炎の女死神
狂神化した月夜に殺されかけ、レイジは死を覚悟した。
そんな時に現れたのは、一人の少女—――覇道神楽耶だった。
彼女の姿を目にしたレイジは、激しく混乱する。
(確かに安全な場所に転移させたはず…なのになんでここに!?)
魔導武道館にいた全ての人達は、レイジがスキル〔空間操作〕で外に避難させた。
だというのに、なぜ神楽耶はレイジの目の前にいるのか?
答えは一つ―――ここに戻ってきたのだ。
「なん…で…戻って……きた。はや…く……ここ…か…ら……離れ…ろ!」
レイジは血を吐きながら、神楽耶に逃げるように言う。
しかし、神楽耶は逃げなかった。
「『ナンノヨウダ…小娘?』」
殺気と怒気が宿った紫の瞳でギロリと神楽耶を睨み付ける月夜。
漆黒の怪物の威圧感に、思わず神楽耶は身体を震わせて後退った。
「ひぐっ」
目尻に涙を浮かべて、小さな悲鳴を上げる神楽耶。
だが、彼女は怯えながらも月夜を睨み返した。
「『ナンダ…ソノ目ハ?』」
「と、ともだちを……」
「『ア?』」
「ともだちを…イジメないで~!」
その言葉を聞いたレイジは呆然とした。
なぜ、神楽耶が武道館に戻ってきたのか、やっと分かった。
彼女はレイジを助けに来たのだ。勇気を出して。
(会ったばかりなのに友達…か。そういえば神楽耶はそういうキャラだったな)
アニメの覇道神楽耶は会ったばかりの主人公と友達になり、楽しく笑い合っていた。
そして友達が困ったら、全力で助ける。例え、自分が死ぬかもしれない状況でも。
きっと彼女の強さは、友達を想う心なのだろう。
「『邪魔ダ…失セロ』」
月夜は空中に土の槍を生成し、神楽耶に向かって放った。
死の槍が少女の命を狩ろうと、襲い掛かる。
しかし、白銀の死神はそれを許さない。
「させるわけねぇだろ!」
槍と神楽耶の間に入り込んだレイジは、マフラーを巻き付けた右腕の拳を放った。
拳撃が土槍と衝突し、激しく拮抗する。
彼の傷口が拡がり、大量の鮮血が吹き出す。
しかし、死神はこれぐらいで止まらない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて力を振り絞った彼は、土槍を粉砕した。
ボロボロの身体で神楽耶を守ったレイジを見て、月夜は少し目を見開く。
「『ヨク動ケタナ。ソンナ身体デ』」
「神楽耶ちゃんのお陰で魔力と体力を回復することができたんで」
そう言うレイジの口には、回復薬の瓶が咥えられていた。
月夜が神楽耶に注意している間に、レイジはスキル〔格納空間〕から回復薬を転移したのだ。
空っぽになった瓶をプッと吐き出したレイジは、真紅のマフラーを首に巻き直した。
そして彼は月夜に深紅の瞳を向ける。
その瞳に宿るのは、怒りでも殺意でもない。
大切なものを護りたい強い意志だ。
「俺は絶対にこの子を……友達を死なせない」
本来、殺すはずの神楽耶をラスボスが守ることなど……きっと間違っているのだろう。
けれどそれを分かったうえで、神楽耶を守りたい。死なせたくない。助けたい。
なぜなら―――初めての友達だから。自分を怖がらないでいてくれた友達だから。大切な友達だから。
だから、
「あなたを倒します。月夜さん」
レイジはスキル〔格納空間〕から赤い巻物を転送。
それを目にした月夜は驚愕する。
「『魔巻物!?ドウシテ子供ノオマエガ!』」
「とある会長さんからの贈り物ですよ!」
凶悪な笑みを浮かべたレイジは巻物を広げた。
すると巻物に書かれていた文字が強く発光。
巻物は粒子と化して、レイジの身体に吸い込まれる。
「さぁ最高のスペシャルメニューをご提供しましょう!」
新たに手に入れた力を、レイジは発動する。
「ユニークスキル〔神炎鳥〕!」
直後、彼の傷から激しく燃え盛る炎が噴き出した。
紅蓮の炎はレイジの全ての怪我を治し、失った左目と右脚を再生させていく。
「『炎ノ回復系ユニークスキル……カ。ソンナモノヲ隠シテイタカ』」
身体を完全に治療したレイジに、強い警戒心を抱く月夜。
彼女は紫の瞳を不気味に輝かせ、身体から黒いオーラを放つ。
「『ダガ、ソレデアタシニ勝テルト思ウナヨ!』」
嵐の如き殺気を飛ばし、指から伸びた漆黒の爪を構える月夜。
そんな彼女を、レイジは憐れむように見つめていた。
「……なんであなたが怪物になってまで俺を殺そうとするのか……分かりましたよ」
「『子供ノオマエニ何ガ分カル!』」
「大切な人のため……ですよね?」
「『!?』」
図星だったのか、月夜は目を大きく見開いた。
レイジは言葉を続ける。
「俺……分かるんですよ。誰かを助けるためには、誰かを殺さなくちゃいけないと。だから―――俺は友達を死なせないためにあなたを殺す」
月夜が誰かのために殺すのであれば、自分は神楽耶を守るために月夜を殺す。
例え、狂神化した覚醒者が相手だとしても。
例え、女神と契約していないとしても。
例え、殺すはずの神楽耶を守るのが間違っているとしても。
俺は友達を助ける。
それを運命が許さないのであれば、その運命を否定する。
いや、
「俺は―――運命を殺す」
レイジの強い覚悟に共鳴するように、身体から噴き出す炎が勢いを増した。
「死神が狂神化した覚醒者より、恐ろしいということを教えてやる!ユニークスキル〔神炎鳥〕を肉体に付与!」
彼の身体の表面に銀色の文字が浮かび上がった。
その次の瞬間、レイジの身体から巨大な業火の柱が発生。
炎の柱はドームの天井を突き破り、爆風を巻き起こす。
レイジの両腕と両脚が灼熱の炎で燃え上がり、背中から大きな炎の翼が生えた。
その姿はまるで、激しく燃え盛る炎の女神のよう。
左目に赤い炎を宿したレイジは、両手からそれぞれ炎の短剣を生み出し、構える。
「美しい包丁さばきをご覧に入れましょう、お客様」
業火の双剣を装備したレイジは、翼を羽ばたかせ、月夜に急接近。一瞬で彼女の懐に入り込んだ彼は、一閃。
炎の斬撃が月夜の左腕を斬り飛ばす。
「『速イ!』」
「偽物の腕なんて必要ないでしょう?」
「『コノ…クソガキガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』」
怒りの咆哮を上げた月夜は右手の鋭い爪を巨大化させ、振り下ろした。
迫りくる爪撃をレイジは双剣で弾き返し、反撃。
月夜の頬に一筋の傷ができ、血飛沫が飛び散る。
「『!?』」
「負けるわけにはいかないんですよ。月夜さん」
「『ソレハアタシモ一緒ダヨ!』」
レイジと月夜は高速で動き回りながら、斬撃を放つ。
踊るように炎の双剣を振るうレイジと荒々しく漆黒の爪を振るう月夜。
赤の斬撃と黒の爪撃が空中に軌跡を描きながら、何度も衝突し合う。
「『クッ!オ前…オ前ハ何者ナンダァ!』」
恐怖を宿した声で怒鳴る月夜は、漆黒の爪を突き出した。
レイジに向かって襲い掛かる刺突。
しかし、レイジの首に巻かれた赤いマフラーが彼女の攻撃を弾き返す。
敵の攻撃を防いだレイジは、口元を三日月に歪める。
「俺は……運命を殺す死神だ!」
レイジは炎の双剣を素早く振るい、月夜の爪を切断。
切り裂かれた漆黒の爪は弧を描きながら空中を舞い、地面に突き刺さった。
それを目にした彼女は、怒声を上げる。
「『コノ化物ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』」
殺意と魔力を込めた拳撃を彼女は放った。
襲い掛かる強力な一撃を紙一重で躱したレイジは、炎の翼を羽ばたかせて空高く飛び上がる。
そして炎の軌跡を描きながらドームの中を高速飛行。
飛び回り続けるレイジは、徐々に加速していく。
(俺の最大最速の一撃で勝負を決める!)
全身に感じる激痛を無視して、レイジは限界まで加速する。
「『ソッチガソノ気ナラ、アタシモ全力ヲ出ソウ!』」
紫の瞳を鋭く光らせて、月夜は拳を掲げた。
すると地面から大量の土や石が出現。
土と石は月夜の右腕に集束し、巨大な腕を形作った。
漆黒の怪物は巨大化した右腕に全ての魔力を流し込み、拳を構える。
「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「『来イィィィィィィィィィィィィィ!』」
極限まで加速したレイジは、隕石の如く勢いで突撃。
超高速で飛行する爆炎の女死神は、双剣の剣先を前に突き出す。
迫りくる刺突。それを打ち砕くために、月夜は巨大な腕を振るい、渾身の一撃を放った。
業火の双剣と土石の巨拳が真正面から激突し、衝撃波が発生。
スパークが迸り、地面が大きく割れ、観客席が音を立てて崩れていく。
燃え盛る炎の一撃と禍々しい漆黒の一撃が激しく拮抗する。
「『オ前ナンカニ……負ケルカァァァァァァァァァァァァァァァァ!』」
叫び声を上げた月夜は、身体から大量の黒いオーラを放射。
黒いオーラは無数の剣へと変わり、レイジに向かって高速で飛来する。
全ての黒き刃がレイジの身体に突き刺さり、鮮血が飛び散る。
「ぐっ!」
苦痛の声を漏らすレイジは、口から血を流す。
だが彼は攻撃を緩めなかった。
それどころか、さらに燃え上がる。
「こんなものかよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気迫が込められた声で叫んだレイジは、炎翼からロケットエンジンの如く炎を噴射した。
その反動でレイジはさらに加速。
土石の剛腕を業火の双剣で融解しながら、突き進む。
赤き炎鳥と化したレイジは月夜との距離を詰める。
そして月夜とすれ違う瞬間、
「これで終わりだ」
死神は紅蓮の炎の双剣を振るい、二閃。
灼熱の斬撃が月夜の身体を斬り裂いた。
直後、巨大な爆炎の竜巻が巻き起こる。
その余波でドーム全体が大きな音を手てて、崩壊していく。
「俺のスペシャルメニューのお味はいかがでしたか?お客…さ…ま」
己の全てを使い果たしたレイジは地面に倒れ、意識を失った。