狂宴の奏
幾千もの昔のお話、ですがまあまあの技術はある感じかもしれません
魔王無き王座。エルザはそこに座り、その場に倒れ、徐々に存在が薄くなっていく魔王の姿を見ながら、自らの旅路を振り返る。
なんてことの無い普通の街で、普通の少女として過ごしたいたかつての自分。しかしある日、なんの前触れもなく『勇者』としての力に目覚め、傍らには巨大なその剣があった。不思議なことに、その剣はエルザのような少女でも振り回すことが出来、さらに『魔道方程式』を深く知らぬエルザだったが、感覚だけで魔法が使えるようになっていた。
「ああ……神なんて信じねーけど、もしそんなやつがいるんならいまは感謝してやるぜ。きっとこれはボクにしか成せないことだったに違いない。」
その力に目覚めたその日から、エルザは旅に出た。不慣れながらも、秘めたる才能があったのか、それともそれも勇者の力だったのか……ともかく、大きな怪我をおうこともなく………正しくは、怪我をしてもすぐに治癒し、数多くのモンスターを蹴散らし、時には山のような巨大な化け物と対峙することもあった。
そして、大賢者と呼ばれる者にも出会い、力を借り、最後には単騎で世界の辺境にある魔王の城へ乗り込んだ。
「さて……帰るか。もうこんなところに模様はねーしな。………『サーズヴェル』の王の所に行けばいいか。」
『サーズヴェル』、勇者として目覚めたエルザに色々と協力してくれた北の大国の名前だ。大国、と言っても後世に存在する『大国』とは比べ物にならないくらい小さい。が、そもそも国として成り立っている場所が少ないこの時代。それなりに人をまとめてることが出来ているだけでも、『大国』の名はふさわしい。
「はは〜…それにしても、こんなところからでもよく見えるもんだ。………世界の中心を囲むヘブンズ・マウンテン……あの中心に何があるか、いつか行ってみてーな。」
魔王の城はヘブンズ・マウンテンの麓からそう遠くない場所にあった。眼前にそびえる遥か天に届きそうなその白き峰は、きっと太古の昔、世界ができた頃からあるのだろう。
「女神が作った世界………か、アホくせー。そんなもんいるわけねーだろ。」
相変わらずの悪態を着きながらも、心の中では『魔王を倒した』という事実に浮かれながら、エルザはその場をあとにし、サーズヴェルをめざして歩き出した。いつしか、魔王の姿は完全に消滅していた。
―――――――――――――――――――
「帰ってきたぜー!ほらほら、勇者エルザ様が帰ってきたぜ!」
城下町の入口。着くや否やエルザは大声でそう叫ぶ。すると、入口近くにたっていた番兵が近づいてきて、笑顔で言う。
「良くぞ帰ってきてくれました!魔王が倒されたことは、皆世界の空気が変わったと言い、何となく察していましたが………本当にやってくれたんですね!?」
「あったりまえだろ!ボクを誰だと思ってやがる!勇者エルザ、その名は未来永劫刻んで語り継げよな!」
エルザの傲慢な態度は、最初こそ嫌悪感を示す人も少なくなかった。しかし、その態度に付随したとんでもない強さや行動力、そして何より心の芯にある、隠しているだけの優しい気持ちに徐々に人々は気が付き、今では勇者であることはもちろん、その態度も含めて人気になっていた。
「きっと語り継がれるに違いありません!さあ、まずは国王のところへ。場所はわかりますよね?」
「ああ、すぐ行くぜ。ここの国王は色々手を貸してくれたし、さすがのボクもほんの少しくらいは感謝してやってもいいぜ。んじゃ行ってくる。」
番兵に見送られ、エルザは街中へとあるきだす。後の時代とは違い、この時代の街と呼ばれる場所にある建物は簡素……とすら言えないようなもので、雨風をギリギリ凌ぐことができ…無いものも少なくない。また、『村』と呼ばれる場所に至っては洞穴でもあればいいほうで、外で暮らしているものまでいた。
この街も例外ではなく、人こそ多いものの、地面は凹凸が酷い土のままで、建物もほとんどない。街の奥に見えるお城も、二階建ての小さなもので、建設技術も無いため粗が目立つ。
「おー、待て待て。みんな気持ちはわかるけど少し待てよ。いまボクは国王のところに行かねーとでさ。サインでも何でもしてやるから、後でな!」
エルザの顔を見た途端、たくさんの人が寄ってくる。エルザはそんな人々に対し、相変わらずの態度で、適当にあしらう。そして、少し時間こそかかったが、サーズヴェル城の内部へ入り、二階にある玉座の間へと向かった。
「帰ってきたぜ。ほら、入れてよ。」
玉座の間の、この時代にしては立派なトビラの両脇に立つ二人の男に声をかける。
「よくぞご無事で。」
「さあ、中では王がお待ちです。」
トビラを開けてもらい、中へと踏み込む。幾度かここへは来たことのあるエルザだったが、今日は普段と少し雰囲気が違った。入ってきたドアが閉められたところで、エルザはいつもと違うことに気がつく。
「あれ………他の人は?」
玉座に座る王に対してさえ、普段と変わらない態度で話すエルザ。膝まづくこともせず、腕を組んで立ったまま、王の言葉を待つ。
「よく来た、勇者エルザよ。儂他のものには今日は席を外してもらっている。」
サーズヴェルの王はまだ若く、暫くは王位を譲ることもないと言われている。そもそも、跡継ぎとなるむすこがまだ幼いため、そのような考えすらまだ早い。にもかかわらず、自らのことを儂といい、少し古風な喋りをする。
「ふ〜ん、珍しいな。なんかあるの?」
魔王を倒し、凱旋を果たしたエルザは、てっきり玉座の間にはたくさんの人がいると思っていた。しかし、いまいる玉座の間には人がいないどころか、どことなく思い空気すらある。
「勇者であるそなたに対して、大切な話がある。………いいか?」
「大切な話?……お、もしかしてボクに王位譲っちゃっうとか?いいぜ、いつでもその準備はできるから。」
「………そんなわけがないであろう」
「じゃあなんだよ?勿体つけずに言えよなー。」
「わかっている。………これを見て欲しい。」
王は自ら立ち上がり、エルザの手に球状の物体を握らせた。
「なんだこれ?みたことねー。………中になにか入ってんのか?」
よく見ると、一部が透明になっていて、中が覗けるようになっている。王の方を見ると、無言ではあるが、中を覗いてみろ……ということらしい。
「ふーん……なんかおもしろ…………ッ!!?」
中身を覗いた瞬間。エルザは体の自由を奪われ、その場に倒れ込んだ。魔王の瞳を見た時の術よりも、さらに強力な力があり、気合いやら精神力でどうにかなりそうなものでは無い、ということは本能的にわかった。
「お、おい……覗いたらなんか変なことになりやがった………どういうことだ……これ、なんなんだよ………」
倒れながら、必死でしゃべるエルザを見下ろし、王は口を開く。
「たとえ全力の勇者であって跳ね除けることが出来ない力………なるほど、これはたしかに…………。」
「おい……早く治しやがれ。ボクは……世界を救った勇者様だぜ?たかが一国の国王なんかより、よっぽど偉いし信頼もある………だから早く助けろよ………」
「ああ……たしかにそなたは、大国の国王である儂なんかより、よっぽど人としての力がある。そして世界も救った………しかし………いや、故に。そなたは………世界にいてはならない。」
「あぁ………てめえ……何言ってやがる………」
「それを今から見せてやろうではないか。」
そして、国王はエルザの巨大な剣を背中から両手でなんとか抜き、床に置いたその刃に自分の体を押し当て、一部を傷つけた。
「……は?なにしてんだ………」
「…………さて」