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7発目「一夜明けて」

 昨晩の事件はたちまち大ニュースとなり、ローザルム国内を駆け巡った。

 噂によれば、クーデターは成功したのだという。オフィーリア王以下、その血族の安否はいまのところ不明とのことだった。


 私は、椅子に腰掛けているレイナ姫の両肩にそっと手を置いた。こういうときは、人の温もりが欲しくなるものだ。


「大丈夫ですよ。きっと大丈夫」


 こんな気休めしか言えない自分に力不足を覚えつつ、私は肩を落としてうつむくレイナ姫にそっと寄り添う。


 すると、レイナ姫は涙の枯れ切った赤い目で私を見上げた。


「このクーデターは噂の通り、間違いなくライアンの仕業でしょう」


「ライアンって言うと、あの髭の濃いオッサンか」


「はい。元老院議員の中でも一二を争う影響力を持つ、影の権力者です」


 よく新聞に載っているから知っている。

 ライアンは反王党派の筆頭格だ。口には出さないが、常日頃から王の存在を煙たがっていたということだけでも、クーデターの理由としては十分だろう。


 一方、レイナ姫が会うことを目指しているジェームズ公爵は、王党派の中でも若手の貴族で、オフィーリア王が大きな信頼を寄せているそうだ。

 彼なら必ずや身柄を保護してくれるということで、その屋敷を目指しているとのことだった。


「昨日のうちに、ジェームズ公領内に入っておいたのが不幸中の幸いでしたね」


「そうですね。他の領地からまたいでくるとなると、探し回る兵士やら各地の検問やらで大変だったでしょうから」


 いまごろは、ライアン派の兵士たちが各領地を駆け回っていることだろう。王位継承の第一順位を持つレイナ姫の生死は、クーデターの正当性に関わる重要な問題だからだ。


 レイナ姫のことは絶対に殺させやしない。私は固い決意を胸に、レイナ姫を見下ろした。


「おーい、入ってもいいか?」


 部屋の外から声がして、私はドアを開けた。そこには、目の下にくまを作ったクロウが立っていた。


「どうだった?」


「いちおう見張ってたけど、兵士やら密偵やらの(たぐい)は来なかったよ。安心して良さそうだ」


「そっか。ありがとう、クロウ」


「いいってことさ……ふあーあ、眠っ……ちょっと仮眠させてくれ」


 クロウはそう言うと、部屋のベッドに倒れ込んだ。夜な夜な外を見張ってくれていたから、それくらいのご褒美はあげないと可哀想だろう。


「もう少しだけ休んでから出ましょうか」


「そうですね。それがいいと思います」


 突然の事態に一番疲れきっているのはレイナ姫本人だろう。それなのに、気丈にもそのことを表明しないレイナ姫を、私は心の底で密かに尊敬した。


 出発までもう少し時間がありそうなので、私は念のため地図を取り出して、改めて確認した。


 いま泊まっている宿屋は領境に近く、ジェームズ公爵の屋敷までは結構な距離がある。今日一日でそこまでたどり着くのは厳しそうだ。


 鳥馬(レシューネ)が人数分手に入ればもっと早く移動できるが、いまいるこの小さな町でそれは無理だろう。


 そうなると、どこかにもう一泊しなければならない。

 だからと言って、姫様に野宿をさせるわけにはいかない。結局、どこか途中の町や村に泊まるのが賢明なように思われた。


 そんな風に思考を巡らせていると、レイナ姫が横から地図を覗き込んできた。


「セシルさん、ありがとうございます。私のために色々考えてくださっているんですね」


「まあ、移動先くらいは見ておこうかなーと思って」


「私、お城にこもってばかりで、ほとんど外に出たことがないんです。だから、こうして地図で眺めていた場所を実際にこの目で見られるのが嬉しいです」


 レイナ姫は泣き腫らした目を細めて笑った。不幸中の幸いというべきか、周りの景色を気にする程度の余裕はまだあるようだ。


「将来王様になるなら、民草(たみくさ)の暮らしを知っておくのは重要なことだと思います。って、私が言わなくても分かってらっしゃると思いますけど」


「そうですね。私が女王になったら、こんな風に民を苦しめる事態には絶対させません」


 レイナ姫は小さなその手を強く握りしめた。まだ幼いながらに、王たる者の務めをきっちりと理解している。その心構えには脱帽だった。


 そのとき、レイナ姫は突然私の手を両手で握りしめた。


「いつ言おうかと迷っていたのですが、やっぱり言います。セシルさん、私のことは呼び捨てで構いません」


「偽名の方ならともかく、姫様の本名を呼び捨てするわけにはいきませんよ。身分が全然違うんですから」


「それでも、です。旅の仲間として、新人として、私を受け入れてほしいのです。どうかお願いします」


 どうやら私は、年下である彼女に懇願されると弱いらしい。少し逡巡した後、私はこくりとうなずいた。


「分かりました。じゃあ……レイナ」


「はい! それでよろしくお願いします!」


 レイナは嬉しそうに私の手を振るった。彼女が喜んでくれるならこれでもいいか、と私は自分なりに納得した。

読んでいただきありがとうございます。

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