死神は救われない命を救う
「レイジくん~!レイジくん~!」
地面の上に倒れて気を失っているレイジに、神楽耶は声を掛けていた。
小さな手で彼の身体を揺らしながら、何度も呼ぶ。
しかし、まったく起きる気配がなかった。
「お願い~…起きてよ~」
神楽耶は瞳から涙を零しながら、嗚咽を漏らした。
少女の雫がレイジの頬の上にポタポタと落ちる
するとレイジの瞼がゆっくりと開いた。
「か…ぐや……ちゃん?」
「!!レイジくん~!」
「ぐえぇ!?」
頭を押さえながら身体を起こすレイジに、神楽耶はタックルする勢いで抱き着く。
レイジの口から車に轢かれた蛙のような声が上がった。
「いてててて…神楽耶ちゃん?」
「よかった~…よかったよ~」
レイジのジャケットを強く握り締めながら、肩を震わせる神楽耶。
そんな彼女を見て、レイジは色々と悟った。
(どうやら心配をかけてしまったみたいだな)
目を細めたレイジは、神楽耶の頭を優しく撫でる。
「ごめんな、心配させちゃって。でも俺は大丈夫だから」
「本当~?」
潤ませた黄金の瞳をレイジに向け、心配そうに尋ねる神楽耶。
目の前の少女を安心させるために、レイジは笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。めちゃくちゃ元気だよ!」
彼の言葉を聞いて安心した神楽耶は、頬を緩めた。
「良かった~」
「ふふふ。それはそうと……ずいぶんと壊れたな」
周囲を見渡したレイジは、悲しそうに眉を八の字にした。
彼の視界に映っていたのは、レイジと月夜の戦いで崩壊してしまった武道館だった。
瓦礫と化してしまった壁と観客席に、幾つものクレーターが出来た地面。そして跡形もなくなってしまった天井。
配線が切れてしまったのか、ライトの光は全て消えており、所々に燃え上がる炎が周囲を照らす。
(酷い光景だな……いや、よくこれで済んだと思って喜ぶべきなんだろうな)
狂神化した覚醒者はLV6の魔獣と同等の力を持っている。
もしレイジが死んでいたら、多くの人々の命が失い、国が滅んでいただろう。
だがレイジが戦ったおかげで武道館が全壊するだけで済んだ。
アニメでは狂神化した覚醒者によって、幾つもの国が滅ぼされた。
それを止められず、主人公達は涙を流しながら後悔していた。
(自分が化物で良かったって初めて思ったな。……って、それより月夜さんは!?)
レイジは慌てて立ち上がり、月夜を探しに走り出す。
確実に必殺の一撃を与えたとはいえ、相手は狂神化した覚醒者。
死体を確認するまでレイジは油断ができなかった。
探し続けて十数分後、彼は足を止めた。
「月夜さん……」
悲痛な声で呟くレイジ。
彼の視線の先にいたのは、巨大なクレーターの中心に倒れた月夜だった。
月夜は酷い火傷を負っており、身体の所々から白い煙が上がっている。
全身を覆う鱗の一部が剝がれており、輪っかの角は折れていた。
「『ウゥ……』」
苦しそうに呻き声を上げる月夜。
「なんとか生きてはいるが、気絶している……か」
そう呟いたレイジは覚悟を決めた表情で、月夜に歩み寄る。
「スキル〔絶鎌〕」
レイジが静かな声でスキル名を言うと、空中に漆黒の大鎌が出現した。
それを握り締め、肩に掛ける。
鋭利な刃が炎の灯りを反射して、不気味に輝く。
「恨むなら恨んでください」
倒れた月夜の元にたどり着いたレイジは、大鎌を上段に構える。狙う場所は心臓の部分。
死神は怪物と化した女性に別れの言葉を伝える。
「さよなら」
刹那、レイジは迷いなく大鎌を振り下ろした。
黒き刃が月夜の胸に突き刺さろうとした時、
「やめてくれ!」
男の声が突然響いた。
漆黒の大鎌の先端が、月夜の胸に当たる寸前で止まる。
レイジは声が聞こえた方に視線を向ける。
視線の先にいたのは、車椅子に乗った四十代ぐらいの男性と蒼い髪の女神だった。
男性は両腕と両脚を失っており、両眼には包帯が巻かれていた。
レイジは月夜を警戒しながら、彼らに問い掛ける。
「誰ですか?」
「私は唯一郎という。月夜の師であり、育ての親だ」
「月夜さんの師?」
「そうだ」
そう言って頷く唯一郎。
彼は言葉を続ける。
「私の契約女神—――青葉から月夜が何をしたのか、全て聞いた。君に酷いことをしたのも知っている」
「……」
「だが、どうか弟子を殺さないでくれ!私にとってその子は宝なんだ!頼む!」
頭を下げて必死に懇願する唯一郎。
彼の後ろにいた女神の青葉も頭を下げた。
そんな二人を見て、レイジは察した。
(きっと、月夜さんが助けたかった相手は唯一郎さんだったんだな)
月夜達が賞金を手に入れたかったのは、唯一郎の身体を治すためだったのだろう。
この世界で失った肉体や不治の病を治すには、強力な回復系女神と契約している人間に頼るしかない。
しかし、治してもらうには大量のお金が必要になる。
だから月夜達はレイジを倒そうとしたのだ。
(まぁ、俺を倒したところで賞金が手に入るような状況ではなくなったけど)
一度、軽くため息を吐いたレイジは真剣な表情を浮かべた。
そして唯一郎たちに辛い現実を叩きつける。
「あなたが弟子を思う気持ちは分かります。ですが、俺はなにがなんでも彼女を殺します」
「な、なぜ!?」
「今の月夜さんは狂神化っていう暴走状態なんですよ。一度なったら死ぬまで破壊の限りを尽くします。そして狂神化した人間はもう戻れない。今のうちに殺さないと、すぐに復活して月夜さんはまた暴れるんですよ」
「そ、そんな!何かあるはずだ、月夜を救う方法が!」
「ないんですよ」
「!!」
「狂神化した人を人間に戻す方法は―――ないんですよ」
レイジは悔しそうに顔を歪めて、残酷な真実を伝えた。
本当はレイジも月夜達を助けられれば、助けたかった。
しかし無理なのだ。狂神化した者を人に戻すことなど。
アニメ『クイーン・オブ・クイーン』の主人公やその仲間達も狂神化した友達を助けられず、殺すしかなかった。
世界を救う英雄ですらできないのなら……諦めるしかないのだ。
だが、納得ができなかった唯一郎はレイジを必死で説得する。
「で、でも殺すことはないのでは!?」
「ここでやらないと多くの人達が死にます」
「だけど!」
「あなたは自分の弟子を多くの命を奪う殺戮者にさせるつもりですか!」
鬼のような形相でレイジは怒鳴り声を上げた。
彼の迫力に思わず唯一郎は黙り込む。
レイジは血が滲み出るほど拳を強く握りしめた。
「殺すしか……ないんですよ」
レイジは深紅の瞳で唯一郎を睨みつけ、強く宣言した。
彼の言葉を聞いて、唯一郎は唇を噛みしめ、俯く。それしかできなかった。
そんな相棒を青葉は慰めるように寄り添う。
(キツイよな……弟子を失うのは)
レイジは今の唯一郎の気持ちが痛いほど理解できた。
なぜなら大切な弟子を失うのがどれだけ辛いか、レイジはよく知っているから。
(せめて一瞬で終わらせよう)
レイジは漆黒の大鎌を構え、月夜の命を奪おうとした。
その時、
「殺しちゃうの~?」
レイジの背後から幼い少女の声が響いた。
振り返るとそこには、神楽耶の姿があった。
「神楽耶ちゃん」
「レイジくん~。その人を殺しちゃうの~?」
「……うん。そうしないとダメだから」
子供になにを言っているんだと思いながら、レイジは話を続ける。
「この人は危険だ。だから殺さないといけないんだ」
「なんとかならないの~?レイジくんは色んな魔法が使えるからできると思うんだけど~?」
「……無理だよ。狂神化の力を弱める魔法はあるけど」
「その魔法でそこにいるお姉さんを元に戻せないの~?」
神楽耶の発言に対し、レイジは首を横に振って否定する。
「実際、ある英雄が狂神化した友達を救おうとして試したけど……駄目だった」
アニメ主人公達も最初は狂神化した友を助けようと、色々な方法を試した。
だが結果は失敗。
狂神化の力を弱体化させる魔法で、一時的に人間に戻すことしかできなかった。
「英雄さんでもダメだったの~?」
「そうだよ神楽耶ちゃん。だから―――」
月夜を殺すしかない。
そうレイジが言おうとした時、神楽耶は―――運命を変える言葉を発した。
「じゃあ……レイジくんがやったらできるんじゃないかな~?」
「え?」
「母様が言ってたよ~。レイジくんのぞくせいてきせいれべる?がとても高いから、普通の人が使う魔法よりもすごいって~」
「!!」
神楽耶の言葉を聞いたレイジは、ハッと気が付く。
そして彼は顎に手を当てて思考する。
(その発想はなかった。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ)
属性適正LVが高ければ高いほど、魔法やスキルの魔力消費量が少なく、性能が向上する。
アニメ主人公達の殆どの属性適正LVは一般的な最大数値の5。
だがレイジの全ての属性適正LVは限界を超えて10。
つまり、同じ魔法でも主人公達よりレイジが使う方が効果が高い。
「……試す価値はあるな」
そう呟いたレイジは大鎌を地面に突き刺して、両手を合わせた。
そして彼は目を閉じ、意識を集中する。
するとレイジの身体の表面が白銀に輝き始めた。
長い銀髪と真紅のマフラーがゆっくりとたなびく。
美しい銀色の光が暗闇を照らす。
その光景に見惚れていた月夜は、ポツリと呟く。
「きれい~」
神楽耶は心から感動していた。これほどまでに神秘的で美しい光景を彼女は見たことが無かったからだ。
唯一郎の近くにいる女神の青葉も、レイジが生み出した光景に見惚れていた。
故に神楽耶と青葉は気付かなかった。レイジが激痛を感じながら魔法を発動しようとしていることに。
(クッ!やっぱりさっきの戦闘の後にあの魔法を使うのはキツイな。けど耐えろ俺!ここが正念場だ!)
世界を滅ぼす死神が、英雄でも救えなかった命を救えるかもしれない。
不可能が可能になるかもしれない。
最凶最悪の化物が―――運命を変えられるかもしれない。
ならばやろう。俺が持つ全てで、月夜と岩鉄を助けてみせる!
「神聖属性魔法〔LV10天蓮の姫神〕」
ゆっくりと目を開いたレイジは、魔法を唱えた。
刹那、上空に白銀の魔法陣が展開。
まるで満月の如く輝く魔法陣。そこから銀色のドレスを着た少女が現れた。
蓮の花びらの形をしたスカートに水色に輝く羽衣。透き通るような蒼い瞳に銀色の短い髪。
そして幼い顔立ちに小柄な身体。
その少女は天女の如く美しく、可愛らしい―――女神だった。
レイジは魔法で女神を生み出したのだ。
蓮の女神はゆっくりと地上に降り立ち、倒れている月夜に手の平を向ける。
そして彼女は穏やかな声で唱える。
「聖なる蓮よ。どうかこの者を救いたまえ」
次の瞬間、地面から巨大な白銀の蓮が生え、月夜の身体を優しく包み込んだ。
そして蕾と化した蓮は徐々に光り輝きだす。
数秒後、蓮の花びらが少しずつ開き、満開に咲いた直後—――周囲全体を照らすほど、眩しい白銀の光が発生した。