いろいろと
「せや、ルナ………あれ?」
曲がる通路も特に何もなく通過したあたりで、マリーが何かをいいかけて、やめた。
「なに?わたし、なにかしちゃった?」
「ちゃうねん………そういや、独裁官の名前もルナやろ?同じやな〜って思っただけや。ウチは独裁官の姿見たことは無いけど、もしかしたら顔までそっくりだったりしてな!」
「は、ははは………そうだったら面白いね………うん。」
名前も顔も身長も体重も髪の色も声も同じだと思うけどね。
「う、なんかみょーな匂いせん?」
「………わ、ほんとだ……この先から………だよね。」
たしかに、急にしてきた。なんだろう、別に血の匂いってわけじゃない。なにか嗅いだことあるような、でも思い出せない………なんだろう、これ。
「なんか色々混ざってるような匂いやなぁ。知ってる匂いが色々混じって、知らん匂いになってるんかもな。ま、でも行くしかないんやけどな。あ、せや。」
「ん、なに。」
「平気だとは思うけど、たまに後ろも警戒してな。もしかしたら看守達がこっちまで来るかもしれん。」
まあ位置的に、わたしがマリーの後ろを歩いてるわけだし、そうなるか。マリーはまえをみないとだしね。
「わかった!ま、音もしないし誰も来てないでしょ。」
後ろを見る。
……うん、誰もいない!よし!
「なんやつまらんなぁ。そこはいるべきやろ。」
「いやいや……」
平和ならいいでしょ!
―――――――――――
右に左に蛇行する通路を進んでいくと、少しずつ匂いが強くなってくる。そして、同じような道がしばらく続いたと思ったら、やっと広い場所に出た。
「なんや、ここは暗いんやな。」
「灯りつけてよ。」
「言われんでもわかってるわ。」
マリーの持ってる灯り、どういう理屈だが全く分からないけど、やたらと明るい。見た目はランタンとほぼ同じなのに、部屋一帯が明るくなるくらいの強さはある。
「………なに、ここ。」
その便利な明かりで照らされた部屋は、なんか奇妙な光景。
それなりに広い部屋の両側には、壁に埋め込まれた大きい水槽がそれぞれある。それ以外にも部屋の真ん中辺りにも小さめの水槽が数個。それ以外は、箱やなにかの破片が散らばっていて、床にはところどころまたしても赤黒い大きいしみ。耳を澄ますと、水の滴る音も聞こえる。匂いもこの部屋からかな?
「んー……なんやろなここ。」
「この水槽で魚でもかってたのかな?……て、そんな感じの雰囲気じゃないよね。水槽の水も濁ってるし、放置されてるのかな?」
妙な雰囲気に気圧されて、部屋の入口から動けない。
「ん、なんや、今なんて言った?」
「え?」
あれ、なにか変なこと言ったかな?
「水槽で魚とか飼わんやろ普通。そんなことしてなんになるん?養殖ならもっと大きい池とか使うやろ。」
「いやいや、別に養殖とかじゃないでしょ。普通に飼うってだけ。」
「いや、だからそれがわからんて。飼う意味が分からん。なんでそんなことするんや?」
「………?」
え、どういうこと?
わたしが黙っていると、マリーは落ち着きの無い様子で足を揺すりながら言う。
「だから、わざわざ水槽なんて用意して魚飼ってなんになるんや。」
「………もしかして、そういう概念がないとか?わたしの感覚だと、普通に趣味とか、観賞用で魚でも飼う人、普通にいるけど。」
「え、はじめて聞いたわそんなん。なんや、ルナって…………そういや、ルナってどっから来たんや?そんな変な文化知ってるなんて、えらい遠くから来てるんか?」
やば、自ら痛いところに話しを進めちゃった。
「ま、まあ……うん、そうだよ。旅してるから。わたしとユイ。遠くから来たんだよ。」
そう言うと、とりあえず納得した様子のマリー。
「そか、なんか探してるものあるとか言ってたし、そらそうか。………なるほどなぁ。ウチが知らんだけで、色んな文化があるんやな。………なあ、旅の途中でトイレ行きたくなったらどうしてるん?」
「いきなりそんなこときく?」
「いや、普通に気になるやん。」
「まあ、この薬あるから平気だよ。便利!」
手のひらに薬を乗せて、マリーに見せる。
そういえば、今まで当たり前すぎて特になんとも思ってなかったけど、よく良く考えればこれすごい便利。
「ほーん、なんやその薬。」
「見ての通りの錠剤で、これ飲むと数日はそういう必要が無くなるって薬。」
「はぁ!?」
やたらと驚くマリー。
「んなもん飲んだら、胃とか腸とか腐ってまうやろ!?平気なんか!?」
「平気らしいよ。わたしも理屈は知らないけど、普通に使ってる人多いし。もちろん、連続で服用とか、1度に沢山飲むとそういう可能性もあるんだろうけど………とにかく、体に悪影響はないから平気。もちろん、街とかに着いた時にはちゃんと行くけど。なんか怖いし。」
「……やっぱり、ウチの知らんものまで持ってるとなると、益々アレやな。どっから来たか気になるわ。」
「うっ」
また墓穴掘った!得意げに話すんじゃなかったな……ほら、なんかマリーも少し怪しんでる目してるし。
別に違う世界から来たってこと自体は、最悪の場合教えてもいいけど、『ここが鏡の世界』なんてことは絶対に言えない。それはつまり、ツインエースやこっちのスティアも言ってたけど、『あなたは作られた偽りの存在』って言ってるのと同じ。今度からは、怪しまれないようにしないと………
「それより、その薬って早めに飲まんとあかんか?」
「?……まあ、そうなんじゃない?行きたくなってから飲んでも意味無いでしょ?なんで?」
「……後からでも効果あるなら、今欲しかっただけや。ウチ、今日は朝からずっとこの地下牢におるんや。あんたを助けられたのはいいんやけど………………ずっとおるんや、わかるやろ?」
「え?なに?」
「わざわざ言わせんなや!アホか!だから、途中からずっと我慢してたんや!できるだけバレへんようにしてたけど、もうそろ限界やで!?」
マリーはスカートを少し抑えながら大きい声で言う。
「あ、ごめん……普通にわかんなかった。」
「鈍感すぎやろ!」
ああ、落ち着きがなかったの、普通に怒ってるのかと思った。水槽のくだり、なんか上手く噛み合わなかったし。
「………で、それをわたしに言われても。」
「それはそうなんやけど……。」
ずっと部屋の入口にいたマリーは早足に部屋の中に歩いていき、何かに気がついてわたしに言う。
「……おっ!この部屋トイレあるやん!ラッキーやで〜!」
マリーが見ている方には、たしかに何かしらのドアがあって、文字が書いてある。まあわたしは読めないけど。
「ってことは………この部屋、それなりに長い時間滞在することが想定されてたのかな?だからわざわざ作ったのかな……。」
「んな考察あとや!ちょっと待っててな!」
マリーは灯りを部屋に置き、勢いよくドアをあけて中に入っていった。
うーん……ますますこの部屋が何なのか謎……誰が、なんのために……
しばらくの静寂の後、突如マリーの声が聞こえてきた。
「うぉわ!?な、なんやこれ!?ルナ!こっち来てや!」
「え?入ってもいいの?」
こっち来てって………言われても……ねぇ?
「ええって!はよ灯り持ってこっち来てや!もう来ても平気や!」
なに、何事?マリー、平気かな……