帰ろう……家に
「はぁはぁ……階段キッツいな」
口から荒い息を漏らしながら、ポツリと呟くレイジ。
彼は氷壁に手を付けて、氷の階段を上っていた。階段を上る度に、レイジの身体から血がポタポタと滴る。
「それにしても、オーバースキルを使えるようになってよかった。ハハハ」
オーバースキル。それは肉体を神にすることが出来る特殊なスキル。
非常に高い性能を持ち、ユニークスキルよりも強力な力。
そしてLV7の魔獣と戦うことができる能力。
しかしオーバースキルを使うには、ある条件があった。
それは女神が持つエネルギーーー神力。
神力を消費することでオーバースキルを使用することが出来る。
神力を得るには、契約している女神から分けてもらう必要がある。
だがレイジにはまだ女神と契約していない。故に今まで、オーバースキルを行使することが出来なかった。
そこでレイジは作った。神力を手に入れることが出来るお菓子—――神甘を。
それは神力を宿した特殊な花—――オーロラフラワーから摂取できる花の蜜を混ぜ込んで作ったチョコレート。
「正直、うまくいくかは賭けだったが……うまくいった…くっ!」
突然、強い痛みに襲われたレイジは胸に手を当てて、口から血を流す。
「流石に……ボロボロの状態でオーバースキルを使ったのは無理があったか」
すでにレイジの身体は限界を超えていた。
意識を失ってもおかしくない状態だ。
しかしレイジは進んだ。姉と妹を助けるために。
「あと……少し」
レイジは痛みに耐えながら、階段を上り続けた。そして遂に―――目的の場所に到着した。
「見つ…けた」
息を切らしながら、呟くレイジ。
彼の視線の先にあったのは、広々とした屋上の中心にある氷の檻。
その氷の檻の中には、抱き締め合って震えている二人の少女がいた。
夕陽と朝陽だ。
身体に走る痛みを無視して、レイジは二人の所に駆け寄る。
「夕陽!朝陽!無事か!?」
心配した様子でレイジは声を掛けた。
すると夕陽と朝陽はレイジに視線を向けて、大きく目を見開く。
「お兄ちゃん…なの?」
「ああ、そうだ。今は大人の姿だけど、正真正銘の光闇レイジだぞ。朝陽」
「レ、レイちゃん……その怪我」
「大したもんじゃないよ、夕陽。それより二人は怪我してない?」
「う、うん。私も朝陽ちゃんも髪を切られただけで怪我はしてないよ」
「そうか…よかった」
安堵の息を吐くレイジ。
姉と妹が無事でよかったと、彼は心から思った。
「二人とも……今からここから出すからジッとしててね」
レイジは手刀を構えて素早く振るい、一閃。
彼の斬撃が氷の格子を細かく切断する。
「よし、さぁ夕陽、朝陽。ここから早く出よう」
レイジは夕陽と朝陽に手を差し伸べた。
その時、
「どうして?」
「え?」
「どうして……助けてくれたの?」
潤わせた瞳でレイジを見つめながら、夕陽は問い掛けた。
彼女は分からなかったのだ。なぜ自分を助けてくれたのか。
今までレイジの事を化物と呼んでしまった。助けてくれたのに恐れてしまった。
だというのに……傷だらけになってまで、また助けてくれたレイジ。
酷いことをしたのに、迎えに来てくれた弟。
なぜそこまでしてくれるのか、夕陽には分からなかった。そしてそれは朝陽も同じだった。
「レイちゃん……どうしてなの?」
夕陽がもう一度尋ねると、レイジは微笑みを浮かべて応える。
「そんなの…決まっているだろう」
レイジはしゃがみ込み、夕陽と朝陽と視線を合わせた。
そして彼は二人の頭を優しく撫でる。
「俺にとって二人は大切な家族だからだ」
「「!」」
「俺は夕陽の弟で、朝陽の兄だ。だから何度でも助ける。例え二人に怖がられても……ね」
「レイちゃん」
「お兄ちゃん」
温かく、優しいレイジの言葉。
それを聞いた夕陽と朝陽は顔を歪めて、涙を流す。
「うわ~ん!ごめんなさ~い!」
「えぇ~ん!お兄ちゃ~ん!」
号泣する夕陽と朝陽。
そんな二人をレイジは優しく抱き締める。
「さぁ、家に帰ろう。温かいスープを作って……!」
レイジが二人を連れて帰ろうとしたその時、スキル〔災悪視〕が自動発動した。
彼の脳内に映像が流れ込んでくる。
その映像は、大きな氷塊にレイジ達が押しつぶされる瞬間だった。
「!!」
レイジは姉と妹を抱えて、その場から素早く離れた。
その直後、先程までレイジ達が居た場所に突如現れた巨大な氷塊が落下した。
衝撃音が鳴り響き、氷の粉塵が舞い上がる。
「マジかよ」
ギリギリ氷塊を回避したレイジは、額から一筋の冷や汗を流した。
彼の視線の先にいたのは、殺したはずの魔獣の女神—――ゲームだ。
「やぁ……レイジ。さっきぶりだね」
「ゲーム。心臓を破壊したのになんで生きている」
レイジの言う通り、ゲームの心臓は破壊されている。
その証拠にゲームの胸は、風穴が開いたまま。
だというのに彼女は生きている。
それがレイジには分からなかった。
なぜならアニメ『クイーン・オブ・クイーン』に出てくる魔獣には、心臓を無くしても生きている奴など居なかったからだ。
あまりにも異常な光景にレイジは、驚きを隠せなかった。
「ああ、それはね。僕が遊び足りないからだよ」
「遊び……足りない?」
「うん!」
満面な笑顔で頷いたゲームは、両手を大きく広げた。
「もっと血が流れる遊びを僕はしたい!もっと命懸けの遊びを僕はしたい!もっと!もっと!!もっと!!!もっと!!!!もっと!!!!!僕は……何度も死ぬような遊びがしたい」
明るい少女の声で残酷で邪悪なことを告げるゲーム。
遊戯。遊びこそが生きがい。遊びこそが全て。
そしてーーー死んでも遊び続ける。
まさに、正真正銘の化物。
(やばいな。こっちはボロボロな上に魔力がない。しかもあっちはダメージを受けた分、強くなっている。どうする……どうすれば)
絶対絶命かとレイジは思った。
その時、抱えていた夕陽と朝陽がレイジのジャケットをギュッと握り締めた。
「レイちゃん……私達、死んじゃうの?」
「お兄ちゃん……どうなるの?」
尻目に涙を浮かべながら、不安の声を漏らす夕陽と朝陽。
そんな彼女達を安心させるために、レイジは微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、二人とも。俺達は死なないし、家に帰れる」
「本当?」
「おウチに帰れる?」
「ああ、帰れる帰れる!だから二人とも……少しだけ待ってて」
レイジは夕陽と朝陽を床にゆっくりと下した。戦いに巻き込まないために。
「ちょっと悪~いお猿さんを倒してくる」
「できるの?」
「勝てるの?」
心配そうな表情でレイジに尋ねる姉妹。
子供ではあるが、彼女達も気付いているのだ。ゲームがレイジより危険な化物だと。
「レイちゃん…お願いだから」
「行かないで」
レイジのジャケットを握り締めながら、泣きそうな顔で懇願する夕陽と朝陽。
そんな二人の頭をレイジは優しく撫でる。
「大丈夫、ちゃちゃっと倒すから。」
「本当?」
「嘘ついてない?」
「本当だし、嘘ついてない。なぜなら俺は―――運命をも殺す死神だから。だから…信じて待っててくれ」
レイジがそう言うと、夕陽と朝陽はジャケットから手を離した。
「分かった。良い子で待ってる」
「死なないでね」
「ああ」
夕陽と朝陽の頭から手を離し、レイジは振り返る。
そして彼は魔獣の女神に向かって歩き始めた。
コツコツと足音を鳴らしながら、ゲームとの距離を縮める。
「話は終わったかな?」
首を傾げて問い掛けるゲーム。
彼女はわざわざ待っていたのだ。レイジ達の会話が終わるのを。
「待ってくれるとは意外と気が利くな」
「まぁ~ね。さぁ、遊びの続きをしよう」
「ああ、こうなったらとことん遊んでやるよ。まぁ一方的にお前をボコるけど」
「言うねぇ~。本当に僕に勝てるとでも」
「ああ、勝てるよ」
死神のように凶悪な笑みを浮かべて、レイジは深紅の瞳を怪しく輝かせた。
「男ってのは……姉と妹の前でかっこつけたい生物なんだよ」
「かっこつけたい…か。フフフ、ハハハハハ、アハハハハハハハハ!」
顔に手を当てて笑い声を上げるゲーム。
レイジの言葉があまりにもおかしくて、笑わずにはいられなかったのだ。
だが彼は本気だ。
負けるつもりも、死ぬつもりもない。
ただ……魔獣LV7という敵を殺すのみ!
「始めようか、ゲーム。俺はお前の命を奪ってやる!」
「アハハハ!最高にいいね君は!さらに面白くなってきた!」
狂気に満ちた笑い声を上げるゲームは、両手から巨大な黒い氷柱を生み出した。
そしてそれをレイジに目掛けて、投擲。
ミサイルの如く勢いで巨大な氷柱は、レイジに接近する。
しかしレイジは逃げも隠れもしない。
「スキル〔装備装着〕」
静かな声でレイジはスキル名を告げた。
すると、彼の鼻から下が赤黒い金属製マスクに一瞬で覆われた。
そのマスクは精霊石で作ったレイジのオリジナル魔道具。
名は―――〘死音〙。
「死神の声……聞いてみな」
レイジは大きく息を吸い込み、声を発した。
その時、〘死音〙から大音響が放射状に放たれた。
金属製マスク型魔道具がレイジの声を増幅させたのだ。
〘死音〙から放たれた音撃は、迫りくる氷柱を粉々に破壊する。
それを目にしたゲームは、驚愕の表情を浮かべた。
「うそん!」
「おいおい、これぐらい驚くなよゲーム。魔道具は他にもあるんだからな!スキル〔装備装着〕」
彼は同じスキルを発動した。
すると今度はレイジの両脚と両腕に、ブーツとガントレットが一瞬で装備された。
そのブーツとガントレットは黒と金の装甲に覆われており、機械仕掛けになっている。
「ロボットアニメ知識を活かして作った神話級魔道具。お前で試させてもらう」
レイジは機械仕掛けのブーツからブースターを展開。
そしてブースターから蒼い炎を噴出し、氷の床の上を滑走する。
恐ろしい速度でゲームに近付きながら、彼は右の拳を構えた。
「籠手型魔道具―――〘剛絶〙の攻撃を味わえ、ゲーム!」
赤いマフラーと白銀の髪を揺らしながら、レイジは拳を力強く放った。
「ならこっちも!僕のパンチを喰らええええええええええええ!」
ゲームは氷に覆われた拳を放ち、レイジの攻撃を迎え撃つ。
強力な拳撃と拳撃が真正面から激突し、轟音が鳴り響く。
二つの攻撃が激しく拮抗し、火花が飛び散る。
「まだまだこんなもんじゃないぞ!」
レイジが言葉を発した直後、拳に覆われた〘剛絶〙から衝撃波が発生した。
衝撃波はゲームの腕を粉砕する。
鮮血がレイジの顔に飛び散り、〘剛絶〙から空薬莢が排出される。
「!!」
「この程度か?ゲーム」
「わぁお!素敵な挑発だね!」
激痛を感じながらも、楽しそうに笑うゲーム。
彼女は身体を回転させて、回し蹴りを放った。
ゲームの重い一撃がレイジの頭に直撃しようとした。
その寸前、レイジが履いていたブーツから無数の長い剣が伸長。伸びた剣は高速振動し、振動ブレードと化す。
「長靴型魔道具―――〘羅刹〙。こいつは痛いぞ」
レイジは素早く回し蹴りを放ち、迫りくるゲームの片脚を斬り飛ばす。
「ぐあっ!」
片脚を失ったゲームは顔を歪め、苦痛の声を漏らした。
その次の瞬間、ゲームの顔が真っ二つに切断された。
斬撃を放ったのは他でもない。
光闇レイジだ。
彼の両手には、いつの間にか二本の片刃の短剣が握り締められていた。
その短剣には赤黒い銃身とリボルバーシリンダーが搭載されている。
リボルバー式拳銃双剣型魔道具―――〘血鬼〙。
レイジは姿勢を低くして、〘血鬼〙を構える。
そして殺意を宿した冷たい目でゲームを睨む。
「ゲーム。今度こそお前の負けだ」
「うん。そうみたいだね……楽しかったよ、レイジ」
「そうかよ。……じゃあな」
銀髪の死神は双剣を素早く振るい、ゲームの身体を細かく斬り刻む。目に止まらない速さでゲームをひき肉にする。
大量の血が周囲に飛び散る。
そしてひき肉にしたゲームの身体に、レイジは〘血鬼〙の銃口を向けた。
「あとは地獄で遊んでろ」
冷たく言い放ったレイジは、引き金を引いた。
銃口から極太の虹色光線が放射され、ゲームを呑み込む。
そして光線はひき肉となったゲームの身体を、跡形もなく消滅させた。
やがて光線が収まると、そこに残ったのは水色に輝く魔石のみ。
遂にレイジは、ゲームを倒したのだ。
「終わっ……た…」
口から深いため息を吐いたレイジは、後ろに向かって倒れた。
遠くにいた夕陽と朝陽は慌てて彼に駆け寄る。
「レイちゃん!」
「大丈夫!?」
心配した様子で声を掛ける夕陽と朝陽。
「うぅ……流石に疲れたな」
呻き声を上げるレイジ。
彼の身体は疲労困憊で、体力も殆ど残っていなかった。
「ごめんな、二人とも。心配かけちゃって……怖かったよな、俺が戦う姿」
レイジがそう言うと、夕陽と朝陽は首を横に振った。
「そんなことないよ」
「怖くなかった」
夕陽と朝陽は笑顔を浮かべて、口を動かす。
「とっても」
「すっごく」
「「かっこ良かった!」」
姉と妹の重なった言葉を聞いて、レイジは目を見開く。
そして彼は感じた。胸の中で温かくなるのを。
(ああ、そうか。俺は……本当の意味で夕陽と朝陽の家族になれたのか)
嬉しさのあまりレイジは、マスクの中で頬を緩める。
「さて……そろそろ帰ろうか。お母さんとお父さん、それにリオお姉様とアイリスお姉様が心配してる」
ゆっくりと起き上がったレイジは、夕陽と朝陽に手を伸ばす。
すると彼女達は小さな手で、レイジの手を握った。
「うん」
「帰ろう」
「「お家に」」
読んでくれてありがとうございます。
少しでも暇つぶしになったら嬉しいです。
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