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隻腕の魔導騎士は涙を流す

 暗闇の海の中を、一人の女性—――月夜は漂っていた。


(ここは……どこ?アタシは…いったい)

 

 月夜は分からなかった。なぜこうなっているのか、なぜここにいるのかも。

 気が付いたら、暗い海の中にいた。

 

(力が…入らない。眠い……)


 月夜の意識が朦朧とし、視界がぼやけ始めた。

 なにも考えることが出来ず、言葉を出すことも出来なくなっていた。

 そんな時、月夜の脳裏に一人の男性の姿が浮かんだ。

 その男性は、彼女にとって家族であり、尊敬し、大切な人。


(師匠……)


 月夜は昔の事を思い出す。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


「パパ~!ママ~!」


 燃え盛る街の中を一人の幼い少女—――月夜は、泣きながら歩いていた。

 突如現れた魔獣達の襲撃により、月夜が住んでいた街は壊滅。そして大切な家族を失ったのだ。

 彼女はただ涙を流し、彷徨うことしかできなかった。


「誰か……誰か助けて……」


 嗚咽を漏らしながら、月夜は助けを求める。

 しかし、彼女を助ける人は誰もいなかった。

 そんな時、


「ガアァァァァァァァァァァァァ!」


 突然、耳を塞ぎたくなるような雄叫びが響いた。

 月夜はビクッと身体を震わせて、雄叫びが聞こえた方に視線を向ける。

 するとそこには、大型トラックぐらいの大きさの黒い虎がいた。

 

「ま…魔獣!」


 自分よりも遥かに大きい漆黒の虎を目にして、月夜は全身を震わせる。

 恐怖のあまり、月夜は一歩も動けなかった。

 そんな彼女を、漆黒の大虎は不気味に光る深紅の瞳で睨み付ける。


「グルルルルル」


 虎型魔獣は口から大量の涎を垂らし、月夜に近づく。

 

「イヤ…来ないで!」


 頭を左右に振りながら、月夜は一歩後退った。

 次の瞬間、虎型魔獣は鋭い爪を伸ばして月夜に襲い掛かった。

 巨大な顎が、月夜に迫り来る。

 彼女は目を閉じて、大きな悲鳴を上げる。


「イヤアアァァァァァァァァァァァァ!!」


 少女の悲鳴が燃え盛る街の中で響き渡った。

 その時、空から一人の人影が現れた。

 その人影は蒼いガントレットを装備した男。


「魔導格闘術—――衝雷(しょうらい)!」


 男は短い黒髪をたなびかせながら、漆黒の大虎の頭を強く殴打した。大きな衝撃音が鳴り響き、虎の頭が砕け散った。鮮血と脳みそが地面に飛び散る。

 頭を失った虎型魔獣の身体は音を立てて、地面に倒れた。

 一撃で魔獣を絶命させた男は、目を瞑って怯えている月夜に声を掛ける。


「……大丈夫だよ」

「え?」

「もう怖い魔獣さんは襲ってこないから、目を開けていいよ」

「本当?」

「ああ」


 男の言葉を信じて、月夜はゆっくりと目を開ける。

 そして目の前の光景を目にした彼女は、驚愕の表情を浮かべた。


「魔獣が!」

「もう大丈夫だよ、お嬢ちゃん」


 微笑みを浮かべる男。

 そんな彼を見て、月夜は察した。この人が魔獣を倒して、自分を助けてくれたのだと。

 月夜は舌を嚙みながらも、男に感謝の言葉を伝える。 


「た、助けてくれてありがとうごしゃいます!」

「どういたしまして。ここは危険だから早くお父さんとお母さんのところに行きなさい」


 彼の言葉を耳にした瞬間、月夜は暗い表情を浮かべた。

 そんな彼女の様子に、疑問に思った男は首を傾げる。


「どうしたんだい?」

「……パパとママは……もういないの」

「!!そうか、すまない」

「……アタシ……これからどうすればいいの?」


 瞳から涙を流しながら、月夜は俯いた。

 もう彼女には居場所も、家族もいない。

 あるのは―――孤独だけだ。

 悲しみや苦しみ、そして絶望が月夜の心を支配していく。

 その時、男は彼女の頭を優しく撫でた。


「なら……私のところに来なさい」

「え?」


 月夜は泣くのをやめ、顔を上げた。

 一瞬、なにを言っているのか分からず、彼女は問い掛ける。


「どういう……意味?」

「君が嫌じゃなければ、私と共に暮らさないかって意味だ」

「つまり…家族になるってこと?」

「そうだよ」

「……良いの?」

「ああ……もちろん」


 男は微笑みながら頷いた。

 そんな彼を見た瞬間、月夜の胸の中にあった負の感情が消え去った。もう悲しみや苦しみはない。

 あるのは、嬉しさと安心感だった。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は唯一郎。君は?」

「月夜…です」

「月夜か。よろしく」


 唯一郎は跪いて、月夜に手を伸ばす。

 差し出された彼の手を、月夜は恐る恐る握手した。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 その後、月夜は唯一郎の養子となり、共に暮らすことになった。

 最初は慣れない事ばかりでお互い苦労はあったものの、唯一郎と楽しく暮らしていた月夜。

 時には遊んだり、時には厳しい魔導格闘術の鍛錬をしたり、時には笑い合ったりした。

 月夜はとても幸せな生活を送っていた。


 しかし十数年後、そんな彼女に悲劇が襲った。


 それは魔導騎士になったばかりの月夜が、唯一郎と共に任務をしていた時のことだ。


「なんか不気味ですね?」

「ああ、そうだな」


 彼女達は錆びた廃工場の中を歩きながら、周囲を見渡した。

 カチカチと点滅する電球に機械の部品が散らばった床。そして壊れかけた排水管の上を走るねずみ。

 いかにもホラー映画に出てきそうな建物の中を探索していた月夜と唯一郎。

 二人はいつでも戦闘ができるように、両腕をガントレット型の神装で覆っていた。


「それにしても……なんでアタシ達がこの工場を調査することになったんでしょう?アタシ、詳しく聞いてませんよ?」

『あ、僕も気になってた』


 月夜と岩鉄は、魔導騎士協会から『廃工場の中を調査しろ』と言う命令しかされておらず、詳しくは説明されていなかった。

 そしてそれは唯一郎と青葉も同じだった。


「実は私も詳しくは」

『……』

「そうなんですか師匠?」

「ああ。ただ……嫌な予感がする」


 唯一郎は目を細めて、呟いた。

 彼は魔導騎士としての実力は弱い方だが、多くの経験をしてきた。

 故に分かるのだ。今いる工場はとても危険だと。

 

「とにかく気を付けよう」

『ちょっとやめてよ唯一郎。僕、そう言うの嫌なんだから!』


 月夜の体内にいた岩鉄が、怯えたような声で怒鳴った。


『嫌な予感がするって言うと、大抵ヤバいのが出るんだよ!ね、青葉!』

『……』

『ほら、青葉も言ってる!』

「いや、なにも言ってないでしょ。というか基本、青葉は無口でしょ」


 相棒の女神である岩鉄に呆れる月夜。

 そして一言も言葉を発さない女神の青葉。

 そんな三人が面白くて、唯一郎は微笑んだ。


「相変わらずだな」


 唯一郎が軽く呟いたその時、


「「初めまして、哀れな子羊よ」」

「「『『!!』』」」


 突如、黒いローブを羽織った女性と女神が音もなく現れた。

 二人の首には、赤い十字架が刺さった黒い人間の骸骨のペンダントがぶら下がっていた。

 月夜と唯一郎は神装を構え、警戒する。


「お前たちは誰だ!」

「なぜここにいる。ここは立ち入り禁止の場所だ」


 月夜と唯一郎の問い掛けに対し、ローブ姿の女性と女神はクスクスと嘲笑する。


「これは失礼。私はH9882と申します」

「そして私はH9882の契約女神M9882と言います」

「H9882?M9882?それは名前なのか?」


 疑問に思った唯一郎は問い掛けた。

 すると、彼女達は口元を三日月に歪め、瞳を爛々と輝かせた。


「ええ、そうですよ」

「それが私達の名前」

「「そして」」


「「あなた達に絶望を与える人間と女神の名前ですよ」」


 直後、彼女達の身体から膨大な漆黒のオーラが放たれた。

 一瞬でも気を抜けば、気絶しそうになるほどの強い殺気が月夜と雄一郎に襲い掛かる。

 

(なんだコイツら。普通じゃない!)


 彼女達から発せられる威圧に押され、月夜は思わず後退った。

 その刹那、H9882と名乗る女性が月夜の懐に飛び込んだ。


「!!」

「さぁ、苦しむあなたの顔を見せて!」


 H9882は愉悦な笑みを浮かべながら―――手刀で月夜の左腕を斬り飛ばした。

 切断面から噴き出した大量の鮮血が、壁や床に飛び散る。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」


 片腕を失った月夜は苦痛の悲鳴を上げた。

 今まで感じたことが無い激痛が、彼女に襲い掛かる。

 

『月夜!?このぉ!』


 月夜のガントレット型神装が消えた瞬間、月夜の身体から岩鉄が飛び出した。

 怒りに満ちた表情で岩鉄は、相棒を傷つけた敵を睨みつける。


「絶対に許さない!」


 空中で身体を高速回転させた岩鉄は、回し蹴りを放つ。

 遠心力を乗せた彼女の一撃が、H9882の頭に直撃しようとした。

 しかし、岩鉄の攻撃をH9882は軽々と片手で受け止める。

 

「なっ!」

「軽いわね」


 侮辱するように言葉を吐くH9882。

 彼女は岩鉄の脚を掴み、床に叩きつけた。

 衝撃音が鳴り響き、床に大きな亀裂が走る。


「ガハッ!」


 口から大量の血を吐き出す岩鉄。

 強い衝撃のあまり動けなくなってしまった彼女を見て、H9882は嘲笑する。


「月夜、岩鉄!」


 弟子と弟子の相棒が一瞬でやられたことに驚愕する唯一郎。

 彼は彼女達を助けに行こうとするが、ローブ姿の女神M9882が道を塞ぐ。


「行かせるとでも?」

「貴様!」


 鬼のような形相で唯一郎は怒声を上げた。

 下手に動けば殺されると悟った彼は、H9882とM9882を睨むことしかできなかった。

 そんな彼を見て、M9882は恍惚とした表情を浮かべる。


「いい顔するわね~あなた」

「黙れ、貴様の声を聴いていると虫唾が走る」

「そんなことを言っていいの~?あなたの態度次第で、お仲間さんを殺すことが出来るのよ?」

「くっ!」


 唯一郎は悔しそうにガリっと歯噛みした。

 自分に拒否権はないと理解した彼は、構えていた拳を下す。

 そしてガントレット型の神装を解除した。

 唯一郎の身体から蒼い髪の女神—――青葉が現れる。

 武装を解除した唯一郎は、M9882に頭を下げる。


「……頼む。月夜達には手を出さないでくれ。私にできることは何でもする」


 唯一郎は弟子の命を守る為に、敵に頼み込んだ。

 するとローブ姿の女神は笑みを浮かべて、頷いた。


「ええ、いいわよ。ついでにあなた達も殺さないで上げる。ただし―――あなたの両目と両腕、両足を貰うわね」


 その言葉を聞いた瞬間、月夜は制止の声を上げる。


「駄目です!アタシのことはいいから逃げてください!」


 大切な人が傷つくなど、月夜には許せなかった。

 どうか逃げてほしい。心からそう願った。

 しかし唯一郎は、


「良いだろう。好きにしろ」


 月夜の願いとは真逆の事を選択した。

 M9882は口元を三日月に歪めて、唯一郎に掌を伸ばした。

 その時、唯一郎とM9882の間に青葉が入り込み、両腕を拡げた。まるで唯一郎を守るように。

 青葉は無言のまま、M9882を睨みつける。

 これに対してM9882は、


「邪魔よ」


 冷たい声を発して、容赦なく青葉を蹴り飛ばした。

 青葉は壁に激突し、気を失う。


「青葉!」


 相棒が気絶するところを目にして、思わず叫ぶ唯一郎。

 そんな彼に掌を向けたM9882は、不気味な笑みを浮かべた。


「さぁ、苦しみなさい」


 直後、唯一郎の足元に禍々しく光る黒い魔法陣が出現。

 その魔法陣から発生した黒い陽炎が、唯一郎の身体を徐々に呑み込んでいく。

 それを見た瞬間、月夜は駆け出した。


「ダメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」


 必死な形相で彼女は右手を伸ばした。

 しかし、その手が愛する男の手に届くことはなかった。

 涙を流しながら向かってくる弟子。

 そんな彼女に、唯一郎は微笑みながらあることを伝える。


「月夜、私の目が見えなくなるからって鍛錬を怠るんじゃないぞ」


 黒い陽炎が唯一郎の身体を完全に呑み込んだ直後、黒い魔法陣が強く発光した。

 眩しすぎるあまり、月夜は思わず目を閉じる。

 数秒後、光は徐々に収まっていき、消えた。

 ゆっくりと目を開けた月夜は、目の前の光景を目にして絶句する。

 彼女の視界に映っていたのは、両腕、両脚、両目を失った唯一郎の姿だった。

 彼は床に転がり、大量の血を流している。

 生きてはいる。だが……一人で生きて行くには、困難な身体へとなっていた。

 そんな彼の身体を、月夜は震えている右腕で抱き締める。

 

「し…しょう…」

 

 自分のせいだ。

 自分のせいで、愛する師匠を無惨な姿に変えてしまった。

 自分のせいで、こんな最悪な結果を生んでしまった。


「あああ…ああああ……!」


 強い罪悪感と哀しみが襲い掛かり、月夜は顔を歪める。

 そして彼女は床に膝をつけて、絶望した表情で泣いた。


「あああああああああああああああああああああああああ!!」


 月夜の絶叫が、廃工場の中で響き渡る。

 そんな彼女を面白そうに見ていたH9882とM9882は、音を立てずに姿を消した。

 そのことに気付かないまま、月夜は泣き叫び続けた。


「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


(師匠…ごめんなさい。アタシのせいで……ごめんなさい)


 辛い記憶を思い出した月夜は、大切な師匠に心の中で謝り続けた。

 彼女は後悔と哀しみを抱きながら、暗闇の海の底へと沈んでいく。

 そしてそのまま消えようとした。


 その時、月夜の目の前に光り輝く花が現れた。


(これは…蓮?)


 月夜の瞳に映ったには、美しい白銀の蓮だった。

 その蓮を目にした彼女は、感じた。心が温まるのを。


(なんて……綺麗なんだろう)


 月夜はゆっくりと手を伸ばし、蓮に触れた。

 その次の瞬間、暗闇の海が消え去り、優しい白銀の光が月夜の身体を包み込んだ。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


「うぅ……ここは?」


 呻き声を上げながら、月夜はゆっくりと瞼を開いた。

 彼女の視界に映ったには、見知らぬ天井。そして背中から感じる柔らかい感触に鼻を刺激する薬品の臭い。

 月夜は今いる場所がどこなのかすぐに察した。


「……アタシは病院のベットにいるのか」

「そうだよ、寝坊助さん」

「っ!!」


 聞き覚えのある声が月夜の耳に入った。

 声が聞こえた方に視線を向けると、そこには道着姿の茶髪の女神―――岩鉄の姿が。

 彼女は微笑みを浮かべながら、両手で月夜の右手を優しく握っていた。

 

「岩鉄……か」

「うん、君の相棒の岩鉄だよ……模擬戦の事、覚えてる?」


 悲しそうに眉を八の字にして、岩鉄は問い掛けた。

 彼女の質問に対し、月夜は歯切れ悪い声で答える。


「ああ……全て、覚えている」


 彼女の脳裏に自然と浮かび上がる。強い破壊衝動に身を任せ、自分が怪物と化して暴れる光景が。

 罪悪感と自己嫌悪が胸の奥から湧き上がり、月夜は顔を歪める。


「アタシは……なんてことを!」


 月夜は拳を強く握り締め、瞳から涙を零した。その涙に宿るのは強い後悔。

 大切な師の身体を治すためにレイジと戦った結果—――守護しなければならない多くの者達に恐怖を与え、子供であるレイジを殺しかけた。

 月夜は自分が許せなかった。死にたくなるほどに

 そんな彼女が流す涙を、岩鉄は優しく指で拭う。


「……そうだね。君がやったことは許されない。あの子—――光闇レイジがいなかったら多くの人達が死んでいた。だから、後であの子に感謝しなよ」

「……ああ、罪を償ったら感謝しに行こうかね」


 月夜はこれからの事を考えた。

 命を奪っていないとはいえ、多くの人間や女神に危険を及ぼした。

 その罰として魔導騎士の称号は剥奪されて、刑務所行きだろう

 そう思っていた月夜の耳に、疑いたくなるような言葉が入る。


「そのことなんだけど……君の罪は停職三か月だって」

「!どういうこと!?罰が軽すぎる!!」


 驚きのあまり、月夜は勢いよくベットから起き上がった。

 そんな彼女を落ち着かせて、岩鉄は説明する。

 

「あの子が魔導騎士協会会長にお願いしたんだよ。『月夜さんの罪を軽くしてくれ』って」

「そう……なの。借りが出来てしまったわけね」

「借りはそれだけじゃないよ」

「え?」


 どういう意味?と月夜が問おうとした時、岩鉄は指を指す。

 彼女が指を指した場所に、月夜は視線を向けた。

 直後、彼女は目を大きく見開いた。


「嘘……アタシの左腕が!」


 月夜の視界に映っていたのは、()()()()()だった。

 失ったはずの左腕が、生えていたのだ。

 月夜は驚きながら、左の掌を開いたり閉じたりする。


「感覚もある。あの時の黒い腕とは違う……本物のアタシの左腕!でもどうして?」

「あの銀髪少年が治したんだよ」

「ありえない。女神と契約していない五歳の子供が!?」

「そうだよ。まったく驚いちゃうよね」


 肩を竦めて苦笑する岩鉄。

 月夜は口を開いたまま唖然とした。

 本来、失った肉体の一部を再生するには、強力な回復系女神と契約した人間の力が必要だ。

 だと言うのに、レイジは治した。たった一人の力で。

 

「本当に……何者なの、光闇レイジって子は?」

「さぁね。けど、一つだけ分かるのは……僕らの大恩人だよ」

「そうだね……本当に大恩人だ」


 月夜は自分の左腕を右手で優しく撫でる。

 どうしようもなく嬉しかった月夜は、微笑みを浮かべた。


「あの子には感謝しかない」

「そうだね。あ、そうそう。一つ言い忘れたことがあったんだけど」


 なにかを思い出した岩鉄は、拳を左の掌に叩いた。


「実はあの子。治したのは月夜の左腕だけじゃないんだよ」

「え?」

「君が最も治したかった相手も……あの少年は治したんだ」


 岩鉄の言葉を聞いて、月夜は目を大きく見開いた。

 彼女がまさかと思ったその時、病室のドアが横にスライドして開き、一人の男性が入ってきた。

 男は細長い脚で歩きながら、ベットの上に居る月夜に近付く。


「月夜、やっと目が覚めたか」


 その男性は黒い瞳で月夜を見つめながら、微笑んだ。

 そんな彼を目にした月夜は、声を震わせる。


「あ…ああ……」


 月夜は瞳からポロポロと雫を零す。

 今、自分の目に映るのは幻なのでは?

 夢ではないのか?

 これは現実ではないのでは?

 もしそうなら、覚めないでほしい。

 そう思いながら、月夜は目の前にいる男性に声を掛ける。


「師匠……」

「ああ、君の師である唯一郎だ」


 黒髪に黒い瞳を持つ四十代の男性—――唯一郎は頷いて肯定した。


「ずいぶんと見ない間に、美人になったな。月夜」

「あ、ああああ」


 月夜は確信した。

 間違いない。

 目の前にいるのは家族を失った自分を拾い、育ててくれた大切な師。

 そして自分のせいで両目、両腕、両脚を失った愛する男性。

 

 その人が両目、両腕、両脚がある状態で自分の前にいた。

 

 嬉しさのあまり月夜は、唯一郎の胸に飛び込んだ。

 そして彼の身体に両腕を回し、月夜は強く抱き締める。

 そんな彼女の頭を、唯一郎は優しく撫でる。

 

「ああ、私はとても幸せだよ。君の顔がまた見られて、また触れることが出来て」

「し…しょう……アタシ」

「何も言わなくて良い。今は…思う存分、泣きなさい」 

「あ…ああああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 月夜は我慢が出来ず、号泣した。まるで子供のように。

 一人の女性の泣き声が、病院の廊下まで響き渡った。

 

 この日、一人の女魔導騎士が本当の意味で救われた。

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