持たざる者
「疲れたね」
草原地帯に戻り、しばらく歩く。暇だからレヴィに話しかけてみる。
「いや、まだ1時間も歩いてない……」
「でも疲れたし……」
「なに?もう休むつもり?」
「あ、そうだ!ねえ、少しなら竜化できるんだよね?」
「ああ……それはそうだけど……それがどうなに?」
「じゃあさ!背中載せてよ!それで飛べば早いじゃん!少しの時間でもそれなら速いでしょ?」
わたしの期待を込めた態度とは裏腹に、レヴィは静かに答える。
「それは無理。ボクの竜化は翼竜じゃあない。ボクがなれるのは海に適した竜……あえて言うならバハムートのようなものだ。」
「ん?バハムートってめちゃくちゃ強い、空も飛べるドラゴンじゃないの?」
「ああ……原種の人達はそういう認識なんだね。……違うよ。本来のバハムートは限りなく魚に近い竜……。翼もないし、火も吐けない。海底で激しく暴れ回ることくらいしか出来ないよ。……地震はバハムートが暴れたせいだなんて言われてた時代もあった。」
「へぇ〜…なまずみたい。」
「……………なんでもいいさ。」
「じゃあもし海を渡る時があったらお願いしよっかな。それならいいでしょ?」
「残念ながら、それも叶わない。ボクは泳げない……それは竜化しても変わらない」
………あれ、この人もしかしてわたしよりポンコツかも。
「バハムートかぁ……みんながみんな翼竜になれるわけじゃないんだね。」
「普通はみんな翼竜さ。でもボクは……純血じゃない。母親は魚人種だった……きっとそのせいだ。」
「え、ちょ………」
レヴィは特に立ち止まりもせず、サラッと言う。わたしも休みたいなんて考えはどこかに飛んでいってた。
「だから、産まれた瞬間……いや、この世に産まれる前からきっとボクは間違っていた………竜人とも魚人とも違う、誰とも違う者……それがボクだ。」
「か、かっこいい!」
「え?」
「混血なんだ!すごいっ!だって、逆に言えば魚人と竜人、両方の力があるんでしょ!?バハムートになれるのもレヴィだけなら、それって凄いじゃん!えー、いいなぁ〜……わたしも実はパパかママが竜人だったりしないのかな…。あ、でもレヴィ泳げないのか……うーん……」
「……すごいな、君は。」
「んえ?」
いきなり褒められた、なに?
「その底抜けの明るさ、ポジティブさ……自分に対する大きな自信、他者に対する優しさと受け入れる力……ボクには全てが足りていなかった。」
「えいきなり何…?」
「君は勇者君……シオン君の話しをする時も、1度たりとも彼らに対する悪態をつかなかった。可愛らしい文句はあったけど、恨みや怒り、それを超えた感情なんかは全くなかった……。すごいよ、君は。」
「うーん……だって別に、そんな風には思わないし。確かに追放されたし、わたしがいなくて成り立ってるのはなんか色々思うけど……それをネガティブに考えても何も変わらないし、シオン達は勇者なんだからしょうがないよ。アルト君はちょっとムカッとしなくもなかったけど、ルルちゃんは街であっても変わらず接してくれたし、きっとみんな『わたしのことが嫌い』じゃないと思うし!」
「ふ……そうか。」
と、その時平原に転がっていた大きな岩の影から誰か飛び出てきた。
「?」
「おっと……」
飛び出してきたのは、『見るからに』な感じの野蛮そうな男2人。2人とも棍棒を持っている。
「な、なに……?」
「おいおい、知らねぇのかぁ?」
向かって右側に居る、トゲトゲした帽子をかぶった男がいう。
「……何の話だかさっぱり分からない。」
冷たく返すレヴィに対して、もう1人の……左側にいた、太った男が答える。
「ここを通るんなら……わかってるよなぁ?さあさあ!早くしやがれ!」
棍棒を地面にたたきつけて、大きい声で脅してくる。
「………?何の話?」
「さぁ?ボクには原種の文化はよく分からないから。」
「あぁん!?バカにしてんのか!?金だよ、金!金置いてけって言ってんだよ!」
今度は帽子の方が声を上げる。金、お金……。
「あ、お金……ないや。全部使っちゃった。」
「ボクも持ってない。キーヴル達と暮らすには不要なものだった。」
と、わたし達は至って真面目に答えたのに、どうやらその答えは向こうのふたりには『煽り』にきこえたらしい。
「……おーおーそうかそうか、そっちがその気なら……」
「容赦なくやってやるからな!覚悟しやがれ!」
2人は一気にこちらに向かってくる。
「え、どうするの?」
「……仕方ない。本意ではないけどボクの竜化を見せてあげよう。」
レヴィはわたしに下がるように言い、大声で叫んだ。
「我が体を流れる異なる源流を持つ血よ……真なる姿へボクを導け!」
すると、レヴィの体は光に包まれる……けど、どうするの?レヴィの言うバハムートは水のドラゴン……こんな、川すら無い平原で何をするつもり?
「うおっ!?何しやがったこいつ!?」
「馬鹿でけぇぞ!?や、やめろ……!」
変身したレヴィは、見事に野盗2人を退けた。その巨体に吹き飛ばされた2人は、どっかに飛んで行った。冗談みたいに飛んで行ったけど、死んでないかな?
「それにしても………そうやってやるんだね……」
レヴィの竜化の姿…バハムートは確かにわたしが知っているバハムートとは違った。魚……とも少し違う。なにこれ?とりあえず、でかい魚と竜の中間みたいな変な生き物。
当然地上じゃまともに動けない……けど、そこは魚と同じ。その巨体でじたばた暴れ回れば人間2人なんて軽く吹き飛ぶ。こりゃあ地震の原因って言われてたのもわかる気がする……。
「それにしても……」
クールでかっこよく振舞ってたレヴィが今こうして、意味のわからない生き物になって地面でじたばたしてるのは結構面白い。これ記憶とか感覚とかどうなってるのかな?
「……あ、戻った。」
しばらく眺めていると、レヴィは人間の姿に戻った。
「ありがと!助かった!!」
「やっぱりボクも着いてきて正解だったね。君一人だったら………っと、なれないことをしたから少し怪我が……」
レヴィの背中を見ると、大きく開いている部分に少しかすり傷がある。小さいけど、こういうの地味に痛いよね。
「あ、わたしが治す!回復できるからね。……えいっ。」
「助かるよ………………………」
「………………………」
「………………まだ?」
「え、結構頑張ってやってるけど……。」
「えっ」
「え?」
レヴィは困惑してわたしを見つめてくる。
「言ったじゃん……わたしが追放された理由。これだよ、これ。」
「ああ、いや……それはそうなんだけど………。君は優しいから、シオン君達を擁護する意味でも自分を低く評価していると思っていたんだ…………けどこれは。」
「…………よし、おわり!どう?」
外見上は傷は消えていえ、治ったように見える。
「そうだね、痛みはひいた………。原種の人は本当に…………いや、いいか。」
「?」
「よし、先を急ごう。先回りするんでしょ?」
「うん!」
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「やったぁ!着いた!」
平原が終わり、森になる境目。スフィアの森はとても広いから適当な場所から入ると……一生出てこれないなんて話もある。だから、今いるこの場所は看板もたっている、ちゃんとした入口。
「疲れたという割には随分と早いペースで歩いてたけど。……ところで、森にある魔法使いの里の場所はわかってるのかい?」
「え、知らないけど……。」
「………前途多難にも程がある。」
「ま、大丈夫でしょ。迷うわけないし!迷っても来た道戻れば平気だよ!」