イカれてる
「ど、どうしたの?」
灯りを持って、ドアを開けて中に入ると、その向こうにあるもうひとつのドアの前でマリーが座り込んでいた。ていうか、灯りなくても最初から明るいじゃん。
「び、ビビったわぁ……」
「なに?」
「このドアの向こうがトイレになってんやけどな、ウチがトイレから出ようとして、立ち上がったら天井からこいつが落ちてきたんや!なんやこれ!?見たことないでこんな気持ち悪い生き物!」
トイレのドアを少し開けて床を見ると、たしかに何かいる………いや、これは………。
たしかに、なんでこれがこんなところの天井から落ちてきたかは全く謎だけど、別に怖がるものでもないし、奇妙な生き物でもない。
「これのこと?」
わたしは、少しだけヌメっとしてるそれを持ってマリーにきく。
「うお!?よ、よく平気で触れんなそんなもん!ウチ怖くて無理やわ。だって、どう見てもありえん形してるやん……生き物としてイカれてるやろそんなん…。 」
「イカだけに?」
「?」
あれ、やっぱりそうなのかな。
落ちてたのは、どう見ても『イカ』。正式な名前は知らないけど、いちばんよくいるタイプの白くて少し長いやつ。まだ微妙に生きてて、少し動いてる。自分でも不思議だけど、軟体動物(カタツムリとか!)は嫌いなのに、イカとかタコは別に……って感じ。まあ、こうやって陸上にいると少しキモイ。
とにかく、またわかったこと。マリー……というか多分、こっちの世界の人は『イカ』知らない。なんで?
「なんなんやその気持ち悪いやつ…。」
「イカ。本来は海水で生きてるはずだからこんなところ……しかも、天井にいるのは意味不明……水槽から逃げたとか?」
「とりあえず、あっちの広い部屋行かん?自分の使ったトイレの前で長話とかええ気分しないわ。」
「あ、うん」
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「いやいや、絶対ありえんわ!だって見てみ!?そんな気持ち悪い足何本も生えてるようなやつがいるわけないわ!なんのためにそんなに生えてんねん!」
部屋の真ん中あたりで、明かりで照らしてじっくり見ながら話す。まあ、何回みても普通にイカだけど。でも、マリーは納得いかないみたい。
「そんなこと言われてもね…別にわたしが考えた生き物じゃないんだからさ……」
「魚とか、たしかにみょーな見た目のやつもおるのはわかるけど、これはわからんわ。それになんなん、この長い部分。ここがが頭で脳みそ入ってるんか?」
「あ、そこは内蔵とか入ってるよ。胃とか。」
「………もうホンマにわからんわ。生き物としておかしいやろそんなん。」
うーん、イカ初見だとこういう感想になるものなんだ。へぇ。
「とにかく、なんでイカがトイレの天井なんかに………」
「せやなぁ、言うても魚みたいな水中生物なんやろ?天井に張り付くとかあるわけないやろ。誰かがくっつけたりしてたら別やけど、目的がわからんし。」
「なんか、まだ生きてるしとりあえず水………ああ、そこの水槽のみずはまだ綺麗だから、入れてあげよっか。」
部屋の真ん中にあるいくつかの水槽のうち、一つだけはやたらと水が綺麗で、何かしらの大きい貝類も入ってるから、海水だと思う。バカでかいシジミとかだったら知らない。
「ほいっと。」
中に入れてみると、途端に元気よく泳ぎ出す。
「ホンマに泳いでる………こんな変な生き物まで知ってるとか、いつかルナの出身地の話詳しくききたいわ。」
「う、うん…また今度ね?」
迂闊に喋れなくなってきたなぁ…………。
「ん?なんだろこれ………」
水槽の中、よく見ると綺麗に輝く石が入っている。
「お、綺麗やなぁ。ちょっと出してみよか。」
マリーは水槽に手を突っ込む。その瞬間、中に入っていた何かしらの貝類がいきなり殻を開き、マリーの腕に殻で噛み付いた。
「ぬわっ!?いったぁ!?なんやねんこいつ!」
マリーは驚いて水槽から手を抜く。その拍子に、水槽は倒れ、地面に水がこぼれて大きい水たまりができる。イカはまたしても地面に投げ出される。
「うわ、やってもうたわ。」
「…………あ、ヤバっ!マリー、離れて!!」
急いでマリーの手を引き、そこから離れる。
「な、なんや急に!?」
「と、とにかく危ないから!」
水たまり、これはちょっと良くないよ………