メアリーの絵本-大輪の花-
*ショッキングな結末になっています。
メアリーはお絵かきが得意な女の子です。授業中にノートに落書きをしては、先生に叱られています。授業終わりにお絵かきを皆に自慢して皆はメアリーを褒めます。メアリーは得意げな顔をしました。ただ、ちょっと気がかりだったことはノートの無駄遣いをしていることでした。勉強のために買って貰ったノートもほとんどメアリーの落書き帳になりました。
メアリーは友人のジルに余ったノートはないかと尋ねました。ジルは真面目な生徒でノートもきちんととっていました。授業のことだけならノートの半分も使わないのに、メアリーはすでに三冊も落書き帳にしていました。ジルは驚き呆れつつもメアリーに余ってるノートを差し出しました。
メアリーの絵はよく子供が描く顔だけの絵です。メアリーは人の表情を描くのが得意でまんまるな顔の輪郭にさらさらと髪を付け足すと、喜怒哀楽の表情をした顔をたくさん描いていました。先生やクラスメイト、中には誰?、と聞きたくなる顔もありましたがメアリーは朝、挨拶してくれるおじさんと答える始末です。きっとメアリーが出会った人たちだったのでしょう。
そうこうしている内にメアリーはまたしてもノートを落書き帳にしてしまいました。メアリーは恐る恐るジルにノートをねだりにいきます。だってついさっき渡したばっかでしたからジルも遂には怒ってしまいました。そんなにノートが欲しいなら自分で作ればいいと言います。メアリーはノートは作れるものなのと驚きつつジルにノートの作り方を教わりました。
ジルが言うにはソシエの家が製紙工場をしてしるのでソシエに聞いてみたらと言いました。メアリーはソシエのところに行き、ノートが作れないか聞いてみました。ソシエの話では工場の機械は使えないけど、体験コーナーにある小型機械は使えるかもしれないとのことです。規模は小さくなりますがメアリーが落書きするには十分でした。ただ、条件があって紙の材料は自分で用意することと言われました。紙の材料といえば、植物です。
メアリーが学校から帰ると鞄を家に放り投げて、その足で裏山にいきました。紙の材料となると木材ですが、それは大型の機械で作るそうで、小型の機械は柔らかい植物のほうがいいらしいです。メアリーは手当たりしだい葉っぱを千切ってはあーでもないこーでもないと言いながら捨てていきました。そして、ふと手にとまったのは不思議な葉っぱでした。たくさんの蔓で生い茂っていましたが、先には大輪の花が咲いています。そして花の香りを嗅ぐと不思議な感覚になりました。メアリーはノートにするならこの植物しかないと思い、その植物をソシエのところに持っていきました。
ソシエもその植物をみたことがなかったようです。まあ小型の機械ならこれでも作れるでしょうと言い、紙を作る作業を始めました。メアリーは紙ができる間、せっかくノートを作るのだからお絵かきだけじゃ勿体ないと思い、物語の内容を考えていました。顔のお絵かきに文字を添えて物語にしようとストーリーを創り始めたのです。
ソシエは完成した紙を学校に持ってきました。見開き十ページの紙束でしたが、メアリーが落書きするには十分です。ソシエはメアリーに紙を渡す直前、どこで採った植物だったのか聞きました。ソシエも紙を作るときに不思議な感覚に襲われたからです。メアリーはせっかく手に入れた紙でしたから詳しいことは話しませんでした。
メアリーは相も変わらず授業中に落書きしていました。ですが、今度はちゃんとした本の形をしていました。絵を描いて隣には字を添えて物語にしました。メアリーが授業中に本を完成させると、案の定、先生に見つかって叱られました。先生はメアリーの本をとりあげると一体どんなお話なんだと言い本を読み始めました。一ページ、また一ページとページをめくっていくと先生の様子はしだいにおかしくなり、とうとう涙目になってメアリーに本を返しました。先生は何も言わずに授業は終わりました。メアリーはそんなに感動できる物語だったんだと思いました。
授業が終わるとメアリーのもとに皆が集まってきます。当然、先生がメアリーを叱ったことはクラスのみんな知っていましたから本の内容がどんなものか皆興味津々です。メアリーは読み聞かせるように皆に本の内容を話しはじめます。
一ページ目、それは貧しい少女のお話です。少女は海をみたことがありません。いつか海をみてみたいと思う少女の物語でした。二ページ目、それはどこかのお姫様のお話です。お城から出られないお姫様はいつか空を飛んでみたいと思うお話でした。三ページ目、それは靴磨きをする少年のお話です。病気の母のために一生懸命働くお話でした。四ページ目、それは花畑を作るお婆さんのお話です。何もない大地を花畑にするお話でした。五ページ目、それは渡り鳥のお話です。世界中を旅する鳥さんのお話でした。六ページ目、雲のお話です。ただ空に浮かび続けている雲がどんなことを考えてるのかが書かれていました。七ページ目、水のお話です。水は雲になって雨になって川になって海になるお話でした。八ページ目、植物のお話です。雨が降って植物がぐんぐん成長するお話でした。九ページ目、どこかの少女のお話です。少女は見ず知らずの内に過ちを犯してしまうお話です。十ページ目、どこかの少女のお話です。罪を犯した少女は大切なものと一緒に焼かれてしまうお話でした。
メアリーが語り終えると、クラスの皆は涙ぐんで一言も喋りませんでした。皆は黙ったまま帰り支度をするとぞろぞろと帰っていきます。メアリーは感想くら言いなさいよと言いましたが誰も反応しません。
次の日の朝、メアリーが学校へいくと誰も来ていませんでした。待っても待っても誰もこず、もしかして今日は休みだったのかと思って職員室に行きました。職員室にはまばらに先生たちはいましたが担任の先生はいませんでした。メアリーが先生に尋ねると誰からも連絡は来ていないし今日は休みではないと言います。教室で待ってるように言われましたがメアリーが学校を抜け出してソシエの家に行きました。
ソシエの家に着いたものの家の中からは物音ひとつしませんでした。メアリーは裏手に回ってみると庭の椅子に座っているソシエを見つけました。メアリーはソシエに声をかけますが反応がありません。ゆっくりと近づいてみると小さく呟いているのが聞こえました。いつになったら空を飛べるのかしら、と。メアリーははじめ寝ぼけているのだと思ってソシエの肩を掴み揺らしました。それでもソシエはまだ呟いています。学校にいこうと声をかけましたが、このお城からはでられないと言います。お城なんてどこにあるのかと言いましたが聞く耳を持ちません。
メアリーは諦めて他のクラスメイトのところに行こうと町中を歩き回りました。すると、商店街の路地のところでジルを見つけました。メアリーはおそるおそる声をかけるといらっしゃいとジルは言いました。いらっしゃい? メアリーは疑問に思いジルに何屋さんなのか聞いてみました。ジルが言うにはここは靴磨き屋さんらしいです。確かジルは裕福な家庭なはずで将来の夢は弁護士だったはずです。なんでこんなところで靴磨きなんてしてるのと聞いてみると、ジルはお母さんが病気なんだ、と言います。メアリーはあれ? と思いましたがとりあえず靴を磨いてもらいました。磨いてもらってる間、空を見上げると渡り鳥が数羽飛んでいきました。この季節には珍しい光景でした。
ジルもソシエも駄目。メアリーは途方にくれ町中をとぼとぼと歩いていました。すると、見知った後ろ姿の人を見つけました。メアリーの予想では担任の先生でしたが、声をかけて振り向いた人は、もうすっかりしわくちゃのお婆さんでした。メアリーは人違いだと思い頭を下げ、その場を後にしました。後になって気づいたのですが、その老婆はお花屋さんで花の種を買っていたようです。
メアリーは不思議に思いつつもとりあえず学校へ帰ってきました。メアリーが教室に入ると今朝と違って何やら教室中が濡れていました。まるで、豪雨の中、窓を開けっ放しにしていたようです。メアリーは自分の鞄の中を確認しました。絵本は濡れていなく大丈夫そうです。メアリーはハッとして絵本をめくりました。ソシエのお姫様、ジルの靴磨き、現実のことが絵本に描いてあることと同じだったのです。メアリーは一ページ、一ページとめくっていくと、あの植物の香りが匂ってきます。そして、九ページ目、少女は見ず知らずのうちに過ちを犯す、十ページ目、罪を犯した少女は大切なものと一緒に焼かれてしまう。メアリーは気付きました。絵本のことは現実になっていて、九ページ目と十ページ目の少女が自分自身じゃないかと思いました。
メアリーは怖くなって教室から出ようとすると、今朝会話した先生が立っていました。メアリーが居なくなったことを知った先生はずっとメアリーを探していたのです。先生は教室がびしょ濡れなことをメアリーのせいにしました。だって教室にはメアリーしか居ませんでしたから。メアリーは濡れ衣を晴らそうと絵本のことを言います。でも、メアリーは絵本を読ませちゃいけないと思い、口をつぐって何も言わないようにしました。それが逆に怪しいと思った先生はメアリーの絵本を強引に奪い取ると学校に関係のないものだから処分すると言います。
先生は学校のゴミ置き場にある焼却炉にメアリーの絵本を放りこみました。メアリーは必死に抵抗し訴えますが聞く耳をもちません。焼却炉に火が付く前に絵本を回収しようとメアリーは焼却炉に飛び込みました。と、同時に焼却炉の火が付きメアリーも絵本も業火の中に消えてしまいました。
焼却炉の煙突からはもくもくと大きな煙があがり、不思議な香りをしています。その煙はだんだんと大きくなり町中を覆う大きな雲になりました。雲は町中を暗くしポツポツと雨が降り始めました。その雨もまた不思議な香りをしていました。ニョキニョキと何かの蔓が生えてきて、町中は蔓まみれになりました。その蔓の先にはつぼみがありゆっくりといい匂いを放ちながら開きました。
そして、凛として美しく大輪の花が咲きました。この花は人に幻覚をみせ、人を養分とする花だったのです。