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1発目「クビですか、はいそうですか」

「おい、セシル。お前、今日でもうクビだ」


 戦士カイトはギルド脱退の書面を片手に、冷淡に言い放った。


 私は薄々勘づいていた。新しくギルドに入った白魔道士のメイにお株を取られているってことを。


「お前、無駄が多すぎるんだよ。何度も言ってるけど、なんでレメディしか使わないんだ?」


「だから、ヴァ・レメディやヴァル・レメディを使ったら回復量がオーバーしてしまうって言ってるでしょ。ただのレメディが一番効率よく回復できるの」


「そんな言い訳、通用しねぇよ。ヒール、サボってたんだろ? はっきり言えよ」


 肩を軽くどつかれて、平和主義者な私もさすがに堪忍袋の緒が切れた。これまで数年間、溜まりに溜まっていたストレスがついに爆発したのだ。

 この人とはもうやっていけない。そう確信した。


「ちょっと、カイト! いくらなんでもそんな言い方――」


 制止しようとする武闘家リンナを私は横に押しのけ、『メタルウィング』脱退の書面を受け取った。


 その書面には、ギルドマスターであるカイトのサインを含め、必要事項がすでに記入されていた。私を追い出すために、予め用意していたのだろう。


「あなたの本心は分かった。このギルドからは脱退する。あとは好きにすればいい」


「ああ、そうしてくれ。二度とその面見せんなよ!」


 カイトはおよそ仲間に見せる顔ではない、見下したような侮蔑の表情で私を見送ってくれた。


 リンナは悲しげな表情で私を見つめていた。

 このギルドのメンバーの中で唯一親身にしてくれたことには、感謝してもしきれなかった。だが申し訳ないが、それとこれとは話が別だ。


 新入りのメイはというと、カイトの隣でぐすぐすと泣いていた。それが本心かどうかは分からないが。


 私は入口で一礼すると、『メタルウィング』のギルドハウスを後にした。


 不思議と、後悔や悲嘆や名残惜しい気持ちはなかった。

 これでようやくあの過酷なヒールワークから解放されるという解放感だけが、私を包んでいた。


「ああ、清々した! なにか美味しいものでも買って帰ろう!」


 私は大きく伸びをすると、パンジアの街の坂道をスキップで下っていった。こんなに疲労感なく家に帰れるのは久しぶりだ。


 と、その前に後顧の憂いはなくしておかなければならない。

 帰り際に私は冒険者協会の支部に寄って、手続きを済ませてしまうことにした。


 その施設は酒場と受付を兼ねていて、冒険者たちが昼間から賑やかに酒を飲み交わしている。


「すいません、ちょっとギルドを脱退したいんですけど」


 私が話しかけると、受付スタッフの女性は作り笑顔を潜め、真顔で応対してくれた。そういうわずかな気遣いが、いまの私には温かく感じられる。


「この度はお疲れ様です。脱退の書面はお持ちですか?」


「これでいいんですよね」


 私は素早く自分のサインを書き入れ、スタッフにその書面を提出した。

 スタッフはてきぱきと内容をチェックすると、大きく一度うなずいた。


「これで大丈夫です。脱退の手続きはこれで以上となります」


 数年を過ごしたギルドの割には、なんともあっけない縁の切れ方だった。まあ、変にずるずる引きずるよりはその方が気楽でいいだろう。


 私はスタッフに会釈すると、受付を立ち去った。

 そのとき、横から誰かが声をかけてきて、私はふと立ち止まった。


「そこのピンク髪のお姉さん、ちょっといいかな? 話だけでも聞いてほしいんだけど」


「なんでしょうか」


 声の主は、まだ若そうに見える青年だった。


 短く切り揃えた髪も、くりくりとした瞳も、黒真珠のように真っ黒いのが印象的だった。この地方では比較的珍しい容姿だ。

 さらに目を引くのは、鎧の類を着ていないところだ。冒険者にしては軽装というか、ほぼ普段着だった。


「俺、ギルドを組んでくれるメンバーを探してるんだけど、お姉さんいまちょうどギルド辞めたよね? よかったら一緒にやらない?」


 唐突な提案に、私は面食らった。私が辞めるところを後ろから見ていたなんて、なかなか目ざとい青年だ。


「悪いけど、いまはそういうの興味ないので。他を当たってください」


 せっかくギルドの縛りから解放されたのだ。少しくらい羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。


 しかし、ぞんざいに反応を返す私に青年はなおも食い下がる。


「そこをなんとか考えてくれない? 一度パーティを組むだけでいいからさ」


「どうして私なの?」


「だってお姉さん、かなり魔力あるみたいだからさ」


 青年はあっけらかんと言い放った。


 魔力量を知るためには、専用の魔具で計測するしか方法がないはずだ。

 目視のみで相手の魔力量を言い当てたなんて話、古今東西聞いた試しがない。


 どうせお世辞だろうとは思うが、もし本気で言ったのだとすれば、ただ者ではない。

 私はそんな彼に少しだけ興味を持った。


「分かった。一度だけ一緒に依頼をこなしてあげる。それで満足したら、諦めてくれる?」


「いいよ。その一回で、お姉さんに俺のことを認めさせればいいんでしょ?」


「ええ、出来るものならやってみなさい」


 結構負けず嫌いな私は、売り言葉に買い言葉で青年をじっと見据えた。

 すると、青年は笑顔で手を差し伸べてきた。


「俺、クロウ・ファミリア」


「私はセシル・ハーシェル。よろしくね」


 ギルドを追放された史上最悪の日に、私とクロウはこうして出会った。

読んでいただきありがとうございます。

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