勇者の伝承
土にまみれた、少しボロくて危ない階段をソフィさんに続いて下っていく。塔ってだけあって、螺旋状の階段がまあまあ長く続く。
「それにしてもまさか、ルナちゃんが勇者と知り合いだなんて思わなかったわ。すごいわね。」
視線は前に向けたまま、でもよく通る声出ソフィさんが言う。
「……ねえ、それなんだけどさ………」
「?」
「前に他の人からきいた……世界統括団体は『勇者による魔王討伐』をよく思ってないって。ソフィさんもやっぱりそうなの?」
「えっ?………ルナちゃんったら、何言ってるのよ……ふふ。」
ソフィさんは少し驚いたあと、何故か笑いながら続ける。
「あんなの、団体の中でも頭の固いおじいちゃん連中が言ってるだけよ。そりゃあ一部若い人でもそれに賛同してる人はいるけど、大半の人はそんなこと考えてもいないわ。もちろん私もよ。別に勇者が魔王討伐したって、その後独裁者になんてなりっこないわ。シオン君達なら尚更よ。ルナちゃんもそう思うでしょ?」
「あ、そうなんだ……よかったぁ………うん、わたしも平気だと信じてるよ。」
なんだなんだ、そうなんだ。じゃあ何も心配することはなかった。
「ね、信じましょう。………でも、世界統括団体はその頭の固いおじいちゃん連中がトップなわけだから、その人たちがそう言ってるってことは…………ちょっと厄介なのも事実よね。組織の考えが全体的に古いのよ、古すぎるわ。」
「そうなの?」
「そうよ、私自分で言うのもなんだけれど、結構頑張ってるし、能力だってあると思うわ。でも、今の役職……下から数えた方が断然早いくらいなんだけど、それより上はダメって言うのよ。与えられないって。どうしてかわかる?」
「うーん………わかんない………」
能力があるって言うのは多分、自惚れとかじゃなくて本当だと思うし、戦闘的な意味でもかなり頼りになる。それに人としても問題ないいい人だし、(関係ないけど)貴族だし、何がダメ?
「………『若いから』と『女だから』よ。ほんとバカの集まりよ。」
「うわ」
それは………。
「トップのおじいちゃん連中もみーんな、長くいる男の人ってだけよ。能力で言ったら全然よ。そのくせ口だけは……なんて、ルナちゃんに言っても仕方ないわよね。……あ、そろそろ広いフロアに出そうだわ!」
無理やり話を切り上げるようにして、ソフィさんは階段をかけおり、奥の部屋に入っていった。大人って大変そう。
広い部屋に入ると、壁一面になにかが描かれている。
「これが……?」
「勇者の伝承……ね。」
ソフィさんは壁を近くで眺めながら呟く。
「どうしてこんな砂漠の塔に勇者の伝承なんてあるのかな?」
「かつてこの世界が魔王に支配されそうになったことがあったらしいけれど、その時も今みたいに勇者が現れて、世界を守ったそうよ。そして、その時代の人達はもしまた魔王が現れた時にのために……ではなく、単にその時の勇者と魔王の戦いを英雄譚として語り継ぐために記録を残したらしいの。」
「ふーん……」
せっかくならなにかヒントになるものでも残してくれればいいのに、英雄譚として残すなんて、昔の人もそういうの好きなんだ。
「話によるとこの塔元々は特に用途もなく、ただ建っていただけだった……だからこうして伝承を残すことに使ったらしいわ。ちょっと読みといてみるから、待っててね。」
読みといてみる、その言葉の通り、描かれている壁画の文字は見たことも無い変な文字。古代文字とか、そういうのだと思う多分。絵の方も、なんかよくわかんないからきっと説明文とか書いてあるんだと思う。
確かにわたしじゃ読めないから、それはソフィさんに任せて、わたしは広い部屋の中を適当に歩いてみる。
「んー……」
元々ここは塔の中では最上階付近だったみたいだから、まだまだ下に続く階段がある。……けど、砂に埋まっていてこれより下には行けそうにない。大昔に作られたものって言う割には、階段以外は割と綺麗で、床とかも抜けたりしていなくて危ないところもない。なんか不思議な場所。
「………あれ?」
ここ、砂だか洞窟のなかに沈んだ塔……だよね。なのに………なんで明るいんだろ?ソフィさんもあかりになるものは持ってないし、部屋の中にも光源はないし……当然太陽の光も届かない。なのに壁画ははっきり見えるし、部屋の端から端まではっきり見透せる。なんで………
「ルナちゃん、こっち来て〜」
「あ、うん」
もう読み終わったのかな?ソフィさんに呼ばれて、壁画の傍に行く。
「一通り確認してみたけど、本当に……なんていうか、有益な情報とかはなくて……単なる英雄譚だったわ。少しは期待してたのだけど………」
露骨に肩を落として、ガッカリしながら言う。
「そもそも、なんで勇者の伝承の調査なんてしてたんですか?」
「それはもちろん、現代の勇者の助けになることが何かあれば……ってところよ。上の人達に行っても理解は得られないだろうから、表向きには砂漠の調査ってしてるけど。まあ結局、何も得られそうにないわね………。」
「ねえ、せっかくだしどんなことが書いてあったか教えてよ。」
諦めてもう帰ろうとしているソフィさんを引き止め、頼んでみる。
「……それもそうね。単なる英雄譚と言っても、ルナちゃんがそれに対してどんな感想を持つかも気になるし。」
そして、壁画の前に立ち、描かれている絵を指さしながら喋り始める。
――――――――――――――――――
「まずは始まり。平和な世界に魔王が現れたの。この時代の世界はまだ国や地域の概念も大雑把で、統治する団体がなくても何となく争いもなく存在していたらしいわ。でも、ある日どこからか……『魔界』と呼ばれる異世界から出現した魔王のせいで、その平和は崩れた。」
「……質問。」
「なにかしら?」
「その時代って、大昔なんだよね?世界統括団体が出来たり、女神が信仰されるより昔なの?」
たしか、女神の伝承で『聖地』とされる場所に世界統括団体の本部ができたって話だから、そのふたつの出来事は割と近い時期なはず。
「根拠はないけど、それよりももっと昔なはずよ。世界統括団体の方が先に出来ていたら、本部にその情報があるはずだし……」
「そっか。」
「……で、続きね。魔王が現れたあとの世界は今よりもっと、とんでもない速さで闇に包まれたらしいわ。今はまだ北の地域の一部と、世界中の点々とした箇所だけ……でも、その時の魔王は容赦なく、凄まじい速さで支配を進めた……人々は打つ手なく、諦めた……その時。」
「勇者誕生!」
「そうね。ある日、どこかの村の若者がまさに『覚醒』して、すごい力を手にした。血筋や運命、そんなものはないわ。ただの偶然、でもそれは希望。人々は闇を打ち払う力をもった勇者に全てを託した。そして、彼はそれに答えようと旅に出た。」
ソフィさんが指さす壁画をよく見ると、確かになんとなくだけど、剣と盾をもった人っぽいものが描かれている。これが勇者かな。
「勇者は旅の途中、立ち寄ったどこかの集落で『大賢者』と出会った。旅には同行しなかったけれど、その大賢者は勇者に知恵と力を託した。そして大賢者は、魔王が滅びた後に『希望を託した』と言って障害を終えた……とも言われているわ。」
………もしかして、それってメルリアの………
たしかに、壁画には髭を生やした変な形の人間が描かれている。これかな?
「そして旅の中で………ここはちょっとかすれてて読めないのよね。だから飛ばして………勇者は『勇者の剣』を手に、単身で魔王の本拠地に攻め込んだのよ。……まあこの辺り、『なんで単身で乗り込んだのにその過程の伝承が残せるのか』なんて突っ込んだらダメよ。あくまでこれは英雄譚……盛ってるわけだから。それに、『勇者の剣』がどんなものかもわからないわ。シオン君のものと同一……なんてことはありえないわよね。」
「いままさに言おうと思った…」
勇者の剣……そういえば、どうなんだろ?誰がいつ作った?シオンも『手に入れた』としか言ってなかったけど…………。
「とにかく……単身で乗り込んだ勇者は、その聖なる剣で魔王の配下や、尖兵を倒していき、多くの罠を乗り越えて遂に魔王のいる玉座にたどり着いたわ。……壁画でいうとこれね。」
その壁画は、向かい合う魔王らしき禍々しい何かと、人らしきもの。たしかに人の絵なんだけど、旅立ちの勇者と比べると、随分大きく、強そうに書かれている。
「この絵もどこまで事実に基づいてるか知らないけれど、これを信じるなら、当時の勇者はかなり巨大な男だったのね………シオン君とは全然違うわね。」
「まあ流石に盛ってるでしょ……」
こんなの、武器なくても素手で殴ってるだけでどんなモンスターにも勝っちゃいそうじゃん。
「………そして、魔王と対峙した勇者は剣術も魔法も、ありとあらゆるその力を全てかけ、その果てに……見事に討ち滅ぼすことに成功したわ。でも、その代償は大きく、人々の元に帰ってきた頃にはその体はもう限界だった。勇者は後の世界の平和を祈り、多くの人に見守れたなかで安らかな死を迎えた………。」
「なるほど………結局、死んじゃったんだ。」
「そうね………すこしかわいそうね。」
すこし寂しそうなソフィさん。でも、その気持ちは分かる。
「望まない力に目覚めて、勇者として世界を旅して……その果てに、みんなから感謝こそされても…死んじゃうんだ。ホントはもっと違う生き方もあったかもしれないのに………。」
「……でも、同じことは繰り返さないようにしないといけないわね。当代の勇者であるシオン君には仲間もいるし、私達世界統括団体だって、上から何か言われても、できる限りでは協力するわよ。だから絶対、悲しい結末にはさせないわ………!」
「うん!わたしも手伝う!だからそのために…………」
「そのために?」
……あれ、これは言っても平気なのかな?伝承にも書いてなかった、神器のこと……いや、わかんない。念の為、まだ言わないでおこうかな………一応ね。
「ううん、なんでもない。……そろそろ戻る?」
「そうね、村長さんに会いに行かないと。」
ソフィさんに続いて、階段を上がる。……かつての勇者、一体どんな気持ちで戦ったんだろ?もし話を聞けたら、なんて言うんだろ。なんてね。
「……忘れるところだったわ。」
階段を登りだしたところで、ソフィさんが言う。
「なに?」
「伝承の最後。『死後の勇者、………にある城、ミストコーストに眠る』……場所が読めない上に、お城の名前も聞いたことないからよくわからないけど、ここに行けばまたなにかわかる事があるかもしれないわね。」
「ふーん……」
まあその頃にはもうわたしは同行してないだろうし、どーでもいいや。




