6発目「メアリー・スミスの正体」
宿屋ローランの入口の屋根の下で、私たちはメアリー・スミスを待っていた。外はあいにくの大雨で、私たちはここまで来るのにびしょ濡れ――にはならなかった。
「すごいな、セシルの魔法って」
「そうかなぁ」
黒魔法「ヒュゼム」で自分たちの周囲に風の膜を作り、雨粒に当たるのを避けたのだ。
昔だったら数分足らずで息切れしていた魔法だが、いまでは一時間以上経ってもそのまま疲労感なく使っていられる。あまりに燃費が良すぎて、魔力が無尽蔵であるかのように錯覚してしまいそうだった。
そのとき、クロウがふと指を差した。
「あっ、誰か来た」
よく目を凝らすと、灰色の雨除けフードを被った人物が街道を歩いてくるのが辛うじて見えた。
その人物は私たちに気づくと、真っ先にこちらへ近づいてきた。
「私の話を聞いてくださるのは、貴方たちですね」
その人物は私たちの目の前で立ち止まると、フードを外した。それは、メイド服を着た年端もいかない少女だった。
「あなたがメアリー・スミス?」
「はい、メアリーと呼んでくださって結構です。よろしくお願いいたします」
メアリーはスカートの裾を持ち上げながら丁重に会釈した。見た目の質素さとは裏腹に、その仕草は彼女が高貴な生まれであることを伺わせた。
「早速ですが、依頼の詳しい内容をお教えします」
「これだけ厳重に情報の拡散を防いでいる理由も教えていただけますか?」
「はい。その点については、大変申し訳なかったと思っています。ですが、どうしてもそうする必要があったのです。そのことにつきましても、全てお話しします」
メアリーはそう言うと、目深にフードを被った。そして店内へは入らず、雨の中へ私たちを手招く。歩きながら説明するということだろう。それなら、誰かに聞き耳を立てられる心配がないからだ。
「待って。そこで止まって」
「……?」
「ヒュゼム」
私はゴーレムを倒したときに手に入れた木の杖を手に持つと、三人に対して同時に黒魔法を発動した。風の膜がそれぞれの全身を覆うように包み込み、雨粒を弾く。
「これでよし」
「あの、お疲れになりませんか? こういう持続型の魔法は、維持するだけでも大変だと聞きましたが」
昔だったら迷わず「はい」と答えていただろう。しかし、ブラックなギルドで心身ともに鍛えられたいまの私はひと味違う。
「全然平気です」
「すごい……! よほど手練れの魔道士様なのですね」
「いや、そんなことはないですけど、まあ……えへへ」
私は照れながら笑った。気持ち悪い笑顔になっていないか、ちょっぴり心配だった。
「それでは参りましょう」
メアリーはフードを外すと、改めて雨の中を歩き出した。私たちもそれに続いて、歩を進める。
「まず、私の素性からお話しいたします。すでに勘づかれているかもしれませんが、メアリー・スミスというのは私の本名ではありません」
なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、予想が的中する形となった。
メアリーは大きく深呼吸をすると、衝撃の事実を告げた。
「私はローザルム王国の第一王女、レイナ・エルムス・オフィーリアです」
「えっ?」
私は耳を疑った。道理で見覚えがあると思ったわーって、そんな簡単に受け入れることはできない。
クロウはというと、よほど信じ難かったようで、真顔で瞬きしている。
「貴方たちには、とんでもないことに巻き込んで申し訳ないと思っております。ですが、私は命を狙われる身。なりふり構っている場合ではありませんでした」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの依頼って、つまりそういうことなんですか?」
「はい。貴方がたには私をジェームズ公爵領まで護衛していただきます」
「マジかぁ……」
突拍子もなく激ムズ任務を押し付けられた私は、頭を抱えた。
確かにカイトたちの鼻を明かしてやりたいとは思った。だが、自分のギルドを設立してから最初の任務で、まさか王女様の護衛をすることになるなんて露ほどにも想像していなかった。
「近いうち、必ずや政変が起こります。その前に、私だけでも安全な場所に逃げておきたいのです。そのために、あなたたちの力を貸していただけませんか?」
懇願するレイナ姫の手は寒さに震え、きれいなブロンドの髪は雨に濡れている。憔悴しきったいまの彼女に威厳や気品といったものは欠片もなく、か弱い一人の少女にしか見えなかった。
それに、ここまで首を突っ込んだのだ。このまま見捨てるなんて、出来るわけがない。
クロウに視線を向けると、分かっていると言いたげにこくりとうなずいた。
「分かりました。私たちでよければ、ご協力いたします」
「ありがとうございます!」
レイナ姫はぱあっと明るい表情になり、私の手を握った。まだあどけないその笑顔に、私は少し照れながら握手を返す。
「でも、俺たちなんかで良かったんですか? Sランクのギルドに頼んだ方が良かったと思いますけど」
レイナ姫はクロウに顔を向けると、首を横に振った。
「高ランクの冒険者には、貴族たちとの繋がりを持つ者が多いのです。誰の息がかかっているか分からない者を頼るような危険は冒せませんでした」
なるほど。根無し草の低ランク冒険者なら、そういう政治的なパイプが繋がっていないだろうと踏んだわけだ。
それと護衛に必要な実力を加味すると、Cランクの冒険者であることが条件にピッタリ当てはまったのだろう。
私たちがCランクに昇格してあの依頼書を発見したのは、もはや運命のいたずらとしか言えなかった。
こうして私たちが出会ったその夜、ローザルムの王城は戦火に包まれた。
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