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誕生。魔獣の女神

 氷でできた城の中で、炎の翼を生やした死神と黒い氷の鎧を纏った猿が、激しい戦いを繰り広げていた。

 

「はああああああああああ!!」

「アハハハハハハハハハハ!!」


 紅炎を纏う大鎌を振り回し、灼熱の斬撃を放つレイジ。

 黒い氷に覆われた腕と肩から伸びた氷の腕を振るい、怒涛の連打を放つゲーム。

 人間の化物と魔獣の化物が攻撃をぶつけ合い、火花を散らす。


「楽シイ!楽シイヨ、レイジ!」

「俺は楽しくねぇよ、クソ猿が!」


 怒声を上げるレイジ。

 彼は攻撃を続けながら、思考する。


(クッ!今はなんとか互角だけど、このままじゃ押される)


 レイジの心に焦りが生まれる。

 あまりにもゲームの一撃一撃が重く、速いせいでうまく反撃ができないでいた。

 それどころか、追い詰められそうになっていた。


(なんとか隙を作らないと!)


 ゲームと戦いながら勝利する方法を考えていたその時ーーー大鎌の刃に大きな皹が走った。そして刃は甲高い音を立てて、砕け散った。

 無茶な扱いをしたせいでダメージが蓄積し、耐えられなくなったのだ。


「嘘だろ!?」


 最悪のタイミングで得物が壊れたことに、思わずレイジは驚愕する。

 予想外の事が起こったことで、生まれた僅かな隙。

 その隙をゲームは見逃さない。


「ラッキー!」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら、ゲームは四本の腕を動かし、レイジに拳を打ち込んだ。

 顔や胸、腕や脚などを何度も殴られるレイジ。

 強い鈍痛に襲われ、彼は口から苦痛の声を漏らす。


「ぐはっ!」

「マダマダコレカラダヨ~♪」


 そう言ったゲームはレイジの右足首を掴み、力強く振り下ろす。

 そしてゲームの身体を氷の床に叩きつけた。

 大きな衝撃音が鳴り響き、氷の床が大きく陥没する。


「ガッ!」


 口から血を吐き出すレイジ。

 脳が揺れるような感覚と内臓が潰れたような痛みが起こり、レイジは意識を失いそうになる。

 しかし咄嗟に唇を強く噛み、彼は何とか意識を保つ。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇなあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒りの咆哮を上げながらレイジは、左手の人差し指と中指を立てる。そして立てた二本の指をゲームの右目に突き刺した。

 赤い瞳が潰れ、鮮血がレイジの顔に飛び散る。


「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 片目を失ったゲームは悲鳴を上げた。

 激しい痛みがゲームを襲う。


「まだ終わりじゃないぞ!」


 レイジはゲームの片目に突き刺した二本の指から火炎を放射。

 直後、大きな爆発が発生し、ゲームの身体が勢いよく吹き飛んだ。

 猿人型魔獣は天井にぶら下がっている氷のシャンデリアに激突。

 ガラスが割れたような音が轟く。


「はぁ…はぁ……ざまぁみろ」


 荒い息を口から漏らしながら、ゆっくりと立ち上がるレイジ。

 彼はユニークスキル〔神炎鳥(フェニックス)〕の炎で傷ついた身体を癒す。


「効いただろ……今の攻撃は?」


 煙が舞い上がっているシャンデリアに視線を向けて、笑みを浮かべるレイジ。

 いくら国を三つ滅ぼすことが出来る魔獣とはいえ、人間と同じ生物。

 生物である以上、目を攻撃されればただでは済まない。

 片目だけとはいえ、破壊することが出来た。

 これでゲームの視力は低下し、自分は戦いで有利になる。

 レイジはそう思っていた。

 しかし、その予想は大きく外れた。


「うん……効いたよ。今の攻撃」


 突然、レイジの背後から()()()()が聞こえた。

 その声はとても可愛らしくて…とても不気味だった。

 レイジは背筋を凍らせ、息を呑む。


(なんで……女の子の声が!?)


 そう思いながら、レイジはゆっくりと振り返る。

 彼の深紅の瞳に映ったのは―――()()()()だった。

 短い黒髪に艶のある褐色肌。くりっとした大きな赤い瞳に幼い顔立ち。小さくて可愛らしい胸とお尻に引き締まった身体。そして腰から生やした細長い黒い尻尾。

 とても可愛らしく、しかし魔獣特有の危険な雰囲気を漂わせる少女。

 そんな彼女を目にしたレイジは、目を大きく見開いた。


「君は……いったい誰だ?」


 突然現れた褐色肌の少女にレイジは尋ねた。目の前の少女が何者なのか気付いていながら。

 信じたくなかった。認めたくなかった。

 どうか自分の勘が間違ってくれと願う。

 しかし、レイジの願いは現実によって壊された。


「僕だよ僕」


 人差し指を自分に向けて、少女は言う。自分の名を。


()()()だよ」

 

 その言葉を聞いたレイジは、言葉を失った。

 身体中から大量の冷や汗が流れ、眩暈が起こる。

 レイジは後退りながら、震えた声を発する。

 

「魔獣……LV7!?」


 魔獣LV7。それはごく一部の魔獣がなることができる最強の魔獣。

 多くの国を滅ぼし、災厄を生み出す最悪の存在。

 そして魔獣にとってLV7は、女神の領域。


 つまり、ゲームは()()()()()になったのだ。


「なんで……なんでLV7になる!?どうして女神になった!!いつなった!!」


 切迫した様子で叫び声を上げるレイジ。

 彼には分からなかった。なぜ、ゲームがLV7の魔獣になったのかを。

 魔獣がLV7になるには、瘴気が濃い所で数百年間眠りにつかなければならない。

 蝶やカブト虫の幼虫は立派な成虫になるために蛹になり、長い時間を掛けて身体を進化させる。

 それと同じだ。

 だがゲームは眠りについていない。

 だというのに、ゲームはLV7に進化した。

 あきらかに異常事態だ。

 ゲームを吹き飛ばした後にいったい何が起きたのかとレイジが思っていると、


「ああ、それはね……君のおかげだよ、レイジ」

 

 満面な笑顔を浮かべながら、ゲームは言葉を発した。


「俺の……おかげ?」


 ゲームの言っている意味が分からず、呆然とするレイジ。

 そんな彼が面白かったのか、ゲームは口に手を当ててクスクスと笑う。


「まだ分からないんだね。なら……詳しく教えてあげる。僕が女神になれたのはね―――君が僕に攻撃したからなんだ」

「!!そう言う……ことか」


 レイジはようやく理解した。ゲームがLV7になった理由を。


「お前……ダメージを受ければ受けるほど強くなる体質だな」

「正解~♪」


 パチパチと拍手するゲーム。

 レイジは強く歯噛みし、今さらゲームの体質に気付いた自分を恨む。


(俺の攻撃をあまり防いだり、躱したりしなかったのはそういうことだったのか)


 ゲームの反射神経ならば、レイジの攻撃など簡単に回避や防御ができたはず。

 だというのに、それをしなかったゲーム。

 ゲームがわざと攻撃を受けているのは、痛みを感じて楽しみたかったからだとレイジは思っていた。

 しかし、それだけではなかった。

 本当の目的は大ダメージを受けて、LV7に成長するためだったのだ。


「いや~本当に凄いよ、君は」


 そう言いながら、ゲームはパチンと指を鳴らした。

 するとゲームの胸やお尻などの陰部が黒い氷に覆われ、見えなくなった。

 最低限、身体を隠した彼女は前かがみになり、上目遣いでレイジを見つめる。


「僕ね、君と出会えてよかった。お礼をしなくちゃね」

「お礼……いったいなにをするつもりだ」


 嫌な予感を感じながら、レイジは問い掛けた。


「ふふふ♪それはね~」


 微笑みを浮かべながら、彼女は楽しそうに喋った。とても残酷なことを。



「君の家族を氷の像にすることかな」



 その言葉を聞いたレイジは、強力なスキルを発動する。


「ユニークスキル〔勇敢な獅子戦士(ヘラクレス)〕!」


 レイジの身体全体の表面に銀色の文字が浮かび上がった。

 すると彼の身体が獅子を連想させる光の鎧に覆われた。

 それぞれ両手に大きな光の棍棒が二つ出現し、兜から黄金の鬣が生える。

 強力な鎧を纏った光闇レイジは、

 

「ユニークスキル〔勇敢な獅子戦士〕を肉体に付与!」


 さらに己を強くするために、気迫が籠った声で唱えた。

 すると兜から伸びた黄金の鬣が伸長し、レイジの身体と光の棍棒が一回り大きくなった。

 巨大な獅子と化したレイジは、二つの棍棒を構える。

 そして棍棒に紅蓮の炎を纏わせた。


「お前だけはなにがなんでも殺す!」


 大切な家族を奪おうとする魔獣の女神に、レイジは力強く棍棒を叩きつけた。

 嵐のような衝撃波と衝撃音が発生し、氷の床に大きな亀裂が走る。

 渾身の一撃を放ったレイジ。

 しかし彼の一撃は、ゲームの左手の薬指によって止められていた。


「なっ!?」

「じゃ~ん!あえて薬指で止めてみました~♪。すごくないすごくない?」

 

 無邪気な笑顔を浮かべるゲーム。

 そんな彼女がレイジには恐ろしく、悍ましく見えた。

 早く殺さないといけない。こいつだけは絶対に排除しなければならない。

 レイジの本能がそう叫ぶ。


「ユニークスキル〔雷光の鳳(サンダーバード)〕!そしてユニークスキル〔雷光の鳳〕を肉体に付与!」


 目の前の敵を殺すためにレイジは、さらに己を強化した。

 レイジの身体から膨大な紫電が迸り、背中から雷の翼が生える。 


「肉叩きの時間だ、ゲーム!」


 炎を纏わせた光の棍棒にレイジは紫電を宿らせた。

 爆炎と放電を起こす二つの棍棒。

 それを激しく振るい、レイジは攻める。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


 一撃一撃に殺意を込めて、レイジはゲームに怒涛の連打を打ち込む。

 しかし、彼の攻撃は当たることはなかった。


「くっ!この化け物が!」


 連続攻撃しながら、兜の中で顔を歪めるレイジ。

 彼の連打は全て、ゲームの左手の薬指によって防がれていた。

 完全にレイジはゲームに遊ばれていた。


「すごいすごい!そんなにユニークスキルをたくさん使えるなんて!よしなら僕もすごいの見せよう!」


 レイジの連打を防ぎながら、ゲームは右手の小指を立てた。

 その次の瞬間、紅炎と紫電を纏った光の棍棒の一つが突然砕け散った。

 何が起きたか分からず、レイジは目を大きく見開く。

 だがすぐに気持ちを切り替えて、彼は残った棍棒を振り下ろす。


「わぁ~!動揺したのは一瞬だけなんて!なら、これはどう?」


 笑みを浮かべながらゲームは、口から冷気の息を軽く吹く。

 彼女の冷気の吐息が迫りくる炎雷の光棍棒に触れた。

 その時、棍棒が恐ろしい速度で黒い氷に覆われた。

 そして棍棒だけに止まらず、黒い氷はレイジの腕まで覆ていく。


「!?まずい!」


 危険を感じたレイジは、手刀で凍結していく腕を切断。

 炎と紫電の翼を羽ばたかせて、彼はゲームから距離を取った。


「手刀で自分の腕を斬るなんて……やっぱり君は面白い!僕、君のことが好きかも♡」

「嬉しくねぇよこの化物女神が!」


 罵声を上げるレイジ。

 彼は失った片腕を炎で再生させながら、思考する。


JC(女子中学生)みたいな見た目をしてとんでもない強さだ。これがLV7……勝てる気がしない)


 アニメ『クイーン・オブ・クイーン』のラスボスである光闇レイジは、世界を滅ぼすほどの力を持っている。

 しかし、今のレイジはその力を使うことはできない。

 それどころか女神と契約してすらいない。

 

(このままじゃあ間違いなく死ぬ。とりあえず飛行しながら隙を見つけて!?)


 氷城の中を飛び回っていたレイジに、突然激痛が襲った。

 背中に生えていた炎と雷の翼が霧散し、纏っていた獅子の鎧が粒子と化して消滅。

 元の姿に戻ったレイジは、氷の床に墜落した。氷の粉塵が舞い上がる。


「ガハ…か…身体が……こんな…時に!」


 床の上に倒れながら、痙攣するレイジ。

 複数のユニークスキルを肉体に付与した状態で戦っていた。その反動で、肉体が悲鳴を上げたのだ。

 いくら負担を大幅に減らすスキル〔不屈〕があっても、限度があった。

 無茶な強化のせいで、レイジの身体はボロボロになっていた。

 もう……戦える状態ではない。

 しかし、


「ここで……倒れて……たまるか!」


 レイジは歯を食いしばりながら、立ち上がった。

 彼の口から血が流れ、関節からギシギシと軋むような音が鳴る。


「スキル〔絶鎌(ぜつがま)〕」


 スキル名を告げたレイジの目の前に漆黒の大鎌が出現。

 それを掴み取り、彼は上段に構えた。

 魔獣の女神を狩り殺すために、姉と妹を救うために―――死神は魂を燃やす。


「限界を今ここで超える!」


 レイジは全てのスキル、ユニークスキル、属性、魔力を大鎌に付与した。

 漆黒の大鎌に無数の銀色の文字が浮かび上がり、刃から白銀の嵐が発生する。

 一度きりしか使えない大技。

 彼はそれに全てを賭ける。


「滅びろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 氷の床を粉砕するほど強く踏み込み、レイジは大鎌を振り下ろす。

 鎌の刃から放たれた巨大な白銀の斬撃。

 それが天井や床を斬り裂きながら、ゲームに迫る。


「アハハ!飛ぶ斬撃か~……しかもビックサイズ。本当にすごいな~。やっぱり君と遊ぶのは……楽しいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大きく見開いた赤い瞳を発光させ、獰猛な笑みを浮かべるゲーム。

 彼女は自分の右手に黒い氷の大剣を生み出し、それを装備する。

 

「これが僕の一撃だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 雄叫びを上げながら、ゲームは大剣を力強く横に振るい、一閃。

 黒い冷気を纏った斬撃が白銀の斬撃と真正面から衝突。

 二つの斬撃は拮抗し、激しくスパークが起こる。

 そして―――白銀の斬撃は黒冷の斬撃に斬り裂かれ、消滅した。


「マジ…かよ……」


 全身全霊を込めて放った一撃が、魔獣の女神の一撃に負けた。

 それがあまりにも衝撃的すぎて、呆然とするレイジ。

 そんな彼を見て、ゲームはニヤリと笑う。


「僕の勝ちだね、レイジ♪」


 ゲームは握り締めていた氷の大剣を投擲。

 音速を超えた速度で真っすぐ飛び氷剣は、レイジの腹を貫いた。


「ゴボッ!!」


 口から大量の血を吐き出し、レイジは床に両膝をつけた。腹部から激しい痛みが起こり、目が霞み始める。


(やばいな……これ)


 致命傷を負い、完全に戦闘不能になってしまった死神。


「ち…く……しょう……が……」

「君はよくやったよ。僕をここまで楽しませたのは君だけだよ。だから……安心して死んでいいよ」


 ゲームは人差し指を前に突き出し、黒い氷柱を生み出す。

 氷柱の先にあるのは、血を流すレイジ。


「ゲームオーバー。じゃね、レイジ♪」


 そう言ってゲームは指先に生成した氷柱を撃った。

 弾丸の如き速さで黒い氷柱は、レイジに接近する。

 そしてグサリと肉に刺さる音が響き、鮮血が舞い上がった。

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