0話 序章 一足先に転生してるぞ
「が・・・ガチで転生しやがった・・・・」
転生前はゲームでしか見なかったような景色に圧倒され、俺は現実逃避のように、さっきまでの『現実』を思い出す。
───────
────
「はぁ、お前はまた、百点。九十七点で浮ついてた俺が馬鹿みてぇだよ。お前授業中寝てただろうに、一体全体どういうカラクリなんだろうな。ほんとはガリ勉優等生だったり・・・するわけないしな。」
春風すら騒々しい喧噪の教室。四限が終わって早々、前の席の男子が呆れ気味にこぼし、俺はすました顔を保つ。
「点数はまあ・・・なんとなく?」
「はは、そりゃ真似できねえな。これだから感覚派は。」
学校の定期テストで当然のように百点満点を取る奴と、頑張っても九割どまりな奴。俺、風間塩人十七歳は典型的な前者として生まれているようだが、だからこそ分かることだってある。
「テストの点数が高くても別にモテない。・・・そういうカラクリなんだろうさ。」
かのアインシュタインの頭脳をも努力次第で超えられるような人間はそういないが、当然のことながら、天下のアインシュタイン様も完璧超人ではない。こんな紙切れで善し悪しが判別できるとするなら、そいつはただの機械であって人ではないのだ。
俺はそんなことを考えながら、こちら、正確にはこの男子をチラチラとガン見していた女子生徒、端的に言えばこいつの恋人の方を顎で指し、憎たらしい顔を浮かべる。
「なんだよ、人の優劣は点数じゃ決まらないって?けどお前、点数は取った方が嬉しいだろ?」
「・・・お前も相当鋭い方だと思うぜ、俺は。」
いわゆる普通の高校の二年四組、出席番号八番。偉そうな持論を並べてなお内心かなりニヤけていた残念な俺は、この時流れてきた校内放送の特殊な一文から、怠惰で持ち腐れな人生を大きく変えることになる。
〔図書室で水漏れが発生しました。生徒たちは教室で待機してください〕
別に水漏れが発生したところで、生徒が教室に留まる必要はないだろう。だが・・・この学校の図書室に水道はない。
このてきとう極まりない文は、わが校に不審者が侵入したことを告げる合言葉だった。学校に侵入するような奴ならこういう合言葉があるのは知っているだろうが、一回思考の工程を挟んで不審者と生徒両者共々クールダウン、という目的なんだろう。誰が決めたのかは知らないが、俺はこういう少しユーモアの効いた粋な計らいが割と好きだ。
ちなみに放送したのはうちのクラスの担任教師。テストを返した後教室を出て行った、美人で人気な先生である。
・・・さて、俺が少し落ち着いたところで、現実と向き合うとしよう。
(声、抑えてたけどかなり震えてたな)
おそらく訓練の類ではない。多分不審者来ちゃってるぞ、こいつは。
──周りの生徒は気づいていないようだ。流石に伝えた方が良いだろうが、どう伝えればパニックにならない?ちょっとふざけるか?いやしかし、というか今不審者はどこに──
「──────────っ!!」
絡まる俺の思考に割り込むようにして、担任教師が悲鳴とともに教室に飛び込んできた。
穏やかなイメージの先生が大きな悲鳴を上げたことで、教室は即座にパニック状態だ。俺の脳も処理が追い付かず、キャビンアテンダントの大声は皆を落ち着かせるためのものじゃあなかったかなあ、などと意味不明なことを考えている。
・・・そもそも先生はキャビンアテンダントではない。まず俺、次にあの先生を落ち着かせるべきだろう。
「先生安心して!!とりあえずか・・ぎ・・・・を」
俺に言い終わる隙も与えず、教室の扉の方で、ガタイのいい男がピストルを提げて立っている。
「にげないでよォ美人サァン。見た目で人生楽してるんだろォ、そういうの、許せないなアアァァ!!」
──男が怒鳴る。
どうやら先生はこの不審者から逃げてきたようだ。
先生に刃物のような眼光を向けるニット帽の大男は、二秒後にでも人を殺しかねない。
怯える先生と生徒ら。相手は一人とはいえ、この状況だと無事ではすまないだろう。
(何とかしないと・・・!!)
俺は拳を握りしめ、息を大きく吸う───
「あァ?」
??
身体が動かない。
声も出ない。
(・・・そうか。なるほどな)
男と目が合ってはじめて気づいた。皆を守ろうと躍起になっていたはずの俺は、それはもうビビり散らかしていたのだ。
(・・・こいつが、本物の恐怖とかいうやつか。)
魔法でもかけられたかのようにってのは漫画の中だけだと思っていたが、本当に動かない。無意味に力が入った体は、震えることしかしなかった。
崇高な思考に行動が伴わなず、口先だけは達者な小心者。そう、定期テストで満点をキープする天才様は、ここまでしょうもない男だったわけだ。
ほかの生徒の顔は恐怖に染まっている。
「安心しろォ、後でお前らも殺せるだけ殺してやるからよォ」
男は腰を抜かした先生に近づいていく。
距離的に先生の次は自分だろう。
俺、ここで死ぬのか?
ああ、だめだ。ここにきて俺は、目の前で助けを求める人より自分のことを優先している。なんとも空虚な気分だ。もうどうでもよくなってきた。
俺は諦めたように両親の顔を思い浮かべる。・・・悲しむ、だろうな。あの人たちの事だ、そのあと色々考えて、最後には俺のために笑うのだろう。そんなような奴らにに恩返しも出来ず、俺はてきとうに犬死するわけだ。・・・とことん下向きな思考が全身を蝕み、逃げ道を探すように振り向く。
「ッ──!」
視界に映ったのは、自分の恋人を背に庇い、震える拳を握りしめて下唇を噛む、先ほどまで俺と話していた男子生徒だった。あふれ出る恐怖を強引に上書きしたような眼光がギラリと光り、ゆっくりと膝を浮かせていくあいつは、今すぐにでも走り出す覚悟を決めている様子だ。
・・・正直に言えば、あいつは俺より運動神経が悪いし、頭の回転も俺より遅いだろう。そんな奴が今、守りたいものを前に、巨悪に立ち向かおうとしている。
その瞬間、両親のなんでもない言葉が走馬灯のように蘇った。
父が言う。
「お前はいいやつになれ。そうすりゃ俺もお前も笑って死ねるだろ?利害一致ってやつだ。」
母が言う。
「親に気遣ってる暇があんなら、愛しの彼女とデートでもしてくるんだね」
(いや、俺は今まで恋人なんかできたことないけどな。・・・だから、せめて気ィ遣わせてくれ、母さん。)
───俺は教室の隅から男のほうに飛び出した。男はこちらにピストルを向けるが、銃を入手できるような奴が単独で学校に突っ込むなんてことをするのは不自然だし、脅す時もピストルを頼っていない感じだった。間違いなくあれはレプリカだろう。
机を踏み台に飛び上がる。
案の定男はレプリカのピストルから手を離し、ズボンのポケットからナイフを取り出す。その手つきは見事なもので、これが俺にとって最後のチャンスであることを物語っていた。
(別に利害は一致してないけど・・・笑って死んでくれ、親父。)
「ガキがっ!死ねェ!」
「おおおおおおおおらああああああああ!!」
──────!!
男のナイフが、俺の心臓を的確に突き刺す。しかしそれと同時に、俺の蹴りはしっかりと男の顔面にクリーンヒットしていた。
「──かハッ!!」
黒板に頭をぶつけた男が気絶したのを確認しながら、俺はなすすべなく倒れ込む。
(・・・凄く、痛い。)
床の木板の溝から赤黒い血が広がり、アドレナリンは過去最高潮に出ているのだろうが、死を実感する痛みが襲ってくる。
自分の脈拍をここまで気持ち悪いと思ったのは初めてだ。
視界が自らの鮮血で染まっていったのか、それとも目がイカれてしまったのかも分からない。
(多分もう、死ぬ。)
遺言でも残すか。
感謝、それとも謝罪か?いや、ちょっとふざけたくらいが俺にあっている。
俺は仰向けになりあるだけの息を使い叫んだ
「一足先にっっっ転生してるぞおオォォ!!!!」
遠のく意識の中でも、心から笑えたと思う。




