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最狂転生  作者: 弐號
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第六話 狂気

 シャルの構えはヒット&ウェイを重視した軽い構え。ちまちまするのは性に合わないと、前世であればまず使うことなどなかったであろう構えである。相手も魔術師と言えど体術も使用する魔装使い。その構えが軽さ重視であることは一目で看過していた。

「いう割には逃げ腰だな」

「さてどうかのぅ」

 お互いに見つめ合い沈黙が流れる。静かな風が吹き、舞い上がった葉が二人の間を割り地面に落ちる。静かな広場にかすかに聞こえる、その落ちた音が合図となった。

 速度重視のシャルに対し、相手は捌きつつ重い一撃一撃をねじこんでくる。

 一般人から見ればどちらも見えず、一撃で死に至る威力ではあるのだが。

 攻撃の交わる度、少しずつ少しずつシャルの四肢に氷が張り付き、動きを阻害する。

「どうした。武の境地とはこんなものか?」

「カッカッカ。子供相手に殺しきれずどの口が言うか」

 更に攻防は続き、氷はシャルの体を広がり侵した。

 それから数回の攻防ののち、シャルは相手の拳の威力を利用し、後ろへ大きく後退する。

「逃げるのが貴様の言う境地なのか。情けない」

 後退したシャルを威圧するかのように、一歩一歩重く圧し掛かる殺気とともに男が歩を進める。

 踏まれた大地はその姿のまま凍てつき、時を止めていた。

「なに。今のは下調べじゃわい。戦う前に相手のことを知る。それもまた武の一側面よ」

「そうか。それで? 何が分かったというのか」

「そうじゃな。先ずはこれかのぅ」

 シャルが全身に力を込める。ふんっと一息で、四肢に纏わりついていた氷が砕け散る。

 その四肢の一か所。左腕の前腕のみ、軽く肉が抉れ、血が滴っていた。

「この通りじゃ。我は今の攻防の中で貴様に触れる時間を計測した。部位ごとに触れる時間を変えたんじゃ。そして、この出血部位。ここは貴様との接触が通算で最も長かった部位。占めて二秒。それを越えなければ問題ないというわけじゃ」

 シャルの導いた答えはほぼ正解である。男の魔装はその体に触れた物を凍らせるが、人であればその肉まで凍るにはおおよそ二秒掛かる。それを超えればさらに侵食し、深部筋組織や骨までも凍らせてしまう。シャルの言う通り、戦う際は通算二秒以上、それが同じ部位を触れられてはいけないボーダーラインである。

「それが分かったところで無駄だ。私が貴様の体を掴めばどうなるか。なんなら抱きしめてやろうか。そうすればどうなるかわからんでもないだろう。はなから無手の貴様には勝ち目などないのだよ」

 襲い掛かる両の手は、完全に相手を掴む為のそれである。無論、易々と捕まるようなシャルではない。足を、手を、肘を、四肢のすべてを持って極力触れぬよう触れぬように、捌くというよりは弾く様な形で攻撃を逸らしていく。

 しかし、それでも氷は纏わり付いてくる。肉まで届かぬとも動きを制限するにはそれで充分。

 何度も攻撃を弾くも、ついにその時は訪れた。

「取った!!」

 一瞬。時間にして万分の一秒ほど見えた隙。男はその隙を逃さなかった。左右それぞれの手が、シャルの両手を狙ってくる。

 咄嗟に左足で相手の右腕を上層に蹴り飛ばし、左腕は死守するも、右前腕は万力のような力で捕らえられた。

「捕まえたぞ! このまま凍て果てるがよい!」

「馬鹿が。捕まえたのは我の方じゃて」

 捕まえたのは自分のはず。しかし、仮面越しにニヤリと笑うその口元、愉悦の滴る双眸。それらは男の心を凍てつかせた。

 前腕は氷が広がりながらも、捕まるとほぼ同時に、そこを起点として蛇のように男の腕に絡みつく。関節を決め、機微な身体操作により腕一本で相手を跪かせるように崩す。

 これは合気道における、片手取り二教と呼ばれる基本技の一つであり、熟練者によるこの技は、片手で決めたとしても、立ち上がることはおろか、顔を上げることすら難しく、抵抗すればするだけ深く関節が極まる脱出不能な技である。

「極東の田舎技術も捨てたもんじゃないのぅ。いざつこうてみると存外便利じゃわい」

 本来は相手を無傷で捕らえるための技であるが、そんなことはシャルには関係ない。例え真に合気の心を学び、持っている人が見れば非難されるような、合気に背く行為であっても。

 関節を極め、そのまま相手の左手首、肘を同時に破壊した。完全に。

「ぐっ!!」

 破壊された痛みに呻きが漏れる。幸いにも関節を破壊されたことにより、その腕は自由を得る。

 先ほどとは立場が逆転していた。

 大きく後ろへ逃れる男に対し、シャルは一歩一歩、愉悦の表情で男の元へ詰めてゆく。

「さて、貴様から得られるものは最早なさそうじゃわい。終わりにしようかのぅ」

 男の前に立ち行くも、男は後退しない。

 分かっているのだ、背を向けた時、それが命尽きる時であると。

 ならば男の取る手段は一つである。

「分かった。取り引きといこう。その右腕を治してやる。私は治せる者を知っている。既に普通の医者では手遅れだろうがその者であれば完治できる。だからーー」

「腕一本程度で折れたか。弱いのぅ。心が」

 未だ魔装を解かぬ男に、シャルは再度連撃を叩き込む。

 深く触れ無いように、体重をあまり乗せず、軽く速く、それでいて確実に急所へと。

 いくら軽くても急所への攻撃というものは命にも届きうる。それでも男が意識を保ったのも魔装のおかげであろう。

「がっ……」

 前述したが、魔術というものは心が大きなファクターである。これほどのダメージを受け、その痛み、敗北感を重ねられ、男は遂に魔装を維持できなくなってしまった。

「さて、我を弱者と思い出させてくれた礼じゃ。せめて苦しまぬように逝かせてやろう」

「ま、まて。いいのか。腕……」

 既に瀕死でありながらも、生き長らえようと交渉を提示するも、そんなものは無駄である。

「カッカッカ! 死合いの中で命をかけたんじゃ。腕の一本や二本安いものじゃわい。それにさっきも言うたが、貴様には礼をせねばならん。ならば我の腕を破壊した誉れを持っていくと良いわいのぅ。閻魔にでも語って聞かせてやるがよい」

 男はシャルの姿に狂気を見た。武に取り憑かれた狂気を。

「は……はは……」

 死ぬ前に男が残したのは乾いた笑いであった。

「さらば」

 ゴッパァッ。とはじける音が辺り一面響き渡り、草木が静かになびいた。

 右足に残る毛髪、ぶにぶにと柔らかい破片を乱暴に振り落とし、歩を進めるは未だ動かぬ龍の眼前。

「結局動いとったのは最初に現れた時だけかいな。さてさて、このまま帰るのも勿体ない。できれば手合わせしたいもの……」

 巨体を前に、どうするが最善か、動く可能性はあるのか、等々の様々なことを考えるも一向に答えは出ない。

「そういえばあの男が起動がどうとか言うておったな。となると動かすための動力がいるということか? ならこれは何なんじゃ。生物ではないというのか?」

 今は亡き男の言葉が過るも、その答えは自らの手で闇に葬り去った後である。

 現時点でわかることは他にない。考えても仕方ないのであればやってみるしかない。そう考えるのがシャルであった。

「とりあえず叩いてみるかいの」

 龍に手を出せば奇跡的に動くかもしれない。そんな軽い気持ちでいきなり殴りつけた。

 深く腰を落とし、一切の反撃などは考慮しない火力のみに集中した突き。転生前であったならばコンクリートの壁ごときであればウエハースのように粉砕できる。そんな突きを叩き込んだにもかかわらず、拳が龍へ到達することはなかった。

「む!? 硬い!! …………これは魔法障壁か? どうにせよ壊れるまで叩けば良いわ!」

 どんなに硬いものであろうと、何度も何度も衝撃を与え続ければ徐々に脆くなっていく、というが物の通りである。

 連撃に次ぐ連撃、突き、肘、蹴り、膝、貫手、掌底、熊手、踵、中高一本拳、手刀、靠撃、などの持てる限りあらゆる打撃を打ち込み続けた。

 結果、その軍配はシャルに上がる。

 最後の一撃とともに、障壁は跡形もなく消え去った。

「やはりまだまだ肉体が出来上がっておらぬ分、いかんせん打撃力が低いのぅ。煩わしい」

 障壁のなくなった分、一歩龍へと近づくも無反応。予想通りとは言えどこのまま帰る気もない。

「さて本体を叩いてみるか……のぅ!!」

 大きく飛び上がり、龍の頭部に胴廻し回転蹴りが炸裂する。

「のわ!?」

 空中でシャルは急にバランスを崩しそのまま落下する。なぜバランスを崩したのか。その答えは顔を上げた先、先程まで龍の頭があった場所に示されている通りである。

「なんという手ごたえのなさ。脆すぎるではないか!」

 誰しもが経験したことがあるであろう現象。机の上の缶コーヒー、中身が入っていると思い持ち上げると、すでに中は空で存外驚いたりしたことがあるだろう。そういったとき、実際の重さよりも軽く感じるものである。

 今回シャルも同じであった。文献でしか知らぬとは言え強者であろう予感。その無意識が技の威力を決定したにもかかわらず、実際その物体は脆く、武を知らぬ少年少女が戯れただけで綻びそうなものであったのだ。イメージとの落差がこの結果を招いていた。

「はぁ。もうよいわ。これに関しては残念じゃが存外楽しんだ。良しとしよう。それに魔装か、面白いものを知った。この世はまだまだ強者がおるようじゃわい。我も後十年もすれば……カッカッカ!」

 あたりに広がる捲られた広場、飛び散る肉塊、首のない死体。それら全てに背を向け、シャルはその場を後にした。

 丁度そのころ、街の結界が破られた、という事態を重く見た国によって命令され、都市の兵たちは全員が召集を受け、将の元へ集っていた。

「諸君!! この街の結界が破られたということは、他国。獣人族や龍人族と言った者たちの進軍の恐れも大いにある! 気を引き締めて調査を行え! もしも敵がいた場合には速やかに排除せよ!! 行けぇい!!」

 将と見られる男の叫びは、準備を終えあたりに隊をなしていた数百人全員にはっきりと伝わる声量である。

 ざっくりとした指示ではあるものの、緊急を要する事態において、細かな指示を出せばあらゆることに出遅れてしまう。それ故の物であろう。

 指示を受けた兵たちは、逃げ遅れた住民の保護、原因究明、他国の進軍はないか、などの様々な調査を行い始めた。

 この街は人間の国にとって大都市に当たる都市のひとつであり、その為か、この都市の軍事を率いるは、数多の功績を残す名の知れた将の一人である、マーク・デュー・ブラウンという名の男であった。

 指示が出されてから一時間も経たないうちに、将の元へ一つの伝令が入ってきた。

「伝令! 中央広場にて多数の死体、及び龍型魔導兵器と思しき残骸を発見!」

 報告を受け、将の顔つきが少し変わる。自分の聞き間違いではないのか。そんな驚きを隠せない様相の顔であった。

「それは確かか」

「はい! 現在、調査に長けたものが調査中であります。正式な調査班が来るまでは絶対ではないかもしれませんがほぼ確実だとのことです」

「あの兵器が……なぜだ?」

「あの兵器のことをご存じなのですか?」

「そうか、若い者は知らぬか。我々、人族が他国を蹂躙するために造ろうとした兵器だよ。実際は問題点だらけで実働することはなかったがね。もし完成していたのであれば、隣国である獣人族の都市の一つや二つは軽く崩壊させることができたであろう。だが計画は永久凍結、素体も破棄されたと聞いていたが……」

 マークは今回の出来事は他国の侵略であるとばかり思ってはいた。しかし、蓋を開けてみればそこにあるというのは人族が生み出そうとしていた兵器。もしかすると敵は他国だけではないのかもしれない。その考えが頭に浮かぶのも当然であろう。

 だがもし、今人族同士で内戦が始まってしまえば、他国との均衡は崩れ去り、まず人族が侵略を受けるのは間違いないであろう。

(これは想像よりも大きな何かが動いているかもしれん……)

 決して小さくはない憂いがマークの胸中に生まれていた。

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