深淵のカタストロフィ
「……だれかおらぬか!?」
「……?」
王は突如、誰かを呼ぶように大声をだす。その直後、外に待機していた二人の兵士が勢いよく入ってくる。
「どうされました!?」
「………これは?」
兵士の目に映る光景。それは、床に倒れる勇者エルザ、その傍らに転がる巨大な剣……そして、その剣で傷をつけられたと思われる、肩を抑えて床に座る国王。一体この場で何が起きたのか?兵士達はすぐに答えを出さず、まずは国王に問う。
「………一体何が?」
「……くっ……見ての通りだ。勇者エルザには魔王を倒した勲章を授けようとかんがえていた。しかし………儂が近づいた途端、背中の巨大な剣を抜き去り、儂に攻撃を加えた………。幸い、儂の所持していた護身用の魔法玉で動きは封じたが……… 」
王は、さもそれが真実かのように、スラスラと言葉を紡ぐ。
「なっ………!おい……てめえ………ふざけやがって………違ぇだろうが………」
エルザは未だに体を動かすことが出来ない。
「やはり………いくら勇者とはいえ、原種以外は信用が出来んな。」
「なにを………ボクもてめえらとおなじ……原種だろうがよ」
原種。それは、世界に最も多いと言われる種族。外見的特徴もこれといってなく、特別な力こそ持たないが、数が多いこと、ある程度なんでもこなせることが特徴もされる。魚人種と比べれば水中活動においては全てが劣り、竜人種と比べれば戦闘能力におとり、竜化や飛行することも出来ない。地人種と比べると身長は勝っているものの、技術力ではかなり劣る。天人種と比較すれば、その体の大きさはもちろん、力や体力では比べ物にならない。
しかし、そんな5つの種族は互いに足りないところを補い、おなじ世界で、同じように暮らしていた。種族が違うからと言って争うことはなく、争いが起きるとしたらそれは、土地のもんだいや食料の問題といった、種族は関係の無い事だった。
が、エルザは国王達とおなじ『原種』であった。故に、エルザには国王の言うことの意味が全く理解が出来ない。
「竜に姿を変えたり、体の半分魚で水中でも呼吸が出来たり………と、そのような奇妙な力を持つ原種以外の者共は心の奥では何を考えているかわかったものでは無い。故に儂は思う。」
「な、何をでしょうか?」
「この世界は我ら原種のための世界だ。他の種族達はそれぞれの適した環境……海の底や谷の果、天高い地や地の底………それぞれの場所に住むべきだ。広い地上の世界は我ら原種のものなのだ。きっと、かつて聖地におりたった女神はそのように考えてこの世界を創造した。」
「おい……!無視すんなこのクソ野郎が………!んなめちゃくちゃな理屈が………あるわけねぇだろ……ボクの望む世界は……っ!」
「……勇者エルザ。たしかにそなたは強い、強かった。しかしそれはいくら勇者と言えども、人間から離れすぎている。巨大な剣を片手で振るい、理屈もなく魔法を放ち、魔界の者共の強力な呪いも気合いではねのけ、大怪我をしても1日あればほぼ治癒する………人間にそんな力があるはずがないのだ。」
「あぁ………?」
エルザは倒れながら、自分を取り囲む3人の人間をそれぞれ睨む。特に、兵士2人はいつの間にか武器を構え、攻撃の姿勢をとっていた。
「そなたは………貴様は、原種などでは無いのだろう。………そうだな、人と魔物の間……『魔人種』と言ったところか。」
『魔人種』それは長い時の中で意味を変え、3000年先まで伝わることになる。言葉の原義は、1人の人間が考えただけの、でまかせであった。そこにはモンスターと人間の混血、という意味はなかった。後の時代で意味が変わり、定着したのだろう。
「魔人………はっ……センスのねー名前だぜ………」
「……もう大丈夫だろう。一旦外に出てくれ。」
「は、はい!」
国王は、エルザがこのまま動けないと確信し、二人の兵士を外に出した。そして、2人きりになり、エルザを見下し言う。
「儂はこれより真なる平和な世界を創造する」
「おいおい……魔王みてーなこと……いいやがる」
「儂の理想とする世界には原種以外はいらない。そして、たった1人で世界を救うような桁外れの力を持つものも必要としない。そのようなものが救った世界など、その者による独裁の果てに滅ぶ未来しか見えぬ。」
「………勝手にしやがれ脳みそ腐った████が………。ならやってみろよ………どこまでできるか楽しみにしててやる…………クソが………」
もはやエルザの心には、反逆の意思はなかった。ただ、この愚かで救いようのない人間が望む世界のその果てを、知りたかった。自分を反逆者としてしたてあげ、それを理由にいらないものたちを世界から迫害する。そしてこの国を中心とした世界を作る………そんな馬鹿げたこと。
命をかけて、『普通の少女』としての生活を全て投げ捨て救った世界……その結末がこれか………心の中では笑い、エルザは意識を虚空に投げた。