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狂神化

 模擬戦が終了した直後、黒い左腕でレイジを貫いた月夜。

 レイジの足元に大きな血だまりが出来る。

 

「『オ前…オ前……オ前ハ、ナニガナンデモ殺ス!殺シテ…アノ人ヲ!』」


 二人分の声が混じったような声で叫ぶ彼女は、双眼を紫色に光らせる。

 そんな彼女を目にしたレイジは、驚愕の表情を浮かべた。

 レイジは知っているのだ。今の月夜の状態を。

 

(不気味に輝く紫の瞳に、欠損部分から生えた黒い左腕。そして人と女神の声が合わさった声。間違いない……狂神化だ!)


 狂神化。それは強い負の感情によって起こる覚醒者の暴走状態だ。

 狂神化した覚醒者は理性を失い、契約している女神と融合。

 そして目に入った物は建物であろうと、人であろうと全て破壊する。


(だけど…なんで今、狂神化が起こる!)


 目の前の現実が信じられず、レイジは混乱した。

 狂神化が発生するのは、アニメが始まってから。つまり十三年後。

 それまで狂神化した者は()()()()()()()()()


(いや……今はそんなことを考えている場合じゃない!)


 激痛を感じながら、レイジは観客達に視線を向ける。

 悲鳴を上げる女神。

 泣き叫ぶ子供。

 必死に逃げようとする男性。

 反応は違えど、誰もが狂神化した月夜を恐れていた。


「なんとか…しない…とな!」


 レイジは力を振り絞り、血を吐きながらスキルを発動する。


「ス…キル……〔空…間……操作〕!」


 次の瞬間、観客席にいた多くの人達が一瞬にして姿を消した。

 しかも観客達だけではない。

 魔導武道館にいた全ての人間と女神もいなくなった。

 レイジが安全な所に転移させたのだ。

 今、ドームの中にいるのはレイジと狂神化した月夜のみ。

 

「よかった……これで……」


 レイジが安堵の息を吐いた。

 その直後、レイジの腹を貫いていた黒い左腕を月夜は引き抜いた。大量の鮮血が地面に飛び散る。


「ガハッ!ちょっと……今の俺は女なんですからもう少し優しく」

「『女同士ノ戦イハ男以上二激シインダヨォ!』」


 険しい表情を浮かべる月夜はレイジの銀髪を強く掴み、持ち上げる。

 そして容赦なくレイジの顔をサウンドバックのように殴りつけた。

 月夜の強打が彼の美しい顔に傷を付け、血に染める。


「グッ!ガッ!」

「『クタバレ!クタバレ!クタバレ!』」


 一発一発に殺意を込めて、レイジの顔面を殴り続ける月夜。

 肉を叩くような生々しい音が響き、人間の血の臭いが充満する。


「『死ネ!死ネ!死ネェェェェェェェェェェェェェェ!』」



 殺気に満ちた声で叫ぶ月夜は、強力な拳撃を放つ。

 しかし、その一撃はレイジの掌によって受け止められた。


「『!?』」

「あ~痛かった。腹を完全に治すまでわざと殴られたけど…やっぱり狂神化した覚醒者の攻撃は痛いな。その左腕の黒い義手で殴らないでくださいよ。死ぬかと思いました」


 口に付いた血を腕で拭うレイジは、月夜を睨みつける。

 月夜に殴られている間、貫通されたお腹を彼は回復系スキルで治療していたのだ。

 お陰で腹部に空いた穴は、完璧に塞ぐことができた。

 穴が開いてしまったジャケットも、自動修復機能で直っている。


「お返しです!風属性魔法〔LV9嵐砲(テンペスト・キャノン)〕!」


 魔法を唱えたレイジの目の前に、緑の魔法陣が出現。

 そこから巨大な竜巻の砲弾が放たれた。

 竜巻の砲弾は月夜に直撃し、大きく吹き飛ばした。彼女の身体は観客席に激突し、土煙が舞い上がる。

 

「……これで気絶してくれると嬉しいんだが」


 レイジがそんなことを呟いた時、土煙の中から異形の怪物が現れた。

 身体全身を覆う漆黒の鱗に血管が浮かんだ筋肉質の両腕。腰から伸びた長太い尻尾に四本の脚。そして輪っかの形をした赤い角。

 もう人ではなく、別の何かになってしまった月夜を見て、レイジはガリッと歯噛みした。


「完全に狂神化している。もう……殺すしかないか」


 狂神化した覚醒者は、もう人には戻れない。


 止める方法は一つ―――殺害だ。


 だがそれは簡単ではない。

 狂神化した覚醒者は全スペックが大幅に向上している。

 その強さはLV5の魔獣以上。

 レイジは昨日戦ったLV6の魔獣を思い出す。


(今の月夜さんはゲームと同等。ここで逃げたいところだが……)


 もし、ここで自分が逃げたらどうなる?

 そんなの決まっている。狂神化した月夜は建物を破壊し、人や女神を殺戮するだろう。その中にはきっと家族や神楽耶も含まれる。

 彼女を止められるのはS級の魔導騎士か―――今、この場にいるレイジだけ。


「逃げるわけにはいかないよな」


 多くの命を守る為に覚悟を決めたレイジは、強力なスキルを発動する。


「ユニークスキル〔勇敢な獅子戦士(ヘラクレス)〕!」


 刹那、レイジの身体がドーム全体を照らすほど光り出した。

 あまりにも眩しすぎる光に、思わず月夜は目を閉じて腕で顔を覆う。

 数秒後、光は徐々に収まっていき、消えた。

 月夜はゆっくりと目を開け、腕を下した。

 その次の瞬間、巨大な棍棒が月夜に襲い掛かる。

 突然のことに反応できず、重い一撃を受けてしまった月夜は吹き飛ばされた。

 月夜の身体がバトルフィールドの地面に激突し、土と砂が舞い上がる。


「相変わらず馬鹿力だな。このユニークスキルは」


 そう呟いたのは、光の鎧を纏ったレイジだった。

 両手にそれぞれ握り締めた二つの巨大な棍棒に、獅子の顔の形をした両肩の装甲。そして兜から伸びた光り輝く(たてがみ)

 威風堂々としたその姿はまるで、百獣の王であるライオンのよう。


(俺が持つユニークスキルの中で最も破壊力があるのを使ってみたが……お相手はどうかな?)


 レイジが警戒していると、土煙から月夜が飛び出した。

 殺意に満ちた瞳でレイジを睨みつける漆黒の怪物。

 獣のような四本の脚で地面の上を疾駆する。


「そう簡単にはいかないですよね!」


 迫りくる月夜に向かって、レイジは棍棒を力強く叩き込んだ。

 それと同時に、月夜は魔力を込めた拳を放った。

 光の棍棒と漆黒の拳が激突し、衝撃音が轟く。

 強い衝撃波が発生し、レイジの髪と月夜の髪が大きく揺れる。


「あの~月夜さん?こんなバチバチのバトルはやめて、ウチのカフェで食事しません?今なら紅茶とチーズケーキをサービスしますよ」

「『アタシガ望ムノハ、アンタノ死ダアァァァァァァァァァァァァ!!』」

「なるほどなるほどそうですか……だったら、とことんバチバチのバトルをしようじゃありませんか!ユニークスキル〔雷光の鳳(サンダーバード)〕!」


 レイジの身体から膨大な紫電が迸った。

 刹那、彼は目に見えない速度で月夜の背後に回り込み、棍棒を振り下ろす。

 襲い掛かる攻撃を紙一重で躱した月夜は、振り返った瞬間に殴打を放つ。

 だがそれを読んでいたレイジは、怪物の一撃を棍棒で防ぐ。

 そして身体を激しく放電させ、彼は空高く飛ぶ。


「『逃ガサナイ!』」


 月夜は背中から蝙蝠のような大きな翼を広げた。

 漆黒の翼を羽ばたかせ、彼女はレイジの跡を追いかける。

 紫の稲妻と漆黒の閃光は高速で飛び回り、何度もぶつかり合う。

 棍棒と拳が衝突する度に、その余波でドーム全体に亀裂が走る。

 レイジと月夜の戦いが激しすぎるあまり、ドームが耐えきれず、崩壊していく。

 だが、二人は止まらない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「『ガアアアアアアアアアアアアアア!』」


 雄叫びを上げながら、死神と怪物は激しい死闘を繰り広げる。

 しかし、その戦いは長くは続かなかった。

 棍棒で怒涛の連打を放っていた時、レイジが纏っていた鎧が粒子と化して消滅した。

 しかもそれだけではない。

 発動していたスキルや肉体に付与していた属性やスキルの効果も、一瞬で消えた。

 突然の事にレイジは驚愕する。


「魔力切れ!こんな時に!」


 戦闘中に魔力を全て使い果たしてしまったレイジ。

 そんな彼を月夜は容赦なく攻撃する。

 両手の指から鋭利の黒い爪を伸ばし、レイジに向かって素早く振るった。

 怪物の爪撃がレイジの右脚を切断し、胴体と左目に深い裂傷を刻み込む。


「グハッ!」


 味わったことが無い激痛がレイジを襲う。

 月夜は更に追撃。

 腰から生えた尻尾を鞭のようにしならせ、レイジの腹に叩きつけた。

 幾つもの骨が折れたような音が鳴り、彼はバトルフィールドの地面に向かって高速落下。

 地面に激突したレイジは、口から大量の血を吐き出した。


(これは……マジでヤバいかも)


 装備のお陰で即死は免れたものの、レイジは重傷を負っていた。

 失ってしまった左目と右脚。傷口から流れる大量の血。何本も折れてしまった骨。傷ついた内臓。

 今のレイジは死に掛けており、指一つ動く力すら残っていなかった。

 そんなレイジの元に近寄る月夜。

 彼女は漆黒の左腕を巨大化させ、上段に掲げた。

 次でトドメを刺す気だ。

 なんとか逃げようとするレイジだが、身体が言う事を聞かない。


(ここまでか)


 レイジが諦めかけたその時、小さな風の球が月夜の頭に当たった。

 だが威力は大したことがなかったのか、月夜は平然としていた。


(あれは風属性魔法〔LV1風玉〕?いったい誰が……)


 レイジは魔法が放たれた方向に視線を向ける。

 直後、レイジの顔が驚愕に染まった。


「嘘…なんで……なんで君がここに……」


 震えた声を口から漏らすレイジ。

 自分の目に映ったものが、彼は信じられなかった。

 レイジの視線の先にいたのは、可愛らしい浴衣姿の幼い少女ーーー覇道神楽耶だった。

 彼女は黄金の瞳で月夜を睨みつけ、叫んだ。


「レイジくんから……離れて~!」

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