その身に背負いし業
「っ!」
転んだ。いつかやると思った。体を起こす前に後ろを振り返ると、もうすぐそこに大きい方のキーヴルが迫ってきていた。
「あ……」
キーヴルが大きく口を開く…つい目をつぶってしまう。もうダメだ、終わった………と思ったけど、とくにわたしの体には何も変化が起きない。噛みつかれるわけでもなく、炎で焼かれる訳でもない。不思議に思い目を開けると……
「……だれ?」
わたしとキーヴルの間には、スカート状になっている薄い鎧を着た、綺麗な長い、水色の髪の少女が立っていた。
「……やめなよ。」
少女がポツリとそう呟くと、キーヴルは大人しく巣の方に帰っていった。
「えっと……ありがと……?」
すると、少女はこちらを振り向き、サファイアのように綺麗な瞳でわたしを見て言う。
「着いてきて。」
「あ、うん……」
断ることも出来ず、わたしはただついて行くことしか出来なかった。さすがに今度は平気………根拠の無い自信があった。
「ここでいいや。座って。」
連れてこられたのはまたしてもどこかの洞窟の中。でも、モンスターのすって感じじゃなくて、人の生活を感じる場所。岩でできた椅子とテーブルがあり、とりあえずわたしはそこに座る。
「こんな夜中に、どこから……なんのためにこの辺りに来たの?」
水色の髪の少女は、椅子には座らず洞窟の壁にもたれかかって喋る。
燭台の火のおかげで中は明るくて、少女の姿が改めてよく見える。歳は少し上かな?
着ている鎧はルルちゃんが着ていたようなものとは少し違って、鱗?みたいな変な素材が使われているように感じる。それに、全身を包む訳じゃなくて、短めのスカート状で足は守れてないし、チラって見えた背中も大きく開いていた。一応グリーブらしきものも履いてるけど、短いしなぁ。
「……無視?」
「あ、ごめん……きいてるきいてる。あ、そうだ。その前に名前教えてよ。ね!わたしはルナだよ。」
「名前?………ボクは『レヴィ』。これでいいかな?」
レヴィは腕を組んでつまらなさそうに答える。
「うん、ありがと!……で、なんだっけ??」
「だから………なんの用があってこんな真夜中にこんな危険な場所をうろついてたの?昼間でも危ないのに、わざわざ夜中に来るなんて相当な理由があるか、それともただのアホなのか……」
「キーヴルについて来たらいつの間にか居た……そうなの、きいてよ!キーヴルに騙された!」
「後者………か。原種の人間ごときがキーヴルの知能に勝てるわけないじゃん。そんなこともわからない?」
「……原種ってなに?」
レヴィはため息をついて、わたしの方を少し睨む。
「そうか……知らないんだった。ただそうなるとこれは話すべきじゃないかな……いいや、忘れて。」
「え、無理。中途半端に言われたら気になるよ!教えて〜!ねえねえ、教えて!」
「…………まあいいか。じゃあよく聞いて。これから話すことは多分君……というか、原種の人たちは基本的にみんな知らないことだと思う。だから、とりあえず話終わるまでは黙って聞いてて。いい? 」
――――――――――――――
「さて、じゃあはじめるよ。」
レヴィも椅子に座り、じっくりと話す体勢になる。
「この世界には大まかにいうと『人間』に分類されるものの中にも6つの種族がいる。君たちみたいな1番数が多い、特にこれといって特徴のないタイプは原種ってこと。」
「えっ!初めて知った!」
「………だまってきいて。」
「そ、そうだった……ごめん。」
レヴィは特に苛立ちは感じさせずに続ける。
「それ以外には、天高い山にだけ住む……いや、住むことが出来る身長の高い一族『天人種』、逆に地底を始めとした場所………海抜より低くて、なおかつ陽の光が届かない場所に暮らす体の小さい『地人種』、深い海の底に住むことが出来る、陸でも水中でも呼吸の出来る『魚人種』、モンスターと原種の混血でのみ産まれるとされる業の深い一族……『魔人種』……。」
レヴィは一旦そこで言葉を区切り、ゆっくりと続ける。
「最後。『竜人種』……これはその名の通り竜の力を宿す人間のこと。普段は鱗が付いてるだけの人型だけど、力を解放すれば竜の姿を得ることが出来、天を翔ける……。」
「し、質問してもいい……?」
「いいよ、なに?」
「どうしてわたし達……『原種』はそれを知らないの?知っちゃいけないなにかがあるの?」
「話してもいいけど……今はやめておく。だって君、もうこの話飽きてきたでしょ?なんとなくだけど、そんな感じがする。」
「うっ……どうしてそれを……っ!」
「……すごい眠そうだから。」
レヴィは薄く笑いながら呟く。笑った顔、初めて見る。
「えへへ……」
「続きは明日話すから、寝なよ。そこあるベッド使っていいからさ。」
レヴィが指さす方には藁?出できたベッドがある。近くに行って触ってみると意外といい感じ。
「やったあ!ありがと!おやすみ〜……」
「……別にいいけど、遠慮ってものを知らないね君は……それに、酷く無防備だ。見ず知らずのものの前でそこまで直ぐに眠るとは…」
―――――――――――――――
「うわぁよく寝た!」
「やっと起きたか……」
「ん?」
「外を見れば分かる。太陽は既に最高点を過ぎている………よくここまで眠れるな……。」
「おはよー!」
「………………続きを始めようか。」
「どうして原種が他の種族を知らないか……それはかつて、時の王がそれら一切の情報を封じたからだよ。以降は表に情報が出ることも無く、また住む場所が特殊であるが故に偶発的に出会うこともなかった………それだけ。」
「なんで封じたんだろ?」
「原種の人間は『自分と違うこと』を過度に恐れる……からだろうか?ボクもそれはわからない。それだけさ。」
『自分と違うこと』………か。よくわかんないや。
「まあ、無理に接触して差別的に扱われるなら今のままでいい……そう考える竜人は多いよ。だから………」
「あれ?レヴィは竜人なの?」
「隠しても仕方ないか。そうだよ、ボクは竜人だ。」
「んー?」
「………なんの真似だ」
レヴィの顔、背中、足……近くで眺めてみても鱗のようなものはどこにもないよ。話が違くないかな?
「『違うこと』を過度に恐れたのは竜人も同じだったのさ。ボクは何の因果かかこんな体で生まれた……これじゃあ原種と変わらない。だから里のみんなはボクを恐れ、『追放』したのさ。せめてってことで、こんな鱗のような鎧なんて着てるけど、なんの気休めにもならない。」
「…………」
「それにもう1つ。悪いことに悪いことは重なる。竜人の雌はみな、竜の体でいることが基本とされ、雄は人の体であることが基本とされる。種の繁栄にはそれが適切…らしい。でも、ダメなんだ。ボクは雌として生まれたのに、竜の姿を長く保てない………。」
レヴィはどんどん声を大きくして喋る。俯いていて顔は見えないけど、何となく想像できる。
「あ、だからもしかして男の人っぽい喋り方してるの?鎧と同じで……」
「これも気休めに過ぎないけどね。鱗のような鎧を着て男の人のような喋り方や振る舞いをする……そんなことしたって里のみんなはボクに鱗がないことも、竜化が苦手な女だってことも知っている。だから……『追放』された。」
喋り方こだわる割には、スカートみたいなな鎧だし、髪の毛は長くて綺麗だし、よく見るとまつ毛も長い。どう見ても女の人だよ!
「竜人の人たちってどこに住んでるの?」
「それは………言えない。でも、普通じゃ絶対に行けない場所……かな。ボクはもうそこには戻れないから、ここでキーヴル達とひっそりと暮らしている。ここなら誰も人は来ない………アホ以外はね。」
でも、その言い方には棘はなく、むしろ笑いながら言っている。なんかよくわかんないけど、さっきまでよりはまだいい感じ。
「ねえ、ドラゴンと竜人は別物なの?」
「それは当然そうだよ。ドラゴンと広く言うけど、正確には分類によって差異がある。君たちが魚と呼ぶものも、みなが同一の体の仕組みとは限らないのと同じ…それくらいはわかるよね。それで、竜人は竜人であくまでも『人間』に分類される。雌は竜の姿を基本とするけど、人間あることは変わらないし、自然界にいるドラゴンと同じ姿になれるわけじゃない……わかる?」
「………………うん。」
わかんないや。
「…ところで……ルナは何をしてたんだい?旅の途中?」
「……実は……」
――――――――――――――
「……はは、それは120%ルナが悪いかな……。」
「えー!!」
一通り話し終わると、レヴィは楽しそうに言う。
「勇者君の判断は間違ってないよ。でもそれは、君のことが嫌いな訳じゃなはずだ。『君を守るため』……いや、『みんなを守るため』……だよ。」
「みんなを……」
「わかるでしょ?君がいることで君自身の命が危なくなるのは当然として、仲間も危険な目にあうんだよ。パラディンナイトは君を守るために他の守りが手薄になったり、自分にもダメージが来るかもしれない。賢者はパラディンナイトの守りがなければ魔法を集中して使えないかもしれないし、勇者君と魔法剣士は賢者の補助を必要とするかもしれない。……もちろんこれはボクの妄想だけど。」
「へぇ、シオンそこまで考えてたんだ〜……。」
「……君は………まあいい。それで、ルナはこれから勇者君達を追いかけるつもり?本気?」
レヴィは疑いの……いや、呆れたような眼差しで見てくる。
「もちろん!いつか絶対『ルナがいてくれて良かった!』って言わせる!だから先回り……ってあぁ!もうお昼過ぎてる!早くしないと先越されるよ!じゃ、わたし行くね!助けてくれてありがと!」
洞窟の外に出ようとすると、レヴィに腕を掴まれた。
「…待って。このまま君1人で旅をするなんて無理だ。」
「えー、じゃあどうするの?」
「決まっているさ。ボクも共に行く。」