再戦
狂暴な魔獣達が住み付いている森林—――魔の森。
その森の中では巨大な魔獣同士が激しい争いをしていた。
木や石に鮮血が飛び散り、魔獣の雄叫びが響き渡る。
そんな危険な場所に、氷でできた城が立っていた。
千メートル以上の大きさに、西洋風のデザイン。
壁や屋根も全てが氷で出来ており、宝石のように輝いている。
そんな美しい氷城の扉の前に、銀髪の青年—――スキルで大人の姿になった光闇レイジが立っていた。
装甲付きの灰色ボディースーツに漆黒のジャケット。そして首に巻かれた真っ赤なマフラー。
まるで死神のような格好した彼は、血のような深紅の瞳で氷城を睨みつける。
「あのクソ猿……見ない間にとんでもない物を作りやがって」
忌々しそうに吐き捨てるレイジは、氷の城扉に歩み寄る。
その扉は航空機が余裕で入れるぐらいの大きさがあり、分厚く、そして堅牢で作られていた。
とても人間の力では開けることも、壊すこともできない。
しかし、レイジは違う。
「スキル〔暴君〕〔筋肉増強〕」
レイジは静かな声でスキル名を告げた。
すると彼の全身の筋肉が大きく膨れ上がる。
爆発的に筋肉を強化したレイジは、力強く拳を放つ。
強烈な拳撃が氷の扉に直撃し、轟音が鳴り響いた。
直後、扉全体に大きな皹が走り、崩壊した。
扉が崩れたことで氷の粉塵と衝撃波が発生し、レイジの髪とマフラーを揺らす。
やがて粉塵と衝撃波が収まり、城の中が見えるようになった。
警戒しながらレイジは、城の中に足を踏み入れる。
最初に目にしたのは、先が見えない長い一本道の通路。
通路の左右には無数の氷の支柱が建っており、氷壁には色々な種類の花の紋様が彫られていた。
美しく、そして幻想的で芸術的な城の中。
誰もが見とれてしまうようなその光景の前に、レイジは―――怒りを覚えた。
「……あの野郎。こんな物まで作ったのか!」
強く歯噛みして、額に青筋を浮かべるレイジ。
彼は今すぐにでも、氷城の主を殺したくて仕方がなかった。
なぜなら支柱と支柱の間に……凍結された人間や女神が置かれていたからだ。
氷の像とされた人間と女神の顔は、恐怖と絶望で歪んでいた。
「アニメではここまでする魔獣はいなかったんだがな」
拳を強く握り締めたレイジは、通路の中を歩いた。
コツコツと足音を鳴らしながら、彼は向かう。人間と女神を弄んだ魔獣を殺すために。
それからしばらく歩いていると、通路の先に光が見えた。
「あそこか」
光の向こうには、国を三つ滅ぼすことが出来るLV6の魔獣がいる。
しかもアニメ『クイーン・オブ・クイーン』には登場しなかった謎の魔獣—――ゲーム。
そのゲームは、レイジが逃げるほど強い化物。
今なら引き返すことが出来る。
しかし、レイジは逃げなかった。
首に巻いてある長いマフラーを揺らしながら、レイジは前に進む。捕まった姉と妹を救うために。
「待ってろ夕陽、朝陽」
深紅の瞳を爛々と輝かせながら、レイジは光の中へと入った。
最初にレイジの視界に映ったのは、広々とした氷の空間だった。
薔薇の紋様が彫られた氷壁に、天井から吊るされた氷のシャンデリア。
そして壁側には、数えきれないほどの凍結された人間と女神が飾られていた。
まるで宮殿のような場所に入ったレイジは、足を止めて目つきを鋭くする。
彼の視線の先にあったのは、氷でできた玉座。
その玉座に座っているのは、氷城の主であり、夕陽と朝陽を誘拐した漆黒の猿人—――ゲームだ。
レイジの存在に気が付いたゲームは、口元を三日月に歪めて、細長い尻尾を振るう。
「ヤァ……久シブリ!マタ会エテ嬉シイヨ!」
男か女か分からないような声で、嬉しそうに喋るゲーム。
その声がレイジにとって不愉快極まりなかった。
「俺は会いたくなかったよ、ゲーム」
「冷タイナ~。ア、ソレヨリモドウカナ!コノ城、頑張ッテ作ッタンダヨ?君二喜ンデモラウタメニ!」
「最悪だよクソ野郎。なぜ多くの人間と女神をあんな風にした?」
強い怒気を宿した低い声でレイジは尋ねた。
「アンナ風?アァ、ソンナノ決マッテンジャンーーー飾リダヨ」
「飾り…だと?」
「ソ、模様ヲ彫ッタリ、シャンデリアヲ作ッタダケジャ、ツマラナイデショ?ダ・カ・ラ、人間ト女神ヲ生キタママ凍ラセタンダ。凄イデショ?」
とても残酷なことを、明るく楽しそうに喋るゲーム。
そんなゲームを見て、レイジは確信した。
コイツは今日ここで、殺さないといけないと。
「……最後に質問だ。俺の姉と妹はどこだ?」
「城ノ屋上ダヨ。ケド…ソコニ行キタケレバ僕ヲ倒サナイトネ!」
玉座から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべるゲーム。
赤い双眼を不気味に輝かせて、邪悪な猿人は言い放つ。
「サァ……遊ボウカ!」
刹那、氷の床が砕けるほどの勢いでゲームは駆け出した。そして目に見えない速度でレイジの懐に入り、回し蹴りを放つ。
襲い掛かる猿人の蹴撃。
それがレイジの頭に直撃しようとする寸前、彼の首に巻かれたマフラーが動き出した。
赤いマフラーは迫り来る強力な一撃を弾き返す。
「ワァオ!凄いマフラーダネ!」
子供のようにはしゃぐゲーム。
そんな化物に向かってレイジは、
「お前と遊ぶつもりはない……俺は」
全ての強化系スキルを発動し、ゲームの顔を殴った。
彼の拳が猿人の顔にめり込む。
「グガッ!」
「お前を殺す」
深紅の瞳を怪しく輝かせるレイジ。
彼は拳を吹き切り、ゲームを勢いよく吹き飛ばした。
ゲームの身体が氷の床の上を何度もバウンドし、氷壁に激突。
大きな衝撃音が鳴り響き、氷の粉塵が舞い上がる。
「まだまだこんな物じゃないぞ!ユニークスキル〔闇影多頭龍〕!」
大声でスキル名を叫んだレイジの影から、凶暴な竜の頭が無数に出現。
その竜達は首が長く、濃色の鱗に覆われており、目がなかった。
鋭い歯を並べた大きな顎から涎を垂らし、唸り声を上げている。
レイジは左の掌を前に突き出し、告げる。
「撃て」
主の命令に従い、影の竜達は口を大きく開け、濃色の光線を一斉放射。
無数の死の光線が、壁にめり込んでいるゲームに全て直撃し、爆発が巻き起こる。
爆風がレイジの銀髪とマフラーを激しく揺らす。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!」
血を吐きながら、苦痛の悲鳴を上げるゲーム。
竜の光線を浴びたゲームは酷い怪我を負っており、大量の血を流していた。
もう戦える状態ではない。
しかしゲームは――――笑っていた。
「アハハハハハハハハ!!痛イ…痛ミヲ感ジルッテ、イイナ!アハハハハハハハハハハハハハ!」
狂気的な笑い声を上げるゲーム。
奴は楽しんでいた。痛みを感じるのを。傷を負うことを。
「モット!モット僕ヲ楽シマセテ!」
赤い瞳を爛々と輝かせて、ゲームは走り出した。
音速を超えた速度でレイジに接近する殺戮猿魔獣。
レイジは影の竜達に命令し、迎え撃つ。
「食い殺せ!」
影の竜達は咆哮を上げながら、迫りくるゲームに噛みつく。
竜の鋭利な歯がゲームの身体に深々と突き刺さり、鮮血が噴き出す。
しかし、猿人型魔獣はこれぐらいで止まらない。
「アハッ♪」
ゲームは身体から大量の白い冷気を放出。
白い冷気は影の竜達を呑み込み、一瞬で凍らせた。
氷の像へと化した竜達は甲高い音を立てて、砕け散る。
そして噛みつかれたはずのゲームは、何事もなかったかのように疾走する。
「チッ。そう簡単にはいかないか」
舌打ちしたレイジは、ジャケットのポケットから棒付きキャンディーを取り出し、口に咥える。
濃厚な甘い味が口に広がり、レイジの全スペックが強化される。
「だけど…殺せないわけじゃない」
ゲームは国を三つ滅ぼすことが出来る災害級の魔獣。
しかし、そんな化物でも人間と同じ生物。
どれだけ強くても、生物である以上殺せないものは存在しない。
故にレイジは、ゲームを殺すために強力なスキルを発動する。
「ユニークスキル〔神炎鳥〕。さらに肉体に〔神炎鳥〕を付与!」
レイジの白い肌に銀色の文字が浮かび上がった。
その直後、彼の身体から巨大な業火の柱が発生。
強い熱風が巻き起こり、周囲の氷を溶かす。
レイジの両腕と両脚が真っ赤に燃え上がり、背中から生えた灼熱の翼から火粉が舞う。
「行くぞ、ゲーム」
左目に炎を宿したレイジは、炎翼を羽ばたかせて飛翔。
燃え上がる炎鳥と化して、彼はゲームに突撃する。
敵を殺すために接近し合う人間の化物と魔獣の化物。
高速で飛翔するレイジはスキル〔絶鎌〕を発動し、漆黒の大鎌を召喚。
大鎌の長い柄を両手で強く握り締め、構える。
そして鎌に魔力を流し込み、黒き刃に炎を纏わせる。
「これでも喰らえ!」
爆炎を宿した大鎌をレイジは横に振るい、一閃。
炎の斬撃がゲームに襲い掛かる。
しかしゲームは頭を下げて、レイジの攻撃を躱す。
「残念デシタ!」
笑みを浮かべたゲームは、拳を放った。
氷に覆われた拳がレイジの胸に直撃しようとした。
その寸前、レイジの首に巻かれていたマフラーが猿人の拳撃を受け止める。
まさか防がれると思わなかったゲームは驚きの声を上げる。
「ナッ!?」
「残念でしたはお前だよ!」
レイジは炎を纏う漆黒の大鎌を強く振り下ろした。
大鎌の刃がゲームの右肩に強く突き刺さる。
肉が焼けるような音が鳴り、血肉が焼け焦げた臭いが発生。
高熱と激痛に襲われ、ゲームは顔を苦しそうに歪める。
「ミディアムにしてやるよ」
大鎌に宿っていた猛火が巨大化し、ゲームを呑み込んだ。
紅蓮の炎は猿人型魔獣の身体を激しく燃やす。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
炎に包まれ、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げるゲーム。
今まで感じたことが無い激痛が猿人型魔獣に襲い掛かる。
(よし、いける!)
レイジは勝利を確信したその時—――背筋に悪寒が走るのを覚えた。
(なっ、なんで!?)
有利なのは間違いなく自分。
ユニークスキル〔神炎鳥〕の炎でゲームにダメージを与えている。
キャンディーを口にしたことで、スキルの性能も上がっている。
確実にゲームを追い詰めていた。
だというのに―――本能が今すぐそいつから離れろと叫んでいる。
「くっ!」
自分の本能に従い、レイジはゲームから距離を取った。
その次の瞬間だった。ゲームの身体から黒い冷気が嵐の如く勢いで放出したのは。
禍々しい黒い冷気は、ゲームの身体を燃やしていた炎を一瞬で消し飛ばす。
それを目にしたレイジは、頬を引き攣る。
「冗談だろ……まさか本気じゃなかったのかよ」
レイジは額から嫌な汗を流した。
見誤っていた。ゲームの強さを。
今まで奴は軽く遊んでいただけであって、本気は出していなかったのだ。
「アハハハ……君ハヤッパリ最高ダヨ。ココマデ僕ヲ追イ詰メルナンテ」
全身酷い火傷を負っていたゲームは、嬉しそうに笑う。
「オ礼二見セテアゲル……僕ノトッテオキヲ」
刹那、ゲームの身体から黒い冷気の竜巻が発生した。
極寒の冷風が吹きあられ、レイジの炎で溶けていた氷の壁や天井などを黒く凍らせる。
やがて冷気の竜巻が徐々に収まると、そこに立っていたのは―――漆黒の氷に覆われた猿人の魔獣。
肘と膝から伸びた鋭い氷柱に、それぞれの肩から伸びた氷の腕。
顔全体を覆う氷の兜に、背中から常に放出されている黒い冷気。
まるで鎧騎士と獣が合体したような姿。
それがとてもレイジには悍ましく、恐ろしかった。
「第二形態……ってやつか」
紅炎を纏う大鎌を構え、警戒するレイジ。
そんな彼を見つめながら、四本の腕を大きく広げてゲームは満面の笑みを浮かべる。
「サァ……遊ビノ続キヲショウカ」




