になった。
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